R-15
失敗デート
昼休みの始まる数分前、私は校内の売店で買ったブロック栄養食と乳酸菌飲料を持って、屋上へと続く階段の前に座った。
特に約束はしていないけど、何もないということは、ここで待ち合わせだ。
やがて隣の教室棟から四時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。
教室棟はすぐに生徒のざわめきに満たされるのだろうけど、ここは特別棟の三階。今の時間にこんなところに来るような生徒はおらず、教室棟のざわめきもここまでは届かない。
未だ改修されていない特別棟は、空調の調子が良くないのか、それとも単なる気のせいか、空気も少し古臭いような感じがする。図書室だけは新しいエアコンが付いているけど、廊下は古いままだ。
でも慣れてしまえば、静けさと相まって、落ち着く匂いともいえる。
しばらくすると、小さな靴音が登ってくる。
「あーちゃん、またサボったの?」
かわいいお弁当袋を持った先輩が、責めるように言う。
諏訪京子先輩。同じ図書委員の三年。いつもは真面目で、時々エッチ。私の恋人だ。
普段はばれないように『奥只見さん』と呼んでいるけど、二人だけの時は『あーちゃん』と呼ぶ。
奥只見あすかだから、あーちゃん。
先輩にそう呼ばれるだけで、心が揺れ動くような気分になる。
「たまたま早く終わったんですよ。切りのいいところだからって」
「ふ~ん・・・」
信用したのかしていないのか。先輩はそのまま、屋上へと続く階段を上って行き、私もそれに続く。
そして階段を登り切って、大きな鉄扉の前に立つと、ポケットの中から何本もの鍵を束ねたものを取り出し、そのカギをガチャリと開ける。
それは先輩曰く『伝統の鍵束』というもので、十何年も前の昔から、その時の生徒たちが秘密裏にこつこつと集めて来た、校内各所の合鍵だということだ。それが一子相伝のように受け継がれているのだという。どうやったのかは聞いていないけど、先輩も合鍵を二つ増やしたと言っていた。
「私が卒業する時にはあーちゃんにあげるね」と言われたのだけど、私ではその後、渡す相手がいないので、もっと社交的な人に渡してくださいと断ったものだ。
とにかく、人のことをサボり魔の不良のように言うけど、そんなものを隠し持っている先輩だって、なかなかのものではないだろうか。
重い鉄扉を開けると、初夏の爽やかな風が、滞った古い空気を押し流していく。
私たちは屋上に出ると、そこの日陰に並んで腰を下ろし、お弁当を広げる。まぁ、お弁当は先輩だけだけど。
先輩の小さなお弁当には色とりどりの食材が敷き詰められ、いかにも手間暇がかかっていそうだ。これを毎日家族の分まで作っているというから驚きだ。
それに対して、私はいつものブロック栄養食と、いつもの乳酸菌飲料。
でも私はこれが好きなんだ。『豪華なランチと好きな方を選んでいいよ』と言われても、迷わずこちらを選ぶくらい。
ただの趣味嗜好の問題で、誰に同意を求めるようなものでもない。
でも・・・
「あーちゃんって、いっつもそれだよね」
・・・先輩。言ってはならないことを言ってしまいましたね?
私はこのブロック栄養食を愛好しているけど、理解されないことも多い。それどころか、バカにされることすらある。そういう無理解な人間には、製造元の大手製薬会社に土下座しろと叫びたくなる。
私が怒りを込めて顔を上げると、そこにはきれいな卵焼きが差し出されていた。
「はい、あーん」
くそっ、かわいいなぁ・・・
でも、そんなことで私の怒りが消えるとでも?
