残酷な描写あり
177.覚醒の錬金術師
私が開発した錬金術……それは、魔術の『技術』と自然科学の『知識』を融合させた全く新しい魔術術式だ。
自然科学は、この世の事象の法則や理といったものを研究する学問で、錬金術はそれらの法則や理に従って事象を発動させる。ただし、それは言い換えると、法則や理を超える事象は発動できないということを意味する。
だけど私の目指す錬金術の完成形は、その自然の法則や理を超越することなのだ。
しかし長年を掛けて研究を重ねてあらゆる手段を試してみても、未だにそれを達成したことは一度たりともない。
だからある時、私はその原因についてひとつの仮説を立てた。
それは、“自然の法則や理を超越するための魔力が、そもそも足りていないのではないか?”というものだ。つまり、ただ単純に出力不足なのではないかと考えた。
出力不足が原因なら、その解決方法は一つしかない。自然の法則や理を超越するために十分な魔力を用意することだ。
だけどこれも例に漏れず、言うだけなら簡単でも実現は困難だった。
自然の法則や理を超越するためには、まず最低限でも生物界の頂点に君臨している『竜種』……つまり、あのスぺチオさんをも軽く超える程の魔力が必要だった。何故ならあのスぺチオさんでさえ、この世界の理の中にいる存在だからだ。それを超えないことには自然の法則や理を超越するなんて到底不可能なのは明らかだ。
ではどうやってそれだけの膨大な魔力を集めるのかと言えば、その答えは意外にもすぐ身近にあった。
それはお母さんが私に託した『輪廻逆転』だ。
輪廻逆転は魔力を別次元空間に保存して、復活時に全て還元される仕組みになっている。
その仕組みを利用して出来る限り多くの魔力……つまり竜種をも超える魔力を保存してから復活すれば、自然の法則や理を超越する魔力を集める事は可能だった。
……しかし、これも上手くいかなかった。私の寿命を全て使っても、竜種と同じくらいの魔力しか集まらなかったからだ。
だけどこんなことで諦める私ではなかった。寿命を全て使ってもダメなら、その寿命自体を伸ばせばいいと考えた。
そうして紆余曲折しながらも完成させたのが、『特殊ゴーレム化』の技術だ。
こうして私は自身の身体をゴーレム化することにより不老となって、寿命の制限を取り払うことに成功した。
「本当は余裕を持たせてあと100年くらい魔力を貯める予定だったんだけど……それは今言っても仕方ないわね」
サピエル7世に殺されてしまった事で、当初の予定から狂ってしまった。
しかし現状の魔力でも竜種の魔力量は軽く超えているので、計算上だと問題ないはずだ。
「さて、殺された仕返しに見せてあげるわ。錬金術の真髄をね!」
私は錬金術を発動する。そしてありったけの魔力を使って世界に干渉を開始した。
――瞬間、私の中で何かが外れた音がした。
それと同時に私の感覚が凄まじい勢いで拡張されていく。
手先は何処までも遠く広く伸びていき、大地の果ての物も掴めそうだ。
足裏に感じる感覚は地面どころか海の上にも広がっていく。
目にはあらゆる景色が映り、この世界全体を観察しているみたいだ。
肌の感覚はまるで空気と同じ様になったみたいに、世界の全てを感じることができる。
そして、全ての感覚から得た膨大な情報は瞬時に頭の中で正確に処理されていく。
これが自然の法則や理を超越した感覚なのだと、私はすぐに理解した。まるで私自身が、この世界と一体化したみたいだ。
「くらええええええッ!!」
私の変化に気付いたサピエル7世が、慌てたように攻撃を仕掛けてきた。
光の槍が音速を超える速さで、私目掛けて一直線に飛んでくる。見てからの回避なんて実質不可能な、サピエル7世の最大の切り札だ。
……しかしそんな攻撃が、今の私には止まっているように見えた。いや、実際には止まっていなくて少しづつだけど動いている。
ただそう見えてしまうほどに、私の思考速度や感覚に変化が起きて、時間感覚がとてもゆっくりに感じているんだ。
これも、自然の法則や理を超越した影響なのだろうか?
