残酷な描写あり
170.形勢逆転
(……最悪だ)
心の底からそう叫びたくなるような状況だった。
サピエル7世が隠していた『もの』は、僕の想像を遥かに越える凶悪なものだった。
どういう原理か解らないが、サピエル7世は相手の魔力を奪えるらしい。それは僕自身が先程身を持って経験した事実だ。
『竜の盾』は発動に必要な分の魔力を消費した後は、僕の魔力で維持する仕組みになっている。しかしそれは発動し続ければ魔力を消費し続けることを意味する訳じゃない。
『竜の盾』が魔力を消費するのは最初の発動時だけで、それ以降は僕の中に残っている魔力の残量が『竜の盾』を維持できる量が有るか無いかで決まる。
つまり一度発動して魔力が十分に残り続けていれば、僕の意思で解除しない限り、『竜の盾』は半永久的に発動したままにできるということだ。
……だけど今回はその特性が裏目に出てしまった。
『竜の盾』はその特性上、常に僕の魔力と繋がっている状態になる。
恐ろしいことにサピエル7世は、『竜の盾』を経由して直接僕の魔力を奪ったのだ。
まったく、恐怖すら感じる程に常識外れも甚だしい力だ。お陰で僕の魔力はほとんど空っぽになってしまった。
もう『竜の盾』を再び発動させるどころか、身体を満足に動かすことすらできない状態になっている。
……もしあの時、セレスティアの声にすぐに従っていなかったら、混乱していた僕は判断が遅れて全ての魔力を根こそぎ奪われて死んでいただろう。
セレスティアのお陰で僕は命拾いした。やはり彼女を連れて来たことは正解だった。
だけど今は自分の判断を誉めている場合じゃない。今はこの状況を何とかすることが先決だ!
サピエル7世の魔術で退路を遮断されて逃げ道はない。戦うにしても魔力を奪う力を持つサピエル7世に魔術は通用しない。それどころかサピエル7世の魔力を増やす結果に繋がってしまう。
かと言って物理的な接近戦をセレスティアが出来るとは考えにくい。それに例え出来たとしても、サピエル7世が魔力を奪う原理が解らない以上、無闇に近付くのは危険すぎる。
……結局のところ、いくら考えても良い解決策が浮かんでこない。
考えれば考えるほど今が絶体絶命の危機的状況だということを再認識するだけだった。
(……もうこうなったら、動けない僕が身代わりになって少しでも時間を稼いでセレスティアを逃がして、何か解決策をセレスティアに思い付いてもらうしか……)
現状で僕は動けない足手まといの……ただの荷物でしかない。
二人で逃げようとして全滅するくらいなら、少しでもサピエル7世を倒せる可能性がある方に賭けた方がいいはずだ。
そう、僕はこの時、半ば諦めの境地にいた。
自分の命が助かることより、世界の驚異となる存在を排除出来るかもしれない可能性を優先しようとしていたのだ。
「さあ、もう逃げ場はないぞ。諦めて二人ともワシの糧となれ。なぁに、新たな神の誕生の一端となれるのじゃ。これ以上の喜びはこの世には存在せんぞ? はーっははは!」
思わず鳥肌が立ちそうな気持ちの悪い思想を邪悪な笑顔で語りながら、サピエル7世がゆっくり近寄ってくる。
もう考えている時間はない。手遅れになる前に行動に移さなければならない!
