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作者: 京泉
時を重ねて
 神殿に続く石畳を子供が走る。追いかけるように続くのはお父さんとお母さん。
 ゆっくりとした足取りの老婦人。その手を引く青年。
 老婆に手を引かれ、よちよちと歩く幼子と初老の男性を労わりながら溌剌と走る少女。

 小さな子供も大きな大人も老人も若者も。

 様々な人々が、楽しげな笑い声を響かせながら神殿へと足を運んでくれている。

「アメディア準備は良いか」
「アーテナ姉様、はい」
「ほほぅ⋯⋯本当にそのドレスで良かったのか?」

 アーテナとゴウト伯爵が共に手を取り歩む誓いを立てた日。純白のドレスに身を包んだアーテナは女神のようだった。

 私とアーテナ、唯一似ているのはローズゴールドの髪だけ。背格好も顔付きも口調も全く似ていない姉妹だと言われている。

 私達姉妹が正反対の容姿である事、アーテナも本当は分かっているのよね。

「ずっと思い描いていたのです。いつか姉様と同じドレスで、と」
「そうか⋯⋯私たちは似ているからな。良く似合っている」

 アーテナと鏡の中で目が合う。

 私とアーテナは姿形は似ていなくとも「幸せ」を感じるその魂の形はとても良く似ているのよ。

「アメディア、そろそろ時間だよ。アーテナも辺境伯様のところへ戻りなさい」
「ああそうしよう。お父様、アメディアをしっかりとルセウス殿にお届けください」
「勿論だ。アーテナ、お前をゴウト辺境伯へ届けた私だぞ?」
「ふっ、そうでしたね。お父様以外で私たち姉妹を「幸せ」に届けられる人物はおりませんでしたな。アメディア⋯⋯おめでとう」

 すっと腕を差し出したお父様の腕に私は手をかけて神殿を進む。

 街の人たち、ジャンヌ様とエンデ侯爵、アイオリア様とリエル様を始めとした交流のある貴族たち、そして子爵家の結婚式には些か畏れ多いエワンリウム王国の国王アレクシオ陛下と先日戴冠式に招待してくれたラガダン王国の国王イドラン陛下。
 彼らの祝福を受けて私は祭壇前で待つルセウスの元へと届けられた。

「ルセウス君、アメディアを頼んだ」
「私はこれから貴方の息子にもなります。リシア家の家族になれる⋯⋯こんな幸せは他にありません」

 ルセウスに手を取られ私は祭壇へと進む。
 あの日、一人で最後を迎えたこの神殿で私はルセウスとお父様、お母様、アーテナと立っている。

 ⋯⋯式の最中なのに涙が出そうだわ。

「アメディアせっかく綺麗になってるんだから我慢しろ」

 ポンとふわふわの真っ白な毛玉に蝶ネクタイを着けたセオス様が祭壇に現れた。
 国神様が姿を現したと歓声が上がる中「毛玉だ」「良い毛玉だ」と聞こえたのはアレクシオ陛下とイドラン陛下だわ。

「今日はルセウスも主役だからな。ボク様が二人の誓いを直接受けてやる。早く誓え」
「セオス君⋯⋯作法を教えたはずだよ」
「そんなもの面倒だ。ボク様はルセウスとアメディアに祝福を与えるぞ」

 セオス様が浮かび上がり、その毛をぶるると振るわせたと思えば強い風が巻き起こり同時に何かがヒラヒラと舞い上がった。
 見上げると白にピンクや黄色のグラデーションが美しい花びらが舞っていた。
 とても⋯⋯とても綺麗。


「ディア、私は決して君を裏切らないと誓う。共に時を重ね、共に護り合うことを誓います」
「ルース、私は貴方を裏切らないと誓います。共に時を重ね、共に護り合うことを誓います」

 ルセウスと私は誓いの言葉を交わす。
 それは愛する人を永遠に支え続ける想いを国神へ誓う言葉。

「ボク様はアメディアとルセウスの誓いを聞いたぞ」

 セオス様の宣言に聖女像、メーティス様の足元の魔晶石が輝き光が弾けた。

 メーティス様のエワンリウムを想う心、私の大切な人を想う心を込めた新しい魔晶石はこれまでのように王宮に仕舞い込まず誰でもその想いを感じられるようにその想いで救われるように神殿に置かれることになった。

