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作者: ディエ
R-15
やり直しデート
よく晴れた7月中旬の金曜日、今日は一学期の終業式だ。
今までなら確実にサボっているイベントだけど、午後から図書委員の作業をするというので、私はそのために学校に来ていた。
図書委員の作業、図書カードとそのポチ袋の修繕は、ギリギリ一学期中に終わらなかったのだ。
時間があれば毎日のように図書室に通っていたけど、迷路が出現すれば、その攻略でその日は潰れてしまう。そんな中、私たちはよくやった方だと思う。
残りはあと少しなので二学期に回してもいいと言われたらしいけど、先輩は自分たちの責任だからと、今日中に終わらせることにしたのだ。
真面目な先輩らしい行動だ。
終業式の後、お昼休憩を入れても、午後一杯で終わるだろう。
まぁ、私は先輩と一緒にいられれば、何でもいいんだけど。

朝のホームルーム前の教室の中は、明日、或いは今日の午後から始まる夏休みの話題で持ちきりだ。
どこに行こうだの、何して遊ぶだの、休み中に告白するだの・・・
よくもそう、毎日毎日話題が尽きないものだ。
私はうんざりした表情を隠しながら、廊下の方を眺めていた。
今日で委員会の作業が終わるということは、先輩は図書委員を引退するということだ。そうなったら今度は図書室で自習をすると言っていたから、会えなくなるわけではない。
でも、今までのようにおしゃべりをしながらというわけにはいかないだろう。
それに先輩が受験に備えて塾に行くなんてことになれば、会える時間も減ってしまう。
今後は先輩の卒業という最大のイベントも控えているのだから、慣れなければならないのだろうけど・・・
するとそこに先輩からの着信が入る。
校内ではスマホの電源を切っておくことになっているから、真面目な先輩からの着信というのは珍しい。
何かと思って見た瞬間、私はスマホを咄嗟に机の陰に隠した。
そこには、ベッドの上で膝立ちになっている先輩の自撮り写真があった。それは絶妙にピントがずらされていて、全体的にぼやけているが、これは白い肌と黒いレースではないだろうか・・・
そしてそこには、『今日、付けてるよ』という一文が添えられている。
確かにお誕生日の時に、そういうものはプレゼントした。
でも、いくら何でも、こんなのを履いてきているなんてバレたら、学校生活は終わってしまう。先輩がそんなことをするはずがない・・・
でも先輩、ドMだしなぁ・・・
ただでさえ興味のない終業式やホームルームの内容なんて、全く頭に入って来ない。
先輩があれを身に付けている姿だけが、ぐるぐると頭の中を巡っている。
最後のホームルームが終わり、迎えに来てくれた先輩について図書室に行く時も、何かの拍子にスカートがめくれないかと、そんなことばかり考えていた。
今日に限って夏用のベストを着ているのは、黒い下着が透けてしまうからではないだろうか、などと考えてしまう。
「今日は誰もいないから、ここで食べちゃおっか」
先輩はいつもの屋上ではなく、図書室の中でお弁当を広げる。
ただの時間の節約とも取れるけど、屋上に出れば風でスカートがめくれる可能性が高まるからではないかと、邪推してしまう。
本当にあんなのを付けているのだろうか・・・
「ねぇ、あーちゃんは手芸とか雑貨とかって、興味ある?」
私が悶々としている中、先輩はいつも通りの口調で尋ねてくる。
「え? どんなものですか?」
「ん~、何でもいいけど」
「まぁ、見たりする分には面白いと思いますけど」
私はそんなに器用な方じゃないし、飽きっぽいから、作るのは多分ダメだろう。
「じゃあ、お休みに入ったら、イベントあるから、一緒に行かない? そんなに人も来ないと思うし、この前のデートのやり直し」
「はい、そういうことなら」
