第157話 なぎ
能力者にはそれぞれ土水火風のうち一種の属性を持ち、その属性に応じた特殊な力を振るう事が出来る。
そしてその属性は四すくみの関係にあり、土は水に克ち、水は火に克つ。同様に火は風に克ち風は土に克つ訳だ。
術者の元々の力量や機転に応じて下位の属性が上位の属性を破る事も不可能ではないが、同レベルの術者が正面から対峙した場合、下位属性の者が勝利を収めるのは極めて難しくなる。
今回の様な練習試合の場合、属性による有利不利が出ないように対戦の組合せは同じ属性同士、或いは「火と土」といった有利不利の生じない真逆の属性同士で行われるのが通例である。
「相手の先鋒は『水』なので私が。次鋒は『土』なのでいのりちゃんにお願いするわ」
女子レスリング同好会、副部長の汀 奈津美が作戦の指示を出す。大人しそうな黒髪ショートカットの部員土岐 いのりは、奈津美の指令に神妙な面持ちで頷いた。
「ちょっと、部長はあたしなんだから奈津美は出しゃばらな…」
部長の炉縁 智子が不満気な声を上げるが、奈津美に一瞥されだけで引き下がってしまう。
これは『火』属性の智子と『水』属性の奈津美による力関係の縮図でもあり、単純な人間関係の縮図でもある。
現に『水』属性の奈津美に対して『土』属性のいのりは強者であるのだが、根が素直ないのりは上級生でかつ頭の切れる奈津美に敬意を持って接している。
「…話を続けるわね。相手の中堅は『風』なんだけど、うちには風の能力者が居ないわ。なのでここで土方さんに出て貰おうと思うの」
そう、そもそもチーム分け出来るほど都合よくバランスの取れたグループなど簡単に作れる物では無い。従ってそんな時は親交のあるチームから助っ人を借りるとか、久子の様な非能力者に協力を仰ぐ等の一時凌ぎ作戦がよく行われる。
「相手が土方さんを名前通りに『土』属性だと勘違いしてくれれば油断を誘えると思うの。最後のタッグ戦は智子と綿子ちゃんでお願いね。綿子ちゃんは初めての対外試合だからって無理しちゃダメよ?」
奈津美の淀みない指令に久子と綿子も気合の入った返事を見せる。奈津美に美味しい所を取られた智子も憮然としながらも力強く頷いてみせた。
☆
「3年ぶりにようやく会えたわね炉縁智子に土岐いのり! アンタらだけは絶対に許さないからね!」
初戦、2戦目と水と土を使った激しい攻防戦が繰り広げられ、奈津美は勝利、いのりは惜敗の1勝1敗で迎えた第3戦。リングに上がってマイクパフォーマンスを始めた相手方の『風』の選手は、何やらいのりや智子と因縁のある人物の様であった。
「え…? 誰?」
「お会いした事ありましたっけ…?」
失礼。いのり達には心当たりが無さそうである。この対応に相手の選手は激昂する。
「ナギよナギ、風祭ナギ! 忘れたとは言わせないわよ!」
「え…? 誰?」
「お会いした事ありましたっけ…?」
再びの塩対応天丼。作戦でやっているのなら高度な挑発戦術であるが、どうやらこの2人は素で分かっていないらしい。
「キーッ! バカにして! 土岐いのり、アンタが能力者になった時にアンタをボコボコにしたナギ様よ! これでも思い出せない?!」
顔を真っ赤にして怒りを撒き散らすナギに、いのり達はようやく何かを思い出したようであった。
「あ、あの時の…」
「あぁ、あたしが2秒で倒した雑魚か… あんた風祭なんて大層な家柄の子だったのね」
智子の言葉はナギ怒りの炎に更なる油を注いだらしい。
「後ろから不意打ちしといてよく言うわ! 今日こそアンタらをあたしの風でナマス切りにしてあげるんだから!」
奈津美が智子に近づき耳打ちをする。
「ねぇあの子誰なの?」
「覚醒前のいのりを襲って、あたしにボコされた哀れな奴よ」
