第107話 たいまん
大豪院フィーバーはわずか半日で収束した。既に述べた様に彼と話をしても、一向に話題が進まずに興味の無さそうな態度を取り続けるので、話しかける方もやがて「もういいや」と投げ出してしまう。その繰り返しだったからだ。
唯一例外と言えるのが1年C組の鍬形による「テッペン取ろうぜ!」の誘いであったが、これとて大豪院が話に乗った訳ではなく、鍬形が挫けずに話しかけ続けていただけの事である。
傍から見ると鍬形は大豪院の腰ぎんちゃくにしか見えなかったが、野望の実現に向けて熱心な彼は、むしろ幸せを感じていたほどだった。
一瞬ではあるが学校中の話題を総浚いした大豪院。そしてその様に悪目立ちした人物は何かと一方的な悪意を向けられる事がある。
目立つ人間が気に食わない人物や、体格に優れた大豪院をねじ伏せる事で己の力を示そうとする人物が出てくるのは、自然の摂理と言って良いだろう。
『桜田 貴一』という人物を覚えているだろうか? 廃部となった空手部部室を根城にして、仲間と共に悪さを繰り返していた悪童である。
かつてマジボラとの抗争(?)で顔面を負傷(鼻骨の骨折)、療養していたのだが、本日より復学していたのだ。
『大豪院が今日受けていた祝福と畏怖は、本来桜田が受けるべきもので、大豪院は不当にそれらを掠め取って行った』
一方的にそう考えた桜田は自然の摂理に則って、『生意気な転校生をシメてやろう』と思い立ち、子分を遣わせて大豪院に呼び出しをかけた。
大豪院1人だけならその様な誘いなど無視していたであろうが、折り悪く横にいた鍬形が「そんなに言うならそっちが来い!」と焚き付けたのだ。
かつて自分たちの暴力に屈したはずの鍬形に煽られて、逆上した桜田の子分が鍬形に掴みかかる。すわ、乱闘か? となった所で大豪院が発した「…出向こう」の言葉で水入りとなり、舞台を体育館裏へと移した次第である。
待ち構えてきた桜田が大豪院を前にして言い放つ。
「お前が転校生か。勘違いしてナメた真似をする前に優しい先輩が色々教えてやろうと思ってなぁ…」
身長も肩幅も一回り大豪院の方が上回っているが、桜田は妙に余裕のある態度を見せていた。
桜田の強さは巨躯を活かしたパワー戦法などでは決して無い。彼は幼少時よりマーシャルアーツ、コマンドサンボ、システマと言った各種軍隊格闘技を履修しており、投打極の全てを高いレベルで習熟しているのだ。
これは地元の議員である彼の祖父の『どうせ問題児なら近くに置いて、ワシの身辺警護でもやらせる方が良い』という意向であり、桜田自身も総合格闘家になる将来と併せて悪くない選択肢だと捉えていた。
尤も桜田はこれまでのケンカでそう言った格闘術を実践した事はない。そんな物を使う前に、視線や拳の素振りだけで大抵の相手は逃げていった。少し根性のある奴でも、軽く1発殴ればすぐに降参した。
桜田は実に能力の20%ほどの力で、彼の王国を作り出していたのだ。
それはそれで驚嘆すべき事だが、同時に桜田は強い『乾き』も覚えていた。彼は本気で戦った事が無い。簡単に人を死に至らしめる力を持ちながら、それを振るう機会が無かったのだ。
その能力が解放を求めて熱を発し、彼の『乾き』へと直結していた。
『目の前の大豪院は絶対強い。俺の本気を出して戦える相手だ。この前みたいな不意打ちでなきゃ俺が負けるはずは無いんだ!』
観客は桜田の子分3人と鍬形の計4人。その全員の脳内で、ほぼ同時にゴングの音が鳴り響いた。
ボクサーの様なフットワークで大豪院に近付き、挨拶代わりの左ジャブを大豪院の顔面スレスレに行き来させる。
それに対し大豪院は言葉はおろか防御の構えすらも見せない。更に言うなら目の前でパンチを連打されているのに、その目は瞬きの反射運動すらもしていなかった。
『何だコイツ? まるで素人か…? 構えも何も無く棒立ちのまま。ひょっとして抵抗しなければ殴られないとでも思っているのか…?』
大豪院の態度に少々苛ついた桜田は軽く一歩を踏み込む。ジャブに注意を引きつけておいてからの唐突なホディへのショートアッパー。しかもきれいに鳩尾へと拳が命中していた。
普通のチンピラならばその場で崩れ落ち、胃の内容物を残らず吐き出している様な致命的な打撃。これでもまだ桜田の実力の3割にも満たない力だ。『この程度で終わらせてくれるなよ?』とも思う。
強烈な打撃を腹部に受けた大豪院だが、その表情はまるで変わらない。痛そうにするどころか、桜田に対して『キミなにやってんの?』とでも言いたそうな、じゃれついて来る子供を見る様な視線を送っている。
一方の桜田はその大豪院の視線に対して更に戦意を奮い立たせる… 事も忘れて右手の痛みを散らそうと意識を集中していた。
まるで電信柱を殴った様な感触。そして間違いなく指の骨が何本か骨折しているのが分かる。
「へ、へへへっ! や、やるじゃねぇか… 今日のところ挨拶だけで見逃してやるぜ!」
とだけ呟き、大豪院に背を向けて脂汗を額に浮かべながら歩み去る桜田。状況がよく分からずに「桜田さん…?」と彼の後に従いて去っていく子分達。
残された大豪院も『終わったなら帰るぞ』とばかりに踵を返し、これまた混乱している鍬形もそれを追った。