この前のショッピングデートは途中で迷路が出現したり、私のせいで途中で切り上げることになったりと、散々だった。
そのリベンジができるとなれば、是非もない。
「よかった。後で待ち合わせ場所とか決めようね」
こんなに清楚でかわいらしくて、楽しそうに夏休みの予定のことを話している先輩が、あんなものを付けるだろうか・・・
私の横で、無防備にお弁当を食べている先輩のスカートの端を少し摘まみ上げれば、それが確認できる。
もし先輩からの一言が本当であれば、とんでもないものを目にすることができる。
でもそれは、先輩からの信頼を裏切るような行為に思えた。全くの無防備だからこそ、手を出すことは出来ない。でも・・・
「ん? どうしたの?」
いけない、つい妄想の世界に入ってしまっていたようだ。
「あ、いえ、何も・・・」
あんな自撮りを送ってきたにもかかわらず、先輩には全くそのような素振りはなく、平然としている。
先輩は不思議そうに首を傾げていたが、特に追及してくることはなかった。

そうしてお昼を食べた後、私たちは図書カードとそのポチ袋の修繕に取り掛かる。
先輩が自主的にやると言い出したことなので、私たちの他には誰もいないし、図書室は作業用に開けているだけだから、誰かが来ることもない。
いつもは先輩とおしゃべりしながらやっているのだが、今日はそんな余裕はなく、相槌を打つ程度だ。
先輩は本を一冊一冊チェックして、修繕が必要なものを運んでくる。その度に、私の視線は先輩の揺れるスカートに向けられる。何かの拍子にスカートがめくれたりしないかと期待してしまう。
「あーちゃん、手、止まってるよ?」
「あ、はい・・・」
先輩は絶対、私の視線に気付いている。でも何も言わない。いつも通り、ニコニコしている。
先輩はどんな風に、その下着を着けたのだろう。
先輩はどういう気持ちで、その写真を撮ったのだろう。
私は悶々としたまま、目の前の修繕作業に集中しようとする。時間がいつもよりゆっくりと過ぎていく。
「よし、これでおしまい」
先輩が最後の本を、書架にコトンと戻す。
「お疲れ様。やっと終わったね」
「そうですね」
先輩はスティックのりや余った貸出カードとポチ袋を道具箱にまとめると、カウンターの中に片付ける。
伸びをして時計を見ると午後四時過ぎだった。もう少しかかるかと思ったが、早く終わった方だろうか。
「あーちゃん、ちょっとこっち来て」
先輩が手招きをして、カウンターの横にある、禁帯出書庫の鍵を開けていた。
まだ何か仕事が残っていたのかと思い、そちらに行ってみる。
窓のないその部屋からは、ひんやりとした空気が流れ出てくる。
先輩が蛍光灯を点けると、背の高い本棚が奥までびっしりと並んでいるのが見える。
ふと先輩の手を見ると、持っていたのは職員室から借りてきた鍵ではなく、先輩自前の合鍵だった。
つまりこれは委員会の仕事ではない・・・
「ここなら誰にも見つからないよ」
先輩は私の手を引いて書庫の中に入ると、ドアを閉める。
先輩はすでにベストを脱いでいた。
「我慢できたご褒美だよ・・・」
そう言って先輩はスカートのすそをつまむ。
「先輩、まさか・・・」
次の瞬間、私の目の前に、白い肌と黒いレースのコントラストが現れた、気がした・・・
先輩は何事もなかったかのように、中腰になった私を見下ろして、にんまりと笑った。

その書庫には時計はなかったけど、隣の教室棟の方からチャイムが聞こえてくると、先輩はさっと立ち上がる。
「もうこんな時間だね」
先輩は制服を、私は髪を丁寧に整えてから、書庫を出る。
戸締りをすると、二人で図書室を出て、いつも通り、手を繋いで階段を降りて行く。
そして、職員室に行く廊下の所で先輩が振り返る。
「あーちゃんは体育館横の出入り口でしょ? 私もそっちから出るから。鍵返して、トイレに寄って行くから、待ってて」
