残酷な描写あり
第38話 本当の意味で友達に
正午のティータイム、カフェ・ドスールの正面ストリートで、唐突に戦いは始まってしまった。もかさんが『超克の教団』の信者であるかどうか、それを確かめる為に揺さぶりをかけたら、ケンカを吹っかける形で勝負を仕掛けられてしまった。
いや、一番の地雷は『警察とのトラブル』について言及した事だ。恐らくあったと思われる、もかさんが警察を嫌うようになった理由。事ある毎に嫌悪する理由が、必要以上に刺激してしまった。いずれにしろこの流れ、僕のミスには違いない。
「二度も……受けないよ、そんなさ!」
「ふぅ〜ん」
もかさんのキックを受け止めながら、僕は彼女を見つめる。赤紫色の冷めた目だった。ムリもない、もかさんから見たら僕は情けない姿ばかり見せてきた。せいぜいが昨日の『ドウグラマグラ』と我武者羅に戦った様子だ。だからこそ──
そうして思考していたら、もかさんの足が引っ込められ、コンクリートの地面を蹴って再びキックが放たれる。それを喰らい、僕はヨタヨタと怯む。
対してもかさんは片足立ちのまま静止している。なんて体幹だ。考えてみればスカートでキックなんてのも、よくやろうと思う。
「がんばって遊び誘ったかと思えば、やれリンカーだ教団だって話持ち出してカンタンにアタシにボコられる。もしデートプランだったなら100点中マイナス100万ね!」
「いたた……。これ自体