残酷な描写あり
102.ムーア王国4
ムーア王国は700年の長い歴史を誇る国で、大陸に現存する4ヵ国の中では最も長期に続いている国である。
昔は大陸東側の全土を支配していた時期もあったが、後に王国南側の一部が独立し『人間至上主義』を国教として掲げるサピエル法国が誕生した。そして150年前の世界大戦では、王国北側の貴族達が反旗を翻してプアボム公国が誕生した。その結果、現在のムーア王国の領土は建国以来最も小さいものとなっている。
700年の歴史の中でそういった領土の変化があったムーア王国だが、国の中枢である王都の場所は建国当初から一度も移動してはいない。
貿易都市から東にひたすら真っ直ぐ進んだ先、ムーア王国の中心地に王都は存在する。王都の面積は貿易都市の約10倍の広さがあり、その周囲を高い外壁で覆っている。
王都の内部は貴族が暮らす“貴族府”と、平民が暮らす“平民街”の二つの区画に分かれており、その区画は外周と同じ高い壁で仕切られている。
王都の中心にある“貴族府”と、その外側を囲む“平民街”に暮らす人々の人口は優に500万人を超えており、まさに『超巨大都市』と呼ぶに相応しい都である。
そんな王都の中心にある貴族府の更に中心地には、ムーア王国を治める王族が暮らす巨大な王城が威風堂々たる佇まいで君臨している。
その巨大な王城の一室には、ムーア王国の国王が代々公務の場で使用し続けてきた国王専用の執務室がある。執務室の内装は国王の代が変わるごとに、その時の国王の趣味趣向に合わせて変化を続けてきた。
例えば、初代国王は厳格な人物で贅に凝らず、王国の国旗と幾ばくかの調度品しか置かなかった。
それとは正反対に芸術好きだったと言われる第13代国王は、壁一面に有名画家の絵を、棚の上には高価な骨董品を、床には派手な装飾を施した絨毯を敷き贅の限りを尽くした。
また女性関係が派手だったとされる第21代国王は、執務室の隣を改築し、そこにお気に入りの女性を住まわせていたこともあった。
そして現在、この執務室の主である第44代国王、ランディ・ムーア44世は『優柔不断の王』と称されている。その称号を証明するかのように執務室の内装は、ある意味カオスな空間になっていた。
優柔不断の名の通り、ムーア44世は家臣から強く勧められた物を断ることが出来ず、その全てを執務室に置き飾っている。王国の国旗、有名画家の絵画、高価だが正しい価値が分からない骨董品、様々な装飾が混ざり想像を遥かに超えた幾何学模様を生み出す絨毯、そして執務室に置くことが出来なかったその他の物品を泣く泣く詰め込んだ執務室の隣にある倉庫。
歴代の国王が取り入れた様な、ありとあらゆる物を見境なく無造作に設置した結果生まれたのは、芸術と価値観と秩序をかなぐり捨てた異質な空間であった。
今その執務室に三人の人物がいる。一人は豪華な椅子に腰を落とし机に両腕を乗せ前屈みになっている頭に王冠を乗せた、『優柔不断』の名を欲しいままにするムーア44世。そして机を挟んでムーア44世と向かい合うように二人の男が立っていた。
一人は細く尖った鋭い目をしているムーア王国宰相の“カンディ・ホーク大公”。その隣に立つのは、顔の輪郭が武骨で四角い中堅の男性で、ムーア王国の財政を取り纏める財務総監の地位に就く“マーカス・クレメント大公”である。
「――というわけで、財務総監のクレメント大公と話し合った結果、わしが当初提案した内容の通りに事を運ぶことに決定いたしました」
手元の紙を読み上げて、カンディはムーア44世にそう報告した。
カンディとクレメント大公が国王に謁見していたのは、会議で行われた内容を精査した結果を伝えに来たためだ。
「うむ、ではそれでやってくれ。細かい指示などは全てお主達に任せよう」
「「はっ、御意に!」」
ムーア44世の全権委託命令を受諾したクレメント大公は早速行動に移るべく、ムーア44世に深く一礼をしてから執務室を整然とした動きで後にした。
