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作者: ディエ
R-15
最初の冒険
最初は、私がパソコンに向かっていた時だった。確かもう夜中だったと思う。
ヘッドホンで環境音を聞きながら作業をしていたら、突然、肩を叩かれたのだ。
「ふぁっ!?」
誰も入ってくるはずのない部屋でいきなり肩を叩かれれば、誰だってそんな声が出るだろう。
私はびっくりして振り向く。
「・・・!!」
次に出たのは、声にならないような叫び声だった。
そこにいたのは、鏡でよく見る自分自身だったからだ。
私は驚きのあまり、椅子から転げ落ち、机の脚で肩甲骨の辺りを打ち付けてしまう。でもその姿は消えていない。
私は奇声を上げながら机に這い戻ると、引き出しの中からハサミを取り出し、相手に向かって構える。
「な、なん、なん・・・」
何か言おうとするが、言葉が出てこない。
改めて見てみると、目の前にいるのは、どう見ても私自身で、その着ている服も私が持っているものだ。それがハサミを突き付けている私の前に、棒立ちでいるのだ。
そうだ、通報!
そう思い、机の上のスマホに手を伸ばそうとするけど、そこにスマホはなく、お菓子と何冊かの本が散らばっているだけだった。転んだ時に、ぶちまけてしまったのだろう。
「スマホ?」
私が探すよりも先に、ソイツが声を掛けてくる。
ソイツの足元には、床に置かれた本や、脱ぎ散らかされた服と一緒に私のスマホが転がっていた。
自分の声とは微妙に違うけど、きっと自分の声を録音して聞けば、同じなんだろうな、などと妙に冷静に考える。
そんなことより通報!
でも近付けば何をされるか分からない・・・
相手は、私がスマホをチラチラと見ていることに気付いたのか、数歩下がってみせた。取れるなら取ってもいいよ、と言いたげな余裕の素振りだ。
その態度に私はなお、動けなくなる。私と全く同じ顔をしたコイツは何者なんだ。どうして勝手に家に上がり込んで、部屋の中にまで入って来てるんだ。
分からないことだらけだ。
私はハサミを突き付けて、武器を持ってるんだぞとアピールをするけど、相手は全く動じない。こんな小さなハサミでは、それも当然か。
そうして睨み付けていると、相手は私を見ながら、「ん?」とかわいらしく首を傾げて見せた。
「私はそんなことしない!」
自分でもよく分からないセリフを叫び、私は引き出しの中からカッターを取り出し、持ち替える。
さすがにこれはビビるだろ。そう思いながら、チキチキと刃を伸ばすけど、相手はまったく気にしていない様子だ。
「私には触れないよ。ほら」
そう言って、握手のように手を伸ばしてくる。
だからその声でしゃべるな・・・
私は合気道の達人が、手を握るだけで大柄な男を投げ飛ばす動画を見たことがある。コイツは達人には見えないが、何を持っているか、どんな仕掛けがあるか分からない。
じりじりと近寄ると、さっとその手の甲を叩こうとした。でも私の手は何の感触も無く、その手をすり抜けたように見えた。
避けたのか? それならば・・・
「・・・あ!」
私は相手の注意を引くように声をあげると同時に、さっと手を動かす。
でも私の手は何の感触もなくその手をすり抜ける。やはり相手は動いているようには見えなかった。
「触れないでしょ?」
相手がにこやかに言う。
「どうして・・・」
「それは私が、あなたの幻覚、妄想の類だから」
「はぁ?」
コイツ、私が混乱していると思って、丸め込もうとしているな?
