第1話 はじまり
「ひゃっは〜い、ひゅうはふひきほうほうひほふだよ~!」
芹沢つばめは冷めかけたトーストを口に咥えたまま全速力で家を飛び出した。
今日は私立瓢箪岳高校の入学式。つばめはそこの新1年生だ。
『朝の時間に1秒でも長く寝ていたい』という理由で受験した、家から徒歩10分の距離にある高校だが、それにしても寝すぎてしまった。
つばめはごく普通の、何の変哲もない女の子だ。
成績は中の下、顔付きの素材は悪くはない、磨けば光るのかも知れないが今はどうにも垢抜けない。地味か派手かで言うなら思いっきり地味側だ。
どんなにきつくセットしても、決して圧力や高温に屈する事なく自己主張する、ショートボブヘア頭頂のアホ毛がチャームポイントと言えなくも無い。
身長も体重も座高も胸囲も腹囲もほぼほぼ平均値、運動能力も大体平均値の成績だ。
そんな『特徴らしい特徴の無い自分』のアイデンティティに危機感を覚えながらも、つばめは毎日たくましく生きていた。
「もぉー、お母さんがもっとちゃんと起こしてくれればこんなに慌てなくて済んだのにーっ!」
無実の母親を罵りながらつばめは走る。次の角を曲がれば学校が見えてくるはずだ。
『トーストを咥えながら遅刻しそうになって走っている女の子』
大昔の少女マンガの定番とも言えるシチュエーションだ。
『角を曲がった瞬間にカッコイイ男の子とぶつかって、そこからなんやかんやで恋が生まれたりするのよねぇ』
遅刻しそうなのになぜか余裕のあるつばめが、ぼんやりと考えながら角に差し掛かる。
その時、恋に恋するつばめに待ちに待った運命の出会いが訪れた。
角を曲がった瞬間に現れたのは、猛スピードで突っ込んでくる、とてもカッコイイ男の子… の運転する乗用車だった。
『あ、これわたし死んだわ…』
現代っ子らしいドライな感性で瞬時に状況を分析するつばめ。
『このまま死んだらどうなるのかな? 異世界に転生とかしちゃうのかな? チートパワーで魔物を倒したり魔王と戦ったりするのかなぁ? スプラッターは得意じゃ無いからグロくない世界でお願いします。かと言って悪役令嬢で殺されたり追放されたりとかもしたくないなぁ…』
…………
……おや?
のんびり考え事をしてしまったが、それにしては一向に車がぶつかって来ない。死ぬ寸前の走馬灯タイムと言う訳でも無さそうだ。
身の回りの物が全て停止している。車も、人も、咄嗟に口を開けてしまった為に地面に落ちるはずのトーストも、全てが止まっている。
そう、全てだ。つばめの体も動かない。いや、首から上だけはかろうじて動かせる。
周りを見渡しても動いているのはつばめの頭だけだ。
「時を止めたんだよ。おっと、時間が無いから振り向かずにそのまま聞きな。アンタ、瓢箪岳高校の生徒だよね? このまま轢き殺されたくなかったら、私らの部活に入りな。そうしたら体を動かして助けてやる」
後ろから女性の声がした。声の感じから20代半ば以降と推測されるが、振り向けないので確認できない。
そんな事より後ろの女はとんでもない事を持ちかけてきた。命を助ける代償に自分達の部活動に入れと言う。
何の部活なのかの説明すら無く、命の決断を迫られるつばめ。
いずれにしても今のつばめに選択肢は無い。話を受けなければほぼ間違いなく命は無い。『転生して異世界に』なんて大きな子供向けのお伽話じゃあるまいし、実際に有りはしないのだから。
首ももげよとばかりに何度も首肯するつばめ。それを見た後ろの女は満足そうに「ヒザ子!」と声を掛けた。
その声に呼ばれたのか、トンボメガネにお下げ髪の小柄な少女が、不意につばめの横に現れる。
つばめよりも小柄で一見中学生くらいの体格に見えるが、その煉瓦色の服装は紛れも無く瓢箪岳高校の制服だった。
少女はその細い右手で、止まったままの車のボンネットを上から殴り付ける。
上から衝撃を受けた車は、前側を下に立ち上がる様に車体が縦になった。
立ち上がった勢いで自分に向けて倒れこもうとする車体に対して、少女は今打ち込んだ右手の肘を90度に曲げ、杭を打ち込むように車に叩きこむ。
そのまま体を左側に捻るように曲げると、右の肩甲骨を切っ先として、車に思い切り体当たりをブチかました。
見る人が見ればとても美しい『鉄山靠』だと分かるが、生憎つばめには八極拳の知識は無い。
単に『小柄な女の子が自動車を素手でふっ飛ばした』という事象だけがつばめの認識の全てだ。
いや、事実ではなくてこれは夢かも知れない。家からパンを咥えて走ってきた辺りからもう既に夢だったのではないか?
実はまだ自室のベッドの中で微睡んでいる最中なのではないか?
