古の記憶
風が叫んでいる。
それは咆哮のように猛々しく、それは悲鳴のように悲痛に。
その叫びは草原と森を走り抜け遠く聳える山にこだまする。
「せらちけ! めすす!」
「にられわはりうよし!」
突然現れた人々が私達の目の前を勢いよく駆け抜けて行った。彼らのその姿は私達とは少し違っているし言葉も何を言っているのか分からない。
土煙と悲鳴の中、彼らは向かってくる相手を大剣で薙ぎ払い槍で突き次々と倒してやがて敵が居なくなると彼らは武器を天に掲げて雄叫びを上げた。
彼らは戦い続け、勝利を重ねるその度に集団を大きくし、やがて他の人よりも頭一つ大きく強靭な体付きをした一人の男性が人々を率いて戦うようになった。
「あれは⋯⋯もしやライ王なのか」
「これはセオス君の、いやエワンリウムの記憶⋯⋯」
ライ王。それはアレクシオ殿下⋯⋯エワンリウム王家の始祖その人だ。アレクシオ殿下とルセウスの言葉を聞きながら私は目の前に広がる光景を見つめる。
場面はライ王が大勢の仲間と共に楽しんでいる宴会へと変わった。
ライ王の前には平伏しながら女性を差し出す併合した部族の人々。
着飾った彼女達は次々とライ王に献上されているようだった。
「あっメーティス様」
その色がそれぞれの部族を表しているのだろうか、頭に色とりどりの布が巻かれた女性達の中に緑の布を被るメーティス様がいた。
メーティス様を見たライ王はすっと目を細めてその手を取ると自分の側に置き次の女性の挨拶を受ける。それから何人か見定め最後の一人、一際美しく妖艶な女性に目をつけると彼女も自分の側に置いたのだ。
「るすとまつをりたふのこはれわ」
わっと歓声が上がって宴が更に盛り上がる中、最後に選ばれた女性は鋭い目を俯くメーティス様に向けていた。
「みかにく?」
「るすまりわたつにくぞぶがわとるれぎにをんけは、ばせだしさをめとおにみかにく」
それからもライ王達は戦い続けその勢力を広げる中、ぼんやりと睦み合うライ王と第二妃となったあの妖艶な美女の姿が暗闇に浮かび上がった。くっきりとした紅を引いた唇をライ王に寄せた第二妃は妖しく微笑んでいる。
「にうよのまさすぃてーめ、うそ⋯⋯いしわさふがのもいよつがらかちのいなじまはめとお」
「とだんな!」
第二妃の言葉にライ王が顔を顰め声を上げた。その表情は怒りそのものなのに第二妃が怯まずライ王の腕に絡まりじっと彼を見つめるとライ王は振り解こうとする動きを止め、不自然なくらいの笑顔を第二妃に見せたのだ。
第二妃はそんなライ王に満足した笑みを返してしなだれかかった。
そしてまた場面が変わる。
白い装束に身を包んだメーティス様が神輿に乗せられて運ばれている姿。
その先は⋯⋯かろうじて花が植えられ祭壇はあるけれど岩山の洞窟のような場所。
神輿が下ろされたった一人残されたメーティス様は不安げに周囲を伺いながらゆっくりと岩穴に歩みを進めて⋯⋯そこでセオス様と出会ったのだった。
「毛玉だな」
「毛玉だ」
「良い毛玉だ」
声を揃えたアレクシオ殿下、ルセウス、イドラン殿下に思わず私は溜息を吐いてしまった。
注目する点はそこではないでしょう⋯⋯第二妃よ。
私は第二妃が選ばれた時とライ王が激昂した時にライ王に妙な既視感を持った。
だって第二妃に見つめられたライ王の変わり様。その表情は笑っていたけれど光を失ったような濁った目をしていた。
それは図書館の司書、菓子店の店員、どこぞの令息⋯⋯私が出会ってきた人達とよく似ていたから。
第二妃の魔力はライ王を操れるもの。
彼女は自分が唯一の妃になる為に魔力を使いそして邪魔なメーティス様を追放させたのだ。
私は第二妃の力に寒気を覚えた。アレクシオ殿下達も同じ事を思ったのか三人共顔色が悪い。
アレクシオ殿下やエワンリウム王家はライ王と第二妃の子孫⋯⋯彼女の魔力が王家に継承されている。
それはつまり──。
