残酷な描写あり
83.帝国へ4
「もう一つはストール鉱山に出現した魔獣についてです。
こちらは後の調査の結果、自然発生したものではなく人為的に生み出されていたことが判明しました」
魔獣が人為的に生み出された……。その言葉を聞いて、周囲が明らかにざわついた。
「魔獣が生み出されたと言う根拠はあるのか?」
「はい。魔獣との戦闘中に、その様子を遠くから見ている男を目撃した者がいました。そしてその者は、その男と隠れていたもう一人の男との会話をたまたま聞いたそうで、『実験は成功した。魔獣は誕生した!』という会話していたと報告しています。更にその会話の中で、魔獣との戦闘を目撃していた男の名前も判明しました。
皇帝陛下、“マター”という名前に聞き覚えはありませんか?」
マターの名前が出た瞬間、集まっていた近衛兵、各重鎮達、エヴァイアの背後にいた近衛兵長までが一気にどよめき立った。
急に騒々しくなった玉座の間。その状況にエヴァイアは無言の威圧を放ちながら手を挙げて、周囲を瞬時に黙らせた。そして重々しく口を開く。
「……マターという男はよく知ってる。今は帝国内で指名手配しているけど、元々僕の部下だった男だからね。そして君達が予想している通り、魔獣を生み出した犯人と指名手配中のマターは同一人物と見て間違いないだろう。となれば、もう一人の男の正体も察しがつく。……まあ、この話は後でするとしよう」
エヴァイアはそう言って玉座から立ち上がると、その場にいた全員に強い口調で命令を下した。
「全員、これで状況を理解したな? 財務大臣は大急ぎで鉱石の輸出制限対策に取りかかれ!
諜報部隊は指名手配中の“マター”と“ヘルムクート”の捜索を大陸全土に拡大しろ! 奴等は我らブロキュオン帝国、そして友好国であるプアボム公国、特に帝国にとって最も重要なマイン公爵領を敵に回した。なんとしてでも潜伏場所を見つけ出し、我が前に連れて来い!
そして、近衛兵達は近衛兵長の指揮に従い帝都の防衛を強化せよ! 更にこの事は帝国内の各地域に速やかに伝達し各地の防衛力の強化と迅速な連絡網を敷き、何が起きても速やかに対処できるようにするのだ!」
「「「「「「「「「「ハハーーッ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
皇帝の命令に従い玉座の間にいた人々が、それぞれの役目を果たすために慌ただしく次々と玉座の間を後にしていく。そして数十秒後の玉座の間には、皇帝“エヴァイア・ブロキュオン”とその皇后“メルキー・ブロキュオン”、クワトル達四人だけが残された。
「さて、ギャラリーは退出したことだし、続きは別室でするとしよう。付いて来てくれ」
そう言ってエヴァイアは玉座から立ち上がると、玉座の間の奥にあった扉を開けてその先の部屋へ入る。メルキーもその後に続くように歩いて扉の前でクワトル達の方に振り返ると、「皆様、どうぞこちらへ」と相手を陶酔させるような魅力的な声色でそう言った。
パイクスとピークはお互いに顔を見合わせると、次にクワトルとティンクに困ったような顔を向ける。その顔を見たクワトルは、二人が何を困っているのか察しが付いた。
エヴァイアが別室で行おうとしているのは、国同士の重要な話し合いだ。この玉座の間までは護衛という名目で付いて来ることができた(というより何も言われなかったから付いて来た)クワトルとティンクだが、二人は今回の件に関わりあるとはいえ所詮は一介のハンターに過ぎない。本来であれば皇帝との謁見や、この先の部屋で行われる国同士の話し合いの場にいるべきではないのだ。
しかしメルキーは、明らかに四人に向かって別室に来るように言っていた。その事にパイクスとピークは、「本当に二人を同席させても良いのだろうか?」と懐疑的になり、判断に困っていたのだ。