等と都合の良い事を考え出した瞬間に時間が再始動した。
メガネの少女に殴られた乗用車は彼方に吹っ飛び、何処かに当たって爆発四散した。
車をはじき飛ばした小柄な少女は、つばめにニッコリと笑って嬉しそうに会釈をした。
そして動けるようになって振り向いたつばめが見たものは、
青い色をしたコテコテの魔法少女ルックに身を包んだ、歳の頃三十路と思しき美しい女性だった……。
芹沢つばめは冷めかけたトーストを口に咥えたまま全速力で家を飛び出した。
今日は私立瓢箪岳高校の入学式。つばめはそこの新1年生だ。
『朝の時間に1秒でも長く寝ていたい』という理由で受験した、家から徒歩10分の距離にある高校だが、それにしても寝すぎてしまった。
つばめはごく普通の、何の変哲もない女の子だ。
成績は中の下、顔付きの素材は悪くはない、磨けば光るのかも知れないが今はどうにも垢抜けない。地味か派手かで言うなら思いっきり地味側だ。
どんなにきつくセットしても、決して圧力や高温に屈する事なく自己主張する、ショートボブヘア頭頂のアホ毛がチャームポイントと言えなくも無い。
身長も体重も座高も胸囲も腹囲もほぼほぼ平均値、運動能力も大体平均値の成績だ。
そんな『特徴らしい特徴の無い自分』のアイデンティティに危機感を覚えながらも、つばめは毎日たくましく生きていた。
「もぉー、お母さんがもっとちゃんと起こしてくれればこんなに慌てなくて済んだのにーっ!」
無実の母親を罵りながらつばめは走る。次の角を曲がれば学校が見えてくるはずだ。
『トーストを咥えながら遅刻しそうになって走っている女の子』
大昔の少女マンガの定番とも言えるシチュエーションだ。
『角を曲がった瞬間にカッコイイ男の子とぶつかって、そこからなんやかんやで恋が生まれたりするのよねぇ』
遅刻しそうなのになぜか余裕のあるつばめが、ぼんやりと考えながら角に差し掛かる。
その時、恋に恋するつばめに待ちに待った運命の出会いが訪れた。
角を曲がった瞬間に現れたのは、猛スピードで突っ込んでくる、とてもカッコイイ男の子… の運転する乗用車だった。
『あ、これわたし死んだわ…』
現代っ子らしいドライな感性で瞬時に状況を分析するつばめ。
『このまま死んだらどうなるのかな? 異世界に転生とかしちゃうのかな? チートパワーで魔物を倒したり魔王と戦ったりするのかなぁ? スプラッターは得意じゃ無いからグロくない世界でお願いします。かと言って悪役令嬢で殺されたり追放されたりとかもしたくないなぁ…』
…………
……おや?
のんびり考え事をしてしまったが、それにしては一向に車がぶつかって来ない。死ぬ寸前の走馬灯タイムと言う訳でも無さそうだ。
身の回りの物が全て停止している。車も、人も、咄嗟に口を開けてしまった為に地面に落ちるはずのトーストも、全てが止まっている。
そう、全てだ。つばめの体も動かない。いや、首から上だけはかろうじて動かせる。
周りを見渡しても動いているのはつばめの頭だけだ。
「時を止めたんだよ。おっと、時間が無いから振り向かずにそのまま聞きな。アンタ、瓢箪岳高校の生徒だよね? このまま轢き殺されたくなかったら、私らの部活に入りな。そうしたら体を動かして助けてやる」
後ろから女性の声がした。声の感じから20代半ば以降と推測されるが、振り向けないので確認できない。
そんな事より後ろの女はとんでもない事を持ちかけてきた。命を助ける代償に自分達の部活動に入れと言う。
何の部活なのかの説明すら無く、命の決断を迫られるつばめ。
いずれにしても今のつばめに選択肢は無い。話を受けなければほぼ間違いなく命は無い。『転生して異世界に』なんて大きな子供向けのお伽話じゃあるまいし、実際に有りはしないのだから。
首ももげよとばかりに何度も首肯するつばめ。それを見た後ろの女は満足そうに「ヒザ子!」と声を掛けた。
その声に呼ばれたのか、トンボメガネにお下げ髪の小柄な少女が、不意につばめの横に現れる。
つばめよりも小柄で一見中学生くらいの体格に見えるが、その煉瓦色の服装は紛れも無く瓢箪岳高校の制服だった。
少女はその細い右手で、止まったままの車のボンネットを上から殴り付ける。
上から衝撃を受けた車は、前側を下に立ち上がる様に車体が縦になった。
立ち上がった勢いで自分に向けて倒れこもうとする車体に対して、少女は今打ち込んだ右手の肘を90度に曲げ、杭を打ち込むように車に叩きこむ。
そのまま体を左側に捻るように曲げると、右の肩甲骨を切っ先として、車に思い切り体当たりをブチかました。
見る人が見ればとても美しい『鉄山靠』だと分かるが、生憎つばめには八極拳の知識は無い。
単に『小柄な女の子が自動車を素手でふっ飛ばした』という事象だけがつばめの認識の全てだ。
いや、事実ではなくてこれは夢かも知れない。家からパンを咥えて走ってきた辺りからもう既に夢だったのではないか?
実はまだ自室のベッドの中で微睡んでいる最中なのではないか?
等と都合の良い事を考え出した瞬間に時間が再始動した。
メガネの少女に殴られた乗用車は彼方に吹っ飛び、何処かに当たって爆発四散した。
車をはじき飛ばした小柄な少女は、つばめにニッコリと笑って嬉しそうに会釈をした。
そして動けるようになって振り向いたつばめが見たものは、
青い色をしたコテコテの魔法少女ルックに身を包んだ、歳の頃三十路と思しき美しい女性だった……。