R-15
大きなお腹の小さな女の子
季節は驚くくらいに穏やかに進行していった。夏が来て、秋が訪れ、また冬に辿り着いた。もっと驚くことにあたしの心も穏やかな色彩に彩られて巡る季節を乗り越えて行った。
あたしは度々病院を訪れ我が子の健康状態を確認する検診を受けていた。医者にはそんなに心配しなくてもよいと言われていたが、二週に一度はその検診を受けることにしていた。少しの不安も残したくなかったから。当然、あたし自身の、母体の健康状態もしつこいくらいに確認した。
あたしの悪夢は相変わらず朧で不鮮明なままだった。だからあたしはそう簡単に死ぬものではないのではないかと期待、希望、そして疑いを持った。あたしの寿命が手の届く位置にあるわけではなくなったのだから、悪夢が朧になったのではないか。そうだとしたらあたしはもっと未来に向かって歩んでみても良いのではないか。もしかしたら高校、大学ときちんと卒業して大人になれるのかもしれない。もしかしたら亮君とおなかの子と幸せな家庭が築けるのかもしれない。そう思うと目の前のやるべきことをきちんとこなしていこうという気持ちになった。
人によっては目の前の試練をこなすことは義務であり、苦痛を感じるものかもしれない。だけど、あたしにはそれをこなすことは喜びだったわ。例えば受験勉強という壁を乗り越えようとすることは楽しかった。でもね。所詮、疑いは疑いのまま。基本的にはあたしはもうすぐ死ぬものだという疑念は振り払いきれなかった。沼地に足を突っ込んでしまったかのようにあたしの生きる足どりは重いままだった。
夜によっては悪夢が鮮明に見えていた時期よりも死に怯える日も少なくはなかった。昔は死を覚悟していた。だからある程度開き直ることも出来たのかもね。
だけど、ほんの少しの希望が見えることになった反動でかえって死が怖ろしくなった。死も怖ろしい。そして、希望が失われることも怖ろしい。昔より苦しみの味は濃くもなっていた。だけどあたしはほんの少しの希望を信じたかった。信じきることは出来なかったけど、出来るだけ前向きには生きているつもりだった。疑いのある生、疑いのある死、両方抱えるのだったら自分に都合の良い方を信じたい。
この一年間、あたしは受験勉強に夢中になっていた。そして、いつかの進路相談のときに宣言したとおりについこの間、第一高校の入学試験を受験した。試験の手ごたえはまずまず。妊娠しているあたしに受験資格があるのかという不安を多少は感じたが、試験当日に学校関係者からあたしの大きなおなかについて尋ねられることはなにも無かった。そして仮に試験の結果が合格の水準に達していたとしても、入学することを第一高校が認めてくれるとは限らないのではないか、とも考えてしまった。もしもそれならそれで構わない。あたしは合格の為に出来ることはやり尽くした。もしも、あたしのおなかの赤ちゃんが原因で入学させられないと言うのであれば、きっとご縁が無かったのでしょう。そうなればそうなったで仕方がないわ。通信制の学校にでも進めばいい。もともと第一校を受験することにしたのは、両親を喜ばせるため。だけど今のあたしにはそのことよりもっと両親を喜ばせることが出来る大切なものを持っている。だから、あたしなりに努力さえしていまえば、あとは周りの大人がどんな結論を出そうがあまり関心は無いのだ。
長い時間を経て辿り着いた今日、3月12日はちょっと特別な日だった。特にあたしだけの特別な日と言う訳ではなく、今日はあたしの通う中学校の卒業式なのだ。あたしのうちの近所の中学校は大抵みんな今日卒業式を行う。何故だかは正確には分からないが、明日13日が高校受験の合格発表だということが大きな理由のひとつだと思う。希望校に受かった人とそうじゃない人が同じ学校で顔を合わせるなんてなんか嫌だもんね。
あたしはおなかが大きくなり始めてからしばらく学校を休んでいた。もちろん妊娠したことも、産まれてくる子の父親が亮君であることも学校に伝えた。その報告は校長先生の部屋で行われた。あたしと亮君、そしてお互いの両親が立ち会ってその話し合いは始められた。学校からの出席者は校長先生と教頭先生、そして大葉先生が列席した。あたし達の事情を聞くなり校長先生から幼いふたりが子供を産むことなど心配だと言われた。はっきりとそうは言わなかったが、あたしのおなかの子供をおろしてしまえばいいのではないか、と言っているように聞こえた。教頭先生も同じように頷いていた。ただ、大葉先生だけが的間と望月が望むのであればおなかの子を産むべきではないかと校長、副校長に反論した。
あたしは正直驚いた。この人が真っ先に反対するものだと思っていたから。だけど大葉先生はあたしの顔をしっかり見つめて、
「良かったな。おめでとう。お前にも胸を張って大声で話せる夢が出来たじゃないか。」
と言ってくれた。そうなのか。先生が言っていた夢を持てってこういうことも含まれるんだね。だったらあたしは堂々と言えるよ。おなかの子を元気に産み落とすことがあたしの夢だって。あたしはなにか勘違いをしていました。先生の言う夢って自分だけの幸せを願うものだって。でも、そうじゃないのですね。あたし以外の誰かの幸せを願うこともあたしの夢だって語ってもいいのですね。