「トイレ?」
我慢してたんですか、と聞く前に先輩が答える。
「ちゃんとしたのに履き替えるの!」
一瞬、何のことか分からなかったけど、すぐに思い当たる。
確かに、あんなのを履いて帰るわけにはいかないよね・・・
そんなことを考えながら、いつもの出入り口に向かう。
するとそこで、体育教官室から出てきた田沢先生と鉢合わせる。先生も今帰りのようで、体育教官室に施錠している。
「おう、奥只見か。どうした?」
「いえ、委員会で」
「こんな時間までやってたのか。お疲れさん」
「いえ」
私はそのまま出入り口に行こうとするけど、先生はなおも話しかけてくる。
「そうだ。お前、委員会、諏訪と一緒にやってるよなぁ」
「そうですけど?」
「一昨日、諏訪、午後から早退したそうなんだが、何か知らんか?」
「さぁ、何ですかね」
一昨日と言うと、午後から迷路の攻略に行って、桧原さんに助けてもらった日だ。
「ちなみに、お前もその日の午後からいなくなってる」
まぁ、いてもいなくてもいいような問題児でも、担任の耳には入るよな。
「偶然ですかね」
「どうだろうなぁ」
茶化すような私に、先生は呆れ気味だ。
「お前たち、危ないことしてないだろうな」
先生は『お前たち』と一括りで言う。私と先輩が二人で何かしているということには気付いているのだ。そして、直接聞いてはこなかったけど、私の膝の怪我が、自転車で転んだものではないことにも気付いていたはずだ。
「別に何も」
そう答えると、先生は大きく溜息を吐く。
「これはあまり言いたくない話なんだがな、俺は新米の頃に生徒を一人、なくしている。今でもそいつの変化に気付いてやれなかったことを後悔してるんだ」
先生は『自殺』という言葉は使わなかったけど、恐らくそうなのだろう。
「だから俺は生徒の変化には人一倍気を付けている。生徒指導だってそうだ。口やかましく言って、嫌われたって反抗されたっていい。別に、無理に生徒を変えようってわけじゃない。その生徒の反応を見るっていう目的もあるんだ。俺が嫌われることで救える命があるかもしれないんだ」
生徒指導がやたら厳しいと言われているけど、ルールを押し付けているだけじゃなくて、そんな理由もあったのか。
「それにお前たちの年頃は心と体がとてもアンバランスだ。行動力はあってもその方向性を間違えたり、悪いと分かっていても止められなかったりする。そしてそういったことは、取り返しのつかないことになることもある。俺はそんな時に憎まれても恨まれても、力ずくで止めてやるのが教師だと思ってる」
先生はそこで少し間を置く。
「細かいことまでとやかく言うつもりはない。だがな、これだけは教えてくれ。お前たち、危ないことはしていないよな?」
先生の目は真剣で、それにはこちらも真剣に答えなければならない。
「危ないことは、しています。でも私はそれをしなければならないと思ってますし、私たちはそれができると思っています。責任を持ってやっているつもりです。子どもっぽい短絡的なことはしません」
私はそう断言する。
「そうか・・・ お前がそう言うなら、俺はお前を信用する」
先生は約束だ、と言うように私の目を見る。
「ただ、無理はするな。手を抜けるところは手を抜け。人に頼れるところは人に頼れ。その見極めができるのが、大人ってもんだぞ」
「・・・じゃあ、早速、先生に頼っていいですか?」
私は真面目に話す。
「おう、何だ?」
「お腹すいてるのでラーメン奢ってください」
「バカ言え。教師と生徒が二人きりでどこか行けるわけないだろうが」
「大丈夫ですよ。もうすぐ先輩も来ますから。何なら進路の相談でもしましょうか?」
そしてちょうど、先輩がやって来る。
「あーちゃん、お待たせ~ あ、田沢・・・」
「お前なぁ、面と向かって教師を呼び捨てにするんじゃない」
