残酷な描写あり
184.議長
オリヴィエの策略にまんまと引っ掛かった私は、オリヴィエの馬車に乗せられて中央塔を目指していた。
そしてその道中でオリヴィエから色々話を聞く事が出来た。と言うより聞き出した。
それによると、新しく作られた組織の名は『貿易都市評議会』と言うそうだ。
貿易都市評議会は前八柱のメンバーだった“イワン”、“メール”、“ベル”、“ツキカゲ”の4人と、新しく議長に選出された1人の合計5人で結成されているらしい。
そしてオリヴィエはその議長に選出された人物と私を合わせる為に、私をわざわざ貿易都市に呼びだしたのだ。
「それで……オリヴィエはどうして私をその人物に合わせたいのかしら?」
「セレスティアさんならとっくに察しはついているんじゃないですか?」
……まあ、オリヴィエの言う通り、大体の察しはついている。これは私の為だ。
オリヴィエとの付き合いは長いから分かる。歴代のマイン公爵家の人達と同じで、彼女も私の事を考えて行動してくれていると。
「私が貿易都市と協力関係を築いているから、その議長になったっていう人物と早く顔合わせさせないといけないと思ったからでしょ?」
「その通りです。さっきの説明の補足になりますが、貿易都市評議会の議長とは言い換えれば、貿易都市で一番地位が高いの人物ということを意味します。国で例えるなら王様です。つまりセレスティアさんは今、貿易都市の運営事業の一つを任されている経営者という立場にあるのに、貿易都市のトップである議長に顔を合わせるどころか挨拶もしていない状態なのです」
なるほどね。そう言われてしまうと、オリヴィエがこうも急いだ行動を取ったのも納得だわ。
研究資金を稼ぐという計画に、今やミーティアの工房は必要不可欠な存在になった。しかしミーティアの工房を計画に組み込み続けるためには、貿易都市との協力関係が必須だ。
そして貿易都市を経営していた組織が八柱から貿易都市評議会に変わり、そのトップに立つ人物も変わった。
当然、私と貿易都市との関係を継続させるには、その議長になった人物と関係を構築する必要があるというわけだ。
「……オリヴィエ、手間を掛けさせて悪かったわね」
「いいんですよ。これが私の役目ですから」
これまでマイン公爵家には色々助けられてきた。
その細かい気遣いの数々を思い出して、私は改めて心から感謝した。
そうしている内に、私達を乗せた馬車は中央塔の裏口に到着した。
手慣れた様子で裏口を守る警備隊の横をすり抜けて中央塔に入るオリヴィエの後に私も続く。
脚が痛くなる程の数の階段を登り、中央塔の最上階にある部屋の前でオリヴィエは立ち止まった。
「ここが貿易都市評議会議長の部屋です。さあセレスティアさん、どうぞ」
オリヴィエはノックしてから扉を開くと、私が部屋の中に入れるように道を譲る。私はそれに従って部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の中は必要最低限の家具と派手さの無い装飾品で飾られていて、綺麗で簡素という印象だった。
そんな部屋の奥の壁は全てガラス張りになっていて、明るい太陽の光が全て入り込んで部屋全体を温かく照らしている。
「やあセレスティア、待っていたよ」
そんなガラスを背にして立ち、太陽と同じくらい明るい表情で私に話しかけてくる男がいた。
私は見た事があるその男の顔を見て、驚くよりも先に疑問符を浮かべた。
「……どうしてあなたがここに居るの、エヴァイア?」
そこにいたのはエヴァイアだった。
エヴァイアはブロキュオン帝国の皇帝だ。まさか彼が議長になったのかと一瞬だけ思った。
だが、彼の立場を考えたらそれは絶対にあり得ないと結論を出して、すぐにその考えは捨てた。
答えを求める様に後ろのオリヴィエに視線を送ると、オリヴィエは視線を下に逸らして申し訳なさそうにする。
「……オリヴィエ、知ってたわね?」
「申し訳ありませんセレスティアさん。正直に言ったら来てくれなくなるかもと思ったので……」
「まあ……それは否定しないわ」
「酷い言われようだね……僕は悲しいよセレスティア……」