あたしは度々病院を訪れ我が子の健康状態を確認する検診を受けていた。医者にはそんなに心配しなくてもよいと言われていたが、二週に一度はその検診を受けることにしていた。少しの不安も残したくなかったから。当然、あたし自身の、母体の健康状態もしつこいくらいに確認した。
あたしの悪夢は相変わらず朧で不鮮明なままだった。だからあたしはそう簡単に死ぬものではないのではないかと期待、希望、そして疑いを持った。あたしの寿命が手の届く位置にあるわけではなくなったのだから、悪夢が朧になったのではないか。そうだとしたらあたしはもっと未来に向かって歩んでみても良いのではないか。もしかしたら高校、大学ときちんと卒業して大人になれるのかもしれない。もしかしたら亮君とおなかの子と幸せな家庭が築けるのかもしれない。そう思うと目の前のやるべきことをきちんとこなしていこうという気持ちになった。
人によっては目の前の試練をこなすことは義務であり、苦痛を感じるものかもしれない。だけど、あたしにはそれをこなすことは喜びだったわ。例えば受験勉強という壁を乗り越えようとすることは楽しかった。でもね。所詮、疑いは疑いのまま。基本的にはあたしはもうすぐ死ぬものだという疑念は振り払いきれなかった。沼地に足を突っ込んでしまったかのようにあたしの生きる足どりは重いままだった。
夜によっては悪夢が鮮明に見えていた時期よりも死に怯える日も少なくはなかった。昔は死を覚悟していた。だからある程度開き直ることも出来たのかもね。
だけど、ほんの少しの希望が見えることになった反動でかえって死が怖ろしくなった。死も怖ろしい。そして、希望が失われることも怖ろしい。昔より苦しみの味は濃くもなっていた。だけどあたしはほんの少しの希望を信じたかった。信じきることは出来なかったけど、出来るだけ前向きには生きているつもりだった。疑いのある生、疑いのある死、両方抱えるのだったら自分に都合の良い方を信じたい。
この一年間、あたしは受験勉強に夢中になっていた。そして、いつかの進路相談のときに宣言したとおりについこの間、第一高校の入学試験を受験した。試験の手ごたえはまずまず。妊娠しているあたしに受験資格があるのかという不安を多少は感じたが、試験当日に学校関係者からあたしの大きなおなかについて尋ねられることはなにも無かった。そして仮に試験の結果が合格の水準に達していたとしても、入学することを第一高校が認めてくれるとは限らないのではないか、とも考えてしまった。もしもそれならそれで構わない。あたしは合格の為に出来ることはやり尽くした。もしも、あたしのおなかの赤ちゃんが原因で入学させられないと言うのであれば、きっとご縁が無かったのでしょう。そうなればそうなったで仕方がないわ。通信制の学校にでも進めばいい。もともと第一校を受験することにしたのは、両親を喜ばせるため。だけど今のあたしにはそのことよりもっと両親を喜ばせることが出来る大切なものを持っている。だから、あたしなりに努力さえしていまえば、あとは周りの大人がどんな結論を出そうがあまり関心は無いのだ。
長い時間を経て辿り着いた今日、3月12日はちょっと特別な日だった。特にあたしだけの特別な日と言う訳ではなく、今日はあたしの通う中学校の卒業式なのだ。あたしのうちの近所の中学校は大抵みんな今日卒業式を行う。何故だかは正確には分からないが、明日13日が高校受験の合格発表だということが大きな理由のひとつだと思う。希望校に受かった人とそうじゃない人が同じ学校で顔を合わせるなんてなんか嫌だもんね。
あたしはおなかが大きくなり始めてからしばらく学校を休んでいた。もちろん妊娠したことも、産まれてくる子の父親が亮君であることも学校に伝えた。その報告は校長先生の部屋で行われた。あたしと亮君、そしてお互いの両親が立ち会ってその話し合いは始められた。学校からの出席者は校長先生と教頭先生、そして大葉先生が列席した。あたし達の事情を聞くなり校長先生から幼いふたりが子供を産むことなど心配だと言われた。はっきりとそうは言わなかったが、あたしのおなかの子供をおろしてしまえばいいのではないか、と言っているように聞こえた。教頭先生も同じように頷いていた。ただ、大葉先生だけが的間と望月が望むのであればおなかの子を産むべきではないかと校長、副校長に反論した。
あたしは正直驚いた。この人が真っ先に反対するものだと思っていたから。だけど大葉先生はあたしの顔をしっかり見つめて、
「良かったな。おめでとう。お前にも胸を張って大声で話せる夢が出来たじゃないか。」
と言ってくれた。そうなのか。先生が言っていた夢を持てってこういうことも含まれるんだね。だったらあたしは堂々と言えるよ。おなかの子を元気に産み落とすことがあたしの夢だって。あたしはなにか勘違いをしていました。先生の言う夢って自分だけの幸せを願うものだって。でも、そうじゃないのですね。あたし以外の誰かの幸せを願うこともあたしの夢だって語ってもいいのですね。