一方カンディはというと、クレメント大公と同時にムーア44世に一礼をしてクレメント大公が執務室を後にするの待ってから、執務室に置かれているもう一つの机に足を運び、その机の椅子に腰かけて書類に目を落としていく。
今、ムーア44世とカンディのいる歴代の国王たちの趣味趣向を無造作に取り入れた様な国王専用の執務室だが、一つだけ、歴代に無いものが存在していた。それが、“宰相用の執務机”である。
優柔不断で知られるムーア44世は、政治のほぼ全てを最も信頼している一番の家臣であるカンディに任せている。つまり政治の実権を握っているのは実質的にカンディであった。そのことを考慮したムーア44世が、「政治を任せるなら、常に私の傍にいた方が良いだろう」と執務室に無理やり宰相専用の執務机を用意させ、国王専用だった執務室を、国王兼宰相の執務室に変えてしまったのだ。
この件は当初反対の意見が多かったのだが、ムーア44世の期待に応えるために奮闘したカンディが今までにない効率的かつ迅速に政務を進め国の財政を立て直したのだ。そしてその成果を掲げ有用性を示したことにより、この件に口出しする者を全て実力で黙らせた過去がある。
それ以来ここは、名実ともにムーア44世とカンディ専用の執務室となったのだ。
そんな過去を思い出しているのかは分からないが、書類に目を通していくカンディの姿を椅子にもたれて穏やかな目で眺めていたムーア44世の耳に、執務室の扉を叩く音が入って来た。
「入りなさい」
「失礼いたします!」
声の張った返事と共に、鎧を着た二人の若い男が執務室に入って来た。
先頭を歩くのは、黒曜石の様な光沢のある漆黒の黒髪を靡かせる、優しく大きな目をした美形の男だった。
その後ろをついて歩くのは、鮮やかな黄土色のきめ細かい髪が特徴の男だった。こちらも先頭を歩く男と同じ美形であったが、その目は全てを射ぬこうとしているほどに鋭く尖っており、全く真逆の雰囲気を纏っていた。
二人はムーア44世の前まで真っ直ぐ歩いて行くと、模範といえる完璧な敬礼をしてから口を開いた。
「王国軍第一騎士団団長“ルーカス・ムーア”!」
「同じく第一騎士団副団長“シェーン・ホーク”!」
「一昨日から行っていた第一騎士団の演習が終了したことを、国王陛下にご報告に参りました!」
「うむ、ご苦労であった」
王国軍とはその名の通り、ムーア王国か保有する軍隊のことである。王都に在中している王国軍の総数は約60万人で、12の騎士団に分けて編成されている。
その12ある騎士団の一つである第一騎士団を指揮している団長と副団長が、ムーア44世の一人息子でムーア王国の王子である“ルーカス・ムーア”と、王国宰相のカンディの息子である“シェーン・ホーク”の二人だ。
「しかしそんな固い言葉づかいをしなくてもよい。今この場には私とカンディしかいないのだからな。
さあ、こっちで詳しい話を聞かせてくれないか?」
ムーア44世はそう言って席を立つと、部屋の端に設けられた談話用のソファーに移動する。それに合わせてルーカスとシェーンもソファーの方に移動した。
カンディだけは仕事に着手したまま動く気配がなかったが、目線と神経をチラチラとムーア44世達の方へと向けていたので、全く気にしていないわけではないようだった。
「それで、演習はどうだった?」
「はい、カンディ殿の指示通り、今回は主に第一騎士団の連携力の強化を主軸に演習しました。結果から言えば良くなった部分は多くありましたが、まだまだ鍛えなくてはいけない部分も見えてきた感じですね」
「ですので今回の演習内容をふまえて、次回の演習ではその辺りの強化を図ろうかと考えております」
「ふむ、なるほどな。カンディはどう思う?」
ムーア44世達の話に聞き耳を立てていたカンディは、ムーア44世の質問に手を動かしながら答える。
「そうですね、話を聞く限りでは概ね実りのある演習になったようですので成功といえるでしょう。
今後に関しては、今回の演習内容とその結果を詳しく検証してから判断したく思います」