「あーん」
先輩はもう一度言うと、卵焼きをぐいっと突き出す。
「・・・あーん」
仕方なく開けた私の口に、卵焼きが差し入れられる。
甘い。それなのに卵の風味が消えていない。元からの料理好きに経験が加わると、ここまで上手になるのか・・・
・・・いやいや、そうじゃない。
「先輩も、あーん」
そう言って口を開けさせると、そこに食べかけのブロック栄養食をぶち込んでやった。
先輩はそれをもごもごと食べる。
「久しぶりに食べるとおいしいね」
少し気になるけど、まぁ良しとしよう。何事も相手への寛容さが大事。
それから先輩は私の昼食に触れることなく、自分のお弁当を食べ始める。時々、自分のおかずを私に食べさせようとしてくるけど、それらはどれも絶品だった。
爽やかな屋上での先輩とのお昼ご飯。最近はこのために学校に来ていると言っても過言ではない。
ここは日陰だからいいけど、これから午後にかけて、じりじりと気温は上がっていくだろう。遠くのグラウンドからは生徒たちの歓声がかすかに聞こえてくる。
もうすぐ一学期も終わる。そうすればこの至福の一時もしばらくはお預けだ。
「あーちゃんは、夏休みはどこか行ったりするの?」
先輩がお弁当箱を片付けながら尋ねてくる。
「いえ、どこにも。人混みは嫌いなので」
「・・・海も嫌い?」
これは先輩のお誘いだろう。先輩と一緒に海というのは非常に魅力的な提案だ。先輩はとてもスタイルがいい。その水着姿は一度見てみたい。
でも私は水着など着たくはない。どうしてあんな下着みたいな恰好で人前に出なければならないんだ。
それに人が沢山いる。人間は嫌いだ。多分そんなところに連れ出されたら、挙動不審になって、ずっと先輩にしがみついていなければならないだろう。
「海は一番苦手ですね」
先輩が残念な思いをするのを分かっていて、わざとそんなふうに言ってしまう。
「そうなんだ・・・」
あからさまにがっかりした様子に、予想はしていたものの、私の心は痛む。
それは私だって先輩とお出かけはしてみたいけど、やはり人には向き不向きがある。
「それにお出かけなんてしたことないんで、何着て行ったらいいかも分かりませんし・・・」
つい、そう誤魔化してしまう。
「じゃあさ、お出かけ用の服、選びに行こ」
先輩がキラキラした笑顔で言う。
これは回答をミスったか・・・
単に外出が嫌なだけなのを服のせいにしたけど、こう来られるとは。でも、海を断った上に、ショッピングまで断るなんてことは出来ない。
「まぁ、先輩が選んでくれるなら・・・」
「やったぁ! あーちゃんはいつも、どんなの着てるの?」
「家ではTシャツとショートパンツですかね。たまに外に出る時はパーカーを羽織ったりするくらいです」
「なるほど。じゃあ、そういう感じで選んでみよっか」
先輩はふむふむと頷きながら言う。もう頭の中ではコーディネートが始まっているようだ。
「明日でいい?」
「ちなみに、どこ行くんですか?」
「秋波かなぁ。向こうでお昼も食べようよ」
うわ、いきなりハードル高いな・・・
秋波市は地元の駅から三十分くらいの、この辺では一番大きな街だ。地元の大型店でも気が引けるのに、それとはわけが違う。
でも土曜日なら疲れても、日曜日に休んでいればいいわけだし、何とかなるかな。
「じゃあ、駅で待ち合わせですか?」
「そうだね。え~と、9時15分のがあるから、それでいい?」
先輩がスマホで時刻表を見て言う。
「分かりました」
それから先輩は好みの色やデザインを聞いてきたり、向こうで何食べようかとか、とても楽しそうにしている。
昼休みが終わり、放課後の図書委員の仕事の時も、ずっとその話だった。
仕事の効率に差し支えるから止めてほしいけど、楽しそうな先輩を見ていると、私も楽しくなってくる。
それに、作業が遅れているのは、私のサボりのせいだし・・・
とにかく今は、明日のことは考えずに、目の前の先輩のことだけを考えていよう。
そして土曜日。
待ち合わせの時間よりも早く着くように、私は家を出た。先輩の性格からして、五分や十分前には来ているはずだ。
今日の私のファッションは、Tシャツとショートパンツ、パーカーとスニーカーという、いつも通りのスタイルだ。自分でも地味なのは分かっているし、とてもお洒落には見えない。
私だって初めて私服姿を先輩に見せるわけだし、お洒落をしたい。でも、どうすればいいのか全く分からない。
せめて隣にいる先輩が恥ずかしくないような恰好をと思い、いろいろ試してみるけど、どんどん奇をてらったような方向になってしまう。結局は諦めて、コンビニへ出かけるような普段着になってしまったのだった。
待ち合わせの駅は家から自転車で15分程。