桜田貴一はその後、右手指の骨折及び右手首の捻挫により全治2ヶ月と診断された。
唯一例外と言えるのが1年C組の鍬形による「テッペン取ろうぜ!」の誘いであったが、これとて大豪院が話に乗った訳ではなく、鍬形が挫けずに話しかけ続けていただけの事である。
傍から見ると鍬形は大豪院の腰ぎんちゃくにしか見えなかったが、野望の実現に向けて熱心な彼は、むしろ幸せを感じていたほどだった。
一瞬ではあるが学校中の話題を総浚いした大豪院。そしてその様に悪目立ちした人物は何かと一方的な悪意を向けられる事がある。
目立つ人間が気に食わない人物や、体格に優れた大豪院をねじ伏せる事で己の力を示そうとする人物が出てくるのは、自然の摂理と言って良いだろう。
『桜田 貴一』という人物を覚えているだろうか? 廃部となった空手部部室を根城にして、仲間と共に悪さを繰り返していた悪童である。
かつてマジボラとの抗争(?)で顔面を負傷(鼻骨の骨折)、療養していたのだが、本日より復学していたのだ。
『大豪院が今日受けていた祝福と畏怖は、本来桜田が受けるべきもので、大豪院は不当にそれらを掠め取って行った』
一方的にそう考えた桜田は自然の摂理に則って、『生意気な転校生をシメてやろう』と思い立ち、子分を遣わせて大豪院に呼び出しをかけた。
大豪院1人だけならその様な誘いなど無視していたであろうが、折り悪く横にいた鍬形が「そんなに言うならそっちが来い!」と焚き付けたのだ。
かつて自分たちの暴力に屈したはずの鍬形に煽られて、逆上した桜田の子分が鍬形に掴みかかる。すわ、乱闘か? となった所で大豪院が発した「…出向こう」の言葉で水入りとなり、舞台を体育館裏へと移した次第である。
待ち構えてきた桜田が大豪院を前にして言い放つ。
「お前が転校生か。勘違いしてナメた真似をする前に優しい先輩が色々教えてやろうと思ってなぁ…」
身長も肩幅も一回り大豪院の方が上回っているが、桜田は妙に余裕のある態度を見せていた。
桜田の強さは巨躯を活かしたパワー戦法などでは決して無い。彼は幼少時よりマーシャルアーツ、コマンドサンボ、システマと言った各種軍隊格闘技を履修しており、投打極の全てを高いレベルで習熟しているのだ。
これは地元の議員である彼の祖父の『どうせ問題児なら近くに置いて、ワシの身辺警護でもやらせる方が良い』という意向であり、桜田自身も総合格闘家になる将来と併せて悪くない選択肢だと捉えていた。
尤も桜田はこれまでのケンカでそう言った格闘術を実践した事はない。そんな物を使う前に、視線や拳の素振りだけで大抵の相手は逃げていった。少し根性のある奴でも、軽く1発殴ればすぐに降参した。
桜田は実に能力の20%ほどの力で、彼の王国を作り出していたのだ。
それはそれで驚嘆すべき事だが、同時に桜田は強い『乾き』も覚えていた。彼は本気で戦った事が無い。簡単に人を死に至らしめる力を持ちながら、それを振るう機会が無かったのだ。
その能力が解放を求めて熱を発し、彼の『乾き』へと直結していた。
『目の前の大豪院は絶対強い。俺の本気を出して戦える相手だ。この前みたいな不意打ちでなきゃ俺が負けるはずは無いんだ!』
観客は桜田の子分3人と鍬形の計4人。その全員の脳内で、ほぼ同時にゴングの音が鳴り響いた。
ボクサーの様なフットワークで大豪院に近付き、挨拶代わりの左ジャブを大豪院の顔面スレスレに行き来させる。
それに対し大豪院は言葉はおろか防御の構えすらも見せない。更に言うなら目の前でパンチを連打されているのに、その目は瞬きの反射運動すらもしていなかった。
『何だコイツ? まるで素人か…? 構えも何も無く棒立ちのまま。ひょっとして抵抗しなければ殴られないとでも思っているのか…?』
大豪院の態度に少々苛ついた桜田は軽く一歩を踏み込む。ジャブに注意を引きつけておいてからの唐突なホディへのショートアッパー。しかもきれいに鳩尾へと拳が命中していた。
普通のチンピラならばその場で崩れ落ち、胃の内容物を残らず吐き出している様な致命的な打撃。これでもまだ桜田の実力の3割にも満たない力だ。『この程度で終わらせてくれるなよ?』とも思う。
強烈な打撃を腹部に受けた大豪院だが、その表情はまるで変わらない。痛そうにするどころか、桜田に対して『キミなにやってんの?』とでも言いたそうな、じゃれついて来る子供を見る様な視線を送っている。
一方の桜田はその大豪院の視線に対して更に戦意を奮い立たせる… 事も忘れて右手の痛みを散らそうと意識を集中していた。
まるで電信柱を殴った様な感触。そして間違いなく指の骨が何本か骨折しているのが分かる。
「へ、へへへっ! や、やるじゃねぇか… 今日のところ挨拶だけで見逃してやるぜ!」
とだけ呟き、大豪院に背を向けて脂汗を額に浮かべながら歩み去る桜田。状況がよく分からずに「桜田さん…?」と彼の後に従いて去っていく子分達。
残された大豪院も『終わったなら帰るぞ』とばかりに踵を返し、これまた混乱している鍬形もそれを追った。
桜田貴一はその後、右手指の骨折及び右手首の捻挫により全治2ヶ月と診断された。