「わかった。その辺りのことはお主に全て任せるから、二人としっかり話し合って決めてくれ」
「御意」
カンディは座ったまま小さく一礼する。
「そうそう二人とも、今日は演習帰りで疲れているだろう? 話し合いは明日でいいからもう下がって休みなさい。カンディもそれでよいか?」
「わしは構いません。急ぐことではありませんので」
「ありがとうございます父上、カンディ殿。正直かなりヘトヘトなので、そのご厚意に甘えさせていただきます。行こうか、シェーン」
「はい、ルーカス様」
二人は立ち上がるとムーア44世に再び敬礼した。その立ち振る舞いは先程までの親子のそれではなく、王と家臣というしっかりと分別のされたものに切り替わっていた。
「では失礼いたします!」
「うむ、ゆっくり休むのだぞ」
そうしてルーカスとシェーンは執務室を出て行き、執務室は再びムーア44世とカンディの二人だけになった。
ルーカスとシェーンが出て行った扉を名残惜しそうに見つめたまま、ムーア44世はカンディに向けて小さく口を開いた。
「……なぁ、カンディよ」
「どうしましたか、国王陛下」
「あの二人は立派になったな」
「……そうですね。まだまだ若輩者なところはありますが、そこはわし達ではなく、きっと他の者が教えてくれることでしょう」
「ああ、そう願いたいな」
ムーア44世はソファーから移動して再び自分の椅子に腰かけると、背もたれに大きく背中を預けて天を仰ぐ。その眼前には芸術的な天井絵と一流の職人が手掛けた豪華な照明があったが、ムーア44世の瞳にはそのどちらも映っていなかった。
「私は、誇りに思う。こんなだらしない私から、あのような優秀な子が産まれ、立派に育ってくれたのだからなぁ。それもこれも、全てカンディのおかげだ」
「……身に余るお言葉です」
「……この国の、いや、あの子たちの未来の為に、これからも頼むぞカンディ」
「御意。陛下の御心のままに……」
その会話を最後にカンディの仕事が終わるまでの間、執務室は沈黙が支配するのだった。
昔は大陸東側の全土を支配していた時期もあったが、後に王国南側の一部が独立し『人間至上主義』を国教として掲げるサピエル法国が誕生した。そして150年前の世界大戦では、王国北側の貴族達が反旗を翻してプアボム公国が誕生した。その結果、現在のムーア王国の領土は建国以来最も小さいものとなっている。
700年の歴史の中でそういった領土の変化があったムーア王国だが、国の中枢である王都の場所は建国当初から一度も移動してはいない。
貿易都市から東にひたすら真っ直ぐ進んだ先、ムーア王国の中心地に王都は存在する。王都の面積は貿易都市の約10倍の広さがあり、その周囲を高い外壁で覆っている。
王都の内部は貴族が暮らす“貴族府”と、平民が暮らす“平民街”の二つの区画に分かれており、その区画は外周と同じ高い壁で仕切られている。
王都の中心にある“貴族府”と、その外側を囲む“平民街”に暮らす人々の人口は優に500万人を超えており、まさに『超巨大都市』と呼ぶに相応しい都である。
そんな王都の中心にある貴族府の更に中心地には、ムーア王国を治める王族が暮らす巨大な王城が威風堂々たる佇まいで君臨している。
その巨大な王城の一室には、ムーア王国の国王が代々公務の場で使用し続けてきた国王専用の執務室がある。執務室の内装は国王の代が変わるごとに、その時の国王の趣味趣向に合わせて変化を続けてきた。
例えば、初代国王は厳格な人物で贅に凝らず、王国の国旗と幾ばくかの調度品しか置かなかった。
それとは正反対に芸術好きだったと言われる第13代国王は、壁一面に有名画家の絵を、棚の上には高価な骨董品を、床には派手な装飾を施した絨毯を敷き贅の限りを尽くした。
また女性関係が派手だったとされる第21代国王は、執務室の隣を改築し、そこにお気に入りの女性を住まわせていたこともあった。
