残酷な描写あり
131.王都陥落1
玉座の間に息を切らしながら兵士が飛び込んできた。
「も、申し上げます! 敵の攻撃により城門が崩壊! 射線上にいた中央部隊も攻撃に巻き込まれ、我が軍の……3分の1が壊滅しました!
現在敵は崩壊した城門に進軍を開始! 幸いにも無事だったローソン様がすぐに陣形を再編して応戦しています。……ですが、我が軍の士気の低下は著しく、更に敵との兵力差もあり極めて不利な状況であります!」
急ぎ早の兵士の報告を聞いて玉座の間に集まっていた近衛兵達は最悪の状況に陥ったことを悟り、玉座の間は声にもならない沈黙に包まれた。
そんな中、玉座に腰かけていたムーア44世は大きく息を吐いた。普通なら聞こえもしない様な小さな音だが、沈黙が支配している今では誰の耳にでも聞こえるような大きな幻聴のようであった。
「……報告ご苦労だった。下がって持ち場に戻るのだ……」
「は、はい……」
兵士は立ち上がると来た時と同じように走って玉座の間を後にした。しかしその背中は明らかに悲壮感に支配されたものだった。
そうして再び、玉座の間に沈黙が訪れた。
ムーア44世は眉間に指を当て、その隣に立つカンディは目を閉じて微動だにしない。
二人が発する異様な雰囲気を前にして、玉座の間にいる誰もが何も言葉を紡げなかった。
時折遠くから戦闘の激しさを物語る様な音や、王城内を駆ける様々な足音と声が聞こえてくる。そうした音がしばらく聞こえた後、ようやくムーア44世が口を開いた。
「……これ以上は無意味、か?」
「…………」
ムーア44世の問いに対してカンディは何も返さなかった。しかしムーア44世とカンディの間柄には、それだけで充分であった。
「では頼んだぞカンディ」
「はい」
短いやり取りであったが、二人はそれだけでお互いの考えをしっかりと理解していた。
そして託されたカンディは一歩前に出ると、近衛兵達に向かって命令を下だした。
「先程の兵士の報告通り、現在我々は非常に不利な状況にある。敵に城門を吹き飛ばすほどの強力な奥の手がある以上、これ以上の戦闘は被害を拡大させるだけだ。
直ちに王都、そして前線で奮闘している全ての兵達に伝えるのだ! 『直ちに武器を収めて降伏せよ! 抵抗は一切してはならん! これは国王陛下のご命令だ!』とな!」
「「「「「は、ははぁ!!」」」」」
カンディの命令に蜘蛛の子を散らすように、近衛兵達が玉座の間を飛び出して行く。
そうしてそれから一時間も掛からずに、全ての戦闘が終了した。
◆ ◆
消失した城門を抜け、ドウェイン・ハッセ大公率いる“王権派”はほぼ無傷の軍列を率いて王都へ足を踏み入れた。
既に王国軍は降伏して王都の中へと引き上げていたので、“王権派”の軍列を邪魔する者は誰もいなかった。
因みに、先程まで戦闘があったはずなのに“王権派”の軍勢がほぼ無傷なのは、王国軍と戦ったのがサピエル法国軍だけだったからである。
“王権派”の掲げている信念が『国王陛下を“新権派”の思惑からお救いする』ということだったので、王国を守る王国軍と直接戦うのを避けたかったのだ。そして更にサピエル法国に歯向かったからという理由でサピエル法国軍が率先して攻めたこともあり、“王権派”の軍勢は後方で待機していただけだったのが理由だ。
そんな王国軍を蹴散らしたサピエル法国軍は、そもそもムーア王国自体にそこまで関心が無かったのでムーア王国の事は“王権派”に任せ、現在は王都の外で次の進軍に向けて準備を整えている最中である。
そんな勝ちを譲ってもらった形の“王権派”だったが、王城に向かって王都の中を歩く姿は全員が英雄の凱旋の様に堂々とした態度を取っていた。
