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作者: 山のタル
残酷な描写あり
97.失踪事件
「それでは、八柱協議を開始しますぞ」
 
 貿易都市の中心の建つ『中央塔』の地下にある八柱オクタラムナのみが入れる会議室に、八柱オクタラムナの8人全員が集まっていた。
 今日は定期的に開かれる『八柱オクタラムナ定例協議』の日で、これには全員参加が義務付けられている。
 定例協議では、貿易都市と4ヵ国の貿易状況の確認や、お互いの要求案件の整合を話し合い、各国の潤滑な貿易と余計な摩擦が起きないように未然に防止することを主題としている。
 しかし今日は、いつもと違った議題が提出されることになった。
 
「今日の議題についてですが、妖艶メルキーからの強い要望があり、先にそちらの議題を話し合うことにします。ではメルキー、お願いしますぞ」
 
 司会のイワンからバトンを受け取り、メルキーが立ち上がった。
 
「皆様、私のわがままにお付き合いくださりありがとうございます。本来ならこの場は、各国の貿易について有意義な話し合いとなるはずでしたが、少し急ぎで取り掛かりたい件が出来たもので、陽炎イワンに無理を言ってねじ込ませていただきました」
 
 そう簡単に前置きをしてから、メルキーは早速話を始めた。
 
「実はここ最近、ブロキュオン帝国内で失踪者の情報が相次いで寄せられるようになりました。
 失踪の要因というものは多岐にわたり、これと言った具体的な要因があるわけではありません。その為、毎年様々な要因でそれなりの数の失踪者がブロキュオン帝国のみならず、皆様の国でも確認されていることと思います。
 本来ならそれらを気にすることはあまりないのですが、ブロキュオン帝国内でのここ最近の失踪情報の増え方が右肩上がりで増え続けており、ついには一月ひとつきの平均の倍を超えました。我が皇帝陛下はこの事態に、何か普段と違う要因があるのではないかと推測されました。
 そこで、皆様の国でもこういった失踪者増加の事例が起きていないか、もしくはいつもと違った何かが起きていないかをお聞きしたいのです」
 
 メルキーの話を聞いて、それぞれが記憶を探ってから発言をし始める。
 
「失踪者の正確な数に関しては戻ってから調べないと何とも言えませんが、少なくとも『失踪者が増えている』とか、『国内で異常が確認された』という報告は今のところ受けておりません」
「ムーア王国でも、そのような報告は上がておらんな」
「サピエル法国も右に同じです」
「貿易都市でもそのようなことは確認されていないはずですぞ。ですな、隠者ツキカゲ?」
「……陽炎イワンの言う通り、貿易都市内で異常は起きていない」
 
 それぞれの内容はメルキーの予想した通りであり、同時に期待外れなものばかりであった。
 
「そうですか、ありがとうございます」
 
 予想していたとはいえ、少しは淡い期待を寄せていたので、若干の落胆の影がメルキーの顔に落ちた。
 
「しかし、失踪者が増えているのは気になりますな」
 
 イワンの意見にメールも同意する。
 
「そうですね~。妖艶メルキーの話には情報が不足していますから偶然という可能性は捨てきれませんが~、失踪者の数が平均の倍になったというところが引っ掛かりますね~」
「徐々に増えているならともかく、ここ最近で倍になるということが偶然に起こる方が不自然な気はしますね」
「確かに……」
 
 ベルの言うことももっともで、統計により導かれた平均とは、ある一定のふり幅がこそあれど、自然にそれが極端に変動することはまずない。それに加えて今回のケースは“失踪者”である。ブロキュオン帝国の失踪者の数は他の3国から見ても少ないのだが、それがここ最近で倍になったのだ。それも右肩上がりに増えての結果である。
 
「なるほど。それで皇帝陛下は何かがあった可能性が高いと睨んでおられる訳だな」
「その通りです」
 
 失踪の要因や原因は様々なものが存在する。出かけた先で人攫ひとさらいに攫われたり、盗賊や魔物に襲われたり等の外的要因。知り合いの誰にも告げずに逃走・夜逃げ、家族と問題を起こして家出、精神的に追い詰められて人知れない場所での自殺等の自主的要因。
 主な要因はこんなところだが、いずれにおいても頻繁に起こることではなく、発生確率は基本的に低い。
 これが貧困問題を抱えている国内ならばともかく、ブロキュオン帝国はそこまで貧困問題を抱えていない。勿論、ブロキュオン帝国の領土は他の3国と比較にならないくらい広く、場所によっては貧富の格差は存在する。しかし、全体的に見ても帝国の実力主義政策のおかげで、その差はむしろ他の3国より少ないのである。
 そのブロキュオン帝国で失踪者の数が増え始めたと言うのだから、何か新しい要因が現れたと疑うのは当然の帰結だろう。
 
「……皇帝陛下は大胆な事をすることもあるが、意外と慎重なお方だ。……ただの偶然か、それとも意図的な原因があるかが不明なこの状況で大きくは動けないが、小さな動きで広く情報を集める目的なのだろう」
「実態が不明な以上、大きく広い目で物事を判断した方が取り返しがききますからね」
「……情報は本当にこれだけなんだな妖艶メルキー?」
「これだけです。しかし調査は既に開始しているので、次の八柱協議には新しい情報を持ってこれると思いますわ」
「分かりましたぞ。この件については我々の方でも情報を集めることにして、次回の八柱協議の場で再び協議として取り上げることにしましょう」
「「「「「「「異議なし!」」」」」」」
「では、次の議題ですが――」
 
 こうしてメルキーの議題は一時棚上げされ、その日もいつも通り順調に八柱協議は進んでいった。
 しかし、メルキーが持ちこんだこの議題が後に起こる大戦の火種になるとは、この時はまだ誰も予想だにしていなかった……。
 
 
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