「これはね・・・」
「ダメ! 私が話す!」
私がそう遮ると、相手は素直に黙った。でも話す内容なんて何も考えていない。考えられない。
そうだ、まず決定的なことを確かめないと。
「・・・ホントに触れないの?」
「触れなかったでしょ?」
「じゃあ、もう一回。動かないでよ?」
私はゆっくりとその手に触れようとするけど、何の抵抗も無くすり抜ける。二度、三度と繰り返してみるけど、結果は同じだった。
「・・・はぁ~」
私は頭を抱えて、その場にうずくまった。
「私、知らないうちにこんなに病んでたんだ・・・」
「ん~、病んでるのはあなたじゃなくて、世界の方かな?」
全く同じ声で、のんびりと言われる。
「幻覚が私と会話しようとしないでくれる?」
「だって、私の役目ってそういうものだし」
私は咄嗟に掴みかかろうとするけど、体ごとすり抜け、バランスを崩してしまう。
「ねぇ、あなた、どうやったら消えてくれるの!?」
「多分、説明すること無くなったら消えると思うけど」
「そう、話聞いてあげればいいのね? そうすれば消えてくれるのね?」
そう念を押して床に腰を下ろすと、相手も向かい合うようにぺたんと腰を下ろす。
「ん~、何から話したら分かりやすいかな・・・ まず私はあなたの幻覚、妄想の産物であって、私の話すことは、全部あなたの知っていることなの」
「・・・それがもう分からないんだけど」
「本当は知っているんだけど、意識できていないこと。意識下にあって、認識できていないこと。そういったことをはっきりと言葉で伝えて、あなたに認識させるのが、私の役目、かな」
「・・・夢の中で記憶が整理される、みたいなこと?」
「うん、似てるかも。それが目が覚めている時に起こってる感じかな」
「じゃあ、私は何を認識させられようとしてるの?」
「あなたの役目。あなたの役割は世界を修復すること」
少し間を置いてから、私は思わず鼻で笑ってしまう。自分と同じ顔が真顔で言うと、おかしさも一入だ。最近、そういう本読んだわけでもないんだけどなぁ。
「私は異世界の勇者とか、美少女戦士だったりしたわけ?」
私が言うと、今度は相手が鼻で笑う。
「いくら何でも本気じゃないよね?」
「おい!」
どうして私が幻覚相手に馬鹿にされなきゃいけないんだよ。
「あなたは世界に備わった修復機構の一部。世界にはいろんな危機に際して自動的に働く修復機構があるけど、あなたもその歯車の一部なの。修復機構が今、作動したってことね」
「・・・つまり、今、世界の危機が起きていると」
「そう」
「・・・それで修復機構? それが作動したと」
「そう」
「・・・つまり、私がなんとかすると」
「そう」
「・・・私が?」
「そうだっつてんだろ」
「・・・なんで?」
「あなたの役割だから」
相手はあっさりと言うけど、聞きたいのはそういうことじゃない。
「いや、なんで私がそんなめんどくさそうなことしなくちゃいけないの。他に誰かいないの? 私が嫌だって言ったら?」
「口では嫌だとか何とでも言えるよ。でも結局動くんだから、最初から素直に動いた方が簡単じゃない?」
「何決め付けてんだよ」
「だって、そういう仕組みだから」
コイツも譲らないなぁ・・・
私は溜息を吐く。
「じゃあ、例えば。やるとは言ってないけど、例えば、何をするの?」
「世界には『禍福』というものがあってね。『禍』は災いとかの事。『福』は福の神とかの福ね。その二つが同じだけあってバランスが取れてるはずなんだけど、この世界では急に『禍』の方が増えちゃってるのよ。で、禍福のバランス担当のあなたに、増えすぎた禍を分解してもらいまーす」
なに、世界の修復機構って、担当制なのか? 大体、何が『もらいまーす』だよ。シリアスな話じゃないのかよ。
「その禍福のバランスが崩れると、どうなるの?」
「そりゃもう、酷いことになるよ」
「具体的には?」
「情報不足」
「は?」
何だ? 頼み事してるくせに隠し事か?
