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作者: ディエ
R-15
私の日常
三時間目の授業中、机の中でスマホが鳴り、着信を知らせる。幸い、着信音は私にしか聞こえない。
こっそりとスマホを取り出して見ると、相手は『B』となっていて、ただ地図の座標を表す数字の羅列だけが表示されている。
もちろんそれだけでは何のことか分からず、後で地図アプリに移して、地図上に表示させなければならない。
もう少し分かりやすくできないのか・・・
そんなことを考えていると、いかにも神経質な声が掛けられる。
「奥只見。どうした」
「・・・いえ」
「スマホいじってただろ。出してみろ」
数学教師が近寄って来て、高圧的に言う。その声に、教室中がシンとなる。
ここ湖陵高等学校は、授業中はスマホの電源を切ってロッカーに入れておくことになっている。
違反者に対する対応は先生によってまちまちで、普通は注意だけで済むけど、こいつのように親を呼び出し、以降のスマホの持ち込み禁止を確約させるようなのもいる。
私が「いじってません」というよりも早く、そいつは私を半ば押し退けるようにして、机の中を覗き込む。
でも、そこにはスマホはない。少なくとも、『みんなに見えるような』スマホは。
そいつは何も言わずに、いや、何も言えずに忌々し気に黒板へと戻ると、カッカッとチョークを鳴らしながら、黒板に長い数式を書き出す。
「やってみろ」
まただ。

こいつは特進クラスでもないのに、教科書外のことをやらせようとする。そうして分からない生徒を小ばかにしてくるのだ。
ただでさえそういった性格な上に、私に対してはなお、当たりがきつくなった。
まぁ、心当たりはある。数学の定期テストの結果だ。
私はいつも通りわざと間違え、70点前後を取るつもりで回答したのだけど、問題を作ったのがこいつだったせいで、平均点は50点以下というバカみたいな結果になり、私が最高点となってしまったのだった。
毎回、定期テストの上位に名前を連ねているような真面目ちゃんならまだしも、私はサボりの常習犯だ。そんな人間が最高点というのは、いかにもまずい。
その後、誤魔化すのにどれだけ苦労したと思ってるんだ・・・

「ん? 分からないのか?」
ここで私が前に出て解答を書き込めば、こいつは顔を真っ赤にして悔しがるだろう。一度そんなところを見てみたい気もするけど、私はそんなことで目立つつもりはない。
「・・・分かりません」
私がそう言うと、そいつはにんまりと笑う。
「そうだろうなぁ。お前たちも集中して聞いてないと、すぐそうなるからな」
そう言ってそいつは得意気に授業を再開するけど、私はもう何も聞いていなかった。

そしてようやく退屈な授業が終わり、そいつが出て行くと、私はロッカーからスマホを取り出し、地図アプリを起動して、さっきの座標を検索する。
さっき授業中にいじっていたのは、誰にも見えないもう一台のスマホのようなもので、さっき見た情報は、こっちの普通のスマホにも届いている。
出てきたのは駅前の商店街の路地裏だった。学校からなら歩いて十分ほどの距離だ。今日は天気もいいし、散歩で行くと思えば悪くない。
私は荷物をまとめ、カバンを持って無言で廊下に出る。

私のサボりはいつものことなので、もう誰も何も言わない。
初めて同じクラスになった人間からは引き留められたり、サボりの理由を聞かれたりもしたけど、そんな興味本位の質問にまともに答える気はなかった。でもそこで突っぱねてしまっては、余計目立ってしまう。私は俯き、ボソボソと適当な相槌を打つことに徹した。それを二年になってから三か月間。
その甲斐あって、今ではクラスの誰からも、静かすぎて不気味、何を考えているのか分からない、ふらっとどこかに行くボッチ、といった扱いを受けている。誰も、私がいようといまいと、気にも留めないだろう。
おかげで私はこの高校生活を、のんびり気ままに楽しんでいる。
いや、楽しんでいた、と言った方が正確か。

