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作者: 山のタル
残酷な描写あり
122.招かれた客3
 淵緑えんりょくの魔女。その名には聞き覚えがあった。
 緊急に開かれたこの前の八柱オクタラムナ協議でその名前が出てきた。
 確か、教皇親衛隊のリチェが教皇の命令を受け調査していた人物だ。プアボム公国マイン領にある“淵緑の森”に俗世を離れて住んでいる魔女だと、ユノは言っていた。そしてリチェは淵緑の魔女の怒りを受けて返り討ちにあい、それをユノが洗脳したという話だったはずだ。何故ユノがその場にいたのかは、説明をはぐらかされたので結局分からなかったけど。
 
「……淵緑の魔女さん」
「セレスティアでいいわよ」
「……ではセレスティアさん、何故今それを私に話したのですか~? 私をここに連れて来て、ただ秘密を明かしたかったわけではないですよね~?」
 
 無条件の親切心で秘密を打ち明ける人なんてこの世にいない。そこには必ず秘密を明かすリスクに見合った打算がある。
 セレスティアさんは今まで自分の名前と身分を偽り、その偽りに見合わない権力者を協力させて、それを後ろ盾にすることで偽りをまことに限りなく近づけて誤魔化していた。
 そこまで周到にして隠していた秘密だ。それに見合った打算も無しに打ち明けるのは、考えなしのバカのすることだ。そして私の予想した通り、セレスティアさんにはやっぱり打算があった。
 
「勿論よ。私がメールに秘密を打ち明けた理由は三つあるわ。
 まず一つ、さっきも言ったように戦争という世界情勢の変化があったからよ。どうでもいいとは言ったけど、私達の計画の妨げになるかもしれないなら対処しなくてはいけないわ。それに偶発的だったけど、戦争の切っ掛けを見つけたのは私達だからね。ほんの少しは手を貸さないと申し訳ない気持ちもあるわ」
 
 戦争の切っ掛けとなったのは、教皇親衛隊であったリチェの証言だ。セレスティアさんの言う通り偶然だったとはいえ、セレスティアさん達がリチェから情報を得て、それをマイン公爵に渡したことで、戦争の流れが出来上がった。
 つまり極端に解釈をすれば、セレスティアさんが戦争の火付け人となったという事だ。事態の火付け人となったその責任を、セレスティアさんは少しばかり感じていたようだ。
 
「二つ目は、八柱にも私達の協力者になってほしいの。私としては、世間に出ることなく自分のしたいことに集中できる環境が欲しいだけなの。だからそもそも、誰かと敵対するとかその他の面倒事は御免こうむりたいの。だからこうして秘密を打ち明けることで私達に害意が無いことを知ってもらって、お互いに協力し合える関係を構築できたらと思っているわ」
 
 協力者という話は悪いものじゃない。悪いものではないけど、何にしてもセレスティアさんの思惑を包み隠さず全て聞いてからではないと判断できない。
 
「そして三つ目だけど、あなた達二人の友情の為よ。ユノは私達の秘密を全て知っているわ。でも今のままだとユノは秘密を隠す必要があるから、きっと心から友人との談笑を楽しむことは出来ないわ。長い時を孤独に過ごしてきたユノにできた唯一の友人だもの。友情は大切にしないとね」
「セレスティアさん……!」
 
 セレスティアさんが打算と同等に私達の関係を考慮してくれてたことにユノは感激したようで、セレスティアさんに敬意の眼差しを向けていた。
 私も友情を考慮してくれて秘密を明かす決意をしてくれたことには、感謝の気持ちはある。しかし同時にその割合は前の二つの理由に比べたら相当小さなものであることも理解しているので、私はユノの様な眼差しをセレスティアさんに向けたりはしない。
 
「セレスティアさんの考えは分かりました~。しかし協力者の話は、セレスティアさんの目的や思惑や秘密を聞いてからでないと判断しかねます~」
「勿論、判断は私の話を聞いてからで構わないわ。でももし聞いたうえで協力できないと言うなら、私達は二度と貿易都市に足を踏み入れることはないわ。安全な場所でなくなるなら、そこに固執する意味はないからね」
 