「いや、これ、私が隠してるとか、知らないとかじゃなくて、あなたが知らないんだからね」
私の考えていることが分かったのか、相手はそう取り繕う。
「私はあくまで、あなたの認識をサポートするための存在でしかないから、あなたが意識下でも知らないことは、教えようがないの。多分、あなたの意識下では、酷いことになるとは思うけど、具体的には想像できない、っていう感じじゃない?」
「じゃあ、どうして禍が増えてるの?」
「情報不足」
「私の他にその担当の人はいないの?」
「情報不足」
「私はいつどうやって担当になったの?」
「情報不足」
「・・・・・・」
私はソイツを睨み付ける。
「いや、あなたのせいだから。答えられない原因は、あなたが知らないから。私は伝えるだけなんだから、私の責任じゃないよ」
「じゃあ、これから知る方法はあるわけ?」
「うん、まだ修復機構が働き始めたばかりだからね。これからどんどん情報が更新されていくはず」
「・・・ホントに?」
何か、情報の出し惜しみされてるように思うけど・・・
「ホントホント。とりあえず、近くにサンプルがあるから行ってみようよ」
ソイツは話題を変えるように、笑顔で言う。
「何、サンプルって・・・」
何か、いきなりうさん臭くなってきたな。怖い人が待ち構えてたりしないだろうな・・・
「やっぱり実物見ないと納得できないだろうし、実地研修みたいなものかな」
「いや、いきなり修復機構とか禍福とか、実物見ても納得できるとは思えないけど・・・」
そう言っていると、床に落ちていたスマホから着信音が鳴る。
私はそれを手に取ろうとしたけど、私のスマホは二つに増えていた。
「は?」
また訳の分からないことが起きている・・・
「一つは本物。もう一つは、連絡用の誰にも見られないスマホ。これも幻覚、妄想の類だね。日常生活じゃすぐにスマホを取れないときもあるでしょ? でもこっちの方なら、いつでもあなたの手元に現れるから」
そう言われ、手元にあることを想像すると、本当に手元に現れる。じっくりと見てみるけど、いつも使っているスマホと変わりないように見える。
「どうぞ。私からだよ」
私は不審に思いながらスマホを操作する。そこにはコンマで二つに区切られた数字の羅列があった。
「何これ?」
「目的地の座標かな。アプリかなんかで検索してみて」
地図アプリで検索してみると、それは近所の小さな公園だった。
「そこにサンプルがあるから」
「・・・あのさ、普通に名前とか、地名とか使えないの?」
「じゃあ、あなたはそこの公園の名前知ってる?」
「・・・知らない」
「でしょう? 検索の手間はあるけど、全然知らない土地でも誤解なく伝えられる、いい方法だと思うけど」
そう言われれば返す言葉はない。私は出不精で行動範囲は広くないし、建物や道路の名前なども知らない。
でもそんなややこしい方法に、素直に同意するのもしゃくだった。
「じゃあ、最初から地図で表示するとかは?」
「地図は使えなくなることがあるからねぇ」
「どういうこと?」
「例えば、この瞬間に原爆が落ちてきて、一面焼け野原になったとして、地図が使えると思う?」
「そんなことまで想定する必要はないんじゃ・・・」
「でも、ほんの100年足らずの間に実際に起きたことだよ」
流石に極端な例だとは思うけど、そうまで言われれば納得せざるを得ない。
それと同時に、世界の修復機構っていうのは、どのくらいの規模の物なんだろうとも思う。
「じゃあ、とりあえず、この公園に行けばいいの?」
「そう。そこに行けば、ドアくらいの大きさのゲートが立ってるから。見えにくいけど、蜃気楼みたいにゆらゆらしてるから、それを目印に探してみて」
