第100話 えっけん
アンドレに連れられてマジボラの部室までやって来た武藤。ちょうどつばめらと入れ違うくらいのタイミングだった。
「こんにちは。県警の武藤と申します。1、2度お会いした事が有ると思いますが…?」
「もちろん覚えてるわよコスプレポリス。今日はギャルっぽいのと一緒じゃないのね…?」
互いに挑発的な視線が交錯する。挨拶の段階で険悪な雰囲気を醸している2人にアンドレは胃の痛みを抑え切れなかった。
「む、睦美様… 警察とケンカしないで下さいね。話し合う為に連れてきたんですよ? いつものドライアイ攻撃とかホント止めてくださいよ?」
釘を刺されて不満気な顔をする睦美。今まさにそのドライアイ攻撃をしようとしていたのだから残念さも一入だ。
「アンドレがわざわざ連れてきたって事は… 何か理由があるのね? 例えば… アタシたちが出払った後で『その女』とイチャつくつもりだったのね? 遂にロリコンに目覚めたの?」
「「違いますよっ!」」
アンドレはともかく、何故か久子も加わったダブルツッコミにたじろぐ睦美。
「…ふふっ。わ、分かってるわよ。作戦通りに『話せる奴が来た』って意味でいいのかしら?」
睦美の問いにアンドレが「はい」と力強く頷く。『血のクリスマス事件』以降、一時的にではあるが魔法少女に興味を持って動いた者が少なからずいた。それは個人や民間組織、小規模ではあったが警察や公安すらも含まれていたのだ。
その中で睦美らが考えていたのは『睦美や久子ら魔法少女を直接追う奴は相手にしない。一見関わりの無さそうなアンドレに紳士的に接触を取ってきた奴こそが、ちゃんと調査して裏取りをしてから冷静に話し合う能力がある人物だ。そんな奴ならば最初から全てバラしても構わない、その上で睦美が直接会って対応を決める』というものであった。
尤もこのアイデアは10年以上前に考えられた物であり、この数年間のマジボラの活動の地味さを加味しても、すでに死文法と化していた感はあったのだが、アンドレは律儀に記憶したまま武藤を睦美の元へと誘った。
睦美の方はほとんど忘れており、アンドレと久子が「違いますよ」とツッコむまでは、半ば本気でアンドレのロリコン転向を心配していたのだが……。
「コホン… そろそろ私もお話しに入れていただいでも良いかしら…?」
この程度で怯む武藤ではない。マジボラ側の事情は知る由もないが、ようやくここまで来てしくじる訳にはいかないのだ。
アンドレの言う事にどれだけの嘘が混ざっているのか計り知れないが、校長室でアンドレと話してから、睦美へ口裏合わせの連絡をさせる隙は与えなかったはずだ。
もし睦美の言動にアンドレとの齟齬があれば、そこから武藤主導で話のペースを持っていけるだろう、と思っていた。
「こちらのカンドレ先生から近藤睦美さん、貴女が魔法奉仕同好会の代表者である事や、暗黒皆殺し王国でしたっけ…? の王女様であるとお聞きしました。間違いありませんか?」
「んー? そうだけど? 悪い…?」
取り決めではあるが未だ武藤に警戒心を解いていない睦美は、武藤に対してぞんざいな態度を取る。もちろん武藤もその程度は織り込み済みであったのか、顔色を変える事なく質問を続ける。
「16年前に日本に転移して来て、ずっとボランティア活動を行っているとか?」
「……まだるっこしいわね。アンドレから粗方聞いてるんでしょ? スパっと要件を言えば良いじゃない? こう見えてアタシも暇じゃないのよ?」
気だるそうに答える睦美。
軽く息をつき少考する武藤。武藤としても聞きたい事はほとんどアンドレから聞いてしまっていたのだ。武藤が今この場に居る理由は、『近藤睦美』という人物の人となりを観察する事だ。
元々武藤らの受けた任務は「『魔法少女』や『怪人』と呼ばれる怪異事件と関係が深いと思われる瓢箪岳高校の捜査」である。