 そう前置きという名の脅しをしてから、セレスティアさんは話を始めた。
 セレスティアさんは淵緑の魔女と大層な二つ名で呼ばれてはいるが、実際は自分の開発した魔術の研究に没頭したいだけのただの研究者であること。
 数か月前に研究資金が底を突きそうになった事が発覚した為、資金を稼ぐ計画を立て、従者と共に貿易都市に出稼ぎに来たこと。その際に身バレを防ぐために偽の設定を作ったこと。
 貿易都市を訪れた際に、たまたま出会ったベルからの魔術的干渉を防いだことで八柱に目を付けられる事態になったこと。
 その事態を危惧したセレスティアさんがマイン公爵に掛け合って、偽の設定に真実味を持たせるために商人証明書の発行をお願いしたこと。
 その際に八柱の存在を教えられたこと。
 マイン公爵家とは古くから交友があり、お互いに持ちつ持たれつの関係であること。
 貿易都市で鍛冶師をしているカグヅチさんと契約を結んだのは、資金稼ぎの他に新しい素材の開発をお願いするためだったこと。
 
 そうして話を聞き終わった時、不思議と私はセレスティアさんの話を無条件で信じていた。
 いや、流石に最初は素直に信じるわけにもいかないから、嘘を吐かれる可能性を考慮して今までの情報と話の内容を照らし合わせたりしてた。けれど、聞けば聞くほど今までの情報を補足する様な内容ばかりで、まるでパズルのピースが綺麗に嵌るみたいに今までの疑問が解けていった。
 その感覚を理解した時、私は直感した。セレスティアさんは嘘を言っておらず、本気で私に……いや、私達八柱と向き合う覚悟を決めているのだと。
 だとしたら、一つ確かめておきたいことがある。
 
「セレスティアさん、一つだけ聞いてもいいですか~?」
「何かしら?」
「セレスティアさんは、貿易都市の事をどう思っていますか~?」
 
 私の質問の内容に、セレスティアさんは一瞬キョトンとした顔をした。しかしセレスティアさんは口角を上げ、堂々とした口調でこう言った。
 
「私の計画の要となる重要な場所よ!」
 
 セレスティアさんの答えは、私が思ってモノとは違っていた。……しかしそれは同時に、思った以上の答えでもあった。
 
「……セレスティアさん、協力者の件、お引き受けしましょう!」
「ありがとうメール!」
 
 私とセレスティアさんはその場で固い握手を交わた。
 
「でも、他の八柱は反対したりしないかしら?」
 
 セレスティアさんは思い出したように、心配事を口にした。
 確かに協力者の件を了承したのは私の独断なので、他の八柱がこの話を聞いてどう思うか心配なのはわかる。
 しかしそれは大した問題ではない。
 
「安心してくださいセレスティアさん。私が必ず説得して見せます~! ですが、その説得を確実なものにする為に一つ、セレスティアさんに手伝ってほしいことがあるのですが~」
「聞きましょう」
「イワンを知っていますか~?」
「ええ、カグヅチさんの友人で貿易都市警備隊の総隊長。そして、八柱の一人でしょう?」
 
 マイン公爵から教えられていたこともあり、セレスティアさんはイワンの正体も当然知っていた。これなら話は早い。
 
「実はイワンは今、戦争に備えてある計画を立てています~。セレスティアさんにはその計画の手伝いをしてほしいのです~」
「その計画は私が手伝えるようなものなのかしら?」
「正確に言うならとして力の方が必要なことなのですが~。どちらにしてもイワンは八柱の纏め役みたいな人物なので、信用を得られれば協力者の件の後押しとしてこれ以上ない力になるのは間違いないかと~」
「成る程ねぇ。そういうことなら手を貸しましょう!」
 