……いや、今はその検証をしている場合じゃない。時間感覚がゆっくりに感じていても、実際の時間がゆっくりになっているわけじゃない。まず今は私に向かってきている光の槍をなんとかしないと。
私は錬金術で空間に干渉して、空間に変化を起こす。
すると光の槍は本当に動きを止めて、空中に浮いたまま静止した。
「な、ワシの『聖光槍』が止められたじゃと!?」
サピエル7世は止められたと言っているが、実は止めているわけじゃない。
私がしたのは光の槍と私の間にある空間の拡張だ。私と光の槍との間隔はおおよそ10メートル程しかないように見えるけど、実際には錬金術で圧縮した数十億キロメートルにも及ぶ空間がそこには存在している。
光の槍はこの空間を進んでいるが、いくら音速を超える速さの攻撃でもこの距離を進むには相当の時間を要する。だから光の槍が空中に静止しているように見えている。
しかしいくら時間を要してもこの光の槍が私に到達することは決してありえない。何故ならどんな魔術にも有効範囲というものが存在し、どんなに遠くても有効範囲は10キロメートル前後が限界だからだ。
その証拠に、光の槍は徐々にその勢いと魔力が衰えていき、ついには完全に消滅してしまう。
「くそッ!」
何が起きているか理解していないサピエル7世は、自棄になって私に向かって我武者羅に魔術を乱発する。
煉獄の炎、水の弾丸、岩の大砲、氷の槍、風の刃、魔力の塊。あらゆる種類の魔術が隙間の無い弾幕になって襲い掛かってくる。普通なら到底捌き切れる物量ではないが、それらの攻撃が一つでも今の私に届くことはないので関係ない。
全ての攻撃が光の槍と同様に、拡張された空間内で次々に自然消滅していく。
「な、何故……!?」
死力を尽くした攻撃の数々が呆気なく消えていく様を見て、サピエル7世は力が抜けたように膝を付く。
どうやら焦って残り少なかった魔力を後先考えずに使ってしまったみたいだ。サピエル7世の魔力はもう殆ど残っていない。
「さて、今度は私の番ね」
私は錬金術でサピエル7世の周囲の空気に干渉し、その空気を全て固体化させる。
流体から固体に変わった空気は、例えるなら全身を隙間なく拘束する拘束具のようなもので、一瞬でサピエル7世の身動きを封じることに成功する。
「う、動けな……い、息がぁ……!?」
指の一本すらピクリとも動かせず、固体になった空気を吸えず呼吸も出来なくなったサピエル7世は苦しみに顔を歪める。
今のサピエル7世は、まるで地中深くに生き埋めにされた状態と同じだ。このままの状態が続くと、酸欠からの失神、そして最後は窒息だ。
いくら人間の最高到達点の神人に進化したと言っても、生物という枠組みの中にいることに変わりはない。つまり、生命活動をする上でどうしても酸素は必要不可欠なのだ。
一応魔力を沢山持っていれば、生存本能が働き無意識的に魔力で酸素不足を補ったりもする場合もある。しかしそれも結局は一時凌ぎてしかない。そして今のサピエル7世には、その魔力すらも殆ど残っていないのだ。
……サピエル7世が酸欠で失神するまでに、それほど時間は掛からなかった。
「……ようやく、大人しくなったわね」
戦いにようやく決着がついて、私は安堵する。
サピエル7世の命運は尽きたも同然だ。
窒息状態になった人は、約15分ほどで完全に死亡すると言われている。サピエル7世の中に残っている僅かな魔力の量を考慮したとしても、30分も持たないだろう。
このまま放置すれば私が無駄な労力を割く必要もなくサピエル7世は勝手に死ぬ。
……しかし、私は一度サピエル7世に殺されている身だ。そんな猶予を与えてあげる義理はない。
「面倒事はさっさと片付けるに限るわ」
私はトドメを刺すため、ザピエル7世に手を向けて狙いを定め、錬金術を発動させる。
「待つんだセレスティア!!」
しかしその刹那、背後から呼び止める声が勢いよく飛んできた。
錬金術の発動を中止して振り返ると、そこには馬に乗ってこっちに向かってくるエヴァイアの姿があった。