その口ぶりだと、先輩も先生と仲が良いらしい。あの先輩が教師のことを呼び捨てにするなんて、意外だったけど。
「先輩、先生がラーメン奢ってくれるっていうので、一緒に行きましょう」
「え~、どうせ行くなら、私は二人きりの方がいいなぁ・・・」
「奢るなんて一言も言っとらんぞ。お前たち二人で行ってこい」
「最初からそのつもりでーす」
先輩はそう言うと、私の手を引いて歩きだした。

そして数日後、私は駅前の小さな広場で先輩を待っていた。
終業式の日に約束した、やり直しデートだ。
先輩は自転車で来るように言っていたから、ここからどこかに行くのだろう。
ここから自転車で行ける距離には、大きなショッピング街などはないし、先輩も人混みには行かないと言っていた。
でも、あの時のような醜態を二度も晒すわけにはいかない。
私は数日前から規則正しい生活をして体調を整え、昨日は早めに寝て睡眠時間もばっちりだ。
そしてファッションは、先輩の選んでくれた、グリーンのラインの、清楚系ひざ丈ワンピースと麦わら帽子。こんな女の子っぽいのは少し恥ずかしいけど、デートなんだから、このくらいしてもいいだろう。
時計を見ると、待ち合わせの五分前だ。
先輩ならそろそろ来てもいい頃だ。
その時、突然、後ろから誰かに掴みかかられる。
「うわぁぁ!」
慌てて振り返ると、そこには先輩の笑顔があった。
「おはよ」
先輩は後ろから私の腰に腕を回して、抱き付いている。
「・・・おはようございます。何やってんですか、先輩」
「いやー、こんなところに美少女が一人で立ってたから、思わず抱き付いちゃったよ」
大きな柔らかい胸が形を変え、ムニムニと背中一面に当たっている。
「いや、美少女は『うわぁ』とか言わないでしょう」
「え? 今、言ったじゃん」
先輩は悪びれることもなく言い、ようやく放してくれる。
見れば、先輩も一緒に買ったブルーのラインの、お揃いのワンピースだった。
一目で仲良しと分かるその恰好は、少し照れ臭く、そして誇らしかった。
「はい、これ。今日のイベント」
そう言って先輩から渡されたパンフレットには市内の地図があって、あちこちに印がついている。
「今日はいろんなとこで、手芸とか雑貨とかの即売会やっててさ。自転車で回ると丁度いいんだよ。いろんな種類があるから、面白いものもあると思うよ」
確かに印の付いた場所を見ると、公園や遊歩道、スーパーの駐車場の他にも、お寺の境内や、町工場の敷地内など、普段はあまり入れない場所でもやっている。
しかも、手芸と聞いてぬいぐるみや刺繍を思い浮かべていたけど、ずっと多彩で、織物、民芸品、切り絵、ろう細工、竹細工、ワイヤー細工、陶器、木工から金工まで何でもありだった。
そしてそのほとんどが、個人が同人的にやっているものというのも驚きだ。
先輩は、年に数回やっているイベントだと言っていたけど、私は全く知らなかった。本当に知る人ぞ知る、というレベルなのか、単に私が出不精なだけなのか。
「もうやってるから、とりあえず近いとこから行ってみる?」
「はい。お任せします」
最初に先輩が選んだのは、神社の境内だった。
そこには長テーブルとパイプ椅子とビーチパラソルからなるブースが四つあった。内容は手作りキャンドルと、ペット用の服、流木のオブジェ、藁製の民芸品だった。
ジャンルは全く違うのに、ブースの人たちは和気藹々と話している。
それだけで、もうこのイベントがどういう雰囲気なのか分かった気がする。
先輩はペット用の服を作っていた中年女性と何か言葉を交わしていた。何回か参加していると、顔なじみも出来てくるのだろう。
そしてその隣には、屋台でかき氷と串に刺したパイナップルも売っていた。
「あんなのも来るんですね」
「うん、これは食べ歩きも兼ねてるからね。全部の会場に何かしら出てるよ」
