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作者: 山のタル
残酷な描写あり
158.合流
 マリエルの報告から数時間後、ブロキュオン帝国軍が王都に到着した。
 
「到着したか……よし、早速ブロキュオン帝国軍の指揮官をここに呼んでくれ」
 
 ルーカスが指示を出してからしばらくして、マリエルに連れられて4人の人物が作戦会議室にやって来た。
 マリエルの後に続く二人は、血のような赤い鎧に白いマントを纏っている騎士で、二人とも一目見ただけで階級の高い騎士だと分かる格好をしている。
 
 一人は褐色の肌に燃えるような赤い髪をなびかせた背の高い女性だった。
 非常に筋肉質な体格をしており、そこに高身長が合わさることで圧倒的な威圧感がある。
 しかしそれ以上に特徴的なのは、額からは反り返って生える一本の角だろう。それは彼女が『鬼人族』であることの何よりの証明で、先の威圧感をより強烈なものに昇華させていた。
 
 もう一人はそんな女性と正反対とも言える体格と存在感の長耳族の男性だった。
 身長と体格は至って平均的、ダークグリーンの短い髪は男の存在感の無さを表しているようでもある。
 そんな男の特徴をあえて挙げるとするなら、長耳族の特徴である長い耳と、その長い両耳にぶら下がる耳飾りくらいだろう。
 
 そしてその二人の後ろを付いて歩くのは、質の良い装備をした黒髪イケメンの男剣士とコーラルピンク髪の魔術師の少女だった。
 先を歩く二人の騎士とは全く関係性を見出せない格好をしているが、会議室に居る一部の人達はこの二人の正体に気付いていた。
 
「ルーカス様、お連れしました!」
「ご苦労マリエル。下がっていいぞ」
「ハッ!」
 
 役目を終えたマリエルはルーカスに一礼すると、そのまま作戦会議室を出て持ち場に戻って行った。
 それを見送ったルーカスは、二人の騎士の前に移動して挨拶と握手を交わす。
 
「よく来てくれた、ブロキュオン帝国の方。僕がムーア王国の新たな国王『ルーカス・ムーア45世』だ。……と言っても、まだ戴冠式をしていないから、正式に国王になったわけではないけどね。今は気軽にルーカスと呼んでくれ」
「初めましてルーカス様。僕はブロキュオン帝国軍近衛兵長の一人、『カルナ』です。以後お見知りおきを。そして彼女が――」
「同じくブロキュオン帝国軍近衛兵長の一人、『オイフェ』だ。よろしくな!」
 
 礼儀正しいカルナと違い、オイフェの挨拶はあまりにも気さく過ぎた。
 こんなところでも二人の個性は正反対なのが窺える。
 
「……オイフェ、何度言えばわかるのですか? 相手に合わせて適切な礼儀と言葉遣いに気を付けるよう、あれほど言ったでしょう?」
「そうは言うがカルナ、まだこいつは王様じゃないんだろ? だったらそこまで畏まることもないじゃないか」
 
 オイフェの反論を聞き、カルナは呆れて頭を抱える。
 
「オイフェのそれは畏まる以前の問題です……。それにオイフェは知らないかもしれないけど、ルーカス様といえばムーア王国の王子様で正式な王位継承者だ。つまり、王様じゃなくても、僕達より立場が上な人なんだよ……」
「えっ、そうなのか!? そいつは不味いな……私もしかして“不敬罪”とかいうので裁かれたりするのか……?」
 
 自分の犯した過ちの大きさにようやく気付いたのか、オイフェの顔から血の気が引いていく。しかし後悔するには時既に遅しであった。
 
「ルーカス様、オイフェに悪気はないのです。ただ少し……いやかなり、普段から礼儀と言う作法に無頓着なだけなのです。ですので、どうかここは寛大な処置をお願いしたく存じます……」
「わ、悪かったルーカス様、この通りだ!」
 
 カルナの後に続き、オイフェもルーカスに深々と頭を下げて謝罪する。
 そんな二人の突然の謝罪に、当のルーカスはどうしたものかと反応に困ってしまう。
 
「ええと……とりあえず頭を上げてくれ。先程も言ったが僕はまだ正式に王になったわけじゃないし、気軽に呼んでくれと言ったのは僕の方だ。作法に関しては今後気を付けてくれるなら問題ないよ。……今はそれよりも優先しなければならないことがある。そうだろう?」
「ルーカス様の慈悲に感謝します」
「ありがとうございます!」
 
 カルナとオイフェはルーカスの慈悲深さに感動したのか、地面に膝を付いて再び頭を下げて更なる感謝を示す。
 二人の明らかなオーバーリアクションに、ルーカスを含め、そのやり取りを見ていた他の面々も困惑するしかなかった。
 
(ただの挨拶のはずだったのに、どうしてこんなことになっているのだろうか……?)
 