しかしそれを迎える国民は誰も近づくことなく遠目で眺めるばかりで、その有様が“王権派”の滑稽さを如実に表していた。
王城に到着した“王権派”の面々はそのままムーア44世の待つ玉座の間へと直行した。
しかし不思議なことに、王城に配置されている国王直轄の近衛兵達や、王城で働く他の者達の姿がなく、王城の中は驚くほどに静かだった。
「ハッセ大公、何やら王城が妙に静かではありませんか?」
その状況を不安に思ったノウエル伯爵が、先頭を歩いていたハッセ大公に問いかけた。
ハッセ大公もノウエル伯爵と同様の不安を抱いていた。しかしハッセ大公はその不安は些細なことだと感じていた。
「心配することはないノウエル伯爵。近衛兵は国王陛下を護衛する精鋭だ。王城を離れることはあり得ない。見かけない理由はおそらく、玉座の間に全員が集まっているからだろう。我々を盛大に迎える為にな!」
「な、なるほど! 流石ハッセ大公!」
合点がいったという表情で目を輝かせ、子供の様に気分を向上させるノウエル伯爵。
二人の会話を聞いていた他の面々も明るい表情になり、もうすぐムーア44世から大きく手を広げて迎えられる場面を想像して軽口や冗談まで飛ばすほどに陽気になっていた。
しかし、安心させる言葉を発した当のハッセ大公は、誰にも気付かれないように神妙な表情を浮かべていた。
(ふん、単純な奴らだ。何の保証もないのに浮かれおって……。言った通り我らを迎えてくれる可能性はあるが、一番心配なのはカンディが何を考えているか分からんことだ。奴なら我らが玉座の間に集まったところを一網打尽にするために伏兵を用意している可能性もある。……もしもの時の為の心構えはしておかなくてはいかんだろうな……)
浮かれる面々をよそにハッセ大公はどのような事態が起きてもいいように、内心でしっかりと兜の緒を締めるのだった。
「も、申し上げます! 敵の攻撃により城門が崩壊! 射線上にいた中央部隊も攻撃に巻き込まれ、我が軍の……3分の1が壊滅しました!
現在敵は崩壊した城門に進軍を開始! 幸いにも無事だったローソン様がすぐに陣形を再編して応戦しています。……ですが、我が軍の士気の低下は著しく、更に敵との兵力差もあり極めて不利な状況であります!」
急ぎ早の兵士の報告を聞いて玉座の間に集まっていた近衛兵達は最悪の状況に陥ったことを悟り、玉座の間は声にもならない沈黙に包まれた。
そんな中、玉座に腰かけていたムーア44世は大きく息を吐いた。普通なら聞こえもしない様な小さな音だが、沈黙が支配している今では誰の耳にでも聞こえるような大きな幻聴のようであった。
「……報告ご苦労だった。下がって持ち場に戻るのだ……」
「は、はい……」
兵士は立ち上がると来た時と同じように走って玉座の間を後にした。しかしその背中は明らかに悲壮感に支配されたものだった。
そうして再び、玉座の間に沈黙が訪れた。
ムーア44世は眉間に指を当て、その隣に立つカンディは目を閉じて微動だにしない。
二人が発する異様な雰囲気を前にして、玉座の間にいる誰もが何も言葉を紡げなかった。
時折遠くから戦闘の激しさを物語る様な音や、王城内を駆ける様々な足音と声が聞こえてくる。そうした音がしばらく聞こえた後、ようやくムーア44世が口を開いた。
「……これ以上は無意味、か?」
「…………」
ムーア44世の問いに対してカンディは何も返さなかった。しかしムーア44世とカンディの間柄には、それだけで充分であった。
「では頼んだぞカンディ」
「はい」
短いやり取りであったが、二人はそれだけでお互いの考えをしっかりと理解していた。
