聖女の真実
目の前の神殿は記憶の中と同じ。
白い壁と重厚な扉、三角屋根の天辺に鐘が下がるとても立派で荘厳な佇まいのまま。
フヨフヨとセオス様が扉に近付きスゥッと中に消えてから私は扉に手をかけて深呼吸した。
──大丈夫……。
意を決してグッと力を込めた扉がギィっと音を立ててゆっくりと開く。
中からひんやりとした空気が流れ、一歩足を踏み入れるとカツンと無機質な音が響いた。
正面には両腕を広げる聖女を模した像。静まり返った空間に自分の靴の音だけが響く。
私は緊張しながらも聖女像の前へ辿り着いて両手を組み膝を付いた。
⋯⋯何故かそうしなくてはと、思ったの。
「アメディア、何を祈った?」
祈りを終えて目を開けた私にセオス様はモッフモッフの毛を揺らし、解いた腕の中にポスンと入り込んできた。
「⋯⋯私は、聖女になりたくないと、今でもそう思っています」
セオス様をギュッと抱き締めると暖かくてモフモフで、色々な感情が溢れて来る。
「けれどセオス様に救われました。聖女になれば恩返しが出来る。でも、私は聖女になりたくない。私はどうしたいのか考えて気付いたんです。私は⋯⋯ルセウスとお姉様、お父様とお母様家族と居たい。そこに、セオス様が居て欲しい⋯⋯そう思ったのです」
私は私の幸せを祈った。
家族と共に歩む未来を願った。
「ボク様も⋯⋯?」
毛玉のセオス様の表情は分からないけれど呟かれた声は少し震えている。
そうよね、国神様と家族になんて烏滸がましい事だもの。
「あ、その⋯⋯セオス様が良ければ、ですけど」
「家族⋯⋯ははっ⋯⋯そんな事を言うのは⋯⋯アメディアとメーティスだけだ」
「メーティス、様?」
「そうか⋯⋯精霊達はアメディアがそうだと言いたいのだな」
セオス様はフワリと浮くと天井を見上げ、そしてまた私を見た。
「メーティスはボク様の最初の花嫁」
「え!?」
「彼女はとても優しい娘でね、いつも笑って暮らせるようにと一生懸命だったんだ」
まるで懺悔のような口調のセオス様はとても寂しげに続ける。
「この聖女像はメーティスなんだぞ」
「!」
私は聖女像を見上げてその姿を目に焼き付けた。
この像はエワンリウムがまだ国として成り立っていなかった太古の時代、国神様の元に嫁ぎエワンリウムを導いたと伝わる女性を象ったもの。
「とても心の強い娘だったよ」
フワフワと降りて来たセオス様は私の腕に収まり私はセオス様を抱き寄せて、頬擦りした。
「そうだな、そろそろアメディアに聖女の話をしよう」
セオス様は図書館と王宮図書室で聖女について調べていた。
前に聞いた時は「もう少し調べてからだ」と躱されてしまったけれど。
「図書館には聖女の表の物語が。王宮図書室には聖女の裏の、真実がある」
聖女の伝説には表と裏があるのだとセオス様は続ける。
聖女達の偉業を讃える話が表なら、聖女達の悲しみは裏。
表に伝わるものは聖女が記したものではなく、後世の人が美談にしたものだ。
聖女達の悲しみは王国の秘密。
「ボク様は彼女達が願い事を叶えて欲しくて来ていたと思っていた。でも違ったんだ。彼女達は裏切られたり捨てられたりと不本意に生贄にされたとボク様は知っていたのにね」
セオス様はメーティス様を見つめ悔しそうに毛を逆立てた。
歴代の聖女達はある者は婚約者や伴侶に裏切られた。ある者はいらない者だと捨てられた。ある者は他者の策略で。
聖女達は幸せではなかったのだ。聖女達は自分を捨てた国の為、民の為に祈り続けろと強要された。
だから、他の世界に行きたいと望んだのね。
「王宮図書室で調べるうちにボク様は思い出したよ。あの頃のエワンリウムには幾つかの部族が小競り合いをしていてね、いつしかボク様の加護を得た部族がエワンリウムを制すると人間たちに広まり、一つの部族からメーティスが生贄としてやって来た」
メーティス様は始めこそ怯えていたけれどセオス様の世話をする内に打ち解け夫婦となり家族へとなったそう。
そしてセオス様とメーティス様は今の私達と同じように穏やかな時間を過ごして、メーティス様から人間を知った。