駐輪場に自転車を置いて、構内をざっと見回す。先輩はまだ来ていないようだ。
私は出入り口を見渡せる隅の方に立って、先輩を待つ。
そしてふと券売機の方を見ると、ひとりのおばあさんがその前に立って、あちらこちらを見ている。
切符の買い方が分からないのだろうか。
近くに連れの人はいないようだ。
「どうされました?」
私は近付いて行って声を掛ける。
基本的に人間は嫌いだけど、お年寄りの相手はそれほど苦ではない。こちらがそう思っていることが伝わるのか、お年寄りから声を掛けられることも多い。
私はおばあさんの代わりに券売機のタッチパネルを操作する。
お礼を言いながらホームに出て行くおばあさんに会釈をしながら、私はまた構内の隅に戻る。
そうしていると、先輩がやって来る。
白いブラウスの上に紺色のサマーセーターを着ていて、下はチェック柄のスカート、靴もいつものローファーではなく、サンダルを履いている。
まるでファッション誌のモデルさんのようだ。
「おはよー」
「おはようございます」
挨拶を交わすと、先輩の目が私の頭のてっぺんからつま先まで動いたような気がした。
「うん、似合ってるよ。すごくかわいい」
「ありがとうございます・・・」
私は思わず照れてうつむいてしまう。
そうか。今まで気にしたこともなかったけど、私服を褒められるのはこんなに嬉しいものだったのか。
これからは先輩のために頑張ってみようか・・・
「さ、行こう」
「はい」
そうして私たちは電車で秋波のショッピング街に向かう。
こんなところに来たのは小さい頃に連れて来てもらって以来だ。十年近く前なので、街並みも記憶の中とは全然違っている。
私はまだ緊張していたけど、先輩は楽しそうにあちこちを見て回っている。
「あ、これとかどう? あ、こっちもいいかも」
「え、あの、どれですか?」
「こっちこっち!」
私は先輩に引っ張られて色々な店に入る。どれも、私一人なら入ろうとも思わない、煌びやかなお店だ。
「あーちゃん、細いからこういうのも似合うし、それに合わせるなら、これかなぁ」
そう言って先輩はジップアップタイプのパーカーと短めのショートパンツを持ってくる。
「え、ちょっとそれはきわどくないですか?」
「そんなことないって。スタイルいいんだから、もっと短くてもいいくらいだよ。あ、じゃあ、これは? こっちと組み合わせるの」
先輩は次から次に品物を持ってきて、私の体に当てていく。それらは、『シンプルでかわいすぎない』という私の要望を踏まえながらも、デザインや色使いで攻めたものも多い。
もっとも、それは今まで地味なものしか選んでこなかった私の主観なのだろう。
そうしていろいろな組み合わせを試してみて、候補を二つに絞ったようだ。
「お勧めはこの二組かな。試着してみて」
先輩に促されるままに試着室に入って上下を着替えてみれば、別人のようにおしゃれになった私が鏡の前に立っていた。
もう一組も試着してみるけど、お勧めというだけあって、こちらもおしゃれだ。
「どう?」
先輩がカーテンの隙間から、にゅっと顔を出す。
「ちょ、まだ着替えの最中ですから・・・!」
私が慌ててショートパンツを上げながら抗議するけど、先輩は気にしていないようだ。
「あーちゃん的には、どっちがいい?」
「私には分からないので、もう両方買おうかと」
「え、お金、大丈夫?」
「はい。服買うのなんて久しぶりなので、奮発するつもりで来ましたから」
先輩の選んでくれたものは、センスの良さが光りながらも、お手頃な値段で、お財布的には問題ない。
それに、先輩のお勧めということは、先輩の好みも多分に入っているはずで、これを着れば先輩好みの女の子に近付けるということだ。
こんなチャンスを逃す手はない。
「・・・予算的に大丈夫だったら、もう少し見て行く?」
「行きます」
私は即答した。
そして次のお店では、先輩とお揃いの、ラインの入ったひざ丈のワンピースを買った。ラインの色は先輩はブルーで私はグリーン。
少し恥ずかしかったけど、先輩はとても嬉しそうにしていた。
そうこうしている間に時刻は11時半を過ぎる。
「ねぇ、ちょっと早いけどお昼にする? 混む前に入った方がいいでしょ?」
「そうですね。どこかいいところありますか?」
「あーちゃんは何か苦手なものとかある?」
「いえ、何でも大丈夫です」
細かいことを言えば、ウニとマンゴーは食べられないけど、そんな専門店はないだろう。
「じゃあ、適当にすいてるとこ探して・・・」
先輩がスマホを覗くのと同時に、私のスマホも着信を知らせる。
まったく、こんな時に・・・
「・・・先輩、すみません。迷路が出来たみたいです」
「え、こんな所でも?」
「はい・・・」