ティンクはそんな状況を理解していない様子だが、元々難しいことはクワトルの判断に任せる方針なので、黙って静観している。
一方クワトルは、皇帝との話し合いには強い興味があったが、雇われている身である以上、依頼主であるパイクスとピークの判断に委ねようとしていた。
「「「「…………」」」」
そうして訪れたのは、誰も一歩も踏み出せないもどかしい沈黙だった。
「……皇帝陛下はあなた達全員をお呼びです。さ、待たせては失礼ですわよ?」
その状況を見兼ねたメルキーが助け舟を出したことで、クワトル達4人はようやく動き出して奥の扉を潜った。
扉の先は執務室になっていた。皇帝が使う部屋と言うには少々手狭な、小さな執務室である。部屋を彩る装飾品や美術品、調度品といった物は殆ど見られず、あるのは執務用の机と椅子、補佐用の机と椅子、来客用のソファーとテーブル、壁に掛けられたブロキュオン帝国の国旗ぐらいだ。
『仕事で使う以外の余計な物は全て取り払った実用性が重視された物寂しい部屋』。それがクワトル達が執務室を見て受けた印象だった。
「さあ、遠慮しないで掛けてくれ」
エヴァイアに促されてソファーに腰掛けるパイクスとピーク。ソファーの大きさ的に四人は座れないので、クワトルとティンクは必然的に二人の背後に立つ形となった。
エヴァイアが呼び鈴を二、三回鳴らし澄んだ音が響くと、クワトル達が入って来た扉と別の扉が開いてメイドが一人入って来た。
「人数分のお茶を」
「かしこまりました」
短いやり取りをすると、メイドは退出して行った。
「さて、話し合いを始めようか」
エヴァイアがそう言うと、隣に座るメルキーが胸の谷間から書簡を取り出して、エヴァイアに手渡した。
「書簡に書いてあった輸出規制の件は、先程見たように既に対策を講じた。なのでこちらを気にせず、ストール鉱山の早急な復興に尽力してくれと、四大公の方々に伝えてくれないかい?」
「皇帝陛下のお心遣いに感謝します!」
ピークはそう言って頭を下げようとしたが、エヴァイアが手を挙げてそれを止めた。
「いや、これに関しては完全に我が帝国の落ち度だ。マターとヘルムクートが帝国から逃げ出す前に捕らえられていれば、ストール鉱山が標的にされることもなかったはずだからね……。
その償いと言ってはなんだが、奴等の捕縛に帝国も全力で協力させてほしい! 必要な情報や戦力の提供は惜しまないつもりだから、何でも言ってくれていいよ!」
協力を惜しまないというエヴァイアの申し出は、それ即ち、大国ブロキュオン帝国という後ろ盾の全面支援の元で大規模調査が行えるという事だ。プアボム公国にとって、これ以上ない条件であった。
「ありがとうございます! それを聞けば、四大公もお喜びになるでしょう!」
今回パイクスとピークが使者としてブロキュオン帝国に来た目的は、ストール鉱山復興までの輸出制限の了承と、魔獣事件犯人捜索の為の情報収集、及びブロキュオン帝国の協力を得ることだった。
書簡には上記の事を交渉しに来た旨が記してあったのだが、まさか話し合いが始まる前からそれら全ての交渉が最善の結果で終わるとは思いもせず、パイクスとピークにとっては嬉しい誤算となった。
早々に目的を達成したパイクスとピークは、早速エヴァイアと情報の共有を図る。
二人はクワトルとティンクの紹介も兼ねながら、ストール鉱山での一連の出来事を異変発生から魔獣討伐までを時系列順に詳細に話した。
ただし、二人ともセレスティアの事には一切触れないように気を付けながら話をしている。それもそうだ、セレスティアのことはマイン公爵の命令で情報規制がされている。なので、世間に出回っている情報では、マイン領主軍・将軍のヴァンザルデンと『ドラゴンテール』の二人が協力して魔獣を討伐したことになっている。