「エワンリウムは魔力を持つ部族と持たない部族が併合して出来た国。だからその魔力の量に多い少ないの差はあっても長き年月によってほとんどの人が魔力を持つようになったという事か」
「そして我がエワンリウム王家は第二妃の魔力を受け継いでいる⋯⋯ただ、彼女の人を操る魔力⋯⋯魅了の力はどうやら僕には継承されていないようだな」
「簡単な事だろう? 魅了は女にだけ継承される力だと言えるのではないか」
「ああ、そうなのだろう。そして今代第二妃の魅了を受け継いでいるのが⋯⋯ディーテだ。それもかなり強力な魔力を受け継いでいる。だから母上は⋯⋯ディーテの魔力の危うさに気付き歴史を調べ、人を操る行為を禁止し、僕に魔力を跳ね返させることができるこの水晶を持たせたんだな⋯⋯」
そう言ってアレクシオ殿下は黒水晶のブレスレットを愛おしそうに撫でてから私を見つめた。その視線を受けて私の喉がコクリと鳴った。
この国の始祖、ライ王を操った力。そんな魔力を持つディーテ様は第二妃のように私を排除しようとしているのだ。
ディーテ様はずっと魅了を使い続け人の心を操りなんでも思い通りにしてきた。今どれだけの人がディーテ様に操られているのだろう。
私の心を読んだかのようにアレクシオ殿下は微笑んで首を横に振ってみせた。
「アメディア、心配するな。僕は思い出した。ライ王はメーティス様を愛していた。国神へ捧げてしまった事をずっと後悔していた。そして⋯⋯魅了の力を止めてほしいと願っている」
アレクシオ殿下の背後にライ王が見えた気がした。
その表情は悲痛そのもの、彼は愛する人を失った悲しみを抱えて生き、アレクシオ殿下に思いを託したのね。
──お前達そろそろ吐き出すぞ──
セオス様の声が響いてすぐに私達の視界は暗転し、ふかふかの絨毯の上に放り出された感覚がした。
全員が尻もちをつきながら長い夢を見た後のようにぼんやりとしていたのだけれどしばらくしてようやく意識がはっきりしてきた頃、ルセウスが笑い出し続いてイドラン殿下、アレクシオ殿下も声を上げて笑い合った。
「はははっ──なあ、セオス様、メーティス様はライ王やエワンリウムを憎んでいなかったのだろうか」
「ふむ、メーティスはいつもエワンリウムを思っていた」
「⋯⋯そうか⋯⋯よし、僕は覚悟を決めた。ライ王の願いとメーティス様の思いを継ぐ」
アレクシオ殿下はそう言うと立ち上がりルセウスとイドラン殿下を見て微笑んだ。その微笑みは優しく力強いもの。
「イドラン、この黒水晶はラガダン王国のものだと母上から聞いているがラガダン王国でこの黒水晶は手に入れやすいのだろうか」
「我が国の鉱山から掘り出されるのはほぼ水晶だ。黒水晶は比較的採掘量が多いな」
「黒水晶の取引がしたい。頼めるだろうか」
「勿論だ⋯⋯友人の頼みだ」
嬉しそうに快諾したイドラン殿下が胸を張った。
「ルセウス、イドランと黒水晶の取引をするにあたってラガダン王国へ行ってもらいたい」
「承知致しました。すぐにでも出立いたします」
「アメディア、君は黒水晶が届き次第魔力を黒水晶へ込めて欲しい。大変な事をお願いするが⋯⋯できるだろうか」
「はい! 私にもできることがあるのなら何でもします」
私が返事をするとアレクシオ殿下はにっこりと笑ってから拳を突き出した。
それに合わせてルセウスとイドラン殿下が拳を合わせ私を見た。
え、私も良いの? 私はおずおずとその真似をしてみる。
何だか楽しい。
「話は終わったか? アメディア、ボク様はフルーツタルトが食べたい」
皆の決意表明が終わったところでセオス様が空気を読まずに言った。
そんなセオス様の言葉にまた笑った私達は早速お茶にしようと動き出す。
私は抱えられる大きさに縮んだセオス様を抱えてその毛並みに顔を埋める。
大丈夫、今度は大丈夫。もう一人ではない。
ルセウスを信じる。アレクシオ殿下を信じる。イドラン殿下を信じる。
みんなでディーテ様を止める。
私は自分に言い聞かせるように呟くと深呼吸をした。
