第145話 かいぎ2
「魔界に行く手段は、あります…」
沈黙の続く中、アンドレが重々しく口を開く。だがそれは閃いた良いアイデアを披露する風ではなく、脅しや交渉に屈した人物が不承不承受け入れる、と言う表現がより相応しく見えるものだった。
「ちょっとアンドレ…?」
アンドレの発言を遮ろうとしているのか、睦美が口を挟む。その瞳はアンドレが何かを語る以前に、その内容に心当たりがあるかの様に既に怒気を孕んでいた。
「睦美様、事こうなってはもはや魔王軍との戦いは我々だけの問題ではありません。現に誘拐事件まで起きています。これが後に侵略や虐殺に繋がる可能性があるのなら…」
「睦美さまぁ、私もアンドレ先生に賛成です…」
久子もおずおずと睦美に訴えかける。アンコクミナゴロシ王国民のみで話し合っていて、周りのメンバーには何が何やらまるで伝わっていない。
皆が緊張で見守る中、やがて睦美は大きな溜め息を吐いて頭をポリポリと掻き出した。
「あー、もう! 分かったわよ! アタシが魔界への境界門を開けば良いんでしょ!」
「睦美様…」
「睦美さま…」
捨て鉢に吐き出した睦美の言葉にアンドレと久子が心底安堵した表情を見せる。
「はぁ… これで王国再建の為にマジボラで15年間貯めてきたエナジーも無駄になるわね… つばめ! アンタのせいなんだから、今後いま以上にバリバリ働きなさいよね!」
急に睦美からターゲットにされて驚くつばめ。しかし沖田を救出する事こそが最大重要案件であり、後の事にまで構っていられる余裕は無い。
「ハイっ、何でもやります! だから、沖田くんを助けに行かせて下さい!」
睦美をまっすぐ見つめて返答するつばめ。その紅く燃える瞳に迷いも恐れも浮かんでは無かった。
ここで睦美はつばめの面相に微かな違和感を覚えたのだが、それを上手く言語化する事が出来無いまま、些事と判断して流してしまう。
ここで睦美がもう少し注意深くつばめを見ていたのなら、物語はまた変わった結末を迎える事になったかも知れない。
「つばめちゃん、気にしなくて大丈夫だよ。今まで貯めた全『感謝エナジー』の4割近くは、つばめちゃんと蘭ちゃんが入部してから貯まった分だから」
笑顔を取り戻した久子が明るく言い放つ。そうなのだ。回復力を持つつばめとゴリラパワーを持つ蘭とで稼いだ感謝エナジーの総量は、過去のマジボラのショボい自作自演で稼いだポイント数年分に相当していたのだった。
「ちょっとヒザ子、それバラしたらダメなやつ」
「あ、ごめんなさい睦美さま、嬉しくてつい…」
久子の天然ボケのおかげで明るさを取り戻すバス内。しかし、依然として問題は山積みであった。
「んで蘭、転移するための魔界の座標は? アタシはこの世界と故郷のアンコクミナゴロシ王国の座標しか知らないよ?」
睦美の視線は冷ややかに次のターゲットである蘭を突き刺した。
「えっ?! あっ、あの… わかり、ません… すみません…」
蘭は再び目を伏せる。もう全ての元凶が自分であるような気がして、この場にいる事すら居たたまれなくなっていた。
『申し訳無さ過ぎて出来ることならこのまま消えて無くなってしまいたいくらい。でも最低でも沖田くんを助け出さないと… 例え独りでも魔界へ行って沖田くんを助けよう。繁蔵なら何か知ってるかも知れないし…』
力無く垂れ下がった蘭の手を、つばめの手が掬うように軽く握る。
顔を上げた蘭とつばめで目が会い、つばめが蘭に微笑んだ。
「大丈夫だよ、蘭ちゃん。蘭ちゃんのせいじゃないよ。だから元気だして沖田くんを助けるのを手伝って」
「つばめちゃん…」
大きな後悔と大きな感謝。蘭の心はその2つのバランスでなんとか維持されている状態で、ともすれば心に抱えている様々な感情が溢れ漏れ出す寸前であった。
「はぁ? 何よ、それじゃ話は振り出しに戻っちゃったじゃない。また何か別の手を…」
「その事ですが睦美様… 1つよろしいですか…?」
呆れ顔で話題を変えようとした睦美を、今度はアンドレが遮る。
「実は先ほど大豪院くんの周りで別世界の者と思しき女達が『境界門』を開く所を目撃しました。もし彼女らが大豪院くんへの刺客であったのなら、彼女らの作った『境界門』の余波で座標が絞れるかも知れません」
魔王軍幹部アグエラとその配下の淫魔部隊であるが、彼女らは油小路の部隊とは別の魔王の部下であり、その目的は大豪院の殺害では無く勧誘であった。
油小路らとは別系統ではあるが、魔王軍には違い無い。ただ、アグエラ達の転移した先と沖田の拉致された先が同じである保証もない。
それでも手がかりの1つにはなるであろう。かなり確度の低い博打ではあるが、蘭が何も知らないと言っている以上、他に手の打ち様が無いのも事実なのである。
「んじゃあアンドレは早速現場に行って時空震の痕跡が無いか調べてきて」
「了解です。あともう1件お耳に入れたい事が…」
睦美の命令を受けたアンドレが睦美に近づき、彼女の耳元に顔を寄せる。
「大豪院くんの戦闘スタイルを見て感じたのですが、彼はこの世界の人間ですがその技にいくつか見覚えがありました。まだ確証は何もありませんが、大豪院… 彼は恐らく亡きガイラム殿下の転生、生まれ変わりではないかと推察します…」