いくら大国の皇帝といえど、直接現場にいない限りセレスティアの事を知っている訳がないし、パイクスとピークがこの場でわざわざその真実を教える必要もないからだ。
パイクスとピークの話を聞き終わると、今度はエヴァイアが魔獣事件の首謀者の二人の男について話し始めた。
マターに関しては事前にマイン公爵が調べた通りで、帝国軍密偵部隊に所属していたが、とある事件を起こして逃亡。その結果、ブロキュオン帝国内で指名手配されていた。
そして肝心のその事件についてだが、ここには先程から皇帝が名前を言っていた、“ヘルムクート”と言う男が関わってくる事になる。
「ヘルムクートは帝国の研究機関で“生物”について研究をしていた男だ。研究内容は生物全般だったけど、特に力を注いでいたのは、様々な魔物の習性や特徴等を調査・研究して各魔物を分類別に分け、生息地の分布を記した地図の作製、そのデータを元に“魔物図鑑”という図鑑を作ることだった。その細かい研究成果は、帝国内の様々な事に役に立ったものだよ。
ヘルムクートは優秀で、探究心と好奇心が人一倍強く、非常に研究熱心な男だった。……が、その熱意はある時を境にとんでもない方向に進みだした……」
エヴァイアはそう言うと思い出すように天井を見上げ、大きく息を一つ吸ってから続きを話しだした。
「ヘルムクートはある日突然、魔獣について研究を始めたんだ。知っての通り、魔獣は外見こそ生物的だが、中身は生物的という枠組みから遠くかけ離れた存在だ。突然出現し、暴力と破壊を撒き散らしたかと思えばいつの間にか消えてる。その特徴から“災害”と称されているが、ヘルムクートは魔獣のその特徴を紐解き、魔獣という存在を解明しようとした。
もし魔獣について解明できたなら、もっと効率的な魔獣対策の切っ掛けになるかもしれないと、最初は僕達もヘルムクートの研究に協力していた。
だけど……魔獣についての資料は少なく、調査をしようにも魔獣は突然出現するから見つけること自体が困難で、思うような成果を得ることが出来なかった。
そしてついに焦ったヘルムクートは、『魔獣を見つけられないなら作り出せばいい!』と考え暴走を始めた……。ヘルムクートは数少ない資料から魔獣の特徴や出現条件の仮説を独自に組立て、秘密裏に危険な実験を繰り返した」
「秘密裏ということは、誰もその実験について知らなかったのですか?」
そう質問したピークに、エヴァイアは首を横に振って答える。
「いや、ヘルムクートは知人の一人にだけ実験の事を話していた。しかし、その知人も実験の事を隠していたんだ。お陰で僕がその実験に気付くのが数ヶ月も遅れてしまった……」
「情けない話だよ……」と呟きを溢して、エヴァイアは後悔を含んだため息を吐き出した。
「……話が逸れたね。とにかく、そんな危険な実験を許すわけにはいかなかったから、僕はヘルムクートを問答無用で拘束して実験を止めるように説得したんだ。……けれど、彼の実験にかける熱意は相当なものだったみたいで、全く聞く耳を持ってくれなかったよ。
仕方ないから頭が冷えるまでヘルムクートを牢に入れて、反省するまで研究室を封鎖する処置をしたんだ。……けれど、それを知ったヘルムクートの知人は、看守の隙を突いてヘルムクートを牢から連れ出し、そのまま二人で逃亡してしまったのさ」
途中から自虐染みた口調になっていたが、エヴァイアは魔獣事件の首謀者の一人であるヘルムクートについて詳しく話してくれた。
そしてここまで話を聞けば、パイクス達も事件の全容が掴めてきた。
「つまりそのヘルムクートって奴を連れ出した知人ってのが、マターだったってことでいいんですか?」