僕はセレスティアに「僕を置いて逃げろ!」と言おうとして口を開いた。
……だが、僕が言葉を発するよりも早く、セレスティアが行動した。
それも、僕の思いを裏切る方向で……。
「本当に、どうしていつもいつも、私に面倒事が降り掛かるのかしら……?」
セレスティアは愚痴を呟きながら、担いでいた僕をその場に降ろすと、僕を庇うようにサピエル7世の前に立ち塞がった。
セレスティアはポーチから丸めたスクロールを取り出すと、僕の所へぽいっと投げた。
スクロールが僕のすぐ側に落ちた瞬間、スクロールが青い炎をあげて一瞬で燃え尽る。
そしてスクロールに描かれた魔術が発動し、何層にも重なった魔法陣が僕の全身を包むように完成する。
僕はこの魔法陣に見覚えがあった。
「これは、『転移魔術』!?」
そうだ。ストール鉱山の視察をした時、セレスティアが発掘した大岩と共に僕の目の前で転移して消えた時に見た魔法陣とそっくりだ。
よく見比べれば細かな違いはあるものの、大元になる式はどの転移魔術でも同じだから間違いない。
「セレスティア、何をするつもりだ!?」
退路が塞がれてしまったこの状況下で撤退するのに、転移魔術を発動するのは正しい選択だ。
だけど僕が言いたいのはそういうことじゃない。
何故、セレスティアは転移魔術の範囲外にいるのかということだ!
この魔法陣の大きさなら、五人くらい一緒に入れる余裕がある。わざわざ片方がこの場に残る必要はない。
さっき、自分を身代わりにしてセレスティアを逃がそうと考えていた僕だが、一緒に転移できるのなら話は別だ。
今後の展開を少しでもこちら側に傾ける為にも、僕とセレスティアの二人の力が必要になる!
……だけどセレスティアは、そうするつもりはないらしい。
「何をするつもりですって? 私は“もしも”の時の保険でここに連れて来られたんでしょう? あなたがそう言ったんじゃない」
「ッ!?」
……そうだ。確かにそうだ。
僕はセレスティアにそう言って、そう説得して、嫌がる彼女を無理やりここへ連れて来た。
そう……僕の直感が、そうした方が良いと判断したからだ。
だけど、それは、決して、こうなる事を見越していたわけじゃない!
「セレスティア、それは――!」
……何故か、そこから先の言葉が出なかった。
「君一人に全てを任せる為に、僕は君をここに連れて来たわけじゃない!」
……その言葉が、どうしても出せなかった。
その理由が、僕には嫌というほど分かる。
この時、僕の直感がセレスティアに任せるべきだと言っていたのだ。
だからもし、この言葉を口にすれば、僕は僕自身の直感に逆らうことになる。
それが正しい事なのか、僕には分らない。
なにせ、直感に逆らった事なんて今まで一度もしたことがないからだ。
僕は今までこの直感に絶対の信頼を置いてきたし、これからもそれを変えるつもりはない。
だからこそ、今感じているこの気持ちに僕は戸惑っていた。
僕は直観に逆らってまで感情を優先するのか……と。
「あれは……まさか『転移魔術』か! させるものかぁ!」
しかしそんなことに思考を費やしている場合じゃないらしい。
転移魔術に気付いたサピエル7世が、魔力弾を撃って攻撃してきた。
狙いは当然、僕だ。
弾速に特化した魔力弾が凄まじいスピードで僕に迫る。
「はぁッ!」
しかしそれを黙ってみているセレスティアではない。
瞬時に反応したセレスティアが同じく魔力弾を撃ち、サピエル7世の魔力弾に全て命中させて相殺してみせる。
魔力弾がぶつかって激しく弾ける様な音が響く。そしてその瞬間、魔法陣が目が眩むほどの強い光を放ち、転移魔術が発動する。
「エヴァイア、あとは頼むわよ!」
「ま、待て、セレ――」
僕の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
眩い光が僕の視界を奪い、僕の身体は突然の浮遊感に襲われた。
転移魔術による浮遊感は、ほんの一瞬のものだった。
次の瞬間には、僕は固い地面の上にいる感覚を感じていた。
眩い光から守るように閉じていた眼を開くとそこは、天幕の中だった。