そして託されたカンディは一歩前に出ると、近衛兵達に向かって命令を下だした。
「先程の兵士の報告通り、現在我々は非常に不利な状況にある。敵に城門を吹き飛ばすほどの強力な奥の手がある以上、これ以上の戦闘は被害を拡大させるだけだ。
直ちに王都、そして前線で奮闘している全ての兵達に伝えるのだ! 『直ちに武器を収めて降伏せよ! 抵抗は一切してはならん! これは国王陛下のご命令だ!』とな!」
「「「「「は、ははぁ!!」」」」」
カンディの命令に蜘蛛の子を散らすように、近衛兵達が玉座の間を飛び出して行く。
そうしてそれから一時間も掛からずに、全ての戦闘が終了した。
◆ ◆
消失した城門を抜け、ドウェイン・ハッセ大公率いる“王権派”はほぼ無傷の軍列を率いて王都へ足を踏み入れた。
既に王国軍は降伏して王都の中へと引き上げていたので、“王権派”の軍列を邪魔する者は誰もいなかった。
因みに、先程まで戦闘があったはずなのに“王権派”の軍勢がほぼ無傷なのは、王国軍と戦ったのがサピエル法国軍だけだったからである。
“王権派”の掲げている信念が『国王陛下を“新権派”の思惑からお救いする』ということだったので、王国を守る王国軍と直接戦うのを避けたかったのだ。そして更にサピエル法国に歯向かったからという理由でサピエル法国軍が率先して攻めたこともあり、“王権派”の軍勢は後方で待機していただけだったのが理由だ。
そんな王国軍を蹴散らしたサピエル法国軍は、そもそもムーア王国自体にそこまで関心が無かったのでムーア王国の事は“王権派”に任せ、現在は王都の外で次の進軍に向けて準備を整えている最中である。
そんな勝ちを譲ってもらった形の“王権派”だったが、王城に向かって王都の中を歩く姿は全員が英雄の凱旋の様に堂々とした態度を取っていた。
しかしそれを迎える国民は誰も近づくことなく遠目で眺めるばかりで、その有様が“王権派”の滑稽さを如実に表していた。
王城に到着した“王権派”の面々はそのままムーア44世の待つ玉座の間へと直行した。
しかし不思議なことに、王城に配置されている国王直轄の近衛兵達や、王城で働く他の者達の姿がなく、王城の中は驚くほどに静かだった。
「ハッセ大公、何やら王城が妙に静かではありませんか?」
その状況を不安に思ったノウエル伯爵が、先頭を歩いていたハッセ大公に問いかけた。
ハッセ大公もノウエル伯爵と同様の不安を抱いていた。しかしハッセ大公はその不安は些細なことだと感じていた。
「心配することはないノウエル伯爵。近衛兵は国王陛下を護衛する精鋭だ。王城を離れることはあり得ない。見かけない理由はおそらく、玉座の間に全員が集まっているからだろう。我々を盛大に迎える為にな!」
「な、なるほど! 流石ハッセ大公!」
合点がいったという表情で目を輝かせ、子供の様に気分を向上させるノウエル伯爵。
二人の会話を聞いていた他の面々も明るい表情になり、もうすぐムーア44世から大きく手を広げて迎えられる場面を想像して軽口や冗談まで飛ばすほどに陽気になっていた。
しかし、安心させる言葉を発した当のハッセ大公は、誰にも気付かれないように神妙な表情を浮かべていた。
(ふん、単純な奴らだ。何の保証もないのに浮かれおって……。言った通り我らを迎えてくれる可能性はあるが、一番心配なのはカンディが何を考えているか分からんことだ。奴なら我らが玉座の間に集まったところを一網打尽にするために伏兵を用意している可能性もある。……もしもの時の為の心構えはしておかなくてはいかんだろうな……)
浮かれる面々をよそにハッセ大公はどのような事態が起きてもいいように、内心でしっかりと兜の緒を締めるのだった。