沈黙の続く中、アンドレが重々しく口を開く。だがそれは閃いた良いアイデアを披露する風ではなく、脅しや交渉に屈した人物が不承不承受け入れる、と言う表現がより相応しく見えるものだった。
「ちょっとアンドレ…?」
アンドレの発言を遮ろうとしているのか、睦美が口を挟む。その瞳はアンドレが何かを語る以前に、その内容に心当たりがあるかの様に既に怒気を孕んでいた。
「睦美様、事こうなってはもはや魔王軍との戦いは我々だけの問題ではありません。現に誘拐事件まで起きています。これが後に侵略や虐殺に繋がる可能性があるのなら…」
「睦美さまぁ、私もアンドレ先生に賛成です…」
久子もおずおずと睦美に訴えかける。アンコクミナゴロシ王国民のみで話し合っていて、周りのメンバーには何が何やらまるで伝わっていない。
皆が緊張で見守る中、やがて睦美は大きな溜め息を吐いて頭をポリポリと掻き出した。
「あー、もう! 分かったわよ! アタシが魔界への境界門を開けば良いんでしょ!」
「睦美様…」
「睦美さま…」
捨て鉢に吐き出した睦美の言葉にアンドレと久子が心底安堵した表情を見せる。
「はぁ… これで王国再建の為にマジボラで15年間貯めてきたエナジーも無駄になるわね… つばめ! アンタのせいなんだから、今後いま以上にバリバリ働きなさいよね!」
急に睦美からターゲットにされて驚くつばめ。しかし沖田を救出する事こそが最大重要案件であり、後の事にまで構っていられる余裕は無い。
「ハイっ、何でもやります! だから、沖田くんを助けに行かせて下さい!」
睦美をまっすぐ見つめて返答するつばめ。その紅く燃える瞳に迷いも恐れも浮かんでは無かった。
ここで睦美はつばめの面相に微かな違和感を覚えたのだが、それを上手く言語化する事が出来無いまま、些事と判断して流してしまう。
ここで睦美がもう少し注意深くつばめを見ていたのなら、物語はまた変わった結末を迎える事になったかも知れない。
「つばめちゃん、気にしなくて大丈夫だよ。今まで貯めた全『感謝エナジー』の4割近くは、つばめちゃんと蘭ちゃんが入部してから貯まった分だから」
笑顔を取り戻した久子が明るく言い放つ。そうなのだ。回復力を持つつばめとゴリラパワーを持つ蘭とで稼いだ感謝エナジーの総量は、過去のマジボラのショボい自作自演で稼いだポイント数年分に相当していたのだった。
「ちょっとヒザ子、それバラしたらダメなやつ」
「あ、ごめんなさい睦美さま、嬉しくてつい…」
久子の天然ボケのおかげで明るさを取り戻すバス内。しかし、依然として問題は山積みであった。
「んで蘭、転移するための魔界の座標は? アタシはこの世界と故郷のアンコクミナゴロシ王国の座標しか知らないよ?」
睦美の視線は冷ややかに次のターゲットである蘭を突き刺した。
「えっ?! あっ、あの… わかり、ません… すみません…」
蘭は再び目を伏せる。もう全ての元凶が自分であるような気がして、この場にいる事すら居たたまれなくなっていた。
『申し訳無さ過ぎて出来ることならこのまま消えて無くなってしまいたいくらい。でも最低でも沖田くんを助け出さないと… 例え独りでも魔界へ行って沖田くんを助けよう。繁蔵なら何か知ってるかも知れないし…』
力無く垂れ下がった蘭の手を、つばめの手が掬うように軽く握る。
顔を上げた蘭とつばめで目が会い、つばめが蘭に微笑んだ。
「大丈夫だよ、蘭ちゃん。蘭ちゃんのせいじゃないよ。だから元気だして沖田くんを助けるのを手伝って」
「つばめちゃん…」
大きな後悔と大きな感謝。蘭の心はその2つのバランスでなんとか維持されている状態で、ともすれば心に抱えている様々な感情が溢れ漏れ出す寸前であった。
「はぁ? 何よ、それじゃ話は振り出しに戻っちゃったじゃない。また何か別の手を…」
「その事ですが睦美様… 1つよろしいですか…?」
呆れ顔で話題を変えようとした睦美を、今度はアンドレが遮る。
「実は先ほど大豪院くんの周りで別世界の者と思しき女達が『境界門』を開く所を目撃しました。もし彼女らが大豪院くんへの刺客であったのなら、彼女らの作った『境界門』の余波で座標が絞れるかも知れません」
魔王軍幹部アグエラとその配下の淫魔部隊であるが、彼女らは油小路の部隊とは別の魔王の部下であり、その目的は大豪院の殺害では無く勧誘であった。
油小路らとは別系統ではあるが、魔王軍には違い無い。ただ、アグエラ達の転移した先と沖田の拉致された先が同じである保証もない。
それでも手がかりの1つにはなるであろう。かなり確度の低い博打ではあるが、蘭が何も知らないと言っている以上、他に手の打ち様が無いのも事実なのである。
「んじゃあアンドレは早速現場に行って時空震の痕跡が無いか調べてきて」
「了解です。あともう1件お耳に入れたい事が…」
睦美の命令を受けたアンドレが睦美に近づき、彼女の耳元に顔を寄せる。
「大豪院くんの戦闘スタイルを見て感じたのですが、彼はこの世界の人間ですがその技にいくつか見覚えがありました。まだ確証は何もありませんが、大豪院… 彼は恐らく亡きガイラム殿下の転生、生まれ変わりではないかと推察します…」