 ルーカスの心の中に湧き出た疑問は至極当然のものだが、誰もその疑問に答えを出してはくれない。
 ルーカスは頭を振って湧き出た疑問を吹き飛ばすし、これ以上この話が広がらない様に話題を変えるしかなかった。
 
「と、ところで、後ろの2人は? 見たところブロキュオン帝国軍の関係者には見えないが?」
「ああ、この二人は僕達の作戦に力を貸してくれた協力者です」
「協力者? ……もしかして!?」
 
 協力者という単語を聞いて、ようやくルーカスもこの二人の正体に感づいた。
 そしてその答え合わせをするように、壁際に立っていたアインが話の間に入って来る。
 
「ええそうです。この二人が先程ブロキュオン帝国軍に同行していると話した、私と同じ主に仕える使用人の2人です」
「お初にお目にかかりますルーカス様。わたくしはそこのアインの仲間でクワトルと言います」
「同じく、ティンクです」
 
 クワトルとティンクは一礼してそれだけ言うと、スッと下がってアインの隣に行ってしまう。
 その動作はあまりにも清々としており、まるで「自分達の話をこれ以上広げるつもりは無い」と言いたげだった。
 カルナとオイフェがそれに対して何も言わない所を見て、彼等に対する扱いはそのような感じでいいのだと察したルーカスも、クワトル達にそれ以上何か言ったりはしなかった。
 なので、一番気になっている話題にササッと切り替える。
 
「……それで、貿易都市に集結しているはずのブロキュオン帝国軍が何故こんな所に? それにどうして貿易都市側からじゃなく、サピエル法国側から現れたんだ?」
 
 そう。ルーカス達プアボム公国連合軍の面々が気になっていたのはそこだ。
 当初の予定だとブロキュオン帝国軍は貿易都市に戦力を集結していて、今頃は攻めて来たサピエル法国軍の本体と戦っているはずだった。
 勿論そんな状況でムーア王国の王都に到着できるわけがない。
 しかしカルナとオイフェは、実際に軍隊を率いてここに到着している。それも今まさに敵対しているはずのサピエル法国の方面から現れてだ。
 一体今の戦況がどうなっているのか。プアボム公国軍連合軍の面々は二人にその謎の答えを求めていた。
 
「実は僕達は皇帝陛下から今回の戦争では『別動隊』として動くように命令されました」
「別動隊? つまり皇帝は戦争がこうなる事を予測していたということなのか?」
「そこまでは僕達には分かりません。皇帝陛下の考えは、僕達では到底及ばない領域で展開されていますので。しかし皇帝陛下が『行け』と命令を下したならそれは間違いなく正しい選択であり、僕達はその命令通りに動き実行すれば間違いは無いのです!」
「まあ、あの御方は普段から未来を見据えて動いている感じだからな。それに、そうして予測したことは今まで外したためしも無い。本当に凄い御方だよ!」
 
 カルナとオイフェはエヴァイアを崇めるように褒め称える。
 皇帝エヴァイアに対する絶対的な忠誠心と信頼感は、その言葉の節から犇々ひしひしと感じ取ることが出来るほどだった。
 
「成る程、皇帝は噂で聞いた通りの凄い御人の様だ。それで、二人に下された命令の内容は一体どのようなものだったんだ?」
「はい。僕達に与えられた命令は、『別動隊として進軍し、サピエル法国の神都を制圧しろ!』というものでした」
 
 カルナの言葉に会議室の面々が驚きの声を上げてざわめきだす。
 それもそうだ。もしカルナの言っていることが事実なら、それが意味する答えは一つしかないからだ。
 
「つ、つまりそれは、神都の制圧は既に完了したということなのか!?」
「その通りです。神都は既にブロキュオン帝国軍の管理下に置かれています」
「ついでに言えば、神都からこの王都に繋がる街道沿いの街や村も制圧してあるぜ。奴らまさか攻められるとは本気で思ってなかったのか全軍で出撃したらしくてな、お陰で神都も街も村も全くの手薄で簡単に制圧できたぜ!」
 
 そう言って笑うオイフェを他所に、ルーカスは後ろを振り向てヴァンザルデン達と目を合わせる。
 それは僅かなアイコンタクトだったが、先程まで戦場を共にしていた彼等にはそれだけで十分だった。
 
「……神都が既に制圧されているというなら、僕達のこれからの方針も大きく変わる。二人にもその方針を決める話し合いに参加して欲しい。それと、どのような手段を使って貿易都市を経由せずにサピエル法国に進軍することが出来たのかも気になるところだ。是非、その辺りの話も聞かせて欲しい!」
「ええ、構いませんよ。元々この戦争はサピエル法国への制裁が目的です。その為の協力は惜しみません。……ただ」
「ただ?」
「これから耳にする話は、決してこの場にいる人以外には口外せず、心の中だけに留めて下さい。でないと、サピエル法国の様に自らの首を絞める結果になります……」
 
 カルナは脅すような警告をして、チラリとアイン達の方に視線を向けた。
 それが意味する事を理解できない者はこの場にいなかった。
 
「……分かった。決して誰にも口外しないと誓おう」
「ありがとうございます。では話しましょう。それは、僕達がサピエル法国に向けて進軍を開始した時の事でした――」
 
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