天幕に描かれた紋章はブロキュオン帝国のものだ。すぐに僕は陣地に戻って来たのだと理解した。
しかし天幕の中を見回しても、人が一人もいない。だけどその理由もすぐに分かった。
天幕に描かれた紋章は普通のものより豪華に描かれている。これは高い地位の人物が使用する用の天幕で、陣地の中では僕とセレスティアだけが使っている。
そして天幕の中に僕の私物が見当たらないことから、ここがセレスティアの天幕だとすぐに気づいた。
「……なるほど。セレスティアめ、最初から退路を用意していたという訳か」
転移魔術は事前に転移先に魔法陣を設置し、その魔法陣と全く同じ形の魔法陣を描くことで設置先に転移する仕組みだ。
つまりセレスティアはあらかじめこの天幕の中に、転移先用の魔法陣を設置していたということだ。
もしかすると、ここからさらに別の場所に転移できる準備もしていたのかもしれない。……いや、していたと考えるべきだろう。
「ふふ、用意周到なことだ……」
……まあ、あれだけここに来るのを嫌がっていたんだ。もしもの時に本気で逃げられる準備だけはしていたのだろう。
だというのに……セレスティアはその手段を、僕を逃がす為に使ったのだ。自分自身も逃げることが可能だったのにもかかわらずだ。
それも、半ば無理やり強制したような、僕との約束を守って……。
「…………あとは頼む、だっけ? ここで君の期待に応えないと、ブロキュオン帝国皇帝……いや、一人の男として恥を晒してしまうな」
自虐交じりにそう呟いた僕の心には、もう迷いは無くなっていた。
「誰かいるか!」
僕の声を聞いて、すぐに女性の兵士が天幕の中に入って来た。
彼女はたしかモージィの部下で、セレスティアの天幕の護衛をしていた一人だ。
彼女は僕の姿を見て驚いた顔をしている。それはそうだ。僕は前線にいると思っているはずなのだから。
「へ、陛下!? 何故ここに!?」
「話はあとだ。すぐにモージィをここに呼んでくれ! それと、あるだけの魔力回復薬を持ってくるんだ! 急げッ!」
「は、はい! 今すぐに!」
彼女は僕に敬礼すると、全速力で天幕の外に走って行った。
自分の疑問を解決するよりも命令を優先する、実にいい兵士だ。
それからすぐに慌てた様子のモージィと、魔力回復薬を抱えた兵士が天幕に飛び込んできた。
僕は魔力回復薬を飲みながらモージィに事の詳細を伝え、いつでも動ける準備をするように命令を下した。
心の底からそう叫びたくなるような状況だった。
サピエル7世が隠していた『もの』は、僕の想像を遥かに越える凶悪なものだった。
どういう原理か解らないが、サピエル7世は相手の魔力を奪えるらしい。それは僕自身が先程身を持って経験した事実だ。
『竜の盾』は発動に必要な分の魔力を消費した後は、僕の魔力で維持する仕組みになっている。しかしそれは発動し続ければ魔力を消費し続けることを意味する訳じゃない。
『竜の盾』が魔力を消費するのは最初の発動時だけで、それ以降は僕の中に残っている魔力の残量が『竜の盾』を維持できる量が有るか無いかで決まる。
つまり一度発動して魔力が十分に残り続けていれば、僕の意思で解除しない限り、『竜の盾』は半永久的に発動したままにできるということだ。
……だけど今回はその特性が裏目に出てしまった。
『竜の盾』はその特性上、常に僕の魔力と繋がっている状態になる。
恐ろしいことにサピエル7世は、『竜の盾』を経由して直接僕の魔力を奪ったのだ。
まったく、恐怖すら感じる程に常識外れも甚だしい力だ。お陰で僕の魔力はほとんど空っぽになってしまった。
もう『竜の盾』を再び発動させるどころか、身体を満足に動かすことすらできない状態になっている。
……もしあの時、セレスティアの声にすぐに従っていなかったら、混乱していた僕は判断が遅れて全ての魔力を根こそぎ奪われて死んでいただろう。
セレスティアのお陰で僕は命拾いした。やはり彼女を連れて来たことは正解だった。
だけど今は自分の判断を誉めている場合じゃない。今はこの状況を何とかすることが先決だ!
