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作者: ちありや
第178話 かいふくまほう
 大豪院の復活に安堵の色を見せる一行。だが唾を付けておけば治る様なレベルながらも、他人に初めて傷を負わされた大豪院は静かな怒りと驚き、そして強大なまおうの登場に微かに心を奮わせていた。

「御影くぅん、見ててくれたぁ? 私たくさん頑張ったんだよぉ?」

 御影の腕に自らの腕を絡ませ、御影に対してしなを作るユリ。魔王と大豪院の死闘を直接目撃していないユリの緊張感に欠けた声は、旅の行く末に心を細めていた睦美らに安心感と同事に苛立ちを与えていた。

「もちろんだよ。ユリちゃんが居なかったら、今頃私達は今夜の魔族軍のディナーにされていただろうからね」

 大豪院と同等、いやそれ以上に強大な力を振るっていた『勇者』ユリを御影がフォローする。その言葉に感激したユリは更に力を込めて満面の笑顔で御影の腕を抱き締める。
 しかし、自然と目に入ってきた重傷の久子を見て顔を曇らせる。御影の腕からは離れなかったが。

「えーっと… そっちのオレンジ服の久子さん、だっけ? は大丈夫? 初歩の初歩の回復魔法で良いなら使えるよ? 私魔法は苦手なんで体力30くらいしか回復しないと思うけど、それでも良いなら掛けようか…?」

 ユリの言う『体力30点』がどれ程のものなのか全く見当もつかないが、睦美らとしては現在進行形の久子の苦しみを和らげられるのならば藁にでも縋りたい気持ちであった。

「お願いするわ…」

 つばめを一瞥して睦美はユリへ要請する。その瞳にはつばめへの憐憫と失望が滲み出ていた。

「オッケー。でもホント痛み止め位しか効果ないと思うから、ちゃんと添え木とかして治療しないと駄目だよ? 元の世界に戻れば回復魔法の使い手はたくさん居るんだけど、魔界ここじゃちょっとねぇ…」

 残念そうに呟いて回復魔法を使ったユリだったが、痛みが和らいだのか久子の顔が少し明るくなる。そしてそのタイミングでつばめがおもむろに詠唱を始めたのだ。

「東京特許許可局許可局長…」

 ユリの回復魔法を受けた後でも痛々しく腫れていた久子の右手から瞬時に腫れが引いた。

「あ… つばめちゃんありがとう… でも良かったの? 魔法を使うつもりは無かったんじゃ…?」

 そう、今のつばめは人間を卒業するまで秒読み段階の半異世界人である。久子を始め仲間たちは皆、つばめを人間に引き留めようと、つばめが魔法を使わなくても済む様に心を砕いていた。睦美を除いて……。

 無論つばめとて人間を諦めるつもりは無い。つもりは無いがあわ良くば何とか魔法を使わずに済めば良いなぁ、とは考えていた。
 さりとて戦闘能力の無いつばめが魔界に出向いて何の役に立つのか? と問われれば『回復魔法』以外に無い訳で、その辺りはつばめ自身も十分に理解しているし覚悟も出来ていた。

 では何が問題だったのかと言うと、勿論『痛み』である。「仲間が死にそうな時は自分が治すんだ」と息巻いて魔界に来たものの、死にそうな『怪我』や『痛み』を引き受ける覚悟はつばめ本人は出来ているつもりでいて、いざ現実に大怪我に苦しむ久子に対しては体が竦んで何も出来ずにいたのだ。

 単純につばめの想像力不足である。「沖田を助けたい」の一心で魔界に来たのは確かであり、それ以外の事が見えなくなっていた。心構えの点で今一歩覚悟が足りていなかったのである。

 で、だ。今までつばめは重傷の久子に対して『痛み』と『症状』のどちらを自分が引き継ぐかで悩んでいた訳であるが、ユリの魔法によって痛みに苦しんでいた久子の顔が安らぎを取り戻すのを目撃した。

 動くならここである。久子の『痛み』が無くなったのならばノーリスクで回復魔法を使える訳だ。
 元より久子には平時から世話になっているのだから、久子の為に魔法を使う事はやぶさかでは無いのだ。
 ただ、「痛いのも骨折も嫌だなぁ」と思っていただけで踏ん切りが付いていなかっただけなのだ。

「わぁ、ありがとうつばめちゃん! すっかり楽になったよ! ユリさんもありがとうございます!!」

 ユリとつばめ、2人から回復魔法を掛けられて全快した久子が跳ね跳びながら喜びを表現する。もうすっかり元通りの元気印の様である。

「まったく… つばめアンタも現金な女よねぇ… 危うく野々村達の所に『役立たず』の熨斗のし付けて叩き出す所だったわ」

 睦美が冗談めかして笑いながら話し、つばめも照れ笑いで返す。ただつばめは気が付いていなかったが、睦美の目は少しも笑ってはいなかった……。

 ☆

「それにしてもゴリ子の奴は何だって油小路ユニテソリの味方なんてしてたのかしら…? お陰で余計な手間が増えた上に怪我人まで出て… 今度会ったら折檻よ折檻!」

「考えられるとしたら、敵に何か弱みを握られているとか…? それこそ『人質』とか…」

 とりあえずの窮地を脱したマジボラ一行。蘭との合流という目的が果たせなかった為に、次なる作戦の会議中といったところである。
 怒りの治まらない睦美を久子が宥めるいつものパターンであるが、蘭の行動の動機を探る事は今後の展開に於いて非常に有益であろう。

「なるほど、じゃあ沖田は間違いなくユニテソリの所に居るわけね…」

「あの、ちょっと良いですか…?」

 確信の籠もった推理に睦美が独りドヤ顔を見せていた時に、つばめがおずおずと参入してきた。

「ユリさんと戦ってたのってシン悪川興行のウマナミさんですよね? 悪の組織の人だから魔界に居るのはまぁ良いとして、何であの人と沖田くんが関係するんですか? それにまだ蘭ちゃんを探してもいないのに、何でもう次の場所に行こうって話になってるんですか…?」

 つばめの言葉が一瞬理解できずに固まる睦美と久子。そして誰よりも早く事態を理解したアンドレがポツリと呟いた。

「あぁ… 2人とも、またやっちゃいましたねぇ…」
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