マジボラの、そして睦美らのデータを集めて提出すればそれで完了する物である。本来ならば今の様に睦美やアンドレと直接話をする必要すら無かったのだ。
そして今の時点で武藤が疑問に思っている事は2点。1つは『大義の為とは言え、15年も女子高生やるのってどんな気持ち?』
もう1つは……。
「『血のクリスマス事件』って覚えていますか…?」
であった。
「知っていますか?」ではなく「覚えていますか?」である。
武藤の中ではすでに睦美は12年前の事件の時に、拐われた少女達を救出した青い魔法少女と同一人物であった。「知らないはずが無い」のである。
昔の事件の名を聞くのは予想外であったらしく、睦美が少し顔をしかめる。あの事件では5階建てのビルが全壊し、多くの負傷者を出していたのである。
もしその責任を問われる事になると、「ごめんなさい」では済まない事態になるであろう。
「あ、あの件で建物を壊したのはアタシじゃないわよ…! あ、あれはアタシじゃなくてふじ…」
睦美の言葉を、軽く手を上げて遮る武藤。静かな微笑みで頭を振る。
「いえ、あの事件の事で貴方たちを断罪するつもりはありません。あの時助けて頂いた女の子の中に私の知り合いが居たんです。永い事『その時の魔法少女さんにお礼を言いたい』と思っていたんです… その節はありがとうございました。そして12年来の希望が叶いました…」
武藤は睦美に深々と頭を下げる。睦美はあの事件の際に大怪我を負っており、久子に助けられた時には意識不明の重体であった。
意識が戻ったのは3日後の病院であり、睦美としても事件の関係者から直接に礼を言われるのは、これが初めての事だったのだ。
睦美が首に掛けているペンダント、その先に着いている水色の宝石が武藤の感謝エナジーを得て、睦美の制服の下で淡く輝いているのが武藤からも見えた。
「ふっ… 今になってあの事件の感謝エナジーをもらえるとはね…」
「睦美さま、よかったですねぇ」
睦美の目がやや潤み、静かに微笑む。その凛とした姿は正に王女の可憐さと女王の威厳を併せ持つ『大人の女』として周囲を魅了していた。
「こんにちは。県警の武藤と申します。1、2度お会いした事が有ると思いますが…?」
「もちろん覚えてるわよコスプレポリス。今日はギャルっぽいのと一緒じゃないのね…?」
互いに挑発的な視線が交錯する。挨拶の段階で険悪な雰囲気を醸している2人にアンドレは胃の痛みを抑え切れなかった。
「む、睦美様… 警察とケンカしないで下さいね。話し合う為に連れてきたんですよ? いつものドライアイ攻撃とかホント止めてくださいよ?」
釘を刺されて不満気な顔をする睦美。今まさにそのドライアイ攻撃をしようとしていたのだから残念さも一入だ。
「アンドレがわざわざ連れてきたって事は… 何か理由があるのね? 例えば… アタシたちが出払った後で『その女』とイチャつくつもりだったのね? 遂にロリコンに目覚めたの?」
「「違いますよっ!」」
アンドレはともかく、何故か久子も加わったダブルツッコミにたじろぐ睦美。
「…ふふっ。わ、分かってるわよ。作戦通りに『話せる奴が来た』って意味でいいのかしら?」
睦美の問いにアンドレが「はい」と力強く頷く。『血のクリスマス事件』以降、一時的にではあるが魔法少女に興味を持って動いた者が少なからずいた。それは個人や民間組織、小規模ではあったが警察や公安すらも含まれていたのだ。
その中で睦美らが考えていたのは『睦美や久子ら魔法少女を直接追う奴は相手にしない。一見関わりの無さそうなアンドレに紳士的に接触を取ってきた奴こそが、ちゃんと調査して裏取りをしてから冷静に話し合う能力がある人物だ。そんな奴ならば最初から全てバラしても構わない、その上で睦美が直接会って対応を決める』というものであった。
尤もこのアイデアは10年以上前に考えられた物であり、この数年間のマジボラの活動の地味さを加味しても、すでに死文法と化していた感はあったのだが、アンドレは律儀に記憶したまま武藤を睦美の元へと誘った。