皇帝である相手にその口調はどうかと思う言葉遣いでそう聞くパイクスに、エヴァイアは気にした様子もなく「その通りだよ」と答える。
「なるほど、マターの犯した罪と言うのは拘束中のヘルムクートを連れ出したことだったのですね」
「そして帝国から出さないように指名手配をしたが、あっさり逃げられちまったわけだ」
「おい、パイクス! 口調に気を付けろ!」
ピークがパイクスに注意を飛ばすが、エヴァイアがそれを手で制止した。
「いや、いいんだ。これに関してはマターの本気を見謝っていた僕の落ち度だ。
最初にも言ったけど、僕がもっと考慮して動いていれば帝国から出る前に二人を捕らえて、ストール鉱山の事件を未然に防げたのだからね。当事者である君達に攻められるのも仕方ないさ……」
エヴァイアはそう言って苦笑いを浮かべる。
大国の頂点に立つエヴァイアが、他国の使者相手にそこまで弱気な態度を見せるのは普通ではあり得ないことだった。それほどまでエヴァイアは、今回の事に関して相当な責任と後悔の念を抱えていたのだ。
「だからこそ……だからこそ僕には、この事態を解決しなくてはいけない責任がある! どんな手を使ってでも、マターとヘルムクートを僕の前に引きずり出し、相応の処罰を受けさせてやる!」
握り拳を作り、胸の前で反対の手の平に叩き付けてハッキリとそう明言したエヴァイアの表情は、数秒前の弱気な雰囲気はとうに消え去っており、いつもの自信と威厳に満ち溢れた頼りがいのあるものに変わっていた。
話し合いはその後も続き、ブロキュオン帝国とプアボム公国がマターとヘルムクート捜索の協力に関して会談を開くことになった。
会談場所はプアボム公国の首都であり、ファーラト公爵領の首都でもある“首都ファーラト”に決定され、そして数日以内に皇帝自らが首都ファーラトに訪れるという段取りで纏まり、これで話すべき事の全てが終了した。
こちらは後の調査の結果、自然発生したものではなく人為的に生み出されていたことが判明しました」
魔獣が人為的に生み出された……。その言葉を聞いて、周囲が明らかにざわついた。
「魔獣が生み出されたと言う根拠はあるのか?」
「はい。魔獣との戦闘中に、その様子を遠くから見ている男を目撃した者がいました。そしてその者は、その男と隠れていたもう一人の男との会話をたまたま聞いたそうで、『実験は成功した。魔獣は誕生した!』という会話していたと報告しています。更にその会話の中で、魔獣との戦闘を目撃していた男の名前も判明しました。
皇帝陛下、“マター”という名前に聞き覚えはありませんか?」
マターの名前が出た瞬間、集まっていた近衛兵、各重鎮達、エヴァイアの背後にいた近衛兵長までが一気にどよめき立った。
急に騒々しくなった玉座の間。その状況にエヴァイアは無言の威圧を放ちながら手を挙げて、周囲を瞬時に黙らせた。そして重々しく口を開く。
「……マターという男はよく知ってる。今は帝国内で指名手配しているけど、元々僕の部下だった男だからね。そして君達が予想している通り、魔獣を生み出した犯人と指名手配中のマターは同一人物と見て間違いないだろう。となれば、もう一人の男の正体も察しがつく。……まあ、この話は後でするとしよう」
エヴァイアはそう言って玉座から立ち上がると、その場にいた全員に強い口調で命令を下した。
「全員、これで状況を理解したな? 財務大臣は大急ぎで鉱石の輸出制限対策に取りかかれ!
諜報部隊は指名手配中の“マター”と“ヘルムクート”の捜索を大陸全土に拡大しろ! 奴等は我らブロキュオン帝国、そして友好国であるプアボム公国、特に帝国にとって最も重要なマイン公爵領を敵に回した。なんとしてでも潜伏場所を見つけ出し、我が前に連れて来い!