これまでの迷路の発生場所は私の地元周辺ばかりだった。
たまたま迷路が発生しやすい場所があって、その近くにいた修復機構の一部、つまり私が作動した、という状況だと思っていたけど、違うのかもしれない。
もしかして、迷路というのはいたるところに発生していて、近くにいる修復機構の一部に攻略が依頼される、とかいうものなのだろうか。
まぁ、その辺はあとで私Bに聞いてみよう。
どうせ、『情報不足』と言われるだろうけど・・・
それより今は、近くに出現した迷路の攻略が先だ。
「こっちですね。今出てきたとこの・・・ これは、立体駐車場ですね」
「何階かは分かるの?」
「いえ、平面的な座標だけです」
ただでさえ座標には誤差があって歩き回らなければならないというのに、今回はそれが五階分あるということだ。
「先輩はこのまま行けますか?」
「うん、大丈夫だよ。迷路攻略セットはいつも持ってるから」
先輩はそう言って、握り拳を作って見せる。私のカバンの中にも非常食や飲み物、応急処置セットなどが入っている。
「じゃあ、行きましょうか」
そうして私たちは、薄暗い立体駐車場に入っていく。
そこは思ったより、劣悪な環境だった。
薄暗い中、排気ガスは重く澱み、時折通り過ぎる車の騒音は、駐車場内で幾重にも反響して止むことがない。
「あーちゃん、大丈夫!?」
「はい、大丈夫です!」
ひっきりなしの騒音の中、私たちは声を張り上げる。
こんな所に長くいては頭が痛くなってくる。早く入り口を見つけて攻略しないと。
でもスマホの座標は更新されることもなく、いつも通り、排気ガスと騒音の中を隅々まで見て回るしかない。
ようやく三階の隅に出入り口を発見した時には、すでに三十分以上も経っていた。
そしてそれからさらに二時間程も迷路の中を歩き回るはめになる。
基本的に迷路の中というのは、その迷路ができた周辺の環境がモザイク状に繰り返されている。
学校の前に出来たものであれば、校門や生垣が繰り返されるし、住宅地に出来たものであれば、その家々が繰り返される。
つまり今回の迷路は薄暗く排気ガスが充満し、自動車の騒音が止むことのない立体駐車場が、どこまでも続いているというものになる。
迷路の中では匂いも音も、現実世界よりは和らいでいたけど、それでもその中で二時間というのは堪える。
最後に目玉を壊し、やっと外に出られた時は、心底ほっとした。
まずは、このトラウマになりそうな排気ガスと騒音から離れたい。
私たちは近くのドアから、とりあえずビルの中に入った。
スマホで確認すると、秋波市のさらに隣の市の駅ビルだった。飛ばされる距離としては、近い方だろう。
そこには家電量販店と、ドラッグストア、奥の方にはファストフード店も見える。土曜日のお昼前ということで、かなりの人混みだ。
そして、そこにいる一人一人が、私に敵意の視線を向けてくる。
ような気がした・・・
そんなわけはない。私の思い込みだ。
頭では分かっているけど、私の体は勝手に反応する。
呼吸が荒くなり、足が思うように動かない。血の気が引いていくのが自分でも分かった。
「丁度いいから、ここで何か食べて帰ろうか」
「せ、先輩、すみません・・・」
私は、先に行こうとする先輩の手をかろうじて掴んだ。
「? どうしたの!? 大丈夫!?」
先輩は今にも倒れそうな私を支えてくれる。
「すみません、外に出たいです・・・」
「・・・分かった。歩ける?」
先輩はすぐに私の肩を抱き、ゆっくりとエレベーターの所まで連れて行ってくれる。先輩が手をぎゅっと握ってくれると、私の足はぎこちなくだけど動いてくれた。
そして駅ビルから出ると、その陰になっている遊歩道のベンチに、並んで腰掛ける。
乳酸菌飲料を飲んで一息つくと、大分落ち着いてきた。
「すみません、折角のお出かけなのに・・・」
「いいって、いいって。それより、大丈夫なの?」
「はい・・・ 元から人混みは苦手なんですけど、ここまでなるのは久しぶりで・・・ 立体駐車場のせいで少し具合が悪くなってたせいだと思います・・・」
多分その前から、少しずつストレスが溜まっていたんだろう。でも、『先輩と一緒で楽しい』という思いに隠されて、知らず知らずのうちに無理をしていたのだ。それが、体調不良によって、無理が利かなくなり、一気に症状として現れたのだろう。
「・・・ごめんね、気が付かなくて」
「いいえ、私のせいで・・・」
私がなおも謝ろうとすると、先輩は指で私の唇を塞いで、にっこりと笑う。
そうだ。
お互いの思いが伝われば、いつまでも謝り続けることに意味はない。
「・・・ありがとうございます」
先輩の笑顔に安心して、私も笑みを浮かべる。
「帰ろっか」
「はい」