教室移動の生徒たちでざわつく廊下を抜け、体育館に行く途中の出入り口へと向かう。
本来はグラウンドへの出入り用だけど、私は普段からこちらを使用していた。
しょっちゅうサボるとはいえ、朝は普通に登校するよう心掛けている。その時に生徒玄関の混雑に巻き込まれるのは、わざわざ裏門とグラウンドを通って遠回りするよりも苦痛なのだ。
今日の四時間目に体育の授業はないのか、奥に見える体育館も出入り口から見えるグラウンドも静まり返っていた。
体育がないということは、いるんだろうなぁ・・・
そう思いながら靴を履き替えると、私は隠れたりすることもなく、堂々と裏門へと歩いていく。
「おーくーたーだーみー!」
案の定、そう呼び止められる。
体育館側の出入り口から裏門までは、丁度、体育教官室の窓から一望できるルートなのだ。それにしても、毎度毎度よく気付くものだ。
私は思い切り嫌そうな態度で、ゆっくりと振り返る。
「ちょっと来い!」
体育教官室の窓際で、私の担任の田沢先生が大声を張り上げる。
私は溜息を吐きながら、わざとゆっくりと歩いていくが、田沢先生は窓枠に手を掛けたまま、私が来るのを待っている。
「何ですか?」
「何ですかじゃないだろ、お前。次は国語だろ。北浦先生には言ってあるのか?」
さすが担任。私も知らない次の授業のことまで把握しているのか。
「言ってません」
私は平然と言う。国語教師の名前など憶えていないし、どこにいるのかも知らない。今、北浦と聞いたけど、多分、すぐに忘れるだろう。でも、私がそこまでするつもりがないのは、田沢先生も承知の上だ。
「じゃあ、俺がいる時には俺に言ってから帰れ。そこから出入りしてるんだから、ちょっと寄るだけだろうが」
「いるかどうか分からないので・・・」
「体育がなければ、大抵いる。前にもそう言ったよな」
「忘れました」
田沢先生は私の即答に、大きな溜息を吐く。
「無断でいなくなられると困ることもあるんだよ。で、今日の早退理由はなんだ」
「サボりです」
「サボりじゃ日誌に書けんだろうが。嘘でもいいから理由を付けろ」
「じゃあ、具合が悪いので早退します」
「よし、体調不良、と・・・」
そうして田沢先生はササッとメモして、顔を上げる。
「お前のことだからちゃんと数えていると思うが、後で日数足りないなんて言うなよ」
「はい、大丈夫です」
「よし。気を付けて帰れよ」
そう言って田沢先生はひらひらと手を振る。
私は一礼して、裏門へと向かう。

田沢先生だからこんなに簡単に済んだけど、他の先生だったら、もっと面倒だっただろう。
でも、田沢先生は誰にでもこんなルーズな対応をしているわけではない。むしろ生徒指導や校則の面では、誰よりも厳しく煙たがられているような人だ。朝の生徒指導に立つときには、よく、髪を染めるなだの、スカートが短いだの小言を言っているらしい。
それなのに、私の行動に対しては、全てこの調子だ。どうやら、謎の信頼感があるらしかった。
まぁ、自由にさせてくれるなら、それに越したことはない。
私は四時間目の授業中に、堂々と学校を抜け出た。

