第143話 しゅうごう
「ヒザ子、あいつもしかして?!」
「はい! 確か魔王軍の…」
今まさに油小路が沖田を拉致して消失しようとする瞬間に睦美らは居合わせた。
何も考えずに久子がフルスピードで突っ込むか、睦美が油小路の動きを『固定』… はまぁ普通に考えて油小路も邪魔具を所持しているであろうから無理として、せめて沖田が誘拐される前に彼を固定していれば、助け出す事が出来たかも知れない。
しかし物事はそんなに都合よく進みはしないし、何より状況を把握せずに闇雲に魔法を使うほど睦美らも子供ではない。
「蘭… アンタ今の奴が何者なのか知ってるの? 知ってて魔王軍に協力してるならアタシらにも考えがあるよ…?」
呆然と立ち尽くす蘭に声を掛けた睦美。いつものふざけた『ゴリ子』呼びでは無く、この上なく真剣な面持ちで『らん』と呼びかけた。それだけで尋常ならざる事態であると認識できよう。
「あ… あの… 私も何が何だか… まさかこんな事になるなんて…」
蘭も愕然としたまま答えにならない声を出す。その瞳には未だ強い混乱の翳が残っていた。
間をおかず複数の警察車両のサイレンが近付いて来た。今更ながらに騒ぎに対応する為に出動してきたのだろう。尤も現場には既に怪人も魔王軍も魔法少女も居はしない。
いや1人居た。目の前で沖田を拐われて何も考えられなくなっていた蘭は、魔法少女ノワールオーキッドの姿のままで呆然と立ち尽くしているままだ。
魔法少女の中では一番目立たない衣装の蘭だが、それでもやって来た警察に捕捉されると厄介な事になる。睦美がそう考えて移動を提案しようと口を開いた所で、助け舟が現れた。
「あなた達! こっちこっち! 早くこっち来て!」
警察署所有のマイクロバスを路肩に停めてオーバーアクションで手招きする小柄の女性がいた。それは県警の刑事、『無敵のちんちくりん』武藤舞子巡査長その人であった。
☆
「だからぁ、わたしには好きな人が居るし、回復の力もそんな他人が思ってるほど便利な物じゃ無いんです。だから大豪院くんとはお付き合いできません!」
「…何故だ?」
つばめを欲する大豪院とそれを謝辞するつばめとの間で、もう何度類似のやり取りを行ったであろうか?
今更だが大豪院 覇皇帝という男は大豪院家という名家の御曹司である。地位も名誉も財力も十分に持っており、その環境が当然であった為に地位や財力を用いた交渉は至極当然であるとの認識であったし、財力があったからこそ大豪院の呪われた運命で周囲に大きな被害が出たとしても、ほとんどの事柄を穏便に済ませてこれた事実があった。
大豪院にしてみれば『女』とは体の大きい自分に対して小動物の様に逃げ惑うか、大豪院家の価値にぶら下がろうとして目が『¥』の字になっている見栄えだけは良いマネキン人形のいずれかであった。
余談であるが、今朝まで大豪院に纏わりついていた淫魔部隊も大豪院の目からすれば後者の集まりでしか無かったのだ。
今目の前にいる『芹沢つばめ』という女は、これまで大豪院の見てきた女性達とは大きく異なり、彼に (最初はともかく今は)怯懦の表情を見せず、はっきりと拒絶の意志を口に出していた。
「なぁ、大豪院。お前結構ムチャクチャな事を言ってるけど分かってるか?」
「???」
鍬形が大豪院の友人ポジションとして精一杯諌めてはいるが、原初的な価値観のズレは如何ともし難く、この場にいる全員が互いに意思疎通に齟齬を感じて途方に暮れていた。
その中にあってアンドレだけは別の事に思案を巡らせていた。
『大豪院くんのこの態度も環境だけの問題では無いかも知れませんね… 彼の立ち居振る舞いは日本人とは思えないほど威厳に満ち溢れています。彼は恐らく…』
大豪院の正体が何となく掴めてきた気もするが、現状それを確認する手段が無い事にアンドレは軽い苛立ちを覚える。
「とりあえず今の日本では男女共に結婚可能年齢は18歳です。なので大豪院くんも落ち着きましょう。考える時間は2年以上ありますから」
アンドレは先ほど走ってきた道を振り返り口を開く。
「…そんな事よりモールの状況が気になります。一旦戻って御影くんらと合流しませんか? その後でゆっくりと話す機会を作りましょう」
「そうですよ、蘭ちゃんと沖田くんの事も心配だった! 沖田くん怪我が残ってないと良いけど…」
つばめは沖田から引き受けた全身の痛みで失神してしまい、沖田の回復を確認していない。
沖田が元気になったのならば会いたいし、回復しきれていないなら更に魔法を重ね掛けする必要があるだろう。
つばめは今、無性に沖田に会いたかった……。
つばめ、アンドレ、大豪院、鍬形の4人でショッピングモールへ徒歩で戻る道中に、つばめは県警のマークの入ったマイクロバスから呼び止められる。
見れば久子と綿子が手を振りながら手招きをしていた。どうやらそのバスに睦美や御影等マジボラメンバー全員が揃っているようであった。