「ん? アンタは来ないの?」
てっきり道案内してくれるものだと思っていたけど。
「私はどこででも出られるわけじゃないんだ。今のところ、ここみたいな、誰にも見つからない個室だけだね。今回は特別に迷路の中にも出られるようにはするけど」
「迷路?」
「これから行く、ゲートをくぐった先のこと。入れば分かるよ」
つまりコイツはこんな夜中に一人で近くの公園に行けと言っているのか・・・
「・・・何もなかったら、すぐ戻ってくるからね」
「うん、いってらっしゃーい」
ソイツはドアの手前で気楽に手を振っている。

仕方なく私は、家を抜け出し、まばらな街灯の中、歩いて数分の公園へと向かう。
夜中に外出したことがないわけではないけど、それは街灯のある明るい道を通ってコンビニに行く程度だ。こんな暗い夜道を歩くのは、いい気分ではない。
通りに面した家々から漏れる明かりを気休めにしながら、公園に辿り着くと、そこには数本の木立と、藤棚と古い遊具、一つだけのバスケットゴールが街灯の青白い光に照らし出されていた。
今まで特に意識したことはなかったけど、ここに何かの入り口があると言われれば、何となく不気味な感じもする。
私は別に霊的なものは信じていないけど、怖いものは怖い。でも考えてみれば、幻覚、妄想の類と話をして、それに言われてここに来ている私も大概ではないだろうか。幽霊と幻覚、どちらが強いだろうかなどと考えながら、公園の中に入っていく。
すると、いきなり、そのゲートとかいうものを見つけてしまう。
とりあえず来るだけ来て、何もなかったと言うつもりだったけど、当てが外れてしまった。
それは公園の柵から入ってすぐのところに、立っていた。大きさは大きなドアくらいの楕円形。厚みは無いようだったけど、確かに蜃気楼のように揺れていた。
試しに触ってみようとするけど、何の感触もない。
恐る恐る腕を差し入れてみるけど、やはり何の感触もない。でも、そのゲートから先の腕は見えなくなっていた。
はっきり言って気持ち悪い。
アイツはここに入れというのか・・・
でも、確かに気持ち悪いけど、見ていれば好奇心も湧いてくる。
何の感触も無かったし、入るだけ入ってみようか・・・ すぐに出ればいいんだし・・・
そうしてそのゲートの正面に立ち、一歩踏み出すと、そこには現実とは思えない光景が広がっていた。
数本の木立と古い遊具。それらを青白く照らし出す街灯。それらがモザイクのように、繰り返し繰り返し、どこまでも続いていたのだ。どちらを見ても、今来た方を振り返っても、どこまでも続いている。
「は・・・?」
「ようこそ、禍の迷路へ」
やけに明るい様子で私そっくりのソイツが現れた。
確かにコイツの正体も分からないけど、今はこの景色の方が勝っている。
「なに、これ・・・?」
「これが増えすぎた禍が集まって出来た迷路。他の人には認識できないんだけどね。この迷路のどこかに核となっている禍の集積体があるから、それを壊すことがあなたの役目」
「それを壊せば、このおかしな景色はなくなるの?」
「そういうこと」
「・・・壊せないと?」
「壊すまで出られないね」
あぁ、完全に嵌められた・・・
訳の分からない一方通行に押し込まれた・・・
やっぱりこんな幻覚だか妄想、まともに相手するんじゃなかった・・・
いや、そう考えてること自体、コイツの存在を認めてしまっているということか?
でも、コイツが幻覚、妄想の類だというなら、コイツに騙されて入ったここも、幻覚、妄想の類ということなのでは? もしかして、私は自分の部屋からも出ていないのでは?