それは咆哮のように猛々しく、それは悲鳴のように悲痛に。
その叫びは草原と森を走り抜け遠く聳える山にこだまする。
「せらちけ! めすす!」
「にられわはりうよし!」
突然現れた人々が私達の目の前を勢いよく駆け抜けて行った。彼らのその姿は私達とは少し違っているし言葉も何を言っているのか分からない。
土煙と悲鳴の中、彼らは向かってくる相手を大剣で薙ぎ払い槍で突き次々と倒してやがて敵が居なくなると彼らは武器を天に掲げて雄叫びを上げた。
彼らは戦い続け、勝利を重ねるその度に集団を大きくし、やがて他の人よりも頭一つ大きく強靭な体付きをした一人の男性が人々を率いて戦うようになった。
「あれは⋯⋯もしやライ王なのか」
「これはセオス君の、いやエワンリウムの記憶⋯⋯」
ライ王。それはアレクシオ殿下⋯⋯エワンリウム王家の始祖その人だ。アレクシオ殿下とルセウスの言葉を聞きながら私は目の前に広がる光景を見つめる。
場面はライ王が大勢の仲間と共に楽しんでいる宴会へと変わった。
ライ王の前には平伏しながら女性を差し出す併合した部族の人々。
着飾った彼女達は次々とライ王に献上されているようだった。
「あっメーティス様」
その色がそれぞれの部族を表しているのだろうか、頭に色とりどりの布が巻かれた女性達の中に緑の布を被るメーティス様がいた。
メーティス様を見たライ王はすっと目を細めてその手を取ると自分の側に置き次の女性の挨拶を受ける。それから何人か見定め最後の一人、一際美しく妖艶な女性に目をつけると彼女も自分の側に置いたのだ。
「るすとまつをりたふのこはれわ」
わっと歓声が上がって宴が更に盛り上がる中、最後に選ばれた女性は鋭い目を俯くメーティス様に向けていた。
「みかにく?」
「るすまりわたつにくぞぶがわとるれぎにをんけは、ばせだしさをめとおにみかにく」
それからもライ王達は戦い続けその勢力を広げる中、ぼんやりと睦み合うライ王と第二妃となったあの妖艶な美女の姿が暗闇に浮かび上がった。くっきりとした紅を引いた唇をライ王に寄せた第二妃は妖しく微笑んでいる。
「にうよのまさすぃてーめ、うそ⋯⋯いしわさふがのもいよつがらかちのいなじまはめとお」
「とだんな!」
第二妃の言葉にライ王が顔を顰め声を上げた。その表情は怒りそのものなのに第二妃が怯まずライ王の腕に絡まりじっと彼を見つめるとライ王は振り解こうとする動きを止め、不自然なくらいの笑顔を第二妃に見せたのだ。
第二妃はそんなライ王に満足した笑みを返してしなだれかかった。
そしてまた場面が変わる。
白い装束に身を包んだメーティス様が神輿に乗せられて運ばれている姿。
その先は⋯⋯かろうじて花が植えられ祭壇はあるけれど岩山の洞窟のような場所。
神輿が下ろされたった一人残されたメーティス様は不安げに周囲を伺いながらゆっくりと岩穴に歩みを進めて⋯⋯そこでセオス様と出会ったのだった。
「毛玉だな」
「毛玉だ」
「良い毛玉だ」
声を揃えたアレクシオ殿下、ルセウス、イドラン殿下に思わず私は溜息を吐いてしまった。
注目する点はそこではないでしょう⋯⋯第二妃よ。
私は第二妃が選ばれた時とライ王が激昂した時にライ王に妙な既視感を持った。
だって第二妃に見つめられたライ王の変わり様。その表情は笑っていたけれど光を失ったような濁った目をしていた。
それは図書館の司書、菓子店の店員、どこぞの令息⋯⋯私が出会ってきた人達とよく似ていたから。
第二妃の魔力はライ王を操れるもの。
彼女は自分が唯一の妃になる為に魔力を使いそして邪魔なメーティス様を追放させたのだ。
私は第二妃の力に寒気を覚えた。アレクシオ殿下達も同じ事を思ったのか三人共顔色が悪い。
アレクシオ殿下やエワンリウム王家はライ王と第二妃の子孫⋯⋯彼女の魔力が王家に継承されている。
それはつまり──。