睦美の方はほとんど忘れており、アンドレと久子が「違いますよ」とツッコむまでは、半ば本気でアンドレのロリコン転向を心配していたのだが……。
「コホン… そろそろ私もお話しに入れていただいでも良いかしら…?」
この程度で怯む武藤ではない。マジボラ側の事情は知る由もないが、ようやくここまで来てしくじる訳にはいかないのだ。
アンドレの言う事にどれだけの嘘が混ざっているのか計り知れないが、校長室でアンドレと話してから、睦美へ口裏合わせの連絡をさせる隙は与えなかったはずだ。
もし睦美の言動にアンドレとの齟齬があれば、そこから武藤主導で話のペースを持っていけるだろう、と思っていた。
「こちらのカンドレ先生から近藤睦美さん、貴女が魔法奉仕同好会の代表者である事や、暗黒皆殺し王国でしたっけ…? の王女様であるとお聞きしました。間違いありませんか?」
「んー? そうだけど? 悪い…?」
取り決めではあるが未だ武藤に警戒心を解いていない睦美は、武藤に対してぞんざいな態度を取る。もちろん武藤もその程度は織り込み済みであったのか、顔色を変える事なく質問を続ける。
「16年前に日本に転移して来て、ずっとボランティア活動を行っているとか?」
「……まだるっこしいわね。アンドレから粗方聞いてるんでしょ? スパっと要件を言えば良いじゃない? こう見えてアタシも暇じゃないのよ?」
気だるそうに答える睦美。
軽く息をつき少考する武藤。武藤としても聞きたい事はほとんどアンドレから聞いてしまっていたのだ。武藤が今この場に居る理由は、『近藤睦美』という人物の人となりを観察する事だ。
元々武藤らの受けた任務は「『魔法少女』や『怪人』と呼ばれる怪異事件と関係が深いと思われる瓢箪岳高校の捜査」である。
マジボラの、そして睦美らのデータを集めて提出すればそれで完了する物である。本来ならば今の様に睦美やアンドレと直接話をする必要すら無かったのだ。
そして今の時点で武藤が疑問に思っている事は2点。1つは『大義の為とは言え、15年も女子高生やるのってどんな気持ち?』
もう1つは……。
「『血のクリスマス事件』って覚えていますか…?」
であった。
「知っていますか?」ではなく「覚えていますか?」である。
武藤の中ではすでに睦美は12年前の事件の時に、拐われた少女達を救出した青い魔法少女と同一人物であった。「知らないはずが無い」のである。
昔の事件の名を聞くのは予想外であったらしく、睦美が少し顔をしかめる。あの事件では5階建てのビルが全壊し、多くの負傷者を出していたのである。
もしその責任を問われる事になると、「ごめんなさい」では済まない事態になるであろう。
「あ、あの件で建物を壊したのはアタシじゃないわよ…! あ、あれはアタシじゃなくてふじ…」
睦美の言葉を、軽く手を上げて遮る武藤。静かな微笑みで頭を振る。
「いえ、あの事件の事で貴方たちを断罪するつもりはありません。あの時助けて頂いた女の子の中に私の知り合いが居たんです。永い事『その時の魔法少女さんにお礼を言いたい』と思っていたんです… その節はありがとうございました。そして12年来の希望が叶いました…」
武藤は睦美に深々と頭を下げる。睦美はあの事件の際に大怪我を負っており、久子に助けられた時には意識不明の重体であった。
意識が戻ったのは3日後の病院であり、睦美としても事件の関係者から直接に礼を言われるのは、これが初めての事だったのだ。
睦美が首に掛けているペンダント、その先に着いている水色の宝石が武藤の感謝エナジーを得て、睦美の制服の下で淡く輝いているのが武藤からも見えた。
「ふっ… 今になってあの事件の感謝エナジーをもらえるとはね…」
「睦美さま、よかったですねぇ」
睦美の目がやや潤み、静かに微笑む。その凛とした姿は正に王女の可憐さと女王の威厳を併せ持つ『大人の女』として周囲を魅了していた。