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作者: ちありや
第17話 しんゆう
『午後の部活見学、沖田くんと行く事になっちゃった… 楽しみだけどどうしよう…?』

 4時間目の終わりまで、つばめはその事ばかりをグルグルと考え続けていた。

 沖田と2人で部活巡りをするのは、これはもう実質デートだと言えるだろう。沖田の方から誘ってきたのだから、つばめに対して悪い印象を抱いているとは思えない。
 いやむしろつばめの事を愛してしまったからこそ誘いに出た可能性も多分にあるのではないか?

 夕方まで色々な部活を巡り、疲れて近くのベンチ等に腰掛けて休憩する。つばめの隣に座る沖田がつばめの手を握る。
 驚いて沖田を見るつばめ、沖田もつばめを見つめて何かを言いたそうにモジモジとしている。
 そんな沖田の気持ちを汲んだのか、つばめは静かに目を閉じる。
 人気ひとけのまばらな校舎裏、目を閉じたつばめに沖田の顔が近づく。やがて2人の影は1つになっていく……。

『なんちゃってなんちゃって〜っ。本当にそんな事になったらどうしよう?!』

 とまぁ、こんな感じの妄想を3時間近く脳内でリフレインしていた訳である。当然授業など完全に上の空であった。

 終業のチャイムが鳴り昼休みに突入する。瓢箪岳高校には大きな食堂があり、購買部も充実している為にそこで昼食を摂る生徒も多い。もちろん教室内で机を動かして仲良しグループで食べるも自由だ。

「ねぇ芹沢さん、良かったらお昼一緒に食べない?」

 つばめが誘われたのは3人組の女子グループ、気の強そうな木下きのした 望美のぞみ、意地の悪そうな武田たけだ 陽子ようこ、キョロ充丸出しの和久井わくい 倫子みちこだ。
 別に覚えなくても構わないが、今後もちょくちょく出てくると思われるので3人セットの娘達、とでも留意して頂けるとありがたい。

『誰だっけ…?』

 一応クラスメイトではあるのだが、つばめとは面識が無い。とは言えせっかくのお誘いを無下に断ると後の関係が拗れる可能性がある。女社会は面倒くさいのだ。
 それに誰かとランチの約束をしていた訳でも無いし、新環境で新たな交友の輪を広げるのも悪くないはずだ。

「はい、いいですよ」

 その横で、つばめに声をかけるタイミングを逃した新見 綿子は、3人組の後を歩くつばめ をいぶかしげに眺めていた。

 ☆

「ちょっとアンタ、どういうつもり?」
「入学早々男子に色目使ってイヤらしい女」
「ちょっと生意気だよね」

「静かでゆっくり出来る場所がある」と連れられた校舎裏で、つばめは3人組から前置きも無くいきなり糾弾された。誰がどのセリフを言っているのかは大して重要ではないので割愛する。

「え? あの、何を…?」

 つばめは混乱する。仲良くなろうと思っていて来たが、一言も言葉を交わす前に先方からの集中攻撃を浴びせかけられたのだ。

「とぼけないで。アンタが陰で沖田くんを誘惑したんでしょ? でなきゃ私達と話してたのに急にアンタを誘うわけ無いじゃない」
「そうよ、清純そうな顔して結構ビッチなのね」
「サイテー」

「え? そんな… わたしは何も…」

 この件に関してはつばめは全くの無罪だ。現に沖田がつばめを誘った時は綿子の相手をしていたのだから、つばめが沖田を誘惑できるはずが無い。

 単なる言いがかりである事は3人組も自覚していた。だがそれでも湧き出た怒りを何処かにぶつけなければ気が済まなかったのだ。
 つばめと沖田の関係など知った事では無いのだが、自分達の幸せの為にはつばめの存在が邪魔である事は3人組の共通認識だった。

 ちなみにこの3人組、当然ながら各々昨日が初対面で今日の朝が初会話であった。共通の敵が居るという事は、バラバラな人間関係を結束させるのに大きな効果があると図らずも実証してみせた形になる。

「何もしてないならアンタと沖田くんは関係ないんでしょ? とにかく、もうこれ以上沖田くんには近づかないで」
「アンタは男じゃなくて、頭のブーメランで鳥でも狩ってれば良いのよ」
「そうよそうよ」

 声の攻撃を受けながら俯くつばめ。全く何なのだ? 昨日から酷い目に遭ってばかりではないか? 何度も殺されかけて次の日は集団でイジメだ。己の境遇に悲しさと悔しさで涙が溢れてくる。一体自分が何をしたと言うのだ? なぜこんなにも理不尽な目に遭わなければならないのか?

「泣いたって駄目よ。今ここでハッキリと『もう沖田くんには近づきません』って言って貰わないと…」

『ふざけんなバカヤローっ!!』とつばめが逆襲に転じようとしたその時、

「みっともない事やめなよ」

 この場に居た誰とも違う高めの声が後ろからかけられた。

 一同が振り向いた先に居たのは主人公つばめの危機に颯爽と現れたヒーロー沖田!

 …では無く新見綿子だった。

「気になって後を追ってみたら随分カッコ悪い事してるじゃん? 今あんたらがしてた事、あのイケメンくんにチクっても良いかな?」

 綿子の登場に勢いを失う3人組。堂々と出来る行為では無いからこそ、校舎裏でこそこそとつばめを囲んでいたのだ。他人に知られて、尚且つ沖田に暴露されるのはとても困る。

「ふ、ふん!」

 3人組の1人がその場を去るべく方向を変える。そして首だけつばめ達の方を向いて、

「…あまり良い気にならないでよね!」

 と言い捨てて逃げる様に去っていった。他の2人も慌ててそれに追従する。

 残されたつばめと綿子、2人は見つめ合い微笑みを交わす。つばめは泣き笑い、綿子はニッカリスッキリの笑顔だ。

「あ、あの、どうもありがとう、助けてくれて。あのままだったらわたしどうなってたか…」

「オッケー、気にしないで! あたしもああいう陰険なの嫌いだしさ」

 綿子の屈託の無い笑顔に大きな安心感を得るつばめ。3人相手に喧嘩を売るなんてとても勇気の要る事なのに、出会って2日のわたしの為に危ない橋を渡ってくれるなんて、心イケメンの凄く良い子ではないか。

『こんな良い子なのに、一見チャラそうで鬱陶しかったから邪険にしちゃってゴメンなさい。もっとちゃんと向き合って上げるべき本当の友達、『親友』と呼べる存在だったかな…?』

 軽い後悔を抱いて反省するつばめ、尤もあまり深刻では無さそうだ。

「あー、でもつばめっち、あたしの誘いを即蹴りしといてあの『うん、行く』はぶっちゃけ引いたよ? あと結構泣き顔ブサイクなんだね」

『…よし、こいつとは一定の距離を置こう』

 綿子との距離感を見定めたつばめだった。
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