先輩はさっきまでしていたように、手を繋いでくれる。体調は戻ったので、もう普通に歩けるけど、私はそのまま手を握る。
「食欲は? 何か食べられそう?」
「はい。私はいつもので大丈夫ですから」
そうして私は駅の構内のコンビニで、ブロック栄養食を買う。
『私も久しぶりに』と言って、先輩も違う味のブロック栄養食を買っていた。多分、お昼前で、おいしそうなパンは全部、売り切れていたせいだろう。
私たちはホームの隅っこでお昼ご飯を済ませ、電車に乗り込む。
電車の中はそこそこ混んでいたので、先輩は心配そうにしていたけど、私はもう平気だった。体調が戻れば、この程度はどうということもない。
でも先輩は地元の駅に戻ってきてからも、私の家まで送ると言って聞かなかった。
「本当にもう大丈夫ですから」
「あんなになった後なんだよ? 自転車だし、途中で倒れちゃったら大怪我だよ?」
「でもそこまでしてもらうのは・・・」
「いいから。それともずっと私に心配してろって言うの?」
「・・・わかりました。じゃあ、お願いします」
流石に私が原因だけに、強く断ることもできない。
「うん、素直でよろしい」
先輩はそう言って、ぴったりと寄り添うようにして、駐輪場に来てくれる。
多分、目の前であんな風になる人間を見たことがなかったから、ショックだったんだろう。
かっこ悪いとこみせちゃったなぁ・・・
特に約束はしていないけど、何もないということは、ここで待ち合わせだ。
やがて隣の教室棟から四時間目の終了を告げるチャイムが鳴る。
教室棟はすぐに生徒のざわめきに満たされるのだろうけど、ここは特別棟の三階。今の時間にこんなところに来るような生徒はおらず、教室棟のざわめきもここまでは届かない。
未だ改修されていない特別棟は、空調の調子が良くないのか、それとも単なる気のせいか、空気も少し古臭いような感じがする。図書室だけは新しいエアコンが付いているけど、廊下は古いままだ。
でも慣れてしまえば、静けさと相まって、落ち着く匂いともいえる。
しばらくすると、小さな靴音が登ってくる。
「あーちゃん、またサボったの?」
かわいいお弁当袋を持った先輩が、責めるように言う。
諏訪京子先輩。同じ図書委員の三年。いつもは真面目で、時々エッチ。私の恋人だ。
普段はばれないように『奥只見さん』と呼んでいるけど、二人だけの時は『あーちゃん』と呼ぶ。
奥只見あすかだから、あーちゃん。
先輩にそう呼ばれるだけで、心が揺れ動くような気分になる。
「たまたま早く終わったんですよ。切りのいいところだからって」
「ふ~ん・・・」
信用したのかしていないのか。先輩はそのまま、屋上へと続く階段を上って行き、私もそれに続く。
そして階段を登り切って、大きな鉄扉の前に立つと、ポケットの中から何本もの鍵を束ねたものを取り出し、そのカギをガチャリと開ける。
それは先輩曰く『伝統の鍵束』というもので、十何年も前の昔から、その時の生徒たちが秘密裏にこつこつと集めて来た、校内各所の合鍵だということだ。それが一子相伝のように受け継がれているのだという。どうやったのかは聞いていないけど、先輩も合鍵を二つ増やしたと言っていた。
「私が卒業する時にはあーちゃんにあげるね」と言われたのだけど、私ではその後、渡す相手がいないので、もっと社交的な人に渡してくださいと断ったものだ。
とにかく、人のことをサボり魔の不良のように言うけど、そんなものを隠し持っている先輩だって、なかなかのものではないだろうか。
重い鉄扉を開けると、初夏の爽やかな風が、滞った古い空気を押し流していく。
私たちは屋上に出ると、そこの日陰に並んで腰を下ろし、お弁当を広げる。まぁ、お弁当は先輩だけだけど。
先輩の小さなお弁当には色とりどりの食材が敷き詰められ、いかにも手間暇がかかっていそうだ。これを毎日家族の分まで作っているというから驚きだ。
それに対して、私はいつものブロック栄養食と、いつもの乳酸菌飲料。
でも私はこれが好きなんだ。『豪華なランチと好きな方を選んでいいよ』と言われても、迷わずこちらを選ぶくらい。
ただの趣味嗜好の問題で、誰に同意を求めるようなものでもない。
でも・・・
「あーちゃんって、いっつもそれだよね」
・・・先輩。言ってはならないことを言ってしまいましたね?
私はこのブロック栄養食を愛好しているけど、理解されないことも多い。それどころか、バカにされることすらある。そういう無理解な人間には、製造元の大手製薬会社に土下座しろと叫びたくなる。
私が怒りを込めて顔を上げると、そこにはきれいな卵焼きが差し出されていた。
「はい、あーん」
くそっ、かわいいなぁ・・・
でも、そんなことで私の怒りが消えるとでも?
