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作者: 京泉
目覚め
 暖かくてふわふわとしたセオス様の暗闇の中で「貴女はメーティス様の生まれ変わり」だと精霊達が何度も囁いて来る。

 うん。そうだったらいいね。そうだったらセオス様は寂しくないのかな。

 でもね、ダメよ。私はメーティス様にはなれないの。
 だってメーティス様、貴女本当は生まれ変わってなんていないじゃない。セオス様のそばにずっと居たじゃない。

『どうして⋯⋯』

 真っ暗な空間にポツポツと現れた蝶が集まり人の輪郭を形作る。ほんのりと光ってぼやけた輪郭だけれどメーティス様が私の前に姿を現してくれた。

『私はもう人の姿にはなれない。私はセオス様のお世話が出来ない⋯⋯だから⋯⋯代わりになってくれる人を⋯⋯探した』

 メーティス様の考えが頭に流れ込んで来る。
 そう。メーティス様は精霊となり、セオス様とエワンリウム王国をずっと見守っていた。
 魔晶石を使い自分と同じくらい魔力の高い人間を選びセオス様とエワンリウムを託そうとしたけれど、セオス様の元へやってきた聖女は自身のその身を嘆いた。

『私は⋯⋯悲しみを増やしてしまった』

 メーティス様が生贄になった様に聖女と言う名の生贄を生み続けるだけだったのだ。

『ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい』

 私の身体から光が溢れ出る。それはメーティス様の想いで出来た蝶の群れを包み込みやがて1つの光の珠となった。
 その光を両手で包み込む。これはメーティス様の魂の欠片だ。

「メーティス様。私は貴女にはなれません。でも、私はセオス様を家族だと思っています」

 セオス様は素直で元気で真っ白でモフモフで⋯⋯ちょっと人間とは違う感性を持った⋯⋯神様。

「だからメーティス様、もうセオス様の為に聖女を選ばないで下さい。ううん、もうメーティス様が聖女を選ばなくていいんです。人間はこれからも勝手に聖女を選ぶ。縋るものを求める。それが人間」

 でも、セオス様はそんな人間達を見捨てたりしないとメーティス様は誰よりも一番よく知っているはずだもの。

「⋯⋯一度目の時、私の魔力が低すぎてメーティス様を感じる事が出来なくてごめんなさい。それから子供の頃、ルースを見つけられるようにしてくれたのはメーティス様だったのでしょう? ずっと見守ってくれてありがとうございます」

 なんだか身体が熱い。セオス様に飲み込まれる前に私の魔力は眠っていると言っていたけれど、メーティス様から流れて来る一枚一枚鮮明に描かれた絵画のような歴史に呼応して目覚めようとしていると感じる。

 古代、細かく分散していた部族は覇権争いの中で敗者の部族を吸収しながら部族の規模を大きくしていた。
 メーティス様の部族も現王族の部族に吸収されたのだ。強くなった部族はより強さを求めエワンリウムの覇者となるために魔力が多いメーティス様を生贄とした。
 残された一族は仲間が生贄に選ばれてからも魔力の多さを利用され続けた中で自身を守る為に魔力を眠らせるようになったのね。

 ──そして、メーティス様の一族の血筋は⋯⋯私に繋がっていた。
 私はメーティス様の生まれ変わりではないけれど、メーティス様の一族の末裔。
 私の魔力は低いのではなく一族を守る為に眠っていた。


 でも、低いままでは守れない時が来たら⋯⋯その魔力は解放される。
 その時が来たのね。

「魔力が低い事で不便は有りませんでした。でも、私が魔力を解放すればセオス様やこの国を、お父様とお母様⋯⋯ルースを⋯⋯家族を守れるのなら」

 私は魔力が低い偽物の聖女。
 たとえ魔力が解放されても私は偽物の聖女に変わりはない。それでいい、そうでなくてはならない。

「けれど、私は聖女にはなりません。メーティス様の「偽物聖女」になります」

 だって、本物の聖女はメーティス様なのだから。

 光の珠が手から離れ、光の珠から蝶の大群が飛び立った。
 小さな蝶は光の珠を取り囲み光り輝く巨大な蝶となって辺り一面を光の世界に変えた。

「メーティス様、これからもセオス様のそばに居てください。エワンリウムを見守ってください」

『我らの子よ──共に』

「メーティス様⋯⋯っきゃああっ」

 光の蝶が羽ばたくと突然身体が何かに吸い込まれる様に引っ張られ、思わず私は目を閉じた。





「──!」
「──ア!」

「ディア!」

 耳元で悲痛な声が聞こえる。

「うぅん?」
「ディア! 私が分かるかい!?」

 揺さぶられながら開けると目の前には焦った顔のルセウスとその隣にはしゅんとしたセオス様。

「良かった⋯⋯君に何かあったら私はセオス君に、神に決闘を申し込む覚悟だった」
「大丈夫だと言っただろう⋯⋯ルセウスは飛び込んできてボク様に拳骨を落としたんだぞ」
「セオス君、一体どうしてディアを飲み込もうとしていたんだ? 事と次第によっては決闘を申し込む」
「アレは吐き出していたんだ!」
「──つまり、飲み込んでいたんだね?」