そして現在、この執務室の主である第44代国王、ランディ・ムーア44世は『優柔不断の王』と称されている。その称号を証明するかのように執務室の内装は、ある意味カオスな空間になっていた。
優柔不断の名の通り、ムーア44世は家臣から強く勧められた物を断ることが出来ず、その全てを執務室に置き飾っている。王国の国旗、有名画家の絵画、高価だが正しい価値が分からない骨董品、様々な装飾が混ざり想像を遥かに超えた幾何学模様を生み出す絨毯、そして執務室に置くことが出来なかったその他の物品を泣く泣く詰め込んだ執務室の隣にある倉庫。
歴代の国王が取り入れた様な、ありとあらゆる物を見境なく無造作に設置した結果生まれたのは、芸術と価値観と秩序をかなぐり捨てた異質な空間であった。
今その執務室に三人の人物がいる。一人は豪華な椅子に腰を落とし机に両腕を乗せ前屈みになっている頭に王冠を乗せた、『優柔不断』の名を欲しいままにするムーア44世。そして机を挟んでムーア44世と向かい合うように二人の男が立っていた。
一人は細く尖った鋭い目をしているムーア王国宰相の“カンディ・ホーク大公”。その隣に立つのは、顔の輪郭が武骨で四角い中堅の男性で、ムーア王国の財政を取り纏める財務総監の地位に就く“マーカス・クレメント大公”である。
「――というわけで、財務総監のクレメント大公と話し合った結果、わしが当初提案した内容の通りに事を運ぶことに決定いたしました」
手元の紙を読み上げて、カンディはムーア44世にそう報告した。
カンディとクレメント大公が国王に謁見していたのは、会議で行われた内容を精査した結果を伝えに来たためだ。
「うむ、ではそれでやってくれ。細かい指示などは全てお主達に任せよう」
「「はっ、御意に!」」
ムーア44世の全権委託命令を受諾したクレメント大公は早速行動に移るべく、ムーア44世に深く一礼をしてから執務室を整然とした動きで後にした。
一方カンディはというと、クレメント大公と同時にムーア44世に一礼をしてクレメント大公が執務室を後にするの待ってから、執務室に置かれているもう一つの机に足を運び、その机の椅子に腰かけて書類に目を落としていく。
今、ムーア44世とカンディのいる歴代の国王たちの趣味趣向を無造作に取り入れた様な国王専用の執務室だが、一つだけ、歴代に無いものが存在していた。それが、“宰相用の執務机”である。
優柔不断で知られるムーア44世は、政治のほぼ全てを最も信頼している一番の家臣であるカンディに任せている。つまり政治の実権を握っているのは実質的にカンディであった。そのことを考慮したムーア44世が、「政治を任せるなら、常に私の傍にいた方が良いだろう」と執務室に無理やり宰相専用の執務机を用意させ、国王専用だった執務室を、国王兼宰相の執務室に変えてしまったのだ。
この件は当初反対の意見が多かったのだが、ムーア44世の期待に応えるために奮闘したカンディが今までにない効率的かつ迅速に政務を進め国の財政を立て直したのだ。そしてその成果を掲げ有用性を示したことにより、この件に口出しする者を全て実力で黙らせた過去がある。
それ以来ここは、名実ともにムーア44世とカンディ専用の執務室となったのだ。
そんな過去を思い出しているのかは分からないが、書類に目を通していくカンディの姿を椅子にもたれて穏やかな目で眺めていたムーア44世の耳に、執務室の扉を叩く音が入って来た。
「入りなさい」
「失礼いたします!」
声の張った返事と共に、鎧を着た二人の若い男が執務室に入って来た。
先頭を歩くのは、黒曜石の様な光沢のある漆黒の黒髪を靡かせる、優しく大きな目をした美形の男だった。
その後ろをついて歩くのは、鮮やかな黄土色のきめ細かい髪が特徴の男だった。こちらも先頭を歩く男と同じ美形であったが、その目は全てを射ぬこうとしているほどに鋭く尖っており、全く真逆の雰囲気を纏っていた。
二人はムーア44世の前まで真っ直ぐ歩いて行くと、模範といえる完璧な敬礼をしてから口を開いた。