そして、近衛兵達は近衛兵長の指揮に従い帝都の防衛を強化せよ! 更にこの事は帝国内の各地域に速やかに伝達し各地の防衛力の強化と迅速な連絡網を敷き、何が起きても速やかに対処できるようにするのだ!」
「「「「「「「「「「ハハーーッ!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
皇帝の命令に従い玉座の間にいた人々が、それぞれの役目を果たすために慌ただしく次々と玉座の間を後にしていく。そして数十秒後の玉座の間には、皇帝“エヴァイア・ブロキュオン”とその皇后“メルキー・ブロキュオン”、クワトル達四人だけが残された。
「さて、ギャラリーは退出したことだし、続きは別室でするとしよう。付いて来てくれ」
そう言ってエヴァイアは玉座から立ち上がると、玉座の間の奥にあった扉を開けてその先の部屋へ入る。メルキーもその後に続くように歩いて扉の前でクワトル達の方に振り返ると、「皆様、どうぞこちらへ」と相手を陶酔させるような魅力的な声色でそう言った。
パイクスとピークはお互いに顔を見合わせると、次にクワトルとティンクに困ったような顔を向ける。その顔を見たクワトルは、二人が何を困っているのか察しが付いた。
エヴァイアが別室で行おうとしているのは、国同士の重要な話し合いだ。この玉座の間までは護衛という名目で付いて来ることができた(というより何も言われなかったから付いて来た)クワトルとティンクだが、二人は今回の件に関わりあるとはいえ所詮は一介のハンターに過ぎない。本来であれば皇帝との謁見や、この先の部屋で行われる国同士の話し合いの場にいるべきではないのだ。
しかしメルキーは、明らかに四人に向かって別室に来るように言っていた。その事にパイクスとピークは、「本当に二人を同席させても良いのだろうか?」と懐疑的になり、判断に困っていたのだ。
ティンクはそんな状況を理解していない様子だが、元々難しいことはクワトルの判断に任せる方針なので、黙って静観している。
一方クワトルは、皇帝との話し合いには強い興味があったが、雇われている身である以上、依頼主であるパイクスとピークの判断に委ねようとしていた。
「「「「…………」」」」
そうして訪れたのは、誰も一歩も踏み出せないもどかしい沈黙だった。
「……皇帝陛下はあなた達全員をお呼びです。さ、待たせては失礼ですわよ?」
その状況を見兼ねたメルキーが助け舟を出したことで、クワトル達4人はようやく動き出して奥の扉を潜った。
扉の先は執務室になっていた。皇帝が使う部屋と言うには少々手狭な、小さな執務室である。部屋を彩る装飾品や美術品、調度品といった物は殆ど見られず、あるのは執務用の机と椅子、補佐用の机と椅子、来客用のソファーとテーブル、壁に掛けられたブロキュオン帝国の国旗ぐらいだ。
『仕事で使う以外の余計な物は全て取り払った実用性が重視された物寂しい部屋』。それがクワトル達が執務室を見て受けた印象だった。
「さあ、遠慮しないで掛けてくれ」
エヴァイアに促されてソファーに腰掛けるパイクスとピーク。ソファーの大きさ的に四人は座れないので、クワトルとティンクは必然的に二人の背後に立つ形となった。
エヴァイアが呼び鈴を二、三回鳴らし澄んだ音が響くと、クワトル達が入って来た扉と別の扉が開いてメイドが一人入って来た。
「人数分のお茶を」
「かしこまりました」
短いやり取りをすると、メイドは退出して行った。
「さて、話し合いを始めようか」
エヴァイアがそう言うと、隣に座るメルキーが胸の谷間から書簡を取り出して、エヴァイアに手渡した。
「書簡に書いてあった輸出規制の件は、先程見たように既に対策を講じた。なのでこちらを気にせず、ストール鉱山の早急な復興に尽力してくれと、四大公の方々に伝えてくれないかい?」
