第19話 いたみ
「うっぎゃーっ! 目が、目がぁっ!!」
滅びの言葉の光を受けた某特務機関の大佐の様に、激しい目の痛みを訴えるつばめ。
ドライアイに加えて、振り向いた瞬間に春風に舞った砂塵が目の中に入り込んだのに、目を閉じる事すら出来ない。
もちろんこれは睦美の魔法のせいなのだが、それを知らない沖田はつばめの急変に対応できずにオロオロしていた。
「素直にまっすぐ部室に来るかと思ってたけど、男連れで散歩とかずいぶん余裕あるわね、つばめ」
聖子ちゃんカットの女番長の登場に状況が理解できずに固まる沖田。
転じてかなり訓練されたつばめの動きはとても素早かった。睦美の声を聞くや、即座にその場で土下座して額を地面に付けていた。
「申し訳ありません! すぐに行こうとは思っていたのですがつい…」
目の激痛7、睦美への恐怖3の割り合いで滂沱の涙を流すつばめ。恥も外聞も投げ捨てて必死に慈悲を請う。そうしないと本気で失明しかねない。
「反省したなら良いわ。もう十分楽しんだでしょ? 行くわよ」
土下座しているつばめを見下ろしながら満足そうな笑みを浮かべる睦美。指をパチンと鳴らすと魔法が解け、つばめの瞼は再び閉会出来るようになっていた。
土下座の態勢から上半身を起こし空を仰ぐ。ドライアイと埃と恐怖とたった今手にした自由、色々な要素が混じり合い、つばめは目を閉じて多量の涙に塗れながら手を合わせ、『天に祈る乙女』の様な美しい構図で佇んでいた。
「つ、つばめちゃん、大丈夫…?」
状況を理解できずに固まっていた沖田も、ようやくつばめを案じて声をかける。
「そこの彼氏、悪いけどこの娘はうちの先約があるの。貰ってくわよ」
睦美は沖田を一瞥してそれだけ言うと、まだ涙で視界を回復できていないつばめの手を取り立ち上がらせた。そのまま手を引き長屋へと向かう。
状況に頭がまるでついてこずに独り取り残されポツンと立ち尽くす沖田、そんな彼にライオンに食い散らかされた鹿の死体に群がるハイエナが如く、どこから現れたのか女子3人組の影が近づき沖田に何事かを話しかけ、楽しそうに何処かへと連れ去って行った。
☆
「あう〜、いくら何でも不意打ちは酷いですよ先輩〜」
未だに止まらない涙をハンカチで拭いながら睦美に抗議するつばめ。その言い草から本心から後悔して改めるべく土下座したのでは無く、状況の打開の為だけに土下座したのだと理解できる。つばめもなかなかどうして強かな精神を持った娘である。
「…アンタ本当に反省してんの? それにせっかくアタシ達が協力して彼との仲を取り持って上げようとしてんのに、勝手にくっついたらダメでしょ」
少し拗ねたような口ぶりの睦美に、
『いやいやその理屈はおかしい。せっかくいい雰囲気だったのだからあの場合放置してくれるのが一番の協力なのでは?』
と思いつつも言い出せないつばめだった。
「それはそうと急いで来てもらう必要があったのよ。ちょっとヒザ子が重傷でね…」
深刻な面持ちの睦美に慌てるつばめ。久子とは昨日つばめの家に上がってもらって話して以来だが、つばめ宅からの帰路で何か事件に巻き込まれたのだろうか…?
2人して小走りで部室に入る。前回描写し忘れていたが、部室の中央にはどこかから拾ってきたのか、応接用の古いテーブル&ソファセットがあり、ボランティア関係の依頼があった時に客用として使用される。
もちろん客のいない時は(主に睦美の)くつろぎグッズとして有用されている。
今そのソファに久子が青い顔をしてグッタリと横臥している。あんな元気印の象徴の様な久子に一体何があったと言うのか…?