「ふーん、まぁあんまり興味ないかな…」
奈津美も加わった挑発劇にナギの血管も破裂寸前だった。
「くぉら! モブ扱いすんな! とにかくアタシはアンタ達に復讐するためにずっと修行して来たのよ!」
ナギの熱弁に対して、智子らは対照的にうんざりとした顔を並べていた。
「ウザ… 逆恨みやめなよ」
「うるさい! 覚悟しろ炉縁智子!」
「アンタの相手はあたしじゃないよ。うちの秘密兵器を刮目して見よ、って感じ?」
「は! 『土方』とか風使いのあたしを無礼てんの?! 土の子なんて瞬殺してやるわよ!」
このタイミングで久子がリングに上がる。久子のいつもの緊張感の無い笑顔はナギの怒りを更に煽る。ナギは憎しみのあまり、般若もかくやというほどに表情を歪めている。
冗談抜きで、今この場で殺人をも辞さない覚悟でいる事だろう。
対戦する両選手が揃い、決戦のゴングが鳴らされる。
「この場でこのナギ様に出会った不運、悪く思わないでね!」
ナギは両手を広げて力を込める。すると彼女の十指のそれぞれに小型の竜巻の様な旋風が発生する。
実はこの小型竜巻、1つで電信柱を切断するほどの破壊力を持つ『鎌鼬』である。如何に久子と言えどもそんな攻撃を一度に複数食らったら致命傷は免れないであろう。
「行くわよ! 『風塵殺…』」
鎌鼬を投げようとナギが腕を振りかぶる。その腕が振り切られる前に久子はナギの正面50cmの所に瞬時に移動していた。
当然久子の強化魔法による高速移動であるが、久子を単なるカモとしか認識していなかったナギにはただの瞬間移動にしか思えなかった。
「はいドォーン!」
久子の出現に虚を突かれて一瞬動きを止めたナギは、そのまま鳩尾に久子の掌底を叩き込まれ、吹き飛ばされた挙げ句、壁に激突し気絶してしまった。
中堅戦は久子の勝利。次ぐ大将戦ことタッグマッチも智子らの勝利に終わり、瓢箪岳高校はこの練習試合を3対1で勝利した。
そしてその属性は四すくみの関係にあり、土は水に克ち、水は火に克つ。同様に火は風に克ち風は土に克つ訳だ。
術者の元々の力量や機転に応じて下位の属性が上位の属性を破る事も不可能ではないが、同レベルの術者が正面から対峙した場合、下位属性の者が勝利を収めるのは極めて難しくなる。
今回の様な練習試合の場合、属性による有利不利が出ないように対戦の組合せは同じ属性同士、或いは「火と土」といった有利不利の生じない真逆の属性同士で行われるのが通例である。
「相手の先鋒は『水』なので私が。次鋒は『土』なのでいのりちゃんにお願いするわ」
女子レスリング同好会、副部長の汀 奈津美が作戦の指示を出す。大人しそうな黒髪ショートカットの部員土岐 いのりは、奈津美の指令に神妙な面持ちで頷いた。
「ちょっと、部長はあたしなんだから奈津美は出しゃばらな…」
部長の炉縁 智子が不満気な声を上げるが、奈津美に一瞥されだけで引き下がってしまう。
これは『火』属性の智子と『水』属性の奈津美による力関係の縮図でもあり、単純な人間関係の縮図でもある。
現に『水』属性の奈津美に対して『土』属性のいのりは強者であるのだが、根が素直ないのりは上級生でかつ頭の切れる奈津美に敬意を持って接している。
「…話を続けるわね。相手の中堅は『風』なんだけど、うちには風の能力者が居ないわ。なのでここで土方さんに出て貰おうと思うの」
そう、そもそもチーム分け出来るほど都合よくバランスの取れたグループなど簡単に作れる物では無い。従ってそんな時は親交のあるチームから助っ人を借りるとか、久子の様な非能力者に協力を仰ぐ等の一時凌ぎ作戦がよく行われる。