「皇帝陛下のお心遣いに感謝します!」
ピークはそう言って頭を下げようとしたが、エヴァイアが手を挙げてそれを止めた。
「いや、これに関しては完全に我が帝国の落ち度だ。マターとヘルムクートが帝国から逃げ出す前に捕らえられていれば、ストール鉱山が標的にされることもなかったはずだからね……。
その償いと言ってはなんだが、奴等の捕縛に帝国も全力で協力させてほしい! 必要な情報や戦力の提供は惜しまないつもりだから、何でも言ってくれていいよ!」
協力を惜しまないというエヴァイアの申し出は、それ即ち、大国ブロキュオン帝国という後ろ盾の全面支援の元で大規模調査が行えるという事だ。プアボム公国にとって、これ以上ない条件であった。
「ありがとうございます! それを聞けば、四大公もお喜びになるでしょう!」
今回パイクスとピークが使者としてブロキュオン帝国に来た目的は、ストール鉱山復興までの輸出制限の了承と、魔獣事件犯人捜索の為の情報収集、及びブロキュオン帝国の協力を得ることだった。
書簡には上記の事を交渉しに来た旨が記してあったのだが、まさか話し合いが始まる前からそれら全ての交渉が最善の結果で終わるとは思いもせず、パイクスとピークにとっては嬉しい誤算となった。
早々に目的を達成したパイクスとピークは、早速エヴァイアと情報の共有を図る。
二人はクワトルとティンクの紹介も兼ねながら、ストール鉱山での一連の出来事を異変発生から魔獣討伐までを時系列順に詳細に話した。
ただし、二人ともセレスティアの事には一切触れないように気を付けながら話をしている。それもそうだ、セレスティアのことはマイン公爵の命令で情報規制がされている。なので、世間に出回っている情報では、マイン領主軍・将軍のヴァンザルデンと『ドラゴンテール』の二人が協力して魔獣を討伐したことになっている。
いくら大国の皇帝といえど、直接現場にいない限りセレスティアの事を知っている訳がないし、パイクスとピークがこの場でわざわざその真実を教える必要もないからだ。
パイクスとピークの話を聞き終わると、今度はエヴァイアが魔獣事件の首謀者の二人の男について話し始めた。
マターに関しては事前にマイン公爵が調べた通りで、帝国軍密偵部隊に所属していたが、とある事件を起こして逃亡。その結果、ブロキュオン帝国内で指名手配されていた。
そして肝心のその事件についてだが、ここには先程から皇帝が名前を言っていた、“ヘルムクート”と言う男が関わってくる事になる。
「ヘルムクートは帝国の研究機関で“生物”について研究をしていた男だ。研究内容は生物全般だったけど、特に力を注いでいたのは、様々な魔物の習性や特徴等を調査・研究して各魔物を分類別に分け、生息地の分布を記した地図の作製、そのデータを元に“魔物図鑑”という図鑑を作ることだった。その細かい研究成果は、帝国内の様々な事に役に立ったものだよ。
ヘルムクートは優秀で、探究心と好奇心が人一倍強く、非常に研究熱心な男だった。……が、その熱意はある時を境にとんでもない方向に進みだした……」
エヴァイアはそう言うと思い出すように天井を見上げ、大きく息を一つ吸ってから続きを話しだした。
「ヘルムクートはある日突然、魔獣について研究を始めたんだ。知っての通り、魔獣は外見こそ生物的だが、中身は生物的という枠組みから遠くかけ離れた存在だ。突然出現し、暴力と破壊を撒き散らしたかと思えばいつの間にか消えてる。その特徴から“災害”と称されているが、ヘルムクートは魔獣のその特徴を紐解き、魔獣という存在を解明しようとした。
もし魔獣について解明できたなら、もっと効率的な魔獣対策の切っ掛けになるかもしれないと、最初は僕達もヘルムクートの研究に協力していた。