「その間にメーティスの部族がエワンリウムの覇権を握り王国が出来た。そして⋯⋯人間達はボク様に生贄を捧げる事で覇権を維持できるのだと生贄を「聖女」と呼びボク様の元へ送ってくるようになった」
メーティス様がセオス様の花嫁となったから自分達は覇権を握れたと考えたその部族の子孫、それが現王家だ。
「五十年に一度なのは、彼女達の寿命の周期だ。メーティスが人間の寿命を終える時、ボク様に「エワンリウムをお願いします」と笑ったんだ」
生贄だったのにメーティス様はエワンリウムを想っていた。
最期の時、私は楽になれる。そう諦めていた。私とは全く違う。
「メーティスが居なくなってもボク様は変わらない。そのはずだったのに精霊達はボク様の変化を見抜いていた。ああ、これが悲しみと言うものかって」
メーティス様と過ごす中でセオス様は悲しみの感情を知ったのだと言う。
「メーティスはとても魔力が高かったんだ。ほら、聖女選定の「魔晶石」。精霊達は魔力の高い人間はメーティスの生まれ変わりだとそれを使って魔力の高い人間が聖女になるようにしていたんだ」
余計なお世話だとセオス様は呟くけれど、きっと精霊様にはセオス様の為の行動だったのだろう。
「でも、彼女達の中にメーティスの生まれ変わりは居なかった。誰もが自分の身を嘆き違う世界を望んだんだ」
表情の分からない毛玉なのにセオス様がとても寂しそうで私まで悲しくなって来る。
フヨフヨと降りて来たセオス様は私の目線の高さで止まるとその身をフルフルと震わせて大きくなった。
「精霊達はアメディアがメーティスの生まれ変わりだと言っている」
「私が⋯⋯私は魔力がほとんど有りませんよ」
そうなの。私の魔力は人並み以下。
だから聖女に選ばれないはずだった。
「──眠っているんだ。アメディアの魔力は目覚めようとしている」
「っ!?」
それは一瞬だった。
大きなセオス様の真っ白な毛並みの中に真っ黒な空洞が開いた。
それがセオス様が口を開いたのだと気付いたけれど私は動けなかった。
私はセオス様の暗闇に──飲まれた。
白い壁と重厚な扉、三角屋根の天辺に鐘が下がるとても立派で荘厳な佇まいのまま。
フヨフヨとセオス様が扉に近付きスゥッと中に消えてから私は扉に手をかけて深呼吸した。
──大丈夫……。
意を決してグッと力を込めた扉がギィっと音を立ててゆっくりと開く。
中からひんやりとした空気が流れ、一歩足を踏み入れるとカツンと無機質な音が響いた。
正面には両腕を広げる聖女を模した像。静まり返った空間に自分の靴の音だけが響く。
私は緊張しながらも聖女像の前へ辿り着いて両手を組み膝を付いた。
⋯⋯何故かそうしなくてはと、思ったの。
「アメディア、何を祈った?」
祈りを終えて目を開けた私にセオス様はモッフモッフの毛を揺らし、解いた腕の中にポスンと入り込んできた。
「⋯⋯私は、聖女になりたくないと、今でもそう思っています」
セオス様をギュッと抱き締めると暖かくてモフモフで、色々な感情が溢れて来る。
「けれどセオス様に救われました。聖女になれば恩返しが出来る。でも、私は聖女になりたくない。私はどうしたいのか考えて気付いたんです。私は⋯⋯ルセウスとお姉様、お父様とお母様家族と居たい。そこに、セオス様が居て欲しい⋯⋯そう思ったのです」
私は私の幸せを祈った。
家族と共に歩む未来を願った。
「ボク様も⋯⋯?」
毛玉のセオス様の表情は分からないけれど呟かれた声は少し震えている。
そうよね、国神様と家族になんて烏滸がましい事だもの。
「あ、その⋯⋯セオス様が良ければ、ですけど」
「家族⋯⋯ははっ⋯⋯そんな事を言うのは⋯⋯アメディアとメーティスだけだ」
「メーティス、様?」
「そうか⋯⋯精霊達はアメディアがそうだと言いたいのだな」
セオス様はフワリと浮くと天井を見上げ、そしてまた私を見た。
「メーティスはボク様の最初の花嫁」
「え!?」
「彼女はとても優しい娘でね、いつも笑って暮らせるようにと一生懸命だったんだ」
まるで懺悔のような口調のセオス様はとても寂しげに続ける。