パンフレットを見てみるけど、地図にはどこに何があるかなどは書かれていない。その代わりに、横の方に食べ物屋さんの名前だけが列記されている。
「屋台の場合はわざと場所を書かないで、宝探しみたいにしてるんだよ。多分、お食事系は市役所の駐車場にまとめてあると思うけど」
なるほど。よく考えてるなぁ・・・
そうすると、会場があちこちに分散しているのも、移動がてらに市内を観光してもらおうということなのだろうか。
私としては、人混みができないので、大変ありがたい。
私たちはそのブースを一通り見てから、次の会場に向かう。
自転車で数分の所の遊歩道に、さっきと同じようなブースが並んでいる。水引の小物、小さなサボテン、ワイヤー製の生き物を模したアクセサリーで、そこにはフルーツティーの移動販売車が止まっていた。
水引の小物はワークショップもやっていて、家族連れが係の人の説明を聞きながら、作品作りをしていた。
先輩はそこでピーチティーを買ったので、私もアップルティーを買って、回し飲みをする。
コンビニで売ってるようなものとは全然違う、自然な香りと濃厚な味わいが口の中に広がっていく。
「おいしい・・・」
「だよねー。 ・・・ちょっと高いけど」
先輩は笑顔で言う。
「じゃあ、次行くよ」
それから私たちは、いくつもの会場を回った。
中には先輩の知らないものもあって、二人で興味深く覗き込んだりもした。
「次はここだね」
そうして自転車を止めたのは、商店街から少し入ったところにある、いかにも老舗の和菓子屋さんだった。
その店の裏手の通用門をくぐると、中には大きなお屋敷と庭園が広がっていた。
市内にこんな場所があるなんて知らなかった・・・
靴を脱いでお屋敷に上がると、中では一部屋ごとに、瓢箪ランプ、手作りの食品サンプル、電子基板を使ったアクセサリー、金工細工があった。
やはりどれも興味深いものだったけど、その中でも一際目を引く物があった。
金工細工の所にあった、小さな箱だ。
藤色の本体に、金色の象嵌が施された繊細なものだ。大きさからして、小物入れかオルゴールだろう。
このイベントで販売されているんだから、市販品ではないはずだけど、どこかで見たような気がする。
「あ、ごめんなさい。それサンプルなんです」
私がじっと見ていたことに気付いたのか、店員の女の子が申し訳なさそうに言う。
「商品の方は前のイベントの時に売れちゃって。作るのに時間かかるんで、次はいつになるかは、ちょっと・・・」
「あ、はい・・・」
店員の方から話しかけられ、私は先輩と手を繋いで、そそくさとその部屋を出る。
「きれいな箱だったね。言っておけば予約とかできるかもよ?」
「あ、いえ、そこまでしなくても。ちょっと気になっただけなんで・・・」
そして奥の部屋に移ると、そこでは本格的な抹茶が振舞われていた。お茶請けはもちろん、このお店の和菓子だ。
「折角だし、ここで飲んでみない?」
テーブル席や縁側もある中、先輩が指差したのは、部屋の一角の、茶室を模した場所だった。茶道の体験だろうか。
そこにはきっちりとした和服のおばあさんが座っている。
「あの、いいですか?」
先輩が尋ねると、そのおばあさんはにっこりと笑う。
「いらっしゃい。そこに座ってね」
そう言っておばあさんは温めた茶碗に抹茶を入れ、お湯を注ぎ、茶筅で抹茶を点てていく。
その所作は淀みなく、流れるように美しかった。
先輩も見るのは初めてらしく、興味深そうに見入っていた。
「どうぞ」
おばあさんは茶碗を先輩に差しだす。
「ここでは作法なんて気にしないでいいのよ。おいしいお茶を飲んで欲しいだけなんだから」
「じゃあ、いただきます」
先輩は両手で茶碗を包むように持つと、ゆっくりと口に運ぶ。
「おいし・・・」
先輩はびっくりしたように言う。
「そう。よかったわ。そちらのお嬢さんにも」
「は、はい。いただきます」
