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作者: ディエ
R-15
誕生日
7月8日。
先輩の誕生日、当日だ。
ミステリー好きの先輩のために、最新の映画をネットで見ながらケーキでも食べませんかと誘ったんだけど、目の前の先輩は不機嫌そうに私を睨んでいる。
「あの、先輩・・・?」
「・・・・・・」
先輩は無言だ。
「先輩・・・?」
「・・・何?」
私が繰り返すと、先輩は私の声を無視しきれずに応える。
「え~と、どうかしました?」
いつもの怒ったふりではない、先輩の拗ねたような怒ったような本気の表情。
これは心臓に悪い。
「・・・あーちゃんは何かあったの?」
先輩が聞き返してくる。
先輩を怒らせるようなことは何もしていないはずだけど・・・
「いえ、何も・・・」
「ふ~ん・・・」
思わせぶりに言うと、先輩は座っていたクッションから、ずいっと身を乗り出してきた。
「・・・あーちゃん、前に友達は一人もいないって言ったよね?」
「は、はい」
私は友達が欲しいと思ったことは無いので平気だけど、あまり面と向かって言うことではないのでは・・・?
「それって、『友達はいないけど付き合ってる人はいます』って意味だったの?」
そう言われて私はピンときた。
いつもなら時間前に着くはずの先輩が、今日は時間ぴったりに来た。おそらくもっと早くに来ていて、あの人が家から出て行くのを見てしまったのだろう。
「あの、先輩。あの人はそういうんじゃなくて・・・」
「あの人って誰のこと? フワフワの茶髪眼鏡ちゃんのこと?」
やっぱりだ。見られている・・・
先輩は座っていたクッションを裏返すと、そこから一本の茶色い髪の毛を摘まみ上げて、私の目の前に突き出してくる。
これはミステリー好きの勘なのだろうか。
「その人とこの部屋で何してたの?」
「ちょっと待ってください、先輩。私の話を聞いてください」
先輩はじとっとした目をこちらに向けている。
「まずあの人は友達ってわけじゃありませんし、もちろん付き合ってる人でもありません」
「じゃあ、どういう関係なの?」
「えっと、それは・・・ 仕事の関係・・・」
少し歯切れが悪くなってしまう。
「仕事って、あの娘とエッチなバイトでもやってるの?」
「違いますって! ・・・えっと、その、私、小説書いてて、あの人は桧原さんって言って、担当の編集者さんなんです」
私は本棚に飾ってあった雑誌『ネビュラ通信』を持って来て、ページをめくる。そこには新人賞発表の見出しと、審査員特別賞として『銀山浩一郎著 暗黒の逃避行』の文字がある。
「これが私です」
「え・・・?」
いぶかしがる先輩に、私は引き出しの中から審査員特別賞と書かれた箱と、その中の記念メダルを見せる。
「・・・あーちゃんって小説家だったの?」
「いや、小説家っていうか、時々載せてもらってるだけで・・・」
先輩の目がどんどん輝きだしている。さてはミーハーだな・・・?
「すごい・・・ どうして隠してたの?」
「別に隠してたわけじゃなくて・・・ 言う機会がなかっただけというか、いきなり言うのも変じゃないですか。SF興味なさそうでしたし」
「そんなことないよ! 私、SF大好きだよ!」
・・・絶対嘘だ。
「へ~、あーちゃん、小説家だったのかぁ・・・ ちょっと見せてね」
先輩はそう言って本棚の中のネビュラ通信を物色する。
「あ、ここにもある。こっちにも。 ・・・え~、あーちゃん、売れっ子作家さんだね~」
「いやいや、違いますから。その雑誌だってすごくマイナーなやつだし」
「じゃあ、あの人、桧原さんだっけ? 編集者の人とは打ち合わせだったの?」
「いや、そういうわけじゃなくて、何か退院の挨拶みたいな感じでしたけど」
「入院してたの?」
「そうみたいですね。私も知らなかったんですけど」

確かに桧原さんは私の担当編集だし、今日、私の家に来た。
でも少し様子がおかしかった。
入院していたことすら知らないのに、退院したその足で真っ直ぐに私の家にやって来たというのだ。しかも、事前連絡なしで。
住所は教えていないはずだけど、出版社の方で調べればすぐ分かるだろうから、それはいい。
でも、どんな急ぎの用事かと思って部屋に通すと、今にも抱き付いてきそうな勢いで『あすか!』と下の名前で呼んできたのだ。今まで『奥只見さん』としか呼んだことがないのに。
私が驚いていると、『そうだよね、違うもんね』などと言って、一人でがっかりして帰って行ったのだ。
いや、あの様子はがっかりなんて軽いものじゃない。打ちひしがれた、というのはああいう様子のことを言うのだろう。
一体何だったのか、今でも分からない。
でもこの辺のことは先輩には言わないでおく。
桧原さんが何で入院していたのか分からないけど、混乱していただけかもしれないし、桧原さんのプライベートに関することかもしれないから。