だけど……魔獣についての資料は少なく、調査をしようにも魔獣は突然出現するから見つけること自体が困難で、思うような成果を得ることが出来なかった。
そしてついに焦ったヘルムクートは、『魔獣を見つけられないなら作り出せばいい!』と考え暴走を始めた……。ヘルムクートは数少ない資料から魔獣の特徴や出現条件の仮説を独自に組立て、秘密裏に危険な実験を繰り返した」
「秘密裏ということは、誰もその実験について知らなかったのですか?」
そう質問したピークに、エヴァイアは首を横に振って答える。
「いや、ヘルムクートは知人の一人にだけ実験の事を話していた。しかし、その知人も実験の事を隠していたんだ。お陰で僕がその実験に気付くのが数ヶ月も遅れてしまった……」
「情けない話だよ……」と呟きを溢して、エヴァイアは後悔を含んだため息を吐き出した。
「……話が逸れたね。とにかく、そんな危険な実験を許すわけにはいかなかったから、僕はヘルムクートを問答無用で拘束して実験を止めるように説得したんだ。……けれど、彼の実験にかける熱意は相当なものだったみたいで、全く聞く耳を持ってくれなかったよ。
仕方ないから頭が冷えるまでヘルムクートを牢に入れて、反省するまで研究室を封鎖する処置をしたんだ。……けれど、それを知ったヘルムクートの知人は、看守の隙を突いてヘルムクートを牢から連れ出し、そのまま二人で逃亡してしまったのさ」
途中から自虐染みた口調になっていたが、エヴァイアは魔獣事件の首謀者の一人であるヘルムクートについて詳しく話してくれた。
そしてここまで話を聞けば、パイクス達も事件の全容が掴めてきた。
「つまりそのヘルムクートって奴を連れ出した知人ってのが、マターだったってことでいいんですか?」
皇帝である相手にその口調はどうかと思う言葉遣いでそう聞くパイクスに、エヴァイアは気にした様子もなく「その通りだよ」と答える。
「なるほど、マターの犯した罪と言うのは拘束中のヘルムクートを連れ出したことだったのですね」
「そして帝国から出さないように指名手配をしたが、あっさり逃げられちまったわけだ」
「おい、パイクス! 口調に気を付けろ!」
ピークがパイクスに注意を飛ばすが、エヴァイアがそれを手で制止した。
「いや、いいんだ。これに関してはマターの本気を見謝っていた僕の落ち度だ。
最初にも言ったけど、僕がもっと考慮して動いていれば帝国から出る前に二人を捕らえて、ストール鉱山の事件を未然に防げたのだからね。当事者である君達に攻められるのも仕方ないさ……」
エヴァイアはそう言って苦笑いを浮かべる。
大国の頂点に立つエヴァイアが、他国の使者相手にそこまで弱気な態度を見せるのは普通ではあり得ないことだった。それほどまでエヴァイアは、今回の事に関して相当な責任と後悔の念を抱えていたのだ。
「だからこそ……だからこそ僕には、この事態を解決しなくてはいけない責任がある! どんな手を使ってでも、マターとヘルムクートを僕の前に引きずり出し、相応の処罰を受けさせてやる!」
握り拳を作り、胸の前で反対の手の平に叩き付けてハッキリとそう明言したエヴァイアの表情は、数秒前の弱気な雰囲気はとうに消え去っており、いつもの自信と威厳に満ち溢れた頼りがいのあるものに変わっていた。
話し合いはその後も続き、ブロキュオン帝国とプアボム公国がマターとヘルムクート捜索の協力に関して会談を開くことになった。
会談場所はプアボム公国の首都であり、ファーラト公爵領の首都でもある“首都ファーラト”に決定され、そして数日以内に皇帝自らが首都ファーラトに訪れるという段取りで纏まり、これで話すべき事の全てが終了した。