 ルセウスの眼鏡が冷たく光ったのを見てセオス様は私に縋り付いた。

「アメディア! 説明してくれ! ボク様はアメディアを食べようとしたのではないと」
「⋯⋯セオス様、私も食べられたかと思ってました」

 そうだった。私は突然セオス様に飲まれたのよ。
 セオス様はルセウス以上に言葉が足りない。メーティス様と話をして来た今の私はセオス様は私の魔力を目覚めさせようとしたのだと理解しているけれどアレはちょっと怖かった。
 何かをする時は相手にちゃんと説明をして、了承を得てからって教えてあげないとならないわね。

「ボク様⋯⋯は、家族と言ってくれたアメディアを食べるなんて⋯⋯絶対にしない⋯⋯」
「セオス様、分かってますよ。でも、何かをする時はちゃんと説明してくださいね。ルースも私は大丈夫だから。セオス様に決闘を申し込まないでね」
「ディア、一体何があった」

 私はセオス様から聞いた「聖女の真実」をルセウスに話した。
 飲み込まれたセオス様の中でメーティス様と話をした事も。
 私がメーティス様の一族の末裔で魔力を眠らせていた事も。

「メーティス様はずっとセオス様のそばにいらしていたのですよ。私もメーティス様に見守られていた」
「メーティスがボク様の為に「聖女」を選んでいたのか⋯⋯」
「はい。でももうメーティス様は「聖女」を選ばなくていいんですセオス様は「聖女」を生贄を求めていないのだから」
「けれどディアがメーティス様の一族の末裔だと知られたら⋯⋯「聖女」だとされないだろうか」

 ルセウスの瞳が不安に揺れる。

「私は「聖女」にはならないわ。聖女はメーティス様だもの」
「しかしっ王女が⋯⋯」
「末裔だと知るのはここにいる私達だけ。ディーテ様が私を「聖女」にしたのは聖女選定の結果をすり替えたからよ。今度は絶対にさせない」

 魔力が高かろうが低かろうがディーテ様は私を「聖女」にしようとする。

「それにはルースの助けが必要なの」
「ディア、私は二度と君の手を離さないと誓った」
「ボク様も手を貸すぞ」

 私の腕の中に飛び込んだセオス様がぴょんぴょんと跳ねる。
 それをヒョイッと摘み上げたルセウスがニッコリとしながらぎゅうっと毛玉を引き伸ばした。

「イタタタっ! 何をするルセウス!」
「ディアに何が起きたのか大体は理解した。けれどセオス君、帰ったらディアを怖がらせた君にはお説教をしなくてはね」
「!? アメディアは大丈夫だと言ったではないか!」
「ディアが良くても私が大丈夫ではない」
「アメディア! ルセウスを止めてくれ」

 いつもの二人に私は幸せな気持ちに満たされる。

「さあ、帰ろう」

 左腕にバタバタするセオス様を抱え、右手を差し出したルセウスの手を私は取る。

 その時。

 パリッと魔力が私の手から放出されルセウスを包み弾けた。

「今のは⋯⋯」
「ルセウスに纏わりついていた魔法が消されたんだぞ。まあ魔力無効の石をもっているから影響は受けていなかったようだがルセウスはずっと魔法をかけ続けられていた。アメディアの魔力がかけられた魔力より高いから消されたんだ」
「それはどんな?」
「ん? 魅了とでも言うのか? 術者を好ましく思うようになる魔法だな。他にも何人かかけられている奴いたぞ。図書館の奴とか城の奴らとかな」


 セオス様の言葉に私とルセウスは互いに顔を合わせて「それは⋯⋯」と同じ呟きを溢した。

 有り得ない事ではない。
 
「アレクシオに確認しよう。エワンリウムでは人を操る魔法は禁じられている。それを王族が使っているとしたら大問題だ。急ごう」
「急ぐならボク様が乗せてやる」
「ああ、頼むよセオス君」

 神殿の外に出るとセオス様は大きな毛玉になり、ルセウスが乗ってきた馬をパクりと咥え、私とルセウスを長い毛に絡ませふわりと飛び立った。

「王宮へ行けばいいんだな」

 セオスさまはお説教から逃れられると嬉しそうに空を行く。
 私は来る時に経験したけれどルセウスは初めてだし、確か高いところ苦手⋯⋯そうだ、ルセウスは高所恐怖症なのよ。

「ねえルース? 大丈夫⋯⋯じゃなさそうね」

 少しでも恐怖が和らげばと彼の腕に手を伸ばして私は「セオス様は空を飛ぶ」と話していなかった自分も説明不足だと肩を落とした。

 顔色をなくしたルセウスは気絶していた。
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