私は先輩の真似をして、両手で受取り、同じように口を付ける。
それは抹茶ラテとは違う、ふわふわの飲み物だった。じんわりと温かさが広がり、ほのかな甘みが後からやって来る。
「・・・おいしいです」
「よかった」
そう言っておばあさんは私たちが抹茶を飲むのを、目を細めて眺めていた。
「お二人は高校生?」
「あ、はい、そうです」
「そう。やっぱり若い方が来るのはいいわね。もうお茶会も開かなくなったから、こういう機会に来てくれるのはとても嬉しいの」
「そうなんですか」
「えぇ。昔は近くの高校に茶道部があったんだけど、大分前になくなってね。それからは、自分の楽しみで点てるくらい」
ということは、このおばあさんは茶道の先生をしていたのだろうか。そう考えれば、手際の良さも、この抹茶のおいしさも納得だ。
私たちはそれからおいしい抹茶と和菓子をいただき、おばあさんにお礼を言って、部屋を後にする。
今度は一般にも開放されている庭園に出る。
辺りは静まり返り、苔の生い茂る中に飛び石が並んでいる。市内にもかかわらず、空気まで違う気がする。
私たちは飛び石を一つ一つ踏みしめるように歩きながら、庭園をぐるっと回っていく。
そして奥の方に大きな古い門が見えてくる。庭園の順路からは外れた場所で、昔の正門か何かだろう。
私がそちらを見ていると、先輩は「ちょっと・・・」と袖を引いて、そちらに行こうとする。
「はい?」
そっちは順路とは違うし、立ち入り禁止にはなっていないけど、すぐに行き止まりになると思うんだけど・・・
先輩は大きな門柱の陰で振り返る。
そして、いきなりキスをしてきた。
「え・・・?」
私が戸惑っている中で、先輩はお説教モードだ。
「もう、こんな所で何度も・・・ これで我慢してよね」
「え? な、何がですか・・・?」
「何がって・・・ だって何回もおパンツ見せて誘ってたじゃん」
飛んだ言いがかりだ。
「は? 見せてませんよ」
「今日は水色でしょ?」
当たってる・・・
「わざとじゃなかったの? さっき靴履く時なんか、丸見えだったよ」
全く意識してなかった・・・ 制服以外でスカート履くことなんてほとんどないから、油断していたかもしれない。
「そんなこと、他の人がいる前でするわけないじゃないですか。見えてたら教えてくださいよ・・・」
先輩に指摘され、今更ながらに恥ずかしさが込み上げてくる。
「他の人がいる前でって・・・ じゃあ、二人だけの時は?」
先輩がそう意地悪く上げ足を取ってくる。
「それは・・・ 先輩が見たいって言えば・・・」
私がそう言いかけるけど、先輩がにまにまと笑っているのが目に入る。
「そんなことより、次行きましょう。どうせなら全部見たいですし」
「そうだね~」
それから数か所を回ると、全部のイベント会場を見たことになる。
食べ歩きの方も、クレープ、たい焼き、串焼き肉、シェイク、フルーツゼリーと結構食べたし、大満足だ。
「どうだった?」
「すごくおもしろかったです。また来たいですね」
正直、これだけ面白いイベントなのに、客足が少なく、お店側は大丈夫なのかと心配になるくらいだ。
「今日来てたお店の方も、独自でイベントやってたりするから、今度はそっちの方にも行ってみない?」
「いいですね。お願いします」
そして、私は改めて先輩に向き直る。
「それで、本当はもっと早く、前のデートの時に言うつもりだったんですけど・・・」
「ん?」
「あの、こんな私を選んでくれて、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「うん・・・」
先輩の目に涙が光る。
「こちらこそよろしくね」
「はい」
こうして私たちのやり直しデートは、成功裏に終わったのだった。
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