「エワンリウムは魔力を持つ部族と持たない部族が併合して出来た国。だからその魔力の量に多い少ないの差はあっても長き年月によってほとんどの人が魔力を持つようになったという事か」
「そして我がエワンリウム王家は第二妃の魔力を受け継いでいる⋯⋯ただ、彼女の人を操る魔力⋯⋯魅了の力はどうやら僕には継承されていないようだな」
「簡単な事だろう? 魅了は女にだけ継承される力だと言えるのではないか」
「ああ、そうなのだろう。そして今代第二妃の魅了を受け継いでいるのが⋯⋯ディーテだ。それもかなり強力な魔力を受け継いでいる。だから母上は⋯⋯ディーテの魔力の危うさに気付き歴史を調べ、人を操る行為を禁止し、僕に魔力を跳ね返させることができるこの水晶を持たせたんだな⋯⋯」
そう言ってアレクシオ殿下は黒水晶のブレスレットを愛おしそうに撫でてから私を見つめた。その視線を受けて私の喉がコクリと鳴った。
この国の始祖、ライ王を操った力。そんな魔力を持つディーテ様は第二妃のように私を排除しようとしているのだ。
ディーテ様はずっと魅了を使い続け人の心を操りなんでも思い通りにしてきた。今どれだけの人がディーテ様に操られているのだろう。
私の心を読んだかのようにアレクシオ殿下は微笑んで首を横に振ってみせた。
「アメディア、心配するな。僕は思い出した。ライ王はメーティス様を愛していた。国神へ捧げてしまった事をずっと後悔していた。そして⋯⋯魅了の力を止めてほしいと願っている」
アレクシオ殿下の背後にライ王が見えた気がした。
その表情は悲痛そのもの、彼は愛する人を失った悲しみを抱えて生き、アレクシオ殿下に思いを託したのね。
──お前達そろそろ吐き出すぞ──
セオス様の声が響いてすぐに私達の視界は暗転し、ふかふかの絨毯の上に放り出された感覚がした。
全員が尻もちをつきながら長い夢を見た後のようにぼんやりとしていたのだけれどしばらくしてようやく意識がはっきりしてきた頃、ルセウスが笑い出し続いてイドラン殿下、アレクシオ殿下も声を上げて笑い合った。
「はははっ──なあ、セオス様、メーティス様はライ王やエワンリウムを憎んでいなかったのだろうか」
「ふむ、メーティスはいつもエワンリウムを思っていた」
「⋯⋯そうか⋯⋯よし、僕は覚悟を決めた。ライ王の願いとメーティス様の思いを継ぐ」
アレクシオ殿下はそう言うと立ち上がりルセウスとイドラン殿下を見て微笑んだ。その微笑みは優しく力強いもの。
「イドラン、この黒水晶はラガダン王国のものだと母上から聞いているがラガダン王国でこの黒水晶は手に入れやすいのだろうか」
「我が国の鉱山から掘り出されるのはほぼ水晶だ。黒水晶は比較的採掘量が多いな」
「黒水晶の取引がしたい。頼めるだろうか」
「勿論だ⋯⋯友人の頼みだ」
嬉しそうに快諾したイドラン殿下が胸を張った。
「ルセウス、イドランと黒水晶の取引をするにあたってラガダン王国へ行ってもらいたい」
「承知致しました。すぐにでも出立いたします」
「アメディア、君は黒水晶が届き次第魔力を黒水晶へ込めて欲しい。大変な事をお願いするが⋯⋯できるだろうか」
「はい! 私にもできることがあるのなら何でもします」
私が返事をするとアレクシオ殿下はにっこりと笑ってから拳を突き出した。
それに合わせてルセウスとイドラン殿下が拳を合わせ私を見た。
え、私も良いの? 私はおずおずとその真似をしてみる。
何だか楽しい。
「話は終わったか? アメディア、ボク様はフルーツタルトが食べたい」
皆の決意表明が終わったところでセオス様が空気を読まずに言った。
そんなセオス様の言葉にまた笑った私達は早速お茶にしようと動き出す。
私は抱えられる大きさに縮んだセオス様を抱えてその毛並みに顔を埋める。
大丈夫、今度は大丈夫。もう一人ではない。
ルセウスを信じる。アレクシオ殿下を信じる。イドラン殿下を信じる。
みんなでディーテ様を止める。
私は自分に言い聞かせるように呟くと深呼吸をした。