「あーん」
先輩はもう一度言うと、卵焼きをぐいっと突き出す。
「・・・あーん」
仕方なく開けた私の口に、卵焼きが差し入れられる。
甘い。それなのに卵の風味が消えていない。元からの料理好きに経験が加わると、ここまで上手になるのか・・・
・・・いやいや、そうじゃない。
「先輩も、あーん」
そう言って口を開けさせると、そこに食べかけのブロック栄養食をぶち込んでやった。
先輩はそれをもごもごと食べる。
「久しぶりに食べるとおいしいね」
少し気になるけど、まぁ良しとしよう。何事も相手への寛容さが大事。
それから先輩は私の昼食に触れることなく、自分のお弁当を食べ始める。時々、自分のおかずを私に食べさせようとしてくるけど、それらはどれも絶品だった。
爽やかな屋上での先輩とのお昼ご飯。最近はこのために学校に来ていると言っても過言ではない。
ここは日陰だからいいけど、これから午後にかけて、じりじりと気温は上がっていくだろう。遠くのグラウンドからは生徒たちの歓声がかすかに聞こえてくる。
もうすぐ一学期も終わる。そうすればこの至福の一時もしばらくはお預けだ。
「あーちゃんは、夏休みはどこか行ったりするの?」
先輩がお弁当箱を片付けながら尋ねてくる。
「いえ、どこにも。人混みは嫌いなので」
「・・・海も嫌い?」
これは先輩のお誘いだろう。先輩と一緒に海というのは非常に魅力的な提案だ。先輩はとてもスタイルがいい。その水着姿は一度見てみたい。
でも私は水着など着たくはない。どうしてあんな下着みたいな恰好で人前に出なければならないんだ。
それに人が沢山いる。人間は嫌いだ。多分そんなところに連れ出されたら、挙動不審になって、ずっと先輩にしがみついていなければならないだろう。
「海は一番苦手ですね」
先輩が残念な思いをするのを分かっていて、わざとそんなふうに言ってしまう。
「そうなんだ・・・」
あからさまにがっかりした様子に、予想はしていたものの、私の心は痛む。
それは私だって先輩とお出かけはしてみたいけど、やはり人には向き不向きがある。
「それにお出かけなんてしたことないんで、何着て行ったらいいかも分かりませんし・・・」
つい、そう誤魔化してしまう。
「じゃあさ、お出かけ用の服、選びに行こ」
先輩がキラキラした笑顔で言う。
これは回答をミスったか・・・
単に外出が嫌なだけなのを服のせいにしたけど、こう来られるとは。でも、海を断った上に、ショッピングまで断るなんてことは出来ない。
「まぁ、先輩が選んでくれるなら・・・」
「やったぁ! あーちゃんはいつも、どんなの着てるの?」
「家ではTシャツとショートパンツですかね。たまに外に出る時はパーカーを羽織ったりするくらいです」
「なるほど。じゃあ、そういう感じで選んでみよっか」
先輩はふむふむと頷きながら言う。もう頭の中ではコーディネートが始まっているようだ。
「明日でいい?」
「ちなみに、どこ行くんですか?」
「秋波かなぁ。向こうでお昼も食べようよ」
うわ、いきなりハードル高いな・・・
秋波市は地元の駅から三十分くらいの、この辺では一番大きな街だ。地元の大型店でも気が引けるのに、それとはわけが違う。
でも土曜日なら疲れても、日曜日に休んでいればいいわけだし、何とかなるかな。
「じゃあ、駅で待ち合わせですか?」
「そうだね。え~と、9時15分のがあるから、それでいい?」
先輩がスマホで時刻表を見て言う。
「分かりました」
それから先輩は好みの色やデザインを聞いてきたり、向こうで何食べようかとか、とても楽しそうにしている。
昼休みが終わり、放課後の図書委員の仕事の時も、ずっとその話だった。
仕事の効率に差し支えるから止めてほしいけど、楽しそうな先輩を見ていると、私も楽しくなってくる。
それに、作業が遅れているのは、私のサボりのせいだし・・・
とにかく今は、明日のことは考えずに、目の前の先輩のことだけを考えていよう。
そして土曜日。
待ち合わせの時間よりも早く着くように、私は家を出た。先輩の性格からして、五分や十分前には来ているはずだ。
今日の私のファッションは、Tシャツとショートパンツ、パーカーとスニーカーという、いつも通りのスタイルだ。自分でも地味なのは分かっているし、とてもお洒落には見えない。
私だって初めて私服姿を先輩に見せるわけだし、お洒落をしたい。でも、どうすればいいのか全く分からない。
せめて隣にいる先輩が恥ずかしくないような恰好をと思い、いろいろ試してみるけど、どんどん奇をてらったような方向になってしまう。結局は諦めて、コンビニへ出かけるような普段着になってしまったのだった。
待ち合わせの駅は家から自転車で15分程。
駐輪場に自転車を置いて、構内をざっと見回す。先輩はまだ来ていないようだ。
私は出入り口を見渡せる隅の方に立って、先輩を待つ。
そしてふと券売機の方を見ると、ひとりのおばあさんがその前に立って、あちらこちらを見ている。
切符の買い方が分からないのだろうか。
近くに連れの人はいないようだ。
「どうされました?」
私は近付いて行って声を掛ける。