人気のない住宅地を抜けて、歩道橋を越え、駅の地下道を通り抜けると、駅前の商店街に出る。
子どもの頃に見たような賑やかさはないものの、新しい複合施設ができたりしていて、まだ起死回生を狙っているような感じもする。
私はとりあえずコンビニに入り、昼食としてブロック栄養食と乳酸菌飲料を選ぶ。いつも学校の売店で買っているのと同じ組み合わせだけど、ここのコンビニには学校の売店にはない味のブロック栄養食があるので、ちょっと得をした気分だ。
お昼には少し早い時間なので、店内には誰もいない。雑誌コーナーに回ると、イラスト目的で買っている巨乳美少女の表紙の雑誌を手に取ってレジに向かう。
もちろん店員は淡々とレジを通す。
昼間っから制服を着た女子高生が十八禁のエロ本を買っても何も咎められない。これが多様性だ。
とはいえ、エロ本はすぐにカバンにしまい、ペットボトルの乳酸菌飲料だけをぶら下げて、商店街を歩く。
最近は暑い日も増えてきたが、今日は涼しい方だ。そしてこの最近改修されたばかりの歩道は、ところどころに日陰を作る木立とベンチがセットで配され、近くの店が管理しているであろう花壇も連なっている。まさに絶好の散歩コースだ。
私はそこをのんびりと歩き、ベンチの一つに腰を下ろす。そしてブロック栄養食を齧りながら、スマホに目を落とす。とりあえずさっとニュースのタイトルに目を通し、あとは書籍アプリを開く。
食べている間だけ、と思いながらも、いつの間にか一箱食べ終え、もう一箱に手を伸ばそうとした時、男が二人近づいてくるのが分かった。
先入観で申し訳ないが、いかにもナンパでもしてきそうな、チャラい二人組だ。
「ねぇ、こんなとこで待ち合わせ?」
「ガッコ行かないでいいの?」
先入観でも何でもなかった。
うぅ・・・
知らない人間に距離感無視で話しかけられ。私は何も言えなくなる。
それにも構わず、いや、それだからか、二人組は口々に話しかけてくる。
「なんか悩みでもあんの? 俺で良かったら相談乗るよ」
「俺も。話聞くだけならできるし」
「それお昼ご飯? そんなのより、もっとおいしいの奢ってあげるよ」
「何食べたい? あっちに車あるから、どこでも連れて行っちゃうよ」
・・・お前ら、私のブロック栄養食をばかにしたな?
その一言で、私はその二人を敵認定した。相手が『敵』であれば、気を遣う必要はない。
私はその二人組の声に集中する。そうすると男たちの、まるで別のセリフが聞こえてくる。
「秋波にできたパンケーキの専門店、行ったことある? 奢るよ?」『見た目は貧相だけど、脱がせば案外・・・』
「今日なんか天気もいいし、ドライブでもいいんじゃない?」『一発殴っておとなしくさせるか?』
私は俯いたまま、上目遣いにじろりと見上げる。
「見た目が貧相とか、頭の中が貧相な人に言われたくないんですけど」
「ん?」
そのままもう一人にも視線を向ける。
「それに殴っておとなしくさせるって、レイプ魔ですか?」
「え?」
「警察呼びますよ」
私がスマホに指を乗せると、二人組は「折角話しかけてやったのによ」などと言いながら、逃げるように去って行く。でも私には、最後の本心もしっかり聞こえていた。
ふん、『やべー地雷女』で悪かったな。
男たちのセリフを聞き流し、もう一つのブロック栄養食に手を付ける。

私は昔から人の本音というか、内面のようなものには敏感な方だった。むしろ、他の人はなぜその本音に気付かないんだと思っていたくらいだ。でも、それはあくまでこちらの推察であって、ここまで明確なものではなかった。
今の私は、人の声に集中すると、その人の本心が聞こえるという、超能力のようなものを持っている。人との関りが嫌いな自分にとっては無用の長物だ。せいぜい、今のように人の先手を打って威嚇したりするくらいしか、活用方法はない。
小さい頃からこんな力を持っていたら、私の性格は今以上に歪んでしまっていただろう。集中しなければ勝手に聞こえたりしないというのが救いか。

私はブロック栄養食を食べ終わると、時間と着信にあった座標を確認する。
12時23分。
指定された座標はすぐ近くだ。
そろそろ行くか。
私は立ち上がろうとして、足元に黒いモヤモヤがまとわりついているのに気付く。
これは『禍』というもので、害はないそうなので放っておいているけど、勝手に寄って来ていたり、いつの間にかいなくなったりもする。見た目は子猫くらいの大きさで、丸いふわふわした感じだけど触れることはできず、私以外には見ることもできない。
パッパッと手で払うと、簡単に離れていく。そのままどこかに行くものもあれば、しばらくその場に留まって、また寄って来るものもある。その反応も子猫のようで、見慣れればかわいく思えてくる。
私は払ったモヤモヤがどこかに行くのを見てから、立ち上がって伸びをする。
目的の場所については、座標で細かに示してあるけど、大体この辺り、程度で正確ではない。対処する時間についても、放置はできないけど、期限があるわけでもない、という、ある意味いい加減なものだ。