そんなふうに思考がこんがらがってきた時、ソイツが能天気に言う。
「大丈夫だよ。ここは簡単だから」
「簡単って、何が?」
「攻略。あくまで例題だから」
そういえば、サンプルとか言ってたっけ。
「この中で、どこかに引っ張られるような感覚は分かる?」
「・・・いや、全然」
「分かるはずだよ。落ち着いて感じ取って」
そう言われ、目を閉じ、深呼吸をする。
何をやってるんだ、私は。まるっきりコイツに乗せられてるじゃないか。
そう考えた時、左肩の辺りが少し引きつるような感覚があった。
「・・・左?」
「そう。その感覚に従って行けば、迷路の中心に行けるから」
そう言って相手は左側へ歩き出す。でも、どこか別の場所に出るわけでもなく、少し違うだけの、同じような景色が続くだけだ。
分かれ道に出ると、また目を閉じて、引きつるような感覚を探す。時々曲がったりもするので、ただ真っ直ぐ行けばいいわけでもないらしい。
「どこまで歩くの?」
数分後、代り映えのない景色に飽きて言うと、ソイツは丁度立ち止まった。
「ここが迷路の中心部だよ」
目の前には唐突に乳白色の光に照らし出された、何もない空間が広がる。そんなの、たった今までなかったのに。
「そして、あれが禍の集積体」
そう言ってソイツの指差す先には、バスケットボールほどの黒い目玉のようなものが、空間の真ん中に浮いていた。それはその場でギョロギョロとせわしくなく動き、何かを探しているようにも見える。
「キモ・・・」
「あなたの役目はあれを壊すことね。どうすればいいと思う?」
「どうすればって・・・」
そのキモイ目玉はツヤツヤとして、ガラス製のようにも見える。
「ハンマーか何かで叩き壊せば?」
私がそう言った途端、私の右手には乳白色に光るハンマーが現れる。でも、手に重なっているように見えるだけで、重さも握っている感触も無い。
「上手上手」
ソイツはぱちぱちと手を叩く仕草をする。実際に音は出ていなかったが。
「それじゃ届かないから、もっと柄を伸ばして・・・」
ソイツの言葉に合わせて、手にしていたハンマーの柄がするすると伸びる。
「それをあの目玉に叩きつければ、簡単に壊れて、あなたは現実世界に戻れるよ。それでこの迷路は攻略ってことになるね」
「ふ~ん」
私は言われたとおりにハンマーを振り上げる。
「あ、ちょっと待って。まだ説明が」
「何?」
「迷路の特徴なんだけど、迷路の中の時間は、外の時間とはズレてるから。迷路の中でかなり時間が経っても、現実ではそれほど時間は経っていない。あと、迷路を攻略しても、入った場所から出られるわけじゃない。どこに飛ばされるかはランダムだね」
迷路の中に長くいても、現実への影響は少ないということか。
でも、どこへ飛ばされるか分からないというのは、どの程度のことを言うのだろう。
「今回はサンプルだから近くだけど、本番はどこに出るか分からないからね」
「具体的には?」
「まぁ、数十キロはザラ、というくらいかな?」
ソイツは簡単に言うけど、そんな遠くに飛ばされて、どうやって帰ってくるんだよ・・・
「あと、次からはあなた一人でやってもらうから」
「はぁ!?」
「だってあなたの役目だもん。それに、私と話しているところ見られて変人扱いされたくないって、あなたが思ってるからだよ」
確かにその心配は少しはしたけど・・・
「人がいるところでの連絡はスマホでするからね。幻覚、妄想の類の、人には見えない方」
まぁ、それなら安心か。
・・・って、ダメだ。もう完全に乗せられちゃってる。
「今のところ、私が説明できるのはこんなとこかな。他に何かある?」
そう言われて考え込む。何を聞いても情報不足と返されるのが目に見えているからだ。
「そうだ。あなたの名前は?」
「ん~、別に何とでも呼んでくれれば」
「・・・じゃあ、私Bで」
そう言うと、ソイツはニコリと笑う。
「あなたが私Aなわけね。分身と認めてくれて、なんかうれしいな。 ・・・情報が更新されたら、また出るからね」
「化けて出るみたいに言わないでよ」
そうしてソイツ、私Bは笑いながら、浮いている黒い目玉を指差す。
「じゃあ、壊してみよっか」
「よーし・・・ せー、のっ!」
私は手にしたハンマーを振り上げると、目玉に思いきり叩きつけた。
それはあっけなく粉々になり、その破片も溶けるように消えてしまう。そして、手にしたハンマーも消えている。
それと同時に周りのおかしな風景が薄れ、現実の風景が現れていく。
そこは夜の公園ではあったけど、迷路に入った所とは違う、さらに少し離れたところの公園だった。
周りを見渡すけど、私Bの姿はなく、揺らめくゲートもなかった。迷路の痕跡はどこにもない。これが迷路の攻略なのだろうか。
よく分からないなりに、達成感はあった。
「あ・・・」
そう思ったのも束の間で、私はあることに気付いてしまった。
辺りは数本の街灯しかない、真っ暗な夜の公園だ。家までは徒歩で十分程は掛かるだろうか。
一人残された私は、暗い夜道を心細い思いで帰るのだった。
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