「王国軍第一騎士団団長“ルーカス・ムーア”!」
「同じく第一騎士団副団長“シェーン・ホーク”!」
「一昨日から行っていた第一騎士団の演習が終了したことを、国王陛下にご報告に参りました!」
「うむ、ご苦労であった」
王国軍とはその名の通り、ムーア王国か保有する軍隊のことである。王都に在中している王国軍の総数は約60万人で、12の騎士団に分けて編成されている。
その12ある騎士団の一つである第一騎士団を指揮している団長と副団長が、ムーア44世の一人息子でムーア王国の王子である“ルーカス・ムーア”と、王国宰相のカンディの息子である“シェーン・ホーク”の二人だ。
「しかしそんな固い言葉づかいをしなくてもよい。今この場には私とカンディしかいないのだからな。
さあ、こっちで詳しい話を聞かせてくれないか?」
ムーア44世はそう言って席を立つと、部屋の端に設けられた談話用のソファーに移動する。それに合わせてルーカスとシェーンもソファーの方に移動した。
カンディだけは仕事に着手したまま動く気配がなかったが、目線と神経をチラチラとムーア44世達の方へと向けていたので、全く気にしていないわけではないようだった。
「それで、演習はどうだった?」
「はい、カンディ殿の指示通り、今回は主に第一騎士団の連携力の強化を主軸に演習しました。結果から言えば良くなった部分は多くありましたが、まだまだ鍛えなくてはいけない部分も見えてきた感じですね」
「ですので今回の演習内容をふまえて、次回の演習ではその辺りの強化を図ろうかと考えております」
「ふむ、なるほどな。カンディはどう思う?」
ムーア44世達の話に聞き耳を立てていたカンディは、ムーア44世の質問に手を動かしながら答える。
「そうですね、話を聞く限りでは概ね実りのある演習になったようですので成功といえるでしょう。
今後に関しては、今回の演習内容とその結果を詳しく検証してから判断したく思います」
「わかった。その辺りのことはお主に全て任せるから、二人としっかり話し合って決めてくれ」
「御意」
カンディは座ったまま小さく一礼する。
「そうそう二人とも、今日は演習帰りで疲れているだろう? 話し合いは明日でいいからもう下がって休みなさい。カンディもそれでよいか?」
「わしは構いません。急ぐことではありませんので」
「ありがとうございます父上、カンディ殿。正直かなりヘトヘトなので、そのご厚意に甘えさせていただきます。行こうか、シェーン」
「はい、ルーカス様」
二人は立ち上がるとムーア44世に再び敬礼した。その立ち振る舞いは先程までの親子のそれではなく、王と家臣というしっかりと分別のされたものに切り替わっていた。
「では失礼いたします!」
「うむ、ゆっくり休むのだぞ」
そうしてルーカスとシェーンは執務室を出て行き、執務室は再びムーア44世とカンディの二人だけになった。
ルーカスとシェーンが出て行った扉を名残惜しそうに見つめたまま、ムーア44世はカンディに向けて小さく口を開いた。
「……なぁ、カンディよ」
「どうしましたか、国王陛下」
「あの二人は立派になったな」
「……そうですね。まだまだ若輩者なところはありますが、そこはわし達ではなく、きっと他の者が教えてくれることでしょう」
「ああ、そう願いたいな」
ムーア44世はソファーから移動して再び自分の椅子に腰かけると、背もたれに大きく背中を預けて天を仰ぐ。その眼前には芸術的な天井絵と一流の職人が手掛けた豪華な照明があったが、ムーア44世の瞳にはそのどちらも映っていなかった。
「私は、誇りに思う。こんなだらしない私から、あのような優秀な子が産まれ、立派に育ってくれたのだからなぁ。それもこれも、全てカンディのおかげだ」
「……身に余るお言葉です」
「……この国の、いや、あの子たちの未来の為に、これからも頼むぞカンディ」
「御意。陛下の御心のままに……」
その会話を最後にカンディの仕事が終わるまでの間、執務室は沈黙が支配するのだった。