私達の会話を聞いていたエヴァイアがそんなことを呟くが、表情と声色からすぐに演技だと分かる。
「まあ僕のことは気にしないでくれ。僕がここにいるのは彼女の付き添いのようなものなんだ」
そう言ってエヴァイアは自分の横で大きな背もたれのある快適そうな椅子に座っている女性の肩に手を置いた。
……この部屋に入ってからその女性の存在はずっと気になっていた。
ブロキュオン帝国の皇帝という一国の頂点に立つ人物を隣に立たせて、自分は椅子に座る。
まるで、両者の力関係を敢えて目に見える形で示しているかのような構図だった。
だがそんなことがあり得るのだろうか? 疑問は浮かぶけど、同時にエヴァイアが気にした素振りをしていないことも確かだ。
……一つだけハッキリとしているのは、あの女性こそ貿易都市評議会の議長に選ばれた人物だということだ。
「ようこそお越しくださいました。まずは私の招待に応じてくれたことを感謝します」
女性はそう言って立ち上がり、私に向かってお辞儀をした。口調や品のある態度から、とても礼儀正しい人物だという印象を抱いた。
「私の今後に関わることだからね、無視なんて出来ないわ」
私は女性にそう言葉を返しつつ、女性の事をしっかりと観察する。
まず目を引いたのは女性が身に付けている衣装だ。
白を基調に赤、金、紫色で様々な刺繍が施されている衣装は、豪華さを抑えつつも格式の高さを示し、厳格さと気品さを纏っているような印象を抱かせる。肌の露出が全く無いことも、その印象に拍車を掛けていると思う。
この衣装を簡潔に言い表すなら、まるで神職に就く人が着用する衣装みたいだった。
しかし、そんな衣装よりも更に私の目を引く特徴が女性にはあった。
それは、髪色と同じ黄金色をした耳と尻尾だ。先の尖った耳とふかふかの尻尾から、彼女は狐の獣人に間違いないだろう。
そしてその特徴は、私にはどこか見覚えがあった。だけどそれが思い出せない……。
私は、以前にもこの女性に会ったことがあるのだろうか……?
「……どうやら、私の事は覚えていないようですね」
思い出そうとしている私の思考を読んだかのように、女性はそう言った。
女性の口ぶりからして、どうやら本当に以前にも会ったことがあるようだ。
「まあ無理もないですね。会ったのは一度きりですし、その時はお互いに名乗りもしませんでしたから」
そう言うと女性は机の上に置かれていた銀のトレイを手に取り、軽く広げた右手の指の上にそのトレイを乗せてポーズを決める。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」
女性は満面の笑顔を見せ、喧騒の中でも掻き消される事なく通り抜けそうな声でそう言った。
女性の急な態度の豹変ぶりに、私は思わず困惑した。
……だけど同時に、それは私の奥底に沈んでいた記憶を引きずり出すには十分なインパクトだった。
「――あ、ああ! 思い出した! あなたは確か、飲食店のウェイトレスさん!」
そうだ、間違いない。
私達が初めて貿易都市に来た日、昼食を食べに立ち寄った飲食店でウェイトレスをしていた女性だ!
「思い出して頂けて何よりです。――では改めまして、私の名前は“ヨウコウ”。この度、貿易都市評議会の議長を務める事になった者です。以後お見知りおきを、『淵緑の魔女』セレスティアさん」
ヨウコウはそう言って、見事な立ち振舞で一礼する。その所作はまるで上級貴族を思わせる様な気品さが漂っていて、とても飲食店でウェイトレスをしていた人物と同一人物には見えなかった。
「……ええ、こちらこそよろしく」
私は心に渦巻いている様々な動揺を、なるべく表に出さないように気をつけながら挨拶を返す。
今回、この場はお互いの協力関係を継続させる為の顔合わせだとオリヴィエは言っていた。だけどそれはあくまで建前に過ぎない。
いくら協力関係継続が確実だとしても、ほぼ面識の無い人物との顔合わせだ。つまりこの場は、これから協力関係を築く相手をお互いに値踏みする場ということに他ならない。
簡単に動揺なんて見せる訳にはいかない!