 二度と聖女選定に使われることはないの。

 ルセウスと私は輝く光に包まれる中⋯⋯口づけを交わした。





 結婚式から半年。

 相変わらずルセウスは司祭でもあり、アレクシオ陛下の主席補佐でもあり、リシア子爵の後継者でもありと、忙しい日々を送っている。

「お疲れ様ルース。休憩を入れない?」
「ありがとう。もう少ししたら休むよ。アイオリアとリエル嬢の結婚式が一週間後だからね。何度も確認したいんだ」
「アイオリア様もリエル様も楽しみにしていたものね」

 貴族の間でも身分差が存在する。
 アイオリア様はヤリス侯爵家、リエル様はシルニオ男爵家。
 初めは反対されていたし、高位貴族の間でリエル様を嘲笑うような風潮があったのだけれどジャンヌ様やヤリス侯爵がディーテ様の魅了を跳ね返す黒水晶を広められたのはシルニオ男爵家の功績だと高位貴族を納得させた。

 ディーテ様と言えば⋯⋯魅了を使い続け、魅了によって保っていた身体は魔力を魔晶石に吸い取られたディーテ様の魔力では妖精姫の姿を取り戻すことはできず日々後悔していると言う。

 セオス様なら元に戻せるのだろうけれど「国神の怒りは易々と違えないのだ」とか。

「そう言えば⋯⋯セオス君はどこに行っているんだい?」
「何かむずむずすると言いながらその辺に⋯⋯あ、セオス様。どこに行っていたのですか」

「おおっやっぱりそうか」
 
 ふよふよと浮かびながら寄ってきたセオス様が私の周りをぐるりと一周してお腹の辺りで止まった。
 な、なんか恥ずかしい。

「アメディア、ここにボク様をむずむずさせる魔力があるぞ」
「えっ⋯⋯」
「!?ディア⋯⋯もしかして」

 お腹に手を当てるとじんわりと温かい気がする。

 これは⋯⋯もしかして。
 ルセウスも私と同じ事に気づいたのか、頬を紅潮させ目を潤ませている。
 ⋯⋯嬉しい。
  震える手でルセウスに抱きつくと優しく抱きしめ返してくれて、私の髪をそっと撫でてくれた。

「セオス様⋯⋯。私はセオス様に救われて幸せになれました⋯⋯そしてここに⋯⋯また幸せが訪れた⋯⋯ありがとうございます」
「ほほう、つまり家族が増えるってことだな」
「そうだよセオス君⋯⋯そして君は⋯⋯お兄さんになると言うことだな」
「ボク様が兄⋯⋯」

 ええ!?セオス様が兄⋯⋯でも、そういうことになるわね。
 セオス様は国神様だけれど私の家族。
 国神様が兄になるなんて、不思議⋯⋯でもそれがまた幸せなこと。
 ルセウスがセオス様を持ち上げて高い高いをしている。多分「遠くない日」の練習のつもり。

「コラ! ルセウス! ボク様を投げるなと言っているだろう!」
「投げてなんかいないよ。これは練習だ」
「手加減しろ! 落とすな!」
「だんだんと分かって来た。絶対に落とさないよ」

 偽物の聖女だった私。寂しさに凍えていた私。忘れることはない。
 
 だからこそ、私はセオス様に時を戻してもらえて諦めなくてはならなかった未来に辿り着いたこの一瞬、一瞬の幸せを心に刻む。

「アメディア、ボク様はフルーツタルトが食べたい。我が弟もフルーツタルトが好きだと言っている」
「お、弟!?」
「セオス君には分かるんだろうね」

 ルセウスが嬉しそうに笑う。
 そっか、男の子なのね。

 ルセウスがセオス様を抱き上げ、私の手を引く。

「ルース、今からそんなに過保護にならなくても大丈夫よ」
「私がディアを護りたいんだ」
「ふふっ、ありがとうルース。愛してるわ。私とても幸せよ」
「私こそありがとうディア。愛しているディア」
「ボク様は学んだのだ。「良いところ」と言うものだな。ボク様は構わん続けるがよい」

 見つめ合った私たちをセオス様が揶揄う。吹き出した私たちはセオス様を挟んで両脇からセオス様にキスをした。

「む。何故ボク様にするのだ」
「セオス様を含めて「良いところ」なのです。だからですよ」
「やはり人間はまだよく分からないな。しかしアメディアのはむずむずしたがルセウスのはもういい。なんかぞわぞわする」
「⋯⋯酷いじゃないか」

 毛並みを振るわせるセオス様と頰を微かに膨らませ拗ねるルセウスに愛おしさが溢れた私は二人を抱きしめた。

 私とルセウスとセオス様はこれからも幸せを積み重ね、時を重ねてゆくの。
 
 それが私の描く未来なのだ。
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