よく見れば、その隣にはモージィが同じく馬に乗って並走していて、更にその後方からはそんな二人を追いかけるようにブロキュオン帝国軍の大軍が大挙して押し寄せて来ている。
「な、何事!?」
突然の事態に私が驚いていると、エヴァイアとモージィが私の横にやって来て馬を止める。
「セレスティア、よくやってくれた。ここからは僕達の役目だ!」
そう言うとエヴァイアは腰に携えた剣を抜いて掲げ、後方の兵士に向かって叫ぶ。
「勝機は我等の手に舞い降りた! 眼前の愚かな敵に、我が帝国軍の力を存分に知らしめよッ!」
エヴァイアの号令に湧いたブロキュオン帝国軍の兵士達は、地鳴りのような歓声と雄叫びを上げながら私達の横を通り過ぎてサピエル法国軍の陣地に雪崩込んで行った。
その様子を見送ったエヴァイアは馬を下りて、私に向かって頭を下げる。
「セレスティア、本当に助かった。ありがとう」
エヴァイアは素直な感謝の言葉を口にする。
私としては頼まれたことをしただけだし、個人的にはサピエル7世の事を放置できなかったという理由もあるから、なんだか変な気分だ。
「気にしなくていいわよ。それよりも今の私の姿を見て、よく私がセレスティアだって気付いたわね」
「何を言ってるんだい。こんな常識外れな芸当、君以外の誰に出来るって言うんだ?」
エヴァイアは固体化した空気に捕らわれたサピエル7世に目線を向ける。
……冷静になって考えて、エヴァイアの言う通りだと理解した。
返す言葉も思いつかなかったので、私は話題を変えることにした。
「それより、さっきはどうして止めたの? サピエル7世はこのまま放置しても勝手に死ぬけど、それをわざわざ待つ必要なんてないわよね?」
「僕はサピエル7世を殺すこと自体を止めたんだよ」
予想外の答えに少し驚く。
これほど危険な存在を殺せるチャンスを逃す手はないはずなのに。
「どうして?」
「サピエル7世と戦っている時にも言ったけど、これの命はサピエル法国消滅の象徴として最大限利用するつもりだ。だからその時までは生きていてもらわないと困る」
……そういえば、確かにそんなことを言っていた気がする。
「それに、ここで君がサピエル7世を殺してしまえば、それこそ君にとって厄介なことになるよ」
「どういう事?」
「例えばさっき言ったように、サピエル法国消滅の象徴としてブロキュオン帝国がサピエル7世を処刑したとしよう。この場合は、ブロキュオン帝国がこの戦争を終結させたことになる。だけどもし君が今ここでサピエル7世を殺してしまえば、君がこの戦争を終結させた立役者という事になり、淵緑の魔女の名前は世界中に知れ渡ることになるよ」
…………はい?
えっ、待って、何がどうしてそうなるの?
「分からないと言った顔だね。いいかい、今回の戦争はこの大陸全ての国を巻き込んだ世界大戦だ。その顛末がどうなるかを全ての人が注目している。そういった情報は、情報を扱う商売をしている人達からすれば、我先にと飛び付きたくなる情報だ」
まあ、言いたいことは分かる。
情報というものは、欲しい人にとっては黄金よりも価値のある宝にもなる代物だ。
「そして君は大勢の人が見ている中で、常識外れな戦い方を沢山した。僕の名前で箝口令を敷いたとしても、いくら帳尻を合わせた偽情報を流したとしても、情報屋はあらゆる手段を使ってこの真実の情報を仕入れるだろう。そうなったらもう、君の存在を隠すのは不可能だ」
「あっ……」
私はようやく、エヴァイアの言っている意味を理解した。
エヴァイアの言う通り、目撃者の多い情報を隠し通すことは、どんな手段を使っても不可能に近い。
ストール鉱山の一件で、淵緑の魔女の存在がサピエル法国に漏れてしまったのがいい例だ。
情報を仕入れたい者は、隠そうとする者以上にあらゆる手段を使って情報を仕入れようとする。それこそ、どんなリスクを犯そうともだ。
「……分かった。サピエル7世の処理はエヴァイアに任せるわ」