とりあえず、ペットボトルを片手に、座標近辺をうろついてみる。
商店街自体がもうさびれているけど、その裏手に当たる路地は、より一層歴史を感じさせた。
古びた三階建てのビルが軒を連ね、後から付け足された木造のバルコニーには洗濯物が揺れている。外壁はあちこちで剥がれ落ちていて、もとからあったベランダの手すりは錆びだらけだ。そしてその隙間に無理やり建っているような木造の家屋は、人が住んでいるのかさえ判然としない。そうかと思えば、急に小さな空き地があったりする。民家を取り壊した後なのだろうが、小さすぎて自動車を2、3台停めるのがやっとだ。
廃墟好きが喜びそうな風景だな、などと思いながら、あちこちを歩いて回る。
そしてようやく、『ゲート』と呼んでいる入り口を見つけ出す。
それは高さ二メートルほどの縦長の楕円形で、厚みのない透明なものだけど、表面は蜃気楼のように揺らめいている。そこからは時折、黒いモヤモヤが小さな生き物のように跳ね出てくる。
もう一度スマホを見ると、時刻は12時45分。20分ほどで発見とは、前回よりだいぶ早い。これは探し方がうまくなったのか、運が良かったのか、あるいはそのゲートの先にある迷路に引き寄せられているのか。

私は周りに人目がないのを確認して、そのゲートの中に足を踏み入れる。
すると、たった一歩でそこはもう迷路の中だ。
基本的には今まで見てきた廃墟のような古いビルと木造建築の連なり、というのは変わらないけど、それがどこまでも延々と続いている。振り向いても、そこに商店街への出口はなく、同じような景色が反対側にも続いているだけだ。
さっき踏み越えたゲートは一方通行なのだ。
私は目を閉じて、深呼吸をする。気を落ち着かせると、目の前の方向に、少し引かれるような感じがある。それに従って、道なりに進んでいく。
その裏通りは静まり返り、時折吹き抜ける風に洗濯物や育ちすぎた観葉植物が揺れるくらいで、他に動くものはない。どこまで歩いても、同じような建物や空き地が少しずつ形や色を変えながら繰り返されるだけで、大きな変化はない。
T字路に差し掛かり、そこで目を閉じて深呼吸をすると、引かれるのは細い路地の方だった。でも、その路地に入ってしまえば、辺りの景色は今までと同じになり、道の大きさも変わらなくなる。そして振り向いてもそこにはT字路などなくなっている。
ここでは地図や方向感覚など、全く役に立たない。ただ、自分の引かれるような感覚を信じて歩いていくしかない。

しばらくして、私は空き地の柵に寄り掛かり、乳酸菌飲料で一息つく。
爽やかな風が吹き抜け、じんわりと滲み始めた汗を引かせていく。
おそらくだけど、この中では距離も方角も無関係なのだ。どこまで進んでも同じ景色が続き、どこまで引き返しても、やはり同じ景色が続く。そこの建物の中に入ったとしても、そこにはやはり同じ路地が続いているはずだ。
重要なのは移動した時間だけ。だから急ぐ必要はない。疲れないことが優先だ。乳酸菌飲料をもう一口飲むと、残りは半分ほどになる。
今度は二本買うべきか。でも重くなるしなぁ・・・
ふと気付くと、足元に黒いモヤモヤが寄って来ていた。最近では外でも見かけるようになったけど、やはり迷路の中の方が数は多い印象だ。
モヤモヤを手で払うと、目を閉じて、引かれるような感覚を探す。
引かれるような感覚は、左側だ。
その感覚を頼りに、小さな空き地に入る。すると空き地に見えたそこは、今までと同じような路地へと変わる。ただそこには、数個の黒いモヤモヤがいて、音もなく奥へと弾んで行く。
さっきの子たちかな・・・
そう思いながら、黒いモヤモヤの後を追う。
この迷路のどこかには『禍の集積体』と呼ばれるものがあるはずで、そこが迷路のゴールとなる。『禍の集積体』と黒いモヤモヤが、見た目は違っていても同じ『禍』であるとすれば、黒いモヤモヤの動きにも何か理由があるかもしれない。
そしてすぐに私は、今までとは違う開けた場所に出た。
空き地ですらなく、そこには何もなかったのだ。直径二、三十メートルほどの体育館くらいの空間が、乳白色の光に塗りつぶされたようになっている。そしてその空間の中心部に、バスケットボールほどの黒い目玉が浮いていた。高さは体育館の天井くらいはあるだろうか。
あれが、『禍の集積体』だ。
私より先に跳ねていた黒いモヤモヤが一段大きく跳ねると、その目玉に吸い込まれるようにして消えていく。
私が乳白色の光の中に足を踏み入れ、ゆっくりと黒い目玉に近付くと、せわしなくギョロギョロと動いていた目玉が、ピタッと私を見据えるようにして止まる。
それが何を意味するのか、私は知らない。私には何の影響もないし、その動きに感情らしきものも感じられない。もっとも、それが生き物とも思えないけど。
私が右手を伸ばすと、その手に乳白色に淡く光る、長い柄のハンマーが現れる。それを両手で掴むと、上空の目玉に当たるように柄の長さを調節する。重さも無く、考えるだけで伸び縮みするので楽なものだ。
一度ハンマーを構えて、深呼吸をする。
そして・・・
「せー、のっ!」
体全体で勢いをつけ、ひゅんっと音が出るような速さで、目玉に叩きつける。
目玉はガシャンとガラスのような音を立てて、粉々に砕け散る。その破片は地面まで落ちることなく、途中で蒸発するように消えていく。
手にしていたハンマーも消え、辺りの景色はゆっくりと、繰り返しではない通常の景色に変わっていく。その変化はほんの数秒だった。
『禍の集積体』を破壊したことで迷路が消滅し、現実世界に戻ってきたのだ。

