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作者: ちありや
第15話 あくるひ
 一夜明けて高校入学2日目の朝である。
 つばめは昨日の疲れから普段よりも2時間も早く就寝したのだが、起床したのは昨日とあまり変わらない時間であった。

 3つ常備されている目覚まし時計は、止めた覚えが無いのに全てのアラームが止められている。しかもそのうちの1つは投げられたかの様に壁際の床に落ちていた。きっとこれらは妹のかごめの仕業だろう。

 冷静に考えれば朝食の支度をしているかごめが、わざわざ姉の部屋に来てそんな回りくどい妨害工作をするはずは無いのだが、つばめはその可能性を無視する事にした。

 今日目が覚めたのは、いつもの母親からの朝を告げる呼び掛けではなく、「どうせ起きてこないんだし、もうお姉ちゃんの分の朝ごはん作らなくても良いかな?」という残酷極まりないかごめの声によるものだった。

 慌てて飛び起き、制服に着替え、時間が無いので髪の毛は手櫛で雑に揃え、既に本日分の教材の入れられている鞄を手に持ち、2階の自室から下へ降りる。最終通告と言わんばかりの呆れ顔でつばめを呼びに来た母親とすれ違う。

 玄関先では丁度かごめが靴を履き家を出る所だった。

「かごめ!」

 急用かと訝しみ振り向いたかごめとつばめの視線が交差する。つばめは口を開き、どうしてもかごめに伝えなければならない言葉を発した。

「…朝ごはん、食べるから」

 それだけ言ってつばめは踵を返し、廊下の奥のトイレに向かう。
 要するに『朝食はちゃんと食べるから自分つばめの分も用意しておけ』とだけ伝えたかったのである。

 取り残され、呆気にとられるかごめ。言いたい事だけ言って早々に去っていった姉の後ろ姿を見ながら、かごめはようやく「…なんかムカつく」とだけ呟いた。

 つばめが小用を済ませてトイレから出ると、すでにかごめは中学校への途についていた。

 父親は朝早くに出勤しており、母親も隣室で化粧を始めていた為に、無人のダイニングルームには冷めたバタートーストとスクランブルエッグが置かれていた。
 つばめは飲む様にスクランブルエッグを皿から口に流し込み、冷めたトーストをアスリートのマウスピースの様に口に咥えたまま、優雅に玄関へと向かう。

 靴を履き、外に出て、深呼吸を1回。上体を低くして、足のつま先に力を込める。そしてダッシュ!

「あ〜ん、また遅刻しちゃうよ〜!」

 昨日に引き続き、学校への道をひた走るつばめ。時間的な余裕はあまり無いのだが、家でモタモタしていたのはこれを言う為だったのだろうか?

 実はつばめにはとある思惑があったのだ。昨日と同じタイミングで家を出れば、昨日と同様に沖田と会えるのではないか? という物だ。
 根拠も何も無い。まさしく『女の勘』という不確実極まりない理由を信じて走るつばめ。

『昨日はここで死にかけたから、ちょっと減速…』

 昨日睦美らと出会った四辻の手前でスピードを落とすつばめ、窺うように右側の道路を見やると、その瞬間に赤いスポーツカーが目の前を猛スピードで走り去って行った。

 運転席の人間はよく見えなかったが、ミイラ男の如く全体が包帯まみれだった事から昨日のイケメンドライバーだったのかも知れない。
 尤もすでに『運命の人』を見つけたつばめには、もはや暴走ドライバーの素性などどうでもいい事であったが。
 
「あっぶねー… 今日は先輩たち居ないから、飛び出してたら確実に死んでたね」
 連日の命の危険をやり過ごし、安堵するつばめ、左右を確認し、再び走り出す。

 そして昨日沖田と出会った運命のポイントに差し掛かる。…居た! 昨日と同じ時間、昨日と同じ場所で沖田は走っていた。やはり運命は存在していたのだ。

「沖田くん、おはようっ!」

 沖田と並走しながら元気に声をかけるつばめ。
 沖田はつばめの方に振り向き笑顔を向ける。昨日校門の鉄門扉に激突した際の怪我がまだ痛むのか、顔の左半分に数枚の湿布薬が貼り付けられていた。

「おはよう! …えっと、蒲郡がまごおりつぼみさんだっけ?」

 誰それ?! 違いますから! 全然かすりもしてませんから!

 沖田の残念な記憶力に、怒りと悲しみの綯交ないまぜになった気持ちを抱くつばめ。

「『芹沢つばめ』だよ! あ、前危ないよ」

 つばめの助言を受けて、慌てて門扉を華麗に回避する沖田。逆に言えばつばめの注意喚起が無かったら、今朝も大惨事になる所であったのだ。

「避け方とか笑顔とかカッコイイんだけど、この人色々と大丈夫かな…?」
 ふと冷静になるつばめだった。

 今日は事故が無かったので、昨日は終始保健室だった沖田も初の1年C組だ。つばめと一緒にまるで彼氏彼女の様に教室に入る。
 遅刻ギリギリではあったが、担任の佐藤教諭はまだ来ていない。楽々セーフだ。

 教室に入ったつばめと沖田を見て、室内の女子生徒の視線が集中する。

『イケメンよ』
『イケメンだわ』
『隣のちんちくりんは何?』
『彼女… には見えないわね』
『とにかくあのイケメンは誰?』

 誰も一言も発していない。しかしつばめにはこれらの女子生徒の心の声がハッキリと聞こえた気がした。
 これは魔法の力を授かったとかとは無関係に女が生来持っている能力なのかも知れない。

『ヤバい、沖田くんって普通にモテるわ。こりゃうかうかしてられないわね…』
 今更ながらに強い危機感を抱くつばめだった。
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