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作者: 京泉
夜会へ
 そう、一年は穏やかだったのよ。

 私とルセウスは幼馴染。子供の頃からルセウスが好きだった私は婚約に浮かれ、幸せだった。
 だけど……。
 ある日を境に私とルセウスはすれ違うようになった。

 それは王家主催の夜会。

 私はルセウスに渡された招待状を何度も開いて閉じてを繰り返す。
 いくら見ても書いてある内容が変わる事はないけれど。

「王太子殿下の側近お披露目を兼ねている⋯⋯ものね」

 側近に選ばれたルセウスの婚約者として余程の事が無い限り欠席はあり得ない話。
 私はもう一度手の中の招待状に目を落とす。

 確か私はこの夜会でディーテ様と初めて会ったのよね。
 思えばその時のディーテ様の様子をしっかり見ていれば良かった。

 あの時、ディーテ様は熱を帯びた青い瞳を潤ませしなやかな指先をルセウスに伸ばしていた。手を取られて薄く色付いた頬と艶やかな唇が震える様はどう見ても恋する乙女の表情だった。
 でも、私は親しげに笑い合う二人にルセウスは認められているんだって、ただ喜んでいただけだったのよ。
 
 前回の私。本当に恋に盲目だったのね。

「行きたくないなあ」

 ルセウスとディーテ様が惹かれ合うのをまた見なくてはならないのか。憂鬱になる。

「行かなければ良いのではないか?」
「それが出来ないから悩んでるんです」

 コロコロと聖女選定とエワンリウム王国の歴史本の上を転がっていた毛玉のセオス様は簡単に言うけれどただでさえ王家主催の夜会は特別。婚約者が側近に選ばれ、そのパートナーとして招待されたのに出席しなかったら不敬になるし、ルセウスの評価も下げてしまう。
 
 これも、私は行かない選択が出来ないのね。

「⋯⋯ディーテ様とルセウス様がダンスを始めたら⋯⋯バルコニーにでも出ていよう。前は二人が踊る姿をニコニコと脳天気に見ていたのだし」

 正直、ディーテ様に心を奪われて行くルセウスをもう一度見るのは辛い。
 けれど今度はディーテ様とルセウスの邪魔をしないようにしなければ。前回、ルセウスの婚約者だとディーテ様に敵視され聖女を押し付けられて神殿に厄介払いされてしまったのだものやれる事はやるのよ。

「アメディア、城に聖女に関係するものがあると書いてあるぞ」
「あ、はい。限られた人しか入れない王宮図書室に歴代の聖女について書かれたもの、国神様⋯⋯セオス様の事が書かれたものがあると言う話です」
「ボク様の事? あははっ、それは是非読んでみたいね」

 私が悩んでいる間もセオス様は熱心に本の上をコロコロと転がり続けていた。

「ボク様も連れて行け。パーティーの間王宮図書室へ行くぞ」
「入り込むのは難しいですよ」
「ボク様はエワンリウムの国神だ」

 そうでした。

 私は本を読み終えたセオス様を両手で包んでそのモフモフとした毛並みを撫でた。

「セオス様。私は国神様にどう、感謝を伝えれば良いのでしょうか」

 これまで私には神様は居ないと思っていた。私はお願い事を一つも叶えてもらった事ないと。
 でも、こうしてやり直しの機会を与えてくれたセオス様。神様は居る。

「ボク様はボク様のせいで死にかけていたのが嫌だから時を戻したんだよ。精霊達に怒られるからね。本当に精霊達は怖いんだからね。日照りを起こすわ洪水を発生させるわ風を止めるわでボク様を困らせる。アメディアが死んじゃっていたらこの国終わってたよ」

 あっけらかんと恐ろしい事を言うセオス様に身震いした。
 セオス様はこんな可愛らしい姿だけれど国神様なのだ。
 神様、精霊様は私達人間とは価値観もその存在の在り方も違う。
 分かりきっている事。
 私は⋯⋯少しだけセオス様が怖いと思ってしまった。





 そしていよいよ夜会の日がやって来た。
 
 今日の為に仕立てられたドレスに身を包み、いつもより入念に髪を結い上げ化粧を施され、身なりを整えられた鏡の中の自分はまるで別人だわ。

「ディア、よく似合っている」
「ありがとうございます。ルセウス様も素敵です」

 迎えに来たルセウスと二人馬車に乗り込み並んで座る。
 些細な事だけれど幸せなひととき。私はその凛々しい姿を目に焼き付けるように見つめた。

 時を戻ったのだから起きる出来事は変わらない。
 変えられるとしたら⋯⋯それを知る私自身が動かなくては変えられるものも変えられない。

「緊張してる?」

 ルセウスの瞳が眼鏡越しに優しく細められた。
 そっと重ねられた手が「大丈夫」だと伝えてくれるようでほんの少し安心する。

「はい。王太子殿下にお会いするのは初めてなので」
「ディアは私が守る。心配しないで」

 ルセウスはそう言って微笑んだ。ああもう、そんな顔されたら胸が高鳴ってしまうじゃない。諦めるのに、今回は諦めると覚悟しているのに。
 
 私は頬に熱が集まるのを感じながら目を逸らすと窓の外を見た。
 夜会の会場である王宮に着くまでまだ暫くかかる。
 早く着いて欲しい様な、もう少しこのままでいたい様な複雑な気持ちだった。
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