その場の雰囲気は廃墟のような裏路地のままだったけど、よく見れば入って来た商店街の裏路地とは微妙に違う。
スマホを見ると、時刻は12時48分。迷路に入ってから三分しか経っていない。迷路の中と外とでは、時間の流れ方が違うのだ。
でも問題はそこではない。
私は恐る恐る地図アプリを開き、現在位置を確認する。
表示されたのは迷路に入った商店街とは全く違う別の商店街だった。その間隔は直線距離で約130キロ。
完全に他県だった。
幸いにも、ここから歩いて行ける距離に駅があったし、所持金は十分にある。
何回か乗り継げば、夕方頃には帰れるだろう。

この迷路攻略は危険はないというものの、できるだけやりたくはない。
中でやたら歩き回らなければならないことと、最後の目玉がちょっとキモイというのもあるけど、最大の問題点は、攻略後にどこに放り出されるか分からないことだ。
一応、公園で迷路に入ればどこかの公園に、路地裏から入ればどこかの路地裏に、という規則性はあるようだけど、一番重要なのはそんな場所の種類ではなく、移動距離だ。
そしてそれは全く予測できない。
内部では時間と空間が歪んでいるとか、そんなところだろうけど、前回の攻略時にも、他県にまで飛ばされ、不本意ながら朝帰りになってしまった。その時の教訓が、『所持金は多めに』というものだ。

私は昼時の閑散とした駅の構内に入ると、できるだけ早い帰宅経路を探す。
今の時間だと、少し待てば隣の市へ鈍行が出ているようだ。そこで新幹線に乗り換えればすぐだろう。ただでさえ歩き回って疲れているのだ。この上、何時間も鈍行の電車に揺られるなどまっぴらごめんだ。
すぐに隣の市への切符を買い、改札を通るとホームに向かう。いかにも静かな田舎町の駅という感じで、吹き抜ける風が髪を揺らす。遠くからは草刈り機の音と、トラックが近くの国道を通る音しか聞こえない。
私、何させられてるんだろ・・・
自分の家に帰るのが一番大変というこの状況に、ついそう思ってしまう。
やがてアナウンスと共に電車が入って来て、ガラガラの車両に乗り込む。
初めて見る車窓からの景色は、のんびりとして心地よいものだった。学校ではもう五時間目が始まっているだろう。そんな中、一人で電車に乗っているという解放感もある。退屈だと思っていた帰路は、意外にもわくわくするものだった。
各駅停車で終点まで行き、そこから新幹線ホームへと昇る。駅の売店で空になったペットボトルを捨て、少し眠たくなってきた頭をすっきりさせるために、炭酸入りの乳酸菌飲料を買う。
新幹線ホームは旅行客やビジネスマンでそこそこ賑わっていたけど、私のような制服姿の女子高生はもちろんいない。
やってきた新幹線に滑り込み、窓側の席に、ドサッと体を投げ出す。柔らかなシートと程よく冷えた空気が私を包み込む。
そう言えば、アイツと最初に会ってからまだ二か月も経っていないんだよなぁ・・・
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