これ以上、面倒事になるのは勘弁だしね……。
自然科学は、この世の事象の法則や理といったものを研究する学問で、錬金術はそれらの法則や理に従って事象を発動させる。ただし、それは言い換えると、法則や理を超える事象は発動できないということを意味する。
だけど私の目指す錬金術の完成形は、その自然の法則や理を超越することなのだ。
しかし長年を掛けて研究を重ねてあらゆる手段を試してみても、未だにそれを達成したことは一度たりともない。
だからある時、私はその原因についてひとつの仮説を立てた。
それは、“自然の法則や理を超越するための魔力が、そもそも足りていないのではないか?”というものだ。つまり、ただ単純に出力不足なのではないかと考えた。
出力不足が原因なら、その解決方法は一つしかない。自然の法則や理を超越するために十分な魔力を用意することだ。
だけどこれも例に漏れず、言うだけなら簡単でも実現は困難だった。
自然の法則や理を超越するためには、まず最低限でも生物界の頂点に君臨している『竜種』……つまり、あのスぺチオさんをも軽く超える程の魔力が必要だった。何故ならあのスぺチオさんでさえ、この世界の理の中にいる存在だからだ。それを超えないことには自然の法則や理を超越するなんて到底不可能なのは明らかだ。
ではどうやってそれだけの膨大な魔力を集めるのかと言えば、その答えは意外にもすぐ身近にあった。
それはお母さんが私に託した『輪廻逆転』だ。
輪廻逆転は魔力を別次元空間に保存して、復活時に全て還元される仕組みになっている。
その仕組みを利用して出来る限り多くの魔力……つまり竜種をも超える魔力を保存してから復活すれば、自然の法則や理を超越する魔力を集める事は可能だった。
……しかし、これも上手くいかなかった。私の寿命を全て使っても、竜種と同じくらいの魔力しか集まらなかったからだ。
だけどこんなことで諦める私ではなかった。寿命を全て使ってもダメなら、その寿命自体を伸ばせばいいと考えた。
そうして紆余曲折しながらも完成させたのが、『特殊ゴーレム化』の技術だ。
こうして私は自身の身体をゴーレム化することにより不老となって、寿命の制限を取り払うことに成功した。
「本当は余裕を持たせてあと100年くらい魔力を貯める予定だったんだけど……それは今言っても仕方ないわね」
サピエル7世に殺されてしまった事で、当初の予定から狂ってしまった。
しかし現状の魔力でも竜種の魔力量は軽く超えているので、計算上だと問題ないはずだ。
「さて、殺された仕返しに見せてあげるわ。錬金術の真髄をね!」
私は錬金術を発動する。そしてありったけの魔力を使って世界に干渉を開始した。
――瞬間、私の中で何かが外れた音がした。
それと同時に私の感覚が凄まじい勢いで拡張されていく。
手先は何処までも遠く広く伸びていき、大地の果ての物も掴めそうだ。
足裏に感じる感覚は地面どころか海の上にも広がっていく。
目にはあらゆる景色が映り、この世界全体を観察しているみたいだ。
肌の感覚はまるで空気と同じ様になったみたいに、世界の全てを感じることができる。
そして、全ての感覚から得た膨大な情報は瞬時に頭の中で正確に処理されていく。
これが自然の法則や理を超越した感覚なのだと、私はすぐに理解した。まるで私自身が、この世界と一体化したみたいだ。
「くらええええええッ!!」
私の変化に気付いたサピエル7世が、慌てたように攻撃を仕掛けてきた。
光の槍が音速を超える速さで、私目掛けて一直線に飛んでくる。見てからの回避なんて実質不可能な、サピエル7世の最大の切り札だ。
……しかしそんな攻撃が、今の私には止まっているように見えた。いや、実際には止まっていなくて少しづつだけど動いている。
ただそう見えてしまうほどに、私の思考速度や感覚に変化が起きて、時間感覚がとてもゆっくりに感じているんだ。
これも、自然の法則や理を超越した影響なのだろうか?