「はい! 確か魔王軍の…」
今まさに油小路が沖田を拉致して消失しようとする瞬間に睦美らは居合わせた。
何も考えずに久子がフルスピードで突っ込むか、睦美が油小路の動きを『固定』… はまぁ普通に考えて油小路も邪魔具を所持しているであろうから無理として、せめて沖田が誘拐される前に彼を固定していれば、助け出す事が出来たかも知れない。
しかし物事はそんなに都合よく進みはしないし、何より状況を把握せずに闇雲に魔法を使うほど睦美らも子供ではない。
「蘭… アンタ今の奴が何者なのか知ってるの? 知ってて魔王軍に協力してるならアタシらにも考えがあるよ…?」
呆然と立ち尽くす蘭に声を掛けた睦美。いつものふざけた『ゴリ子』呼びでは無く、この上なく真剣な面持ちで『らん』と呼びかけた。それだけで尋常ならざる事態であると認識できよう。
「あ… あの… 私も何が何だか… まさかこんな事になるなんて…」
蘭も愕然としたまま答えにならない声を出す。その瞳には未だ強い混乱の翳が残っていた。
間をおかず複数の警察車両のサイレンが近付いて来た。今更ながらに騒ぎに対応する為に出動してきたのだろう。尤も現場には既に怪人も魔王軍も魔法少女も居はしない。
いや1人居た。目の前で沖田を拐われて何も考えられなくなっていた蘭は、魔法少女ノワールオーキッドの姿のままで呆然と立ち尽くしているままだ。
魔法少女の中では一番目立たない衣装の蘭だが、それでもやって来た警察に捕捉されると厄介な事になる。睦美がそう考えて移動を提案しようと口を開いた所で、助け舟が現れた。
「あなた達! こっちこっち! 早くこっち来て!」
警察署所有のマイクロバスを路肩に停めてオーバーアクションで手招きする小柄の女性がいた。それは県警の刑事、『無敵のちんちくりん』武藤舞子巡査長その人であった。
☆
「だからぁ、わたしには好きな人が居るし、回復の力もそんな他人が思ってるほど便利な物じゃ無いんです。だから大豪院くんとはお付き合いできません!」
「…何故だ?」
つばめを欲する大豪院とそれを謝辞するつばめとの間で、もう何度類似のやり取りを行ったであろうか?
今更だが大豪院 覇皇帝という男は大豪院家という名家の御曹司である。地位も名誉も財力も十分に持っており、その環境が当然であった為に地位や財力を用いた交渉は至極当然であるとの認識であったし、財力があったからこそ大豪院の呪われた運命で周囲に大きな被害が出たとしても、ほとんどの事柄を穏便に済ませてこれた事実があった。
大豪院にしてみれば『女』とは体の大きい自分に対して小動物の様に逃げ惑うか、大豪院家の価値にぶら下がろうとして目が『¥』の字になっている見栄えだけは良いマネキン人形のいずれかであった。
余談であるが、今朝まで大豪院に纏わりついていた淫魔部隊も大豪院の目からすれば後者の集まりでしか無かったのだ。
今目の前にいる『芹沢つばめ』という女は、これまで大豪院の見てきた女性達とは大きく異なり、彼に (最初はともかく今は)怯懦の表情を見せず、はっきりと拒絶の意志を口に出していた。
「なぁ、大豪院。お前結構ムチャクチャな事を言ってるけど分かってるか?」
「???」
鍬形が大豪院の友人ポジションとして精一杯諌めてはいるが、原初的な価値観のズレは如何ともし難く、この場にいる全員が互いに意思疎通に齟齬を感じて途方に暮れていた。
その中にあってアンドレだけは別の事に思案を巡らせていた。
『大豪院くんのこの態度も環境だけの問題では無いかも知れませんね… 彼の立ち居振る舞いは日本人とは思えないほど威厳に満ち溢れています。彼は恐らく…』
大豪院の正体が何となく掴めてきた気もするが、現状それを確認する手段が無い事にアンドレは軽い苛立ちを覚える。
「とりあえず今の日本では男女共に結婚可能年齢は18歳です。なので大豪院くんも落ち着きましょう。考える時間は2年以上ありますから」
アンドレは先ほど走ってきた道を振り返り口を開く。
「…そんな事よりモールの状況が気になります。一旦戻って御影くんらと合流しませんか? その後でゆっくりと話す機会を作りましょう」
「そうですよ、蘭ちゃんと沖田くんの事も心配だった! 沖田くん怪我が残ってないと良いけど…」
つばめは沖田から引き受けた全身の痛みで失神してしまい、沖田の回復を確認していない。
沖田が元気になったのならば会いたいし、回復しきれていないなら更に魔法を重ね掛けする必要があるだろう。
つばめは今、無性に沖田に会いたかった……。
つばめ、アンドレ、大豪院、鍬形の4人でショッピングモールへ徒歩で戻る道中に、つばめは県警のマークの入ったマイクロバスから呼び止められる。
見れば久子と綿子が手を振りながら手招きをしていた。どうやらそのバスに睦美や御影等マジボラメンバー全員が揃っているようであった。