「あ、ごめんねつばめちゃん、無理言って来てもらって…」
久子の謝意の言葉にも力が無い。言葉を発するのも何だか辛そうだ。よく見ると腕や脚のそこかしこに湿布と思しき物が多数貼り付けられている。どこかに激しくぶつけた打ち身であろうか? 睦美が関係しているのか…?
「一体何事です? 昨日帰ってから何があったんですか?!」
睦美に言い寄るつばめ。睦美も困り顔だ。
「つばめちゃん、あんまり心配しないで。筋肉痛で動けないだけだから…」
は? 筋肉痛? それにしてはえらく大袈裟な。
「朝起きたら重症だったのよ。痛覚の神経伝達を『固定』して何とか学校までは来たけど、ずっとしてられる処方でも無いしね。それに昨日アンタを助ける時にかなり無理して力を使ったみたいだし、ある意味アンタのせいだから、アンタの力でヒザ子を治してやって欲しいのよ」
『だから言い方…』
睦美の態度に軽く呆れながらも事態を理解したつばめは、若干の罪悪感を抱きつつ久子に近づく。
「あ、でもわたしの魔法って筋肉痛にも効くんですかね…?」
素朴な疑問を口にするつばめだが、睦美の答えは「知らないわよ。とにかくやってみて」だった。
モヤモヤしつつも「変態」と姿を変えるつばめ。
続いて「とうきょうとっきょきょかきょくきょかきょくちょう! ヴァージョンA」と唱える。痛みを引き継ぐヴァージョンBは回避したかったのだ。
魔法を受けて今までグッタリしていた久子がガバッと起き上がり、キラキラした目でつばめに抱きついた。
「治ったよつばめちゃん! やっぱりつばめちゃんは凄いね!」
「あ、なら良かったです…」
ほとんど強制ではあったが、自らの魔法で喜んでもらえるのはやはり嬉しい。つばめも自然と笑顔をこぼす。
「よし、ヒザ子も復調した事だし、今日も活動頑張るわよ!」
「おーっ!!」
「お、お〜」
いつものペースを取り戻した部室。睦美の目には先程まで浮かんでいた焦燥感が安心感に変わっている事に、睦美本人を含め気づいた者はいなかった。
滅びの言葉の光を受けた某特務機関の大佐の様に、激しい目の痛みを訴えるつばめ。
ドライアイに加えて、振り向いた瞬間に春風に舞った砂塵が目の中に入り込んだのに、目を閉じる事すら出来ない。
もちろんこれは睦美の魔法のせいなのだが、それを知らない沖田はつばめの急変に対応できずにオロオロしていた。
「素直にまっすぐ部室に来るかと思ってたけど、男連れで散歩とかずいぶん余裕あるわね、つばめ」
聖子ちゃんカットの女番長の登場に状況が理解できずに固まる沖田。
転じてかなり訓練されたつばめの動きはとても素早かった。睦美の声を聞くや、即座にその場で土下座して額を地面に付けていた。
「申し訳ありません! すぐに行こうとは思っていたのですがつい…」
目の激痛7、睦美への恐怖3の割り合いで滂沱の涙を流すつばめ。恥も外聞も投げ捨てて必死に慈悲を請う。そうしないと本気で失明しかねない。
「反省したなら良いわ。もう十分楽しんだでしょ? 行くわよ」
土下座しているつばめを見下ろしながら満足そうな笑みを浮かべる睦美。指をパチンと鳴らすと魔法が解け、つばめの瞼は再び閉会出来るようになっていた。
土下座の態勢から上半身を起こし空を仰ぐ。ドライアイと埃と恐怖とたった今手にした自由、色々な要素が混じり合い、つばめは目を閉じて多量の涙に塗れながら手を合わせ、『天に祈る乙女』の様な美しい構図で佇んでいた。
「つ、つばめちゃん、大丈夫…?」
状況を理解できずに固まっていた沖田も、ようやくつばめを案じて声をかける。
「そこの彼氏、悪いけどこの娘はうちの先約があるの。貰ってくわよ」
睦美は沖田を一瞥してそれだけ言うと、まだ涙で視界を回復できていないつばめの手を取り立ち上がらせた。そのまま手を引き長屋へと向かう。