……いや、今はその検証をしている場合じゃない。時間感覚がゆっくりに感じていても、実際の時間がゆっくりになっているわけじゃない。まず今は私に向かってきている光の槍をなんとかしないと。
私は錬金術で空間に干渉して、空間に変化を起こす。
すると光の槍は本当に動きを止めて、空中に浮いたまま静止した。
「な、ワシの『聖光槍』が止められたじゃと!?」
サピエル7世は止められたと言っているが、実は止めているわけじゃない。
私がしたのは光の槍と私の間にある空間の拡張だ。私と光の槍との間隔はおおよそ10メートル程しかないように見えるけど、実際には錬金術で圧縮した数十億キロメートルにも及ぶ空間がそこには存在している。
光の槍はこの空間を進んでいるが、いくら音速を超える速さの攻撃でもこの距離を進むには相当の時間を要する。だから光の槍が空中に静止しているように見えている。
しかしいくら時間を要してもこの光の槍が私に到達することは決してありえない。何故ならどんな魔術にも有効範囲というものが存在し、どんなに遠くても有効範囲は10キロメートル前後が限界だからだ。
その証拠に、光の槍は徐々にその勢いと魔力が衰えていき、ついには完全に消滅してしまう。
「くそッ!」
何が起きているか理解していないサピエル7世は、自棄になって私に向かって我武者羅に魔術を乱発する。
煉獄の炎、水の弾丸、岩の大砲、氷の槍、風の刃、魔力の塊。あらゆる種類の魔術が隙間の無い弾幕になって襲い掛かってくる。普通なら到底捌き切れる物量ではないが、それらの攻撃が一つでも今の私に届くことはないので関係ない。
全ての攻撃が光の槍と同様に、拡張された空間内で次々に自然消滅していく。
「な、何故……!?」
死力を尽くした攻撃の数々が呆気なく消えていく様を見て、サピエル7世は力が抜けたように膝を付く。
どうやら焦って残り少なかった魔力を後先考えずに使ってしまったみたいだ。サピエル7世の魔力はもう殆ど残っていない。
「さて、今度は私の番ね」
私は錬金術でサピエル7世の周囲の空気に干渉し、その空気を全て固体化させる。
流体から固体に変わった空気は、例えるなら全身を隙間なく拘束する拘束具のようなもので、一瞬でサピエル7世の身動きを封じることに成功する。
「う、動けな……い、息がぁ……!?」
指の一本すらピクリとも動かせず、固体になった空気を吸えず呼吸も出来なくなったサピエル7世は苦しみに顔を歪める。
今のサピエル7世は、まるで地中深くに生き埋めにされた状態と同じだ。このままの状態が続くと、酸欠からの失神、そして最後は窒息だ。
いくら人間の最高到達点の神人に進化したと言っても、生物という枠組みの中にいることに変わりはない。つまり、生命活動をする上でどうしても酸素は必要不可欠なのだ。
一応魔力を沢山持っていれば、生存本能が働き無意識的に魔力で酸素不足を補ったりもする場合もある。しかしそれも結局は一時凌ぎてしかない。そして今のサピエル7世には、その魔力すらも殆ど残っていないのだ。
……サピエル7世が酸欠で失神するまでに、それほど時間は掛からなかった。
「……ようやく、大人しくなったわね」
戦いにようやく決着がついて、私は安堵する。
サピエル7世の命運は尽きたも同然だ。
窒息状態になった人は、約15分ほどで完全に死亡すると言われている。サピエル7世の中に残っている僅かな魔力の量を考慮したとしても、30分も持たないだろう。
このまま放置すれば私が無駄な労力を割く必要もなくサピエル7世は勝手に死ぬ。
……しかし、私は一度サピエル7世に殺されている身だ。そんな猶予を与えてあげる義理はない。
「面倒事はさっさと片付けるに限るわ」
私はトドメを刺すため、ザピエル7世に手を向けて狙いを定め、錬金術を発動させる。
「待つんだセレスティア!!」
しかしその刹那、背後から呼び止める声が勢いよく飛んできた。
錬金術の発動を中止して振り返ると、そこには馬に乗ってこっちに向かってくるエヴァイアの姿があった。
