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作者: ちありや
第200話 とーく
「わぁー、壮観だねぇ」
「えっと… これはどういう状況なのかな…?」
「嘘でしょ…? 魔王ギルに勝ったの…?」

 地震で揺れる山道を歩いて城門まで登ってきた御影、つばめ、アグエラの3人がようやく睦美達と合流する。
 
 睦美、久子、アンドレ、ユリ、蘭、そして大豪院、全員が戦いで切り傷、擦り傷、火傷、骨折、捻挫、痒み、疳の虫、その他諸々の何れかを伴ったダメージを負っている。唯一平気な顔をしているのは、ガイラムの勇者の光によって完全回復した大豪院だけである。

「魔王も油小路ユニテソリも倒したわ。これで私達の復讐も終わり…」

 遅参について叱責と折檻を覚悟していたつばめを、過去に見た事が無いほどに穏やかな顔で睦美が迎える。

「睦美様…」
「やりましたねぇ〜」

 アンドレと久子も睦美の元に集まる。睦美は思い切り手足と体を伸ばして「スッキリした〜っ!」と空の雷雲に歌い上げた。

「…事情は後から聞くわ。世界の崩壊が迫って来ているなら早く避難しましょう」

 アグエラの指摘で睦美達も身支度を整えにかかる。いつまでも戦勝気分に浸っていられる程の時間的余裕は無いのだ。

「それはそうと、蘭! アンタこれからどうすんのよ? また土下座して謝るなら連れて帰ってやっても良いわよ?」

 世界の危機だというのに、睦美は久々にサド顔で蘭を見る。
 蘭とてこのまま残って沖田と心中する気も無ければ、独り静かに余生を潰すつもりもない。睦美に頭を下げる程度の事など屈辱でも何でもない。

『でもこのまま帰っても私は… 私達は…』

 蘭は静かに顔を上げてつばめを見る。ずっと蘭を気にしていたつばめと目が合い、互いの視線は互いの気持ちを伝えていた。

「あの、近藤先輩… 蘭ちゃんと2人で話をさせてもらえますか? 後で必ず追いつくので…」

「そんなこと言ったって時間が…… 分かった。先に野々村達を置いてきた館に戻ってるわ。早く帰ってきなさいよね…」

 始めはつばめの意見を却下しようとした睦美だったが、つばめの真摯な紅い瞳から放たれる固い決意に気圧された様に言葉を翻し、その場に背を向けた。

 睦美に続いて久子が、アンドレが、御影が、大豪院が山道を降りて行く。ユリはしばらく蘭を心配そうに見つめていたが、やがて諦めた様に首を振って、睦美らに追従していった。

「じゃあ私が立会にんとして付き合ってあげる。『女の闘い』が終わったら責任持って転移して送ってあげるわ」

 1人残ったアグエラが立会いを申し出た。無粋の極みの様にも思えるが、崩壊を控えて地震の強度や頻度も高くなり、今から一戦交えて徒歩で帰るのは現実的ではない。
 何より『男女間の痴情のもつれ』などという感情の放出は、夢魔であるアグエラの大好物でもあった為に、転移の条件として食欲を満たすWin-Winの関係でもあった。

 ☆

 つばめと蘭、2人は雷鳴と地鳴りの鳴り止まぬ魔王城前で、2m程の距離を置いて向かい合っていた。
 
「つばめちゃん…」

「蘭ちゃん… まずはごめんなさい。蘭ちゃんからサッカー部に『好きな男子がいる』って聞いた時に、それが沖田くんである可能性にわたしが少しでも気が付いていたら、ここまで拗れる事は無かったよね…」

 つばめが蘭に頭を下げる。それに対して蘭は静かに首を振って答えた。

「つばめちゃんは私の為に頑張って聞き込みしてくれたじゃない。その気持ちだけでもとっても嬉しかった。『あぁ友達って良いな』って思ったよ… 座って話そうか?」

 蘭の指し示した直径1mほどの大きな切り株に2人で腰掛ける。すぐ隣り合うのではなく、90度程の角度を付けて並び座った。

「ね、蘭ちゃん教えて。一体何があってこんな事になっちゃったの? 何で沖田くんを守ってくれなかったの…?」

「うーんとね…」
 
 ここで蘭はバス会議の中では敢えて伏せていた、シン悪川興業の事情も含めて沖田誘拐の一部始終をつばめに語って聞かせた。

「正直私の力ではどうあっても油小路さんを止める事は出来なかった。止められないのなら、せめて沖田くんが危害を加えられない様に近くで守って上げようと思ったの…」

「それで好きになっちゃったって事…?」

「好きなのは前からだよ… でも気持ちがハッキリしたのは魔界こっちに来てからかな…? まさかつばめちゃんが追いかけて来るとは思ってなかったから、ちょっとくらいなら密着しても良いかなって思っちゃったんだ…」

 自嘲気味に寂しく笑う蘭を、つばめは心細げな顔で見つめる。
 
「ふーん… あのさ、沖田くんがお城の牢屋でね、『好きな子が出来た』って教えてくれたんだよね…」

 唐突なつばめの話題変換。蘭はつばめの真意を測りかねて不思議そうな顔をする。

「沖田くんが誘拐されたのはわたしが告白してフラれたすぐ後だったでしょ? だとしたら今の今まで一緒にいたのは蘭ちゃんだし、そんなハイレグビキニみたいなセクシーな格好でずっと近くに居られたら、沖田くんは蘭ちゃんを好きになっちゃうんじゃないかなぁ、って…」

 つばめの意外な言葉に蘭は一瞬呆けた顔になり、やがて大きく哄笑し始めた。

 蘭は沖田を『押し倒す』覚悟こそ無かったが、実は沖田に『押し倒される』覚悟と期待は密かに持っていた。
 だが、沖田は蘭の誘惑に最後まで耐えた。童貞として出方が分からなかったのもあるが、彼の中には『心に決めた人』が居たのだ。
 
 蘭は沖田の想い人を知っている。それは『ピンクの魔法少女』、つまり変態したつばめの事だ。お互いが相手の気持ちに気がついていないだけで、つばめと沖田は両思いなのだ。

「なっ、何が可笑しいのよ…?! 沖田くんと蘭ちゃんが本当に両思いだったらどうしようかって、ずっと悩んでたんだよ…?」

 つばめが頬を膨らませて抗議する。蘭の態度が心底心外であったようだ。

「あはは… いや、私達って同じ様な事でずっと悩んでた『似た者同士』なんだなぁって思ったんだよ…」

 蘭が立ち上がり、つばめの正面に立ち、微笑みながら右手を差し出した。

「やっぱりつばめちゃんは可愛いよね。大好き… ずっと友達でいたかった…」

 そして蘭は口を結び目を細める。自ら冷たい心を呼び起こそうとする様に低い声を絞り出した。

「ごめんなさいつばめちゃん、やっぱり私は沖田くんが好きなの。これだけは譲れない…」
 
「ようやく本音で話してくれたね… うん、わたしも蘭ちゃん好きだし沖田くんも大好き。わたしの本気はあの時の公園で蘭ちゃんに見せたはず(第139話参照)。だから… だから今度は蘭ちゃんの本気をわたしに見せて!」

 つばめも正面から蘭を見据えて、ガッチリと手を握り返した。
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