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作者: konoyo
R-15
幸せの順番なのに
あたしの異常に美羽ちゃんがいち早く気付いてくれた。ゆっくりとした口の動きで「聞こえる?」って質問してきた。音としてそれを認識することは不可能だったが、口の動きで理解した。しかしあたしには応答する手段が無い。口はもちろん、手も足も思ったように動いてくれない。今度は美羽ちゃんがベッドの横に置いてあったメモ用紙に「聞こえる?見える?」って書いてあたしの目の前にかざした。しかし、あたしは先ほどと同じようにそれを眺めていることしか出来なかった。周りの一同はどうやらやっと、あたしが喋れもしない、聞こえもしない、見えているかどうかも分からない、目を開いている以外はなにもかなわないことを悟ったようだ。

お母さんがナースコールで医者を呼んだ。やって来た医者は改めてあたしの状況を確認するために色々なことを試した。あたしに話しかけてみたり、あたしの目の前で手をパンとならして反応を見るなど色々なことを試して、その結果をどうやらお父さんとお母さんに説明しているようだった。

お母さんはあたしの友達の前であることなど関係なく、体裁を構わず大きな声であたしの名前を呼びながら泣いていた。お母さん、見えているよ。そして意識もしっかりしているよ。それ以外の部分が今は不自由なだけで。

そう。意識はしっかりしているのだ。このことはあたしにも意外だった。そういえば医者が最後にあたしの目の前に人差し指を差し出してゆらゆらと動かしていた。きっとあたしの視線を確認していたのだろう。視線が確認出来ればあたしに意識があることはみんなに伝わっているかもしれない。あたしは自分の意識だけは無事であることをみんなに強く訴えたかった。例え手足や目鼻が効かなくても意識さえ残っていればなにかましであると思っていたのだろう。

  徐々に不安や恐怖、ふうわを産む前までずっと抱えていたあの感覚が蘇りつつあった。当たり前だ。だってこれから間もなく死ぬのだろうから。不安や恐怖にはもう慣れている。大嫌いだけど。でも今日はそれらよりも悲しさと口惜しさをより強く感じた。だってせっかくふうわが産まれてきてくれて、これから楽しい生活が待っていると期待していたのに。

あたしは死なない。

これからがあたしの幸せな時間だと思っていた直後のことだけにやるせなさといったらなかったわ。結局あたしは悪夢の予言通りに死ななければならないのか。悪夢がはっきりと見えなくなったことで少しは期待していたのに。

遠い昔に疑問に思っていた思いが改めて心を包んだ。何故あたしは死ななければならないのだろう。まだこんなに幼いのに。ふうわを産んだばかりなのに。これからがあたしの本当に幸せ時間であるはずなのに。あたしは幸せなことを考えるだけ無駄な人間なのだなとつくづく骨身にしみた。

そうだ。分かっていたはずではないか。あたしの命はいつ果ててもおかしくないことくらい。ちょっと浮ついていただけなんだよね。ふうわをお腹の中に現れてくれたから。あたしがちょっと足を延ばせばそこには約束された死があったんだよね。死を約束されているのはあたしだけではなく全ての人間であることはよく分かっている。ただ普通の人間というか数多くの人間は年をとり、青年、中年、老人と順を追って死を迎える。あたしは出産という人生の大きな祝いごとの直後に死を迎え入れなければならない。この口惜しさは通常の死を遂げるであろうあなたには計り知れないだろう。
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