「お互いに色々話したいことはあると思いますが、こうして立って話すには少々長くなってしまうでしょう。とりあえず座れる場所に移動しましょうか」
ヨウコウはそう言うと、隣部屋にあった談話室へ私たちを招き入れた。
談話室はさっきの部屋よりも小さく、家具も椅子と机くらいしかない。
ヨウコウは私達を椅子に座らせると、壁際に置いていたティーセットで人数分の飲み物を用意して戻って来る。
私達の前に飲み物を丁寧に置いていく動作は、まさにウェイトレスのそれだった。
そしてその道中でオリヴィエから色々話を聞く事が出来た。と言うより聞き出した。
それによると、新しく作られた組織の名は『貿易都市評議会』と言うそうだ。
貿易都市評議会は前八柱のメンバーだった“イワン”、“メール”、“ベル”、“ツキカゲ”の4人と、新しく議長に選出された1人の合計5人で結成されているらしい。
そしてオリヴィエはその議長に選出された人物と私を合わせる為に、私をわざわざ貿易都市に呼びだしたのだ。
「それで……オリヴィエはどうして私をその人物に合わせたいのかしら?」
「セレスティアさんならとっくに察しはついているんじゃないですか?」
……まあ、オリヴィエの言う通り、大体の察しはついている。これは私の為だ。
オリヴィエとの付き合いは長いから分かる。歴代のマイン公爵家の人達と同じで、彼女も私の事を考えて行動してくれていると。
「私が貿易都市と協力関係を築いているから、その議長になったっていう人物と早く顔合わせさせないといけないと思ったからでしょ?」
「その通りです。さっきの説明の補足になりますが、貿易都市評議会の議長とは言い換えれば、貿易都市で一番地位が高いの人物ということを意味します。国で例えるなら王様です。つまりセレスティアさんは今、貿易都市の運営事業の一つを任されている経営者という立場にあるのに、貿易都市のトップである議長に顔を合わせるどころか挨拶もしていない状態なのです」
なるほどね。そう言われてしまうと、オリヴィエがこうも急いだ行動を取ったのも納得だわ。
研究資金を稼ぐという計画に、今やミーティアの工房は必要不可欠な存在になった。しかしミーティアの工房を計画に組み込み続けるためには、貿易都市との協力関係が必須だ。
そして貿易都市を経営していた組織が八柱から貿易都市評議会に変わり、そのトップに立つ人物も変わった。
当然、私と貿易都市との関係を継続させるには、その議長になった人物と関係を構築する必要があるというわけだ。
「……オリヴィエ、手間を掛けさせて悪かったわね」
「いいんですよ。これが私の役目ですから」
これまでマイン公爵家には色々助けられてきた。
その細かい気遣いの数々を思い出して、私は改めて心から感謝した。
そうしている内に、私達を乗せた馬車は中央塔の裏口に到着した。
手慣れた様子で裏口を守る警備隊の横をすり抜けて中央塔に入るオリヴィエの後に私も続く。
脚が痛くなる程の数の階段を登り、中央塔の最上階にある部屋の前でオリヴィエは立ち止まった。
「ここが貿易都市評議会議長の部屋です。さあセレスティアさん、どうぞ」
オリヴィエはノックしてから扉を開くと、私が部屋の中に入れるように道を譲る。私はそれに従って部屋の中に足を踏み入れた。
部屋の中は必要最低限の家具と派手さの無い装飾品で飾られていて、綺麗で簡素という印象だった。
そんな部屋の奥の壁は全てガラス張りになっていて、明るい太陽の光が全て入り込んで部屋全体を温かく照らしている。
「やあセレスティア、待っていたよ」
そんなガラスを背にして立ち、太陽と同じくらい明るい表情で私に話しかけてくる男がいた。
私は見た事があるその男の顔を見て、驚くよりも先に疑問符を浮かべた。
「……どうしてあなたがここに居るの、エヴァイア?」
そこにいたのはエヴァイアだった。
エヴァイアはブロキュオン帝国の皇帝だ。まさか彼が議長になったのかと一瞬だけ思った。
だが、彼の立場を考えたらそれは絶対にあり得ないと結論を出して、すぐにその考えは捨てた。
答えを求める様に後ろのオリヴィエに視線を送ると、オリヴィエは視線を下に逸らして申し訳なさそうにする。
「……オリヴィエ、知ってたわね?」
「申し訳ありませんセレスティアさん。正直に言ったら来てくれなくなるかもと思ったので……」
「まあ……それは否定しないわ」
「酷い言われようだね……僕は悲しいよセレスティア……」
私達の会話を聞いていたエヴァイアがそんなことを呟くが、表情と声色からすぐに演技だと分かる。
