残酷な描写あり
88.魔石の謎1
ティンクがパイクスとピークとの稽古を終えた翌日。
ヴォン――
貿易都市の拠点の一室の床に描かれた転移の魔法陣が起動して、光と共に一人の女性が姿を現した。
少し裕福そうで豪華さを極力抑えた衣装に身を包んだ、商人モードのセレスティアだ。セレスティアの両手には中身がパンパンに詰まって膨らんだ、いかにも重たそうな革袋が握られていた。
「お待ちしておりました。セレスティア様」
セレスティアが姿を現すと、魔法陣の近くで待機していたクワトルが一礼してセレスティアを出迎える。
「待たせたわね。準備は出来てるかしら?」
「はい、いつでも出られます」
「よし、それじゃあ早速行きましょうか!」
短いやり取りを交わし、クワトルを引き連れて部屋を出たセレスティアは玄関で待機していたティンクと合流して、活気で賑わう貿易都市の渦中へと繰り出した。
◆ ◆
貿易都市の北側、通称『商業区画』と呼ばれる区画の端、人通りの少ない小道を進んだ先にカグヅチさんのお店はある。
前に来た時は荷物を運ぶ必要があったのと商人らしさを演出するために馬車を使って移動したけど、カグヅチさんのお店までの道は狭すぎて馬車での移動は不向きだったこともあり、今回は徒歩で移動している。
それに新しい拠点を手に入れて屋敷から貿易都市間の移動が一瞬になった今では、わざわざ数日もかけて馬車で移動する物好きで非効率な方法を取る気にはなれなかった。と言うより、今後もおそらく二度とそんな方法を取る気は起きてくることは無いだろう。
狭い道をしばらく歩いたところでカグヅチさんのお店に到着した。時間は既にお昼時で、飲食店以外の殆どのお店が昼休憩で一時的に店を閉める時間帯だ。勿論カグヅチさんのお店もその例に漏れず、お店の入口には『閉店中』の立て札が掲げられていた。
しかしそれは想定済み。と言うより、むしろそのタイミングを見計らってわざわざこの時間に来たのだ。
私は立て札に書かれていることを無視して、景気よく扉を開けて店に入る。扉の動きに合わせて入店を知らせるベルが店内に鳴り響き、その音を聴きつけて店の奥からカグヅチさんが姿を現した。
「立て札を見なかったのか? 今は昼休憩中だ。悪いが後で出直して――」
「私よカグヅチさん」
カグヅチさんの言葉を遮って私が声をかけると、カグヅチさんと目が合った。
「ん? おお、ミーティアさんだったのか! それにクワトルとティンクも! いらっしゃい!!」
私達を目にしたカグヅチさんは先程までの迷惑な客を突っ撥ねる様な態度から一転して、贔屓の客をもてなす様な態度になった。
「タイミング悪かった? 出直した方がいいかしら?」
「いやいや、ミーティアさんならいつでも歓迎だ! 急いで昼飯食って来るからちょっと座って待っててくれ!」
私の意地悪な言い方にカグヅチさんは慌ててそう言って引き留めると、椅子を三つ用意して再び店の奥に消えていった。折角カグヅチさんが椅子を用意してくれたけど座って待っているだけも暇なので、私達は店内を見て回って品々を物色して時間を潰すことにした。
そして店内を全て見て回り終える頃に、カグヅチさんは戻って来た。
「すまない、待たせたな!」
先程の言葉通り本当に急いで昼食を平らげて来たようで、カグヅチさんの息が少し上がっていた。
「それで、今日は何の用なんだ?」
「今日は新しい魔石と鉄を持って来たわ」
そう言って私は持って来た魔石と鉄の入った革袋をカウンターの上に置いた。
「おお、丁度少なってきてたから催促に行こうと思ってたところだったんだ。助かるぜ!」
カグヅチさんは嬉しそうに革袋の中を確かめる。そんなカグヅチさんに、私はさっき店の中を見て回って気になったことを聞いてみることにした。
「カグヅチさん、店の中の品揃えが前回来た時と変わってるようだけど、商売は順調なのかしら?」
カグヅチさんの店内に並べられた商品は、最初に来た時は武器防具以外にも調理器具などの金属製日用品も沢山置いてあった。しかし今では日用品の割合が減って、武器防具の割合が増えていた。そしてその殆どに私の提供した素材がしっかり使われているようで、質が全体的に向上している。
それにさっきカグヅチさんは、「少なくなってきてた」と言っていた。前回渡した素材はかなりの量があったはずなので、それが少なる程には売れているということだろう。
