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作者: 京泉
時戻り
 本物の聖女様ならこんな時どんな事を思うのかしら。
 聖女らしく自己犠牲の精神でこの身を犠牲にしてでもこの国を護る事への栄誉? 誉れ?
 
 ご立派な聖女様ならそんな事なんて考えもしないでただひたすら平和と安寧を祈り続けるのかしら。

 残念ながら⋯⋯私はそんな崇高な精神は持ち合わせていないし、私が今思ってるのは「早く解放されたい」ってところかしらね。

 それでも私は毎日祈ったわ。悔しさと悲しさと己の馬鹿さ加減も添えた私なりの祈りだったけれど。
 ⋯⋯ねえ、神様。あなたは本当は居ないのでしょう? 私達が勝手に神様を作り上げ崇めているだけなのでしょう?
 
 違う⋯⋯分かっているわよ。神様は居る。けれど私には居ない。だって私、お願い事を一つも叶えてもらった事ないもの。
 でもね、仕方が無いと私も分かっているわ。神様にだって好みがあるだろうし。私は叶えてもらえるような良い子ではなかったと、言う事なのよね。だから家族に愛されなかったし友達も好きな人も⋯⋯居なくなってしまった。
 
 それは私が偽物の聖女だから。

 でも、もう良いの。
 叶わない願いを祈るのも聖女の真似事にも疲れた。

 私が人と会う事を禁じられた上に表向きは聖女の身の安全の為、その実は聖女が逃げないよう徹底して結界も張られたこの神殿に聖女として連れて来られてからだいたい一年かしら。
 来る日も来る日もたった一人で神様に祈るだけ。

 始めの頃は神殿の入り口に食べ物や服、本や雑貨が届けられていた。
 誰が持って来ているのか、誰かと話がしたいと待ち伏せしてもいつの間にか荷物だけが置かれ、その見知らぬ「誰かさん」に会うことは出来ず、家族や友達に書いた手紙に返事が来る事も無かった。

 そして──いつしかそれは途絶えた。

 届けられる食べる物が無くなってからは結界の中に生えている野草や木の実で凌いで居たけれど冬になってそれも手に入らなくなった。幸い神殿の井戸は使えたから水だけは困らなかっただけ。

 ここ最近は水しか口にしていない。私は寒さと飢えで祈る事も起き上がる事すら出来くなってしまった。

 寒い、お腹空いた、眠い、痛い、苦しい、寂しい。
 涙さえ出ればきっと泣けるんだろうけれど私にはもう泣く体力でさえも残っていなかった。

 元々色が少ない部屋なのにその僅かな色が霞み、段々と全ての色が消えて行く。

 私は⋯⋯やっと、偽聖女を辞められる。

 やっと解放される……そう、最後になるはずだった。

「あああっ!! ダメだよっ! 間に合う? ねえっまだ間に合う? やっと国神会議から解放されて帰って来たばかりなのになんで君、死にそうなの!? ああっだめ! 寝ちゃダメだ!」

 もう目を開ける事も億劫な私を揺さぶる誰か。やっと誰かと話ができるのに瞼を持ち上げる力も無い。
 それにしても随分と必死な声ね。

「あーもう! 君がそんなんじゃボク様が困っちゃうんだよ! 精霊達に怒られちゃう! ええええ!? なんで君、命の灯火がこんなに小さいの!? 消えちゃう? 消えちゃうの君? なんで? なんで?」

 私の身体を温かいものに包みながら必死に何かをしている誰か。
 ──ちょっと騒がしい⋯⋯。静かに逝かせてくれないかしら。

「やだあっ何逝こうとしてんの。ああっどうしたら⋯⋯どうしたら⋯⋯この子が死んじゃったらボク様、精霊達に国神様を辞めさせらちゃうじゃん。えーとえーと⋯⋯そうだ! この世界の時を戻そう。そうだそうだ、そうしよう。よし、大体⋯⋯三年くらいでいいかなあ」

 時を戻す? 

 そう考えた瞬間。私の意識は途絶えた。
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