基本的に人間は嫌いだけど、お年寄りの相手はそれほど苦ではない。こちらがそう思っていることが伝わるのか、お年寄りから声を掛けられることも多い。
私はおばあさんの代わりに券売機のタッチパネルを操作する。
お礼を言いながらホームに出て行くおばあさんに会釈をしながら、私はまた構内の隅に戻る。
そうしていると、先輩がやって来る。
白いブラウスの上に紺色のサマーセーターを着ていて、下はチェック柄のスカート、靴もいつものローファーではなく、サンダルを履いている。
まるでファッション誌のモデルさんのようだ。
「おはよー」
「おはようございます」
挨拶を交わすと、先輩の目が私の頭のてっぺんからつま先まで動いたような気がした。
「うん、似合ってるよ。すごくかわいい」
「ありがとうございます・・・」
私は思わず照れてうつむいてしまう。
そうか。今まで気にしたこともなかったけど、私服を褒められるのはこんなに嬉しいものだったのか。
これからは先輩のために頑張ってみようか・・・
「さ、行こう」
「はい」
そうして私たちは電車で秋波のショッピング街に向かう。
こんなところに来たのは小さい頃に連れて来てもらって以来だ。十年近く前なので、街並みも記憶の中とは全然違っている。
私はまだ緊張していたけど、先輩は楽しそうにあちこちを見て回っている。
「あ、これとかどう? あ、こっちもいいかも」
「え、あの、どれですか?」
「こっちこっち!」
私は先輩に引っ張られて色々な店に入る。どれも、私一人なら入ろうとも思わない、煌びやかなお店だ。
「あーちゃん、細いからこういうのも似合うし、それに合わせるなら、これかなぁ」
そう言って先輩はジップアップタイプのパーカーと短めのショートパンツを持ってくる。
「え、ちょっとそれはきわどくないですか?」
「そんなことないって。スタイルいいんだから、もっと短くてもいいくらいだよ。あ、じゃあ、これは? こっちと組み合わせるの」
先輩は次から次に品物を持ってきて、私の体に当てていく。それらは、『シンプルでかわいすぎない』という私の要望を踏まえながらも、デザインや色使いで攻めたものも多い。
もっとも、それは今まで地味なものしか選んでこなかった私の主観なのだろう。
そうしていろいろな組み合わせを試してみて、候補を二つに絞ったようだ。
「お勧めはこの二組かな。試着してみて」
先輩に促されるままに試着室に入って上下を着替えてみれば、別人のようにおしゃれになった私が鏡の前に立っていた。
もう一組も試着してみるけど、お勧めというだけあって、こちらもおしゃれだ。
「どう?」
先輩がカーテンの隙間から、にゅっと顔を出す。
「ちょ、まだ着替えの最中ですから・・・!」
私が慌ててショートパンツを上げながら抗議するけど、先輩は気にしていないようだ。
「あーちゃん的には、どっちがいい?」
「私には分からないので、もう両方買おうかと」
「え、お金、大丈夫?」
「はい。服買うのなんて久しぶりなので、奮発するつもりで来ましたから」
先輩の選んでくれたものは、センスの良さが光りながらも、お手頃な値段で、お財布的には問題ない。
それに、先輩のお勧めということは、先輩の好みも多分に入っているはずで、これを着れば先輩好みの女の子に近付けるということだ。
こんなチャンスを逃す手はない。
「・・・予算的に大丈夫だったら、もう少し見て行く?」
「行きます」
私は即答した。
そして次のお店では、先輩とお揃いの、ラインの入ったひざ丈のワンピースを買った。ラインの色は先輩はブルーで私はグリーン。
少し恥ずかしかったけど、先輩はとても嬉しそうにしていた。
そうこうしている間に時刻は11時半を過ぎる。
「ねぇ、ちょっと早いけどお昼にする? 混む前に入った方がいいでしょ?」
「そうですね。どこかいいところありますか?」
「あーちゃんは何か苦手なものとかある?」
「いえ、何でも大丈夫です」
細かいことを言えば、ウニとマンゴーは食べられないけど、そんな専門店はないだろう。
「じゃあ、適当にすいてるとこ探して・・・」
先輩がスマホを覗くのと同時に、私のスマホも着信を知らせる。
まったく、こんな時に・・・
「・・・先輩、すみません。迷路が出来たみたいです」
「え、こんな所でも?」
「はい・・・」
これまでの迷路の発生場所は私の地元周辺ばかりだった。
たまたま迷路が発生しやすい場所があって、その近くにいた修復機構の一部、つまり私が作動した、という状況だと思っていたけど、違うのかもしれない。
もしかして、迷路というのはいたるところに発生していて、近くにいる修復機構の一部に攻略が依頼される、とかいうものなのだろうか。
まぁ、その辺はあとで私Bに聞いてみよう。
どうせ、『情報不足』と言われるだろうけど・・・
それより今は、近くに出現した迷路の攻略が先だ。
「こっちですね。今出てきたとこの・・・ これは、立体駐車場ですね」
「何階かは分かるの?」
「いえ、平面的な座標だけです」
ただでさえ座標には誤差があって歩き回らなければならないというのに、今回はそれが五階分あるということだ。
「先輩はこのまま行けますか?」
「うん、大丈夫だよ。迷路攻略セットはいつも持ってるから」