「相手が土方さんを名前通りに『土』属性だと勘違いしてくれれば油断を誘えると思うの。最後のタッグ戦は智子と綿子ちゃんでお願いね。綿子ちゃんは初めての対外試合だからって無理しちゃダメよ?」
奈津美の淀みない指令に久子と綿子も気合の入った返事を見せる。奈津美に美味しい所を取られた智子も憮然としながらも力強く頷いてみせた。
☆
「3年ぶりにようやく会えたわね炉縁智子に土岐いのり! アンタらだけは絶対に許さないからね!」
初戦、2戦目と水と土を使った激しい攻防戦が繰り広げられ、奈津美は勝利、いのりは惜敗の1勝1敗で迎えた第3戦。リングに上がってマイクパフォーマンスを始めた相手方の『風』の選手は、何やらいのりや智子と因縁のある人物の様であった。
「え…? 誰?」
「お会いした事ありましたっけ…?」
失礼。いのり達には心当たりが無さそうである。この対応に相手の選手は激昂する。
「ナギよナギ、風祭ナギ! 忘れたとは言わせないわよ!」
「え…? 誰?」
「お会いした事ありましたっけ…?」
再びの塩対応天丼。作戦でやっているのなら高度な挑発戦術であるが、どうやらこの2人は素で分かっていないらしい。
「キーッ! バカにして! 土岐いのり、アンタが能力者になった時にアンタをボコボコにしたナギ様よ! これでも思い出せない?!」
顔を真っ赤にして怒りを撒き散らすナギに、いのり達はようやく何かを思い出したようであった。
「あ、あの時の…」
「あぁ、あたしが2秒で倒した雑魚か… あんた風祭なんて大層な家柄の子だったのね」
智子の言葉はナギ怒りの炎に更なる油を注いだらしい。
「後ろから不意打ちしといてよく言うわ! 今日こそアンタらをあたしの風でナマス切りにしてあげるんだから!」
奈津美が智子に近づき耳打ちをする。
「ねぇあの子誰なの?」
「覚醒前のいのりを襲って、あたしにボコされた哀れな奴よ」
「ふーん、まぁあんまり興味ないかな…」
奈津美も加わった挑発劇にナギの血管も破裂寸前だった。
「くぉら! モブ扱いすんな! とにかくアタシはアンタ達に復讐するためにずっと修行して来たのよ!」
ナギの熱弁に対して、智子らは対照的にうんざりとした顔を並べていた。
「ウザ… 逆恨みやめなよ」
「うるさい! 覚悟しろ炉縁智子!」
「アンタの相手はあたしじゃないよ。うちの秘密兵器を刮目して見よ、って感じ?」
「は! 『土方』とか風使いのあたしを無礼てんの?! 土の子なんて瞬殺してやるわよ!」
このタイミングで久子がリングに上がる。久子のいつもの緊張感の無い笑顔はナギの怒りを更に煽る。ナギは憎しみのあまり、般若もかくやというほどに表情を歪めている。
冗談抜きで、今この場で殺人をも辞さない覚悟でいる事だろう。
対戦する両選手が揃い、決戦のゴングが鳴らされる。
「この場でこのナギ様に出会った不運、悪く思わないでね!」
ナギは両手を広げて力を込める。すると彼女の十指のそれぞれに小型の竜巻の様な旋風が発生する。
実はこの小型竜巻、1つで電信柱を切断するほどの破壊力を持つ『鎌鼬』である。如何に久子と言えどもそんな攻撃を一度に複数食らったら致命傷は免れないであろう。
「行くわよ! 『風塵殺…』」
鎌鼬を投げようとナギが腕を振りかぶる。その腕が振り切られる前に久子はナギの正面50cmの所に瞬時に移動していた。
当然久子の強化魔法による高速移動であるが、久子を単なるカモとしか認識していなかったナギにはただの瞬間移動にしか思えなかった。
「はいドォーン!」
久子の出現に虚を突かれて一瞬動きを止めたナギは、そのまま鳩尾に久子の掌底を叩き込まれ、吹き飛ばされた挙げ句、壁に激突し気絶してしまった。
中堅戦は久子の勝利。次ぐ大将戦ことタッグマッチも智子らの勝利に終わり、瓢箪岳高校はこの練習試合を3対1で勝利した。