「ああ、おかげさまで順調だぜ。クワトルとティンクの宣伝効果もあって、最近はハンターがよく店に来るようになった。新品の武器防具は値段がそれなりにするから稼げてる奴らにしかまだ売れてないが、それより安く済む修理や修繕の仕事は日に日に増えているぜ」
「それはよかったわ」
計画通りに事が運んでいることに、私は素直に安堵した。
この計画の第一段階で最も大きな壁であったのが、鬼人であるカグヅチさんへの認識の緩和だった。
鬼人はその昔の世界大戦の活躍で人々から恐れられるようになり、その風評被害は今尚続いている。その所為で鍛冶師としての腕があっても、鬼人というだけでカグヅチさんを恐れて店に寄り付く人は知人以外殆どいなかった。
その状態ではいくら良い物を作っても売れる訳がない。それを解消する為に、クワトルとティンクによる宣伝活動だった。
ハンター達にとって装備の良し悪しは仕事の結果や命に関わることなので、全員がそれなりにそういった物を見分けられる目を持っている。そんなハンター達が目覚ましい活躍をする二人を見れば、必ず装備の出所を聞きたがるだろう。
そして出所を聞いたハンターの中でも、風評を気にしない恐れ知らずのハンターがカグヅチさんの店を訪れる。そして訪れたそのハンターがカグヅチさんの腕やカグヅチさん作の装備を絶賛すれば、認識を改める人が波紋が広がるように自然と増えていき、客足が増加することに繋がる。
そして現状、その目論見は上出来と言えるほど上手くいっているようだ。
そして計画の第二段階は、ハンター以外の客足増加である。
ハンターは仕事柄色々な人と接する機会が多く、以外と顔が広い職業だ。そんなハンター達の多くが絶賛し足を運ぶ店は自然とその評判と信頼度が上がり、ハンター以外の客足増加に繋がることになる。
その辺りは現状どうなっているかカグヅチさんに聞いてみると、「少しづつだがそういった客は増えてきてる。だけどその手の客は店に入る時に恐る恐る入って来て、俺が声を掛けたら猛獣に睨まれた獲物みたいに固まってるけどな! ハッハッハ!」と言って笑っていた。
自分が周りにどう思われているかを自覚していながら、それを気にも留めていないカグヅチさんの懐深さは相当の物だった。
……まあ、それは置いといて、ハンター以外の客足も増え始めてきているようでなによりだった。この調子でいけば、カグヅチさんの店が安定した資金源になるのも時間の問題だった。
ヴォン――
貿易都市の拠点の一室の床に描かれた転移の魔法陣が起動して、光と共に一人の女性が姿を現した。
少し裕福そうで豪華さを極力抑えた衣装に身を包んだ、商人モードのセレスティアだ。セレスティアの両手には中身がパンパンに詰まって膨らんだ、いかにも重たそうな革袋が握られていた。
「お待ちしておりました。セレスティア様」
セレスティアが姿を現すと、魔法陣の近くで待機していたクワトルが一礼してセレスティアを出迎える。
「待たせたわね。準備は出来てるかしら?」
「はい、いつでも出られます」
「よし、それじゃあ早速行きましょうか!」
短いやり取りを交わし、クワトルを引き連れて部屋を出たセレスティアは玄関で待機していたティンクと合流して、活気で賑わう貿易都市の渦中へと繰り出した。
◆ ◆
貿易都市の北側、通称『商業区画』と呼ばれる区画の端、人通りの少ない小道を進んだ先にカグヅチさんのお店はある。
前に来た時は荷物を運ぶ必要があったのと商人らしさを演出するために馬車を使って移動したけど、カグヅチさんのお店までの道は狭すぎて馬車での移動は不向きだったこともあり、今回は徒歩で移動している。
それに新しい拠点を手に入れて屋敷から貿易都市間の移動が一瞬になった今では、わざわざ数日もかけて馬車で移動する物好きで非効率な方法を取る気にはなれなかった。と言うより、今後もおそらく二度とそんな方法を取る気は起きてくることは無いだろう。
狭い道をしばらく歩いたところでカグヅチさんのお店に到着した。時間は既にお昼時で、飲食店以外の殆どのお店が昼休憩で一時的に店を閉める時間帯だ。勿論カグヅチさんのお店もその例に漏れず、お店の入口には『閉店中』の立て札が掲げられていた。
しかしそれは想定済み。と言うより、むしろそのタイミングを見計らってわざわざこの時間に来たのだ。
私は立て札に書かれていることを無視して、景気よく扉を開けて店に入る。扉の動きに合わせて入店を知らせるベルが店内に鳴り響き、その音を聴きつけて店の奥からカグヅチさんが姿を現した。
「立て札を見なかったのか? 今は昼休憩中だ。悪いが後で出直して――」
「私よカグヅチさん」