「まあ僕のことは気にしないでくれ。僕がここにいるのは彼女の付き添いのようなものなんだ」
そう言ってエヴァイアは自分の横で大きな背もたれのある快適そうな椅子に座っている女性の肩に手を置いた。
……この部屋に入ってからその女性の存在はずっと気になっていた。
ブロキュオン帝国の皇帝という一国の頂点に立つ人物を隣に立たせて、自分は椅子に座る。
まるで、両者の力関係を敢えて目に見える形で示しているかのような構図だった。
だがそんなことがあり得るのだろうか? 疑問は浮かぶけど、同時にエヴァイアが気にした素振りをしていないことも確かだ。
……一つだけハッキリとしているのは、あの女性こそ貿易都市評議会の議長に選ばれた人物だということだ。
「ようこそお越しくださいました。まずは私の招待に応じてくれたことを感謝します」
女性はそう言って立ち上がり、私に向かってお辞儀をした。口調や品のある態度から、とても礼儀正しい人物だという印象を抱いた。
「私の今後に関わることだからね、無視なんて出来ないわ」
私は女性にそう言葉を返しつつ、女性の事をしっかりと観察する。
まず目を引いたのは女性が身に付けている衣装だ。
白を基調に赤、金、紫色で様々な刺繍が施されている衣装は、豪華さを抑えつつも格式の高さを示し、厳格さと気品さを纏っているような印象を抱かせる。肌の露出が全く無いことも、その印象に拍車を掛けていると思う。
この衣装を簡潔に言い表すなら、まるで神職に就く人が着用する衣装みたいだった。
しかし、そんな衣装よりも更に私の目を引く特徴が女性にはあった。
それは、髪色と同じ黄金色をした耳と尻尾だ。先の尖った耳とふかふかの尻尾から、彼女は狐の獣人に間違いないだろう。
そしてその特徴は、私にはどこか見覚えがあった。だけどそれが思い出せない……。
私は、以前にもこの女性に会ったことがあるのだろうか……?
「……どうやら、私の事は覚えていないようですね」
思い出そうとしている私の思考を読んだかのように、女性はそう言った。
女性の口ぶりからして、どうやら本当に以前にも会ったことがあるようだ。
「まあ無理もないですね。会ったのは一度きりですし、その時はお互いに名乗りもしませんでしたから」
そう言うと女性は机の上に置かれていた銀のトレイを手に取り、軽く広げた右手の指の上にそのトレイを乗せてポーズを決める。
「いらっしゃいませ! ご注文はお決まりでしょうか?」
女性は満面の笑顔を見せ、喧騒の中でも掻き消される事なく通り抜けそうな声でそう言った。
女性の急な態度の豹変ぶりに、私は思わず困惑した。
……だけど同時に、それは私の奥底に沈んでいた記憶を引きずり出すには十分なインパクトだった。
「――あ、ああ! 思い出した! あなたは確か、飲食店のウェイトレスさん!」
そうだ、間違いない。
私達が初めて貿易都市に来た日、昼食を食べに立ち寄った飲食店でウェイトレスをしていた女性だ!
「思い出して頂けて何よりです。――では改めまして、私の名前は“ヨウコウ”。この度、貿易都市評議会の議長を務める事になった者です。以後お見知りおきを、『淵緑の魔女』セレスティアさん」
ヨウコウはそう言って、見事な立ち振舞で一礼する。その所作はまるで上級貴族を思わせる様な気品さが漂っていて、とても飲食店でウェイトレスをしていた人物と同一人物には見えなかった。
「……ええ、こちらこそよろしく」
私は心に渦巻いている様々な動揺を、なるべく表に出さないように気をつけながら挨拶を返す。
今回、この場はお互いの協力関係を継続させる為の顔合わせだとオリヴィエは言っていた。だけどそれはあくまで建前に過ぎない。
いくら協力関係継続が確実だとしても、ほぼ面識の無い人物との顔合わせだ。つまりこの場は、これから協力関係を築く相手をお互いに値踏みする場ということに他ならない。
簡単に動揺なんて見せる訳にはいかない!
「お互いに色々話したいことはあると思いますが、こうして立って話すには少々長くなってしまうでしょう。とりあえず座れる場所に移動しましょうか」
ヨウコウはそう言うと、隣部屋にあった談話室へ私たちを招き入れた。
談話室はさっきの部屋よりも小さく、家具も椅子と机くらいしかない。
ヨウコウは私達を椅子に座らせると、壁際に置いていたティーセットで人数分の飲み物を用意して戻って来る。
私達の前に飲み物を丁寧に置いていく動作は、まさにウェイトレスのそれだった。