「この聖女像はメーティスなんだぞ」
「!」
私は聖女像を見上げてその姿を目に焼き付けた。
この像はエワンリウムがまだ国として成り立っていなかった太古の時代、国神様の元に嫁ぎエワンリウムを導いたと伝わる女性を象ったもの。
「とても心の強い娘だったよ」
フワフワと降りて来たセオス様は私の腕に収まり私はセオス様を抱き寄せて、頬擦りした。
「そうだな、そろそろアメディアに聖女の話をしよう」
セオス様は図書館と王宮図書室で聖女について調べていた。
前に聞いた時は「もう少し調べてからだ」と躱されてしまったけれど。
「図書館には聖女の表の物語が。王宮図書室には聖女の裏の、真実がある」
聖女の伝説には表と裏があるのだとセオス様は続ける。
聖女達の偉業を讃える話が表なら、聖女達の悲しみは裏。
表に伝わるものは聖女が記したものではなく、後世の人が美談にしたものだ。
聖女達の悲しみは王国の秘密。
「ボク様は彼女達が願い事を叶えて欲しくて来ていたと思っていた。でも違ったんだ。彼女達は裏切られたり捨てられたりと不本意に生贄にされたとボク様は知っていたのにね」
セオス様はメーティス様を見つめ悔しそうに毛を逆立てた。
歴代の聖女達はある者は婚約者や伴侶に裏切られた。ある者はいらない者だと捨てられた。ある者は他者の策略で。
聖女達は幸せではなかったのだ。聖女達は自分を捨てた国の為、民の為に祈り続けろと強要された。
だから、他の世界に行きたいと望んだのね。
「王宮図書室で調べるうちにボク様は思い出したよ。あの頃のエワンリウムには幾つかの部族が小競り合いをしていてね、いつしかボク様の加護を得た部族がエワンリウムを制すると人間たちに広まり、一つの部族からメーティスが生贄としてやって来た」
メーティス様は始めこそ怯えていたけれどセオス様の世話をする内に打ち解け夫婦となり家族へとなったそう。
そしてセオス様とメーティス様は今の私達と同じように穏やかな時間を過ごして、メーティス様から人間を知った。
「その間にメーティスの部族がエワンリウムの覇権を握り王国が出来た。そして⋯⋯人間達はボク様に生贄を捧げる事で覇権を維持できるのだと生贄を「聖女」と呼びボク様の元へ送ってくるようになった」
メーティス様がセオス様の花嫁となったから自分達は覇権を握れたと考えたその部族の子孫、それが現王家だ。
「五十年に一度なのは、彼女達の寿命の周期だ。メーティスが人間の寿命を終える時、ボク様に「エワンリウムをお願いします」と笑ったんだ」
生贄だったのにメーティス様はエワンリウムを想っていた。
最期の時、私は楽になれる。そう諦めていた。私とは全く違う。
「メーティスが居なくなってもボク様は変わらない。そのはずだったのに精霊達はボク様の変化を見抜いていた。ああ、これが悲しみと言うものかって」
メーティス様と過ごす中でセオス様は悲しみの感情を知ったのだと言う。
「メーティスはとても魔力が高かったんだ。ほら、聖女選定の「魔晶石」。精霊達は魔力の高い人間はメーティスの生まれ変わりだとそれを使って魔力の高い人間が聖女になるようにしていたんだ」
余計なお世話だとセオス様は呟くけれど、きっと精霊様にはセオス様の為の行動だったのだろう。
「でも、彼女達の中にメーティスの生まれ変わりは居なかった。誰もが自分の身を嘆き違う世界を望んだんだ」
表情の分からない毛玉なのにセオス様がとても寂しそうで私まで悲しくなって来る。
フヨフヨと降りて来たセオス様は私の目線の高さで止まるとその身をフルフルと震わせて大きくなった。
「精霊達はアメディアがメーティスの生まれ変わりだと言っている」
「私が⋯⋯私は魔力がほとんど有りませんよ」
そうなの。私の魔力は人並み以下。
だから聖女に選ばれないはずだった。
「──眠っているんだ。アメディアの魔力は目覚めようとしている」
「っ!?」
それは一瞬だった。
大きなセオス様の真っ白な毛並みの中に真っ黒な空洞が開いた。
それがセオス様が口を開いたのだと気付いたけれど私は動けなかった。
私はセオス様の暗闇に──飲まれた。