よく見れば、その隣にはモージィが同じく馬に乗って並走していて、更にその後方からはそんな二人を追いかけるようにブロキュオン帝国軍の大軍が大挙して押し寄せて来ている。
「な、何事!?」
突然の事態に私が驚いていると、エヴァイアとモージィが私の横にやって来て馬を止める。
「セレスティア、よくやってくれた。ここからは僕達の役目だ!」
そう言うとエヴァイアは腰に携えた剣を抜いて掲げ、後方の兵士に向かって叫ぶ。
「勝機は我等の手に舞い降りた! 眼前の愚かな敵に、我が帝国軍の力を存分に知らしめよッ!」
エヴァイアの号令に湧いたブロキュオン帝国軍の兵士達は、地鳴りのような歓声と雄叫びを上げながら私達の横を通り過ぎてサピエル法国軍の陣地に雪崩込んで行った。
その様子を見送ったエヴァイアは馬を下りて、私に向かって頭を下げる。
「セレスティア、本当に助かった。ありがとう」
エヴァイアは素直な感謝の言葉を口にする。
私としては頼まれたことをしただけだし、個人的にはサピエル7世の事を放置できなかったという理由もあるから、なんだか変な気分だ。
「気にしなくていいわよ。それよりも今の私の姿を見て、よく私がセレスティアだって気付いたわね」
「何を言ってるんだい。こんな常識外れな芸当、君以外の誰に出来るって言うんだ?」
エヴァイアは固体化した空気に捕らわれたサピエル7世に目線を向ける。
……冷静になって考えて、エヴァイアの言う通りだと理解した。
返す言葉も思いつかなかったので、私は話題を変えることにした。
「それより、さっきはどうして止めたの? サピエル7世はこのまま放置しても勝手に死ぬけど、それをわざわざ待つ必要なんてないわよね?」
「僕はサピエル7世を殺すこと自体を止めたんだよ」
予想外の答えに少し驚く。
これほど危険な存在を殺せるチャンスを逃す手はないはずなのに。
「どうして?」
「サピエル7世と戦っている時にも言ったけど、これの命はサピエル法国消滅の象徴として最大限利用するつもりだ。だからその時までは生きていてもらわないと困る」
……そういえば、確かにそんなことを言っていた気がする。
「それに、ここで君がサピエル7世を殺してしまえば、それこそ君にとって厄介なことになるよ」
「どういう事?」
「例えばさっき言ったように、サピエル法国消滅の象徴としてブロキュオン帝国がサピエル7世を処刑したとしよう。この場合は、ブロキュオン帝国がこの戦争を終結させたことになる。だけどもし君が今ここでサピエル7世を殺してしまえば、君がこの戦争を終結させた立役者という事になり、淵緑の魔女の名前は世界中に知れ渡ることになるよ」
…………はい?
えっ、待って、何がどうしてそうなるの?
「分からないと言った顔だね。いいかい、今回の戦争はこの大陸全ての国を巻き込んだ世界大戦だ。その顛末がどうなるかを全ての人が注目している。そういった情報は、情報を扱う商売をしている人達からすれば、我先にと飛び付きたくなる情報だ」
まあ、言いたいことは分かる。
情報というものは、欲しい人にとっては黄金よりも価値のある宝にもなる代物だ。
「そして君は大勢の人が見ている中で、常識外れな戦い方を沢山した。僕の名前で箝口令を敷いたとしても、いくら帳尻を合わせた偽情報を流したとしても、情報屋はあらゆる手段を使ってこの真実の情報を仕入れるだろう。そうなったらもう、君の存在を隠すのは不可能だ」
「あっ……」
私はようやく、エヴァイアの言っている意味を理解した。
エヴァイアの言う通り、目撃者の多い情報を隠し通すことは、どんな手段を使っても不可能に近い。
ストール鉱山の一件で、淵緑の魔女の存在がサピエル法国に漏れてしまったのがいい例だ。
情報を仕入れたい者は、隠そうとする者以上にあらゆる手段を使って情報を仕入れようとする。それこそ、どんなリスクを犯そうともだ。
「……分かった。サピエル7世の処理はエヴァイアに任せるわ」
これ以上、面倒事になるのは勘弁だしね……。