カグヅチさんの言葉を遮って私が声をかけると、カグヅチさんと目が合った。
「ん? おお、ミーティアさんだったのか! それにクワトルとティンクも! いらっしゃい!!」
私達を目にしたカグヅチさんは先程までの迷惑な客を突っ撥ねる様な態度から一転して、贔屓の客をもてなす様な態度になった。
「タイミング悪かった? 出直した方がいいかしら?」
「いやいや、ミーティアさんならいつでも歓迎だ! 急いで昼飯食って来るからちょっと座って待っててくれ!」
私の意地悪な言い方にカグヅチさんは慌ててそう言って引き留めると、椅子を三つ用意して再び店の奥に消えていった。折角カグヅチさんが椅子を用意してくれたけど座って待っているだけも暇なので、私達は店内を見て回って品々を物色して時間を潰すことにした。
そして店内を全て見て回り終える頃に、カグヅチさんは戻って来た。
「すまない、待たせたな!」
先程の言葉通り本当に急いで昼食を平らげて来たようで、カグヅチさんの息が少し上がっていた。
「それで、今日は何の用なんだ?」
「今日は新しい魔石と鉄を持って来たわ」
そう言って私は持って来た魔石と鉄の入った革袋をカウンターの上に置いた。
「おお、丁度少なってきてたから催促に行こうと思ってたところだったんだ。助かるぜ!」
カグヅチさんは嬉しそうに革袋の中を確かめる。そんなカグヅチさんに、私はさっき店の中を見て回って気になったことを聞いてみることにした。
「カグヅチさん、店の中の品揃えが前回来た時と変わってるようだけど、商売は順調なのかしら?」
カグヅチさんの店内に並べられた商品は、最初に来た時は武器防具以外にも調理器具などの金属製日用品も沢山置いてあった。しかし今では日用品の割合が減って、武器防具の割合が増えていた。そしてその殆どに私の提供した素材がしっかり使われているようで、質が全体的に向上している。
それにさっきカグヅチさんは、「少なくなってきてた」と言っていた。前回渡した素材はかなりの量があったはずなので、それが少なる程には売れているということだろう。
「ああ、おかげさまで順調だぜ。クワトルとティンクの宣伝効果もあって、最近はハンターがよく店に来るようになった。新品の武器防具は値段がそれなりにするから稼げてる奴らにしかまだ売れてないが、それより安く済む修理や修繕の仕事は日に日に増えているぜ」
「それはよかったわ」
計画通りに事が運んでいることに、私は素直に安堵した。
この計画の第一段階で最も大きな壁であったのが、鬼人であるカグヅチさんへの認識の緩和だった。
鬼人はその昔の世界大戦の活躍で人々から恐れられるようになり、その風評被害は今尚続いている。その所為で鍛冶師としての腕があっても、鬼人というだけでカグヅチさんを恐れて店に寄り付く人は知人以外殆どいなかった。
その状態ではいくら良い物を作っても売れる訳がない。それを解消する為に、クワトルとティンクによる宣伝活動だった。
ハンター達にとって装備の良し悪しは仕事の結果や命に関わることなので、全員がそれなりにそういった物を見分けられる目を持っている。そんなハンター達が目覚ましい活躍をする二人を見れば、必ず装備の出所を聞きたがるだろう。
そして出所を聞いたハンターの中でも、風評を気にしない恐れ知らずのハンターがカグヅチさんの店を訪れる。そして訪れたそのハンターがカグヅチさんの腕やカグヅチさん作の装備を絶賛すれば、認識を改める人が波紋が広がるように自然と増えていき、客足が増加することに繋がる。
そして現状、その目論見は上出来と言えるほど上手くいっているようだ。
そして計画の第二段階は、ハンター以外の客足増加である。
ハンターは仕事柄色々な人と接する機会が多く、以外と顔が広い職業だ。そんなハンター達の多くが絶賛し足を運ぶ店は自然とその評判と信頼度が上がり、ハンター以外の客足増加に繋がることになる。
その辺りは現状どうなっているかカグヅチさんに聞いてみると、「少しづつだがそういった客は増えてきてる。だけどその手の客は店に入る時に恐る恐る入って来て、俺が声を掛けたら猛獣に睨まれた獲物みたいに固まってるけどな! ハッハッハ!」と言って笑っていた。
自分が周りにどう思われているかを自覚していながら、それを気にも留めていないカグヅチさんの懐深さは相当の物だった。
……まあ、それは置いといて、ハンター以外の客足も増え始めてきているようでなによりだった。この調子でいけば、カグヅチさんの店が安定した資金源になるのも時間の問題だった。