「あ、あと、勘違いしてごめんね」
興奮から覚めたのか、先輩がおずおずと謝ってくる。
「あーちゃん、素敵だから他の人に取られないか不安で・・・」
その言い方はちょっとずるいような気がするなぁ・・・
そんな私の不満を感じたのか、先輩はさらに手を合わせて謝ってくる。
「ほんと、ごめん。何でもするから」
いや、そこまで怒ってるわけじゃないんだけど・・・
でも、せっかく『何でも』と言っているんだから、お言葉に甘えさせてもらおう。
「じゃ、じゃあ、正面からハグしてもらっていいですか?」
私が立ち上がると、先輩も立ち上がった。
「そんなことでいいの?」
先輩は私より少し背が高く、運動部に入っていただけあって、適度に筋肉がついていて、健康美、といった風だ。
でも、ある一部分だけはとても大きい。これは運動しているときに揺れて大変だったんじゃないだろうかと思うくらいだ。
「じゃあ、いくよ」
「はい、お願いします」
そう応えると、先輩が腕を回して、ぎゅっと抱きしめてくれる。
うわ、でっか!
私は思わず心の中でそう叫ぶ。
柔らかいビーズクッションに体ごと沈み込んでいくような感触に、心臓が跳ねる。
そしてその反応をどう取ったのか、先輩が脇をくすぐって来る。
「ふふ~、うりうり・・・」
「ちょ!? 先輩!? や、止めてください!」
私は身もだえするけど、腰に回された腕からは抜けられない。
そして私の動きに合わせて、大きなクッションのようなそれが、自在に動いて柔らかく包み込んでくる。
「先輩! もういいです、もういいですから!」
そう言うと、先輩はようやく解放してくれる。
「これで許してくれる?」
「あ、ありがとうございました・・・」
先輩は平然としているけど、私は息が上がってしまっている。それに変な汗もかいた気がする・・・

そして一旦、乳酸菌飲料を飲んで気を落ち着かせると、クローゼットの中から、ラッピングされた二つの箱を取り出してきた。
「それで、ですね。さっきのお礼、じゃなくて、お誕生日プレゼントです」
私はきれいなリボンでラッピングされた立方体の箱と、シンプルなラッピングの薄い箱を両手で先輩に差し出す。
「お誕生日、おめでとうございます」
「え~、ありがとう!」
先輩は目を輝かせて喜んでくれる。
「今、開けていい?」
「はい、どうぞ」
そう答えると、先輩はまず立方体の箱の方に手を伸ばした。
やばい・・・
私は内心、ドキリとした。
私は楽しみは後に取っておく方だから、わざとこのようにラッピングに差をつけたんだけど、先輩はおいしいものから食べるタイプだったのか・・・
でも今更、こっちから、などと指定することもできない。
先輩は立方体の箱のリボンを丁寧にほどいていく。包みを剥がし、箱を開けると、中から出てくるのは手の平サイズのプリザーブドフラワーだ。
白とピンクの花束が、アクリルの箱の中に収められている。
「えー、すごーい、きれーい・・・」
先輩は箱をあちこちから眺めながら、感嘆の声をもらす。
喜んでもらえたようで、何よりだ。
今日のために、誕生日のプレゼントは何がいいのかと、ネットで調べてみたんだけど、出てきたのはアクセサリーやコスメ関係がいいとの意見だった。
でも私はそういうのは全く分からない。先輩がアクセサリーを付けているのは見たことがないし、コスメ関係でも、使用感とか、合う合わないがあるだろうと思ってしまう。
そこで、無難なところで、『お花』という結論に達したのだった。
「えっと、その、『変わらぬ愛を込めて』とか書いてあったので・・・」
何か聞かれる前に、照れ隠しのように、商品説明にあった言葉を口にしてしまう。
「ありがとう、あーちゃん」
先輩はその花を両手で包み込むようにして、胸元に抱く。
先輩は本当にそういう仕草が絵になる。
「こっちも開けていい?」
「・・・はい」
私はそう答えるしかなかった。
今のいい雰囲気がぶち壊しになること請け合いでもだ。
でも、それを選んだ時は、先輩も笑ってくれると思ったんだから。先輩がお花の方を先に開けてしまったんだから。
もう仕方ない。
先輩が、丁寧に包みを剥がして、黒地に金文字の入った怪しげな箱を開ける。
一見、シルク製の黒いレースハンカチか何かのように見えるけど、そうではない。
「え・・・」
箱から出して、それを広げた先輩が固まるのも分かる。
「え~っとですね・・・ この前、服、選んでもらったじゃないですか。そのお礼です。先輩にも私の選んだものを身に付けて欲しくて・・・」
私はそれっぽく言うけど、もちろんそんなことで先輩を納得させることは出来ない。
「・・・あーちゃん、こういうの好きなの?」
先輩は『うわぁ・・・』という目をして、若干引いている。
「違います! 冗談なんです! 本当はこっちの方を先に開けてもらう予定だったんです! そうして先輩が『何これ~』とか笑ってから、本命のお花の方を開けてもらうつもりだったんです!」
私は早口で言い訳をする。
「だからって・・・ こんなのいつ付けるのよ・・・」
そういう先輩はあきれ顔だ。
「もう、エッチ。変態」
でも先輩はそう言いながらも、それをきれいに箱に戻すと、いそいそと自分のカバンにしまった。
うん、これについてはもう受け取ってもらえただけで満足だ。
そしてその後は、ソファで肩を寄せ合い、ケーキの食べさせ合いっこをしながら、平和に映画を鑑賞したのだった。
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