サピエル7世の魔術で退路を遮断されて逃げ道はない。戦うにしても魔力を奪う力を持つサピエル7世に魔術は通用しない。それどころかサピエル7世の魔力を増やす結果に繋がってしまう。
かと言って物理的な接近戦をセレスティアが出来るとは考えにくい。それに例え出来たとしても、サピエル7世が魔力を奪う原理が解らない以上、無闇に近付くのは危険すぎる。
……結局のところ、いくら考えても良い解決策が浮かんでこない。
考えれば考えるほど今が絶体絶命の危機的状況だということを再認識するだけだった。
(……もうこうなったら、動けない僕が身代わりになって少しでも時間を稼いでセレスティアを逃がして、何か解決策をセレスティアに思い付いてもらうしか……)
現状で僕は動けない足手まといの……ただの荷物でしかない。
二人で逃げようとして全滅するくらいなら、少しでもサピエル7世を倒せる可能性がある方に賭けた方がいいはずだ。
そう、僕はこの時、半ば諦めの境地にいた。
自分の命が助かることより、世界の驚異となる存在を排除出来るかもしれない可能性を優先しようとしていたのだ。
「さあ、もう逃げ場はないぞ。諦めて二人ともワシの糧となれ。なぁに、新たな神の誕生の一端となれるのじゃ。これ以上の喜びはこの世には存在せんぞ? はーっははは!」
思わず鳥肌が立ちそうな気持ちの悪い思想を邪悪な笑顔で語りながら、サピエル7世がゆっくり近寄ってくる。
もう考えている時間はない。手遅れになる前に行動に移さなければならない!
僕はセレスティアに「僕を置いて逃げろ!」と言おうとして口を開いた。
……だが、僕が言葉を発するよりも早く、セレスティアが行動した。
それも、僕の思いを裏切る方向で……。
「本当に、どうしていつもいつも、私に面倒事が降り掛かるのかしら……?」
セレスティアは愚痴を呟きながら、担いでいた僕をその場に降ろすと、僕を庇うようにサピエル7世の前に立ち塞がった。
セレスティアはポーチから丸めたスクロールを取り出すと、僕の所へぽいっと投げた。
スクロールが僕のすぐ側に落ちた瞬間、スクロールが青い炎をあげて一瞬で燃え尽る。
そしてスクロールに描かれた魔術が発動し、何層にも重なった魔法陣が僕の全身を包むように完成する。
僕はこの魔法陣に見覚えがあった。
「これは、『転移魔術』!?」
そうだ。ストール鉱山の視察をした時、セレスティアが発掘した大岩と共に僕の目の前で転移して消えた時に見た魔法陣とそっくりだ。
よく見比べれば細かな違いはあるものの、大元になる式はどの転移魔術でも同じだから間違いない。
「セレスティア、何をするつもりだ!?」
退路が塞がれてしまったこの状況下で撤退するのに、転移魔術を発動するのは正しい選択だ。
だけど僕が言いたいのはそういうことじゃない。
何故、セレスティアは転移魔術の範囲外にいるのかということだ!
この魔法陣の大きさなら、五人くらい一緒に入れる余裕がある。わざわざ片方がこの場に残る必要はない。
さっき、自分を身代わりにしてセレスティアを逃がそうと考えていた僕だが、一緒に転移できるのなら話は別だ。
今後の展開を少しでもこちら側に傾ける為にも、僕とセレスティアの二人の力が必要になる!
……だけどセレスティアは、そうするつもりはないらしい。
「何をするつもりですって? 私は“もしも”の時の保険でここに連れて来られたんでしょう? あなたがそう言ったんじゃない」
「ッ!?」
……そうだ。確かにそうだ。
僕はセレスティアにそう言って、そう説得して、嫌がる彼女を無理やりここへ連れて来た。
そう……僕の直感が、そうした方が良いと判断したからだ。
だけど、それは、決して、こうなる事を見越していたわけじゃない!