状況に頭がまるでついてこずに独り取り残されポツンと立ち尽くす沖田、そんな彼にライオンに食い散らかされた鹿の死体に群がるハイエナが如く、どこから現れたのか女子3人組の影が近づき沖田に何事かを話しかけ、楽しそうに何処かへと連れ去って行った。
☆
「あう〜、いくら何でも不意打ちは酷いですよ先輩〜」
未だに止まらない涙をハンカチで拭いながら睦美に抗議するつばめ。その言い草から本心から後悔して改めるべく土下座したのでは無く、状況の打開の為だけに土下座したのだと理解できる。つばめもなかなかどうして強かな精神を持った娘である。
「…アンタ本当に反省してんの? それにせっかくアタシ達が協力して彼との仲を取り持って上げようとしてんのに、勝手にくっついたらダメでしょ」
少し拗ねたような口ぶりの睦美に、
『いやいやその理屈はおかしい。せっかくいい雰囲気だったのだからあの場合放置してくれるのが一番の協力なのでは?』
と思いつつも言い出せないつばめだった。
「それはそうと急いで来てもらう必要があったのよ。ちょっとヒザ子が重傷でね…」
深刻な面持ちの睦美に慌てるつばめ。久子とは昨日つばめの家に上がってもらって話して以来だが、つばめ宅からの帰路で何か事件に巻き込まれたのだろうか…?
2人して小走りで部室に入る。前回描写し忘れていたが、部室の中央にはどこかから拾ってきたのか、応接用の古いテーブル&ソファセットがあり、ボランティア関係の依頼があった時に客用として使用される。
もちろん客のいない時は(主に睦美の)くつろぎグッズとして有用されている。
今そのソファに久子が青い顔をしてグッタリと横臥している。あんな元気印の象徴の様な久子に一体何があったと言うのか…?
「あ、ごめんねつばめちゃん、無理言って来てもらって…」
久子の謝意の言葉にも力が無い。言葉を発するのも何だか辛そうだ。よく見ると腕や脚のそこかしこに湿布と思しき物が多数貼り付けられている。どこかに激しくぶつけた打ち身であろうか? 睦美が関係しているのか…?
「一体何事です? 昨日帰ってから何があったんですか?!」
睦美に言い寄るつばめ。睦美も困り顔だ。
「つばめちゃん、あんまり心配しないで。筋肉痛で動けないだけだから…」
は? 筋肉痛? それにしてはえらく大袈裟な。
「朝起きたら重症だったのよ。痛覚の神経伝達を『固定』して何とか学校までは来たけど、ずっとしてられる処方でも無いしね。それに昨日アンタを助ける時にかなり無理して力を使ったみたいだし、ある意味アンタのせいだから、アンタの力でヒザ子を治してやって欲しいのよ」
『だから言い方…』
睦美の態度に軽く呆れながらも事態を理解したつばめは、若干の罪悪感を抱きつつ久子に近づく。
「あ、でもわたしの魔法って筋肉痛にも効くんですかね…?」
素朴な疑問を口にするつばめだが、睦美の答えは「知らないわよ。とにかくやってみて」だった。
モヤモヤしつつも「変態」と姿を変えるつばめ。
続いて「とうきょうとっきょきょかきょくきょかきょくちょう! ヴァージョンA」と唱える。痛みを引き継ぐヴァージョンBは回避したかったのだ。
魔法を受けて今までグッタリしていた久子がガバッと起き上がり、キラキラした目でつばめに抱きついた。
「治ったよつばめちゃん! やっぱりつばめちゃんは凄いね!」
「あ、なら良かったです…」
ほとんど強制ではあったが、自らの魔法で喜んでもらえるのはやはり嬉しい。つばめも自然と笑顔をこぼす。
「よし、ヒザ子も復調した事だし、今日も活動頑張るわよ!」
「おーっ!!」
「お、お〜」
いつものペースを取り戻した部室。睦美の目には先程まで浮かんでいた焦燥感が安心感に変わっている事に、睦美本人を含め気づいた者はいなかった。