先輩はそう言って、握り拳を作って見せる。私のカバンの中にも非常食や飲み物、応急処置セットなどが入っている。
「じゃあ、行きましょうか」
そうして私たちは、薄暗い立体駐車場に入っていく。
そこは思ったより、劣悪な環境だった。
薄暗い中、排気ガスは重く澱み、時折通り過ぎる車の騒音は、駐車場内で幾重にも反響して止むことがない。
「あーちゃん、大丈夫!?」
「はい、大丈夫です!」
ひっきりなしの騒音の中、私たちは声を張り上げる。
こんな所に長くいては頭が痛くなってくる。早く入り口を見つけて攻略しないと。
でもスマホの座標は更新されることもなく、いつも通り、排気ガスと騒音の中を隅々まで見て回るしかない。
ようやく三階の隅に出入り口を発見した時には、すでに三十分以上も経っていた。
そしてそれからさらに二時間程も迷路の中を歩き回るはめになる。
基本的に迷路の中というのは、その迷路ができた周辺の環境がモザイク状に繰り返されている。
学校の前に出来たものであれば、校門や生垣が繰り返されるし、住宅地に出来たものであれば、その家々が繰り返される。
つまり今回の迷路は薄暗く排気ガスが充満し、自動車の騒音が止むことのない立体駐車場が、どこまでも続いているというものになる。
迷路の中では匂いも音も、現実世界よりは和らいでいたけど、それでもその中で二時間というのは堪える。
最後に目玉を壊し、やっと外に出られた時は、心底ほっとした。
まずは、このトラウマになりそうな排気ガスと騒音から離れたい。
私たちは近くのドアから、とりあえずビルの中に入った。
スマホで確認すると、秋波市のさらに隣の市の駅ビルだった。飛ばされる距離としては、近い方だろう。
そこには家電量販店と、ドラッグストア、奥の方にはファストフード店も見える。土曜日のお昼前ということで、かなりの人混みだ。
そして、そこにいる一人一人が、私に敵意の視線を向けてくる。
ような気がした・・・
そんなわけはない。私の思い込みだ。
頭では分かっているけど、私の体は勝手に反応する。
呼吸が荒くなり、足が思うように動かない。血の気が引いていくのが自分でも分かった。
「丁度いいから、ここで何か食べて帰ろうか」
「せ、先輩、すみません・・・」
私は、先に行こうとする先輩の手をかろうじて掴んだ。
「? どうしたの!? 大丈夫!?」
先輩は今にも倒れそうな私を支えてくれる。
「すみません、外に出たいです・・・」
「・・・分かった。歩ける?」
先輩はすぐに私の肩を抱き、ゆっくりとエレベーターの所まで連れて行ってくれる。先輩が手をぎゅっと握ってくれると、私の足はぎこちなくだけど動いてくれた。
そして駅ビルから出ると、その陰になっている遊歩道のベンチに、並んで腰掛ける。
乳酸菌飲料を飲んで一息つくと、大分落ち着いてきた。
「すみません、折角のお出かけなのに・・・」
「いいって、いいって。それより、大丈夫なの?」
「はい・・・ 元から人混みは苦手なんですけど、ここまでなるのは久しぶりで・・・ 立体駐車場のせいで少し具合が悪くなってたせいだと思います・・・」
多分その前から、少しずつストレスが溜まっていたんだろう。でも、『先輩と一緒で楽しい』という思いに隠されて、知らず知らずのうちに無理をしていたのだ。それが、体調不良によって、無理が利かなくなり、一気に症状として現れたのだろう。
「・・・ごめんね、気が付かなくて」
「いいえ、私のせいで・・・」
私がなおも謝ろうとすると、先輩は指で私の唇を塞いで、にっこりと笑う。
そうだ。
お互いの思いが伝われば、いつまでも謝り続けることに意味はない。
「・・・ありがとうございます」
先輩の笑顔に安心して、私も笑みを浮かべる。
「帰ろっか」
「はい」
先輩はさっきまでしていたように、手を繋いでくれる。体調は戻ったので、もう普通に歩けるけど、私はそのまま手を握る。
「食欲は? 何か食べられそう?」
「はい。私はいつもので大丈夫ですから」
そうして私は駅の構内のコンビニで、ブロック栄養食を買う。
『私も久しぶりに』と言って、先輩も違う味のブロック栄養食を買っていた。多分、お昼前で、おいしそうなパンは全部、売り切れていたせいだろう。
私たちはホームの隅っこでお昼ご飯を済ませ、電車に乗り込む。
電車の中はそこそこ混んでいたので、先輩は心配そうにしていたけど、私はもう平気だった。体調が戻れば、この程度はどうということもない。
でも先輩は地元の駅に戻ってきてからも、私の家まで送ると言って聞かなかった。
「本当にもう大丈夫ですから」
「あんなになった後なんだよ? 自転車だし、途中で倒れちゃったら大怪我だよ?」
「でもそこまでしてもらうのは・・・」
「いいから。それともずっと私に心配してろって言うの?」
「・・・わかりました。じゃあ、お願いします」
流石に私が原因だけに、強く断ることもできない。
「うん、素直でよろしい」
先輩はそう言って、ぴったりと寄り添うようにして、駐輪場に来てくれる。
多分、目の前であんな風になる人間を見たことがなかったから、ショックだったんだろう。
かっこ悪いとこみせちゃったなぁ・・・