「セレスティア、それは――!」
……何故か、そこから先の言葉が出なかった。
「君一人に全てを任せる為に、僕は君をここに連れて来たわけじゃない!」
……その言葉が、どうしても出せなかった。
その理由が、僕には嫌というほど分かる。
この時、僕の直感がセレスティアに任せるべきだと言っていたのだ。
だからもし、この言葉を口にすれば、僕は僕自身の直感に逆らうことになる。
それが正しい事なのか、僕には分らない。
なにせ、直感に逆らった事なんて今まで一度もしたことがないからだ。
僕は今までこの直感に絶対の信頼を置いてきたし、これからもそれを変えるつもりはない。
だからこそ、今感じているこの気持ちに僕は戸惑っていた。
僕は直観に逆らってまで感情を優先するのか……と。
「あれは……まさか『転移魔術』か! させるものかぁ!」
しかしそんなことに思考を費やしている場合じゃないらしい。
転移魔術に気付いたサピエル7世が、魔力弾を撃って攻撃してきた。
狙いは当然、僕だ。
弾速に特化した魔力弾が凄まじいスピードで僕に迫る。
「はぁッ!」
しかしそれを黙ってみているセレスティアではない。
瞬時に反応したセレスティアが同じく魔力弾を撃ち、サピエル7世の魔力弾に全て命中させて相殺してみせる。
魔力弾がぶつかって激しく弾ける様な音が響く。そしてその瞬間、魔法陣が目が眩むほどの強い光を放ち、転移魔術が発動する。
「エヴァイア、あとは頼むわよ!」
「ま、待て、セレ――」
僕の言葉は最後まで紡がれることはなかった。
眩い光が僕の視界を奪い、僕の身体は突然の浮遊感に襲われた。
転移魔術による浮遊感は、ほんの一瞬のものだった。
次の瞬間には、僕は固い地面の上にいる感覚を感じていた。
眩い光から守るように閉じていた眼を開くとそこは、天幕の中だった。
天幕に描かれた紋章はブロキュオン帝国のものだ。すぐに僕は陣地に戻って来たのだと理解した。
しかし天幕の中を見回しても、人が一人もいない。だけどその理由もすぐに分かった。
天幕に描かれた紋章は普通のものより豪華に描かれている。これは高い地位の人物が使用する用の天幕で、陣地の中では僕とセレスティアだけが使っている。
そして天幕の中に僕の私物が見当たらないことから、ここがセレスティアの天幕だとすぐに気づいた。
「……なるほど。セレスティアめ、最初から退路を用意していたという訳か」
転移魔術は事前に転移先に魔法陣を設置し、その魔法陣と全く同じ形の魔法陣を描くことで設置先に転移する仕組みだ。
つまりセレスティアはあらかじめこの天幕の中に、転移先用の魔法陣を設置していたということだ。
もしかすると、ここからさらに別の場所に転移できる準備もしていたのかもしれない。……いや、していたと考えるべきだろう。
「ふふ、用意周到なことだ……」
……まあ、あれだけここに来るのを嫌がっていたんだ。もしもの時に本気で逃げられる準備だけはしていたのだろう。
だというのに……セレスティアはその手段を、僕を逃がす為に使ったのだ。自分自身も逃げることが可能だったのにもかかわらずだ。
それも、半ば無理やり強制したような、僕との約束を守って……。
「…………あとは頼む、だっけ? ここで君の期待に応えないと、ブロキュオン帝国皇帝……いや、一人の男として恥を晒してしまうな」
自虐交じりにそう呟いた僕の心には、もう迷いは無くなっていた。
「誰かいるか!」
僕の声を聞いて、すぐに女性の兵士が天幕の中に入って来た。
彼女はたしかモージィの部下で、セレスティアの天幕の護衛をしていた一人だ。
彼女は僕の姿を見て驚いた顔をしている。それはそうだ。僕は前線にいると思っているはずなのだから。
「へ、陛下!? 何故ここに!?」
「話はあとだ。すぐにモージィをここに呼んでくれ! それと、あるだけの魔力回復薬を持ってくるんだ! 急げッ!」
「は、はい! 今すぐに!」
彼女は僕に敬礼すると、全速力で天幕の外に走って行った。
自分の疑問を解決するよりも命令を優先する、実にいい兵士だ。
それからすぐに慌てた様子のモージィと、魔力回復薬を抱えた兵士が天幕に飛び込んできた。
僕は魔力回復薬を飲みながらモージィに事の詳細を伝え、いつでも動ける準備をするように命令を下した。