 セレスティアさんはすぐに話に乗って来てくれた。
 
「よろしくお願いしますね~。詳しくは後ほど連絡させていただきます~」
「ええ。メールも説得の方をよろしくね!」
「お任せください~!」
 
 そうして私とミーティアさんは再び握手を交わして、お互いの信頼を確かめ合った。
 
 その後アインがお茶を運んで来て、私とセレスティアさんは少しの間雑談に花を咲かせた。
 しかしすぐにセレスティアさんは席を立つと、背後に立っていたニーナ、サムス、クワトル、ティンクの四人を引き連れて部屋を後にした。
 その際に「今日はもう遅いから泊まって行ってね」と言い残し、私はその行為に甘えることにした。
 
 部屋に残された私とユノはようやく二人きりとなり、ここまで待ちに待った会話を楽しんだ。
 その時ユノから失踪当時の話を聞くことができ、ユノを連れだした犯人がサムスだったと判明し、その方法も聞くことが出来た。
 更に、プアボム公国とブロキュオン帝国はセレスティアさんの存在を既に知っており、四大公も皇帝陛下もセレスティアさんには一目置いているというのも聞いた。
 ……セレスティアさんとの協力関係に前向きな返答をして良かったと、この時ばかりは自分の決断を誉めたくなった。
 
 
 
 翌日、ユノが貿易都市まで送り返してくれることになった。
 転移魔術の魔法陣がある玄関ホールには、セレスティさんが見送りに来ていた。
 
「よろしく頼むわね」
「任せてください~」
「それと、別荘にメールのお客が来てるから、ついでに連れて帰ってね」
「えっ、私にですか~?」
「そう、向こうに着けばわかると思うわ」
 
 よく分からない頼みをされた私は、疑問を抱えたままユノに連れられて貿易都市のセレスティアさんの別荘に転移した。
 
 転移した私は転移先で真っ先に目に入った人物を見て、セレスティアさんの言っていた意味を理解した。
 
「……」
「……」
 
 そこには別荘の警備をしているというシモンという男性と、真っ黒なローブで全身を隠している人物が立っていた。その人物は私のよく知る人物だ。
 
「……なんであなたがここにいるのかしら“ツキカゲ”~?」
「……昨日、影に潜ってお前を監視していたら転移魔術で連れ去られるのを目撃してな。こいつとこいつの主人からある程度の事情を聞いて、ここで待たせてもらっていた」
「いやー、いきなり背後からナイフを突きつけられた時は驚きましたね」
 
 そう言ってシモンさんは笑っていたけど、私からすれば笑い事じゃない。
 せっかく良好な関係を築けた相手だったのに、危うく一夜で敵対関係に様変わりするかもしれなかったからだ。
 いや、ツキカゲが私を心配して行動してくれたのは嬉しいし、状況からしてツキカゲの行動は正しい行動だった。しかし今回ばかりは、相手が相手だけに余計なお世話だっと言わざるを得ない。
 
 だけど今のツキカゲの様子を見る限りでは、殺気や敵対心などは感じられなかった。
 セレスティアさんが言っていた内容とツキカゲの言葉から状況から考えれば、私と話を終えた後にセレスティアさんがここに来て、ツキカゲに上手く事情を説明して納得させたということなのだろう。
 事態が最悪の方向に向かわなかったことに、私は心から安堵した。
 
「それじゃあ、帰ります~……」
「いつでも遊びに来てねメール!」
「ええ、そうさせてもらうわ~。行くわよ、ツキカゲ~……」
 
 そうしてツキカゲを連れた私は、早朝の朝日に照らされながら足取り重く帰路に就いた。
 精神的ストレスが一気に押し寄せて元気をなくした私の心境を察したのか、ツキカゲが申し訳なさそうな声色で謝罪してきた。
 
「……その、なんだ、先走ってすまなかったな……」
「結果的に何もなかったからいいのよ~。でも事情を聞いたというなら、ツキカゲもイワンとベルの説得を手伝ってくださいね~……」
「……ああ、任せておけ」
 
 こうしてはからずも味方を得た私は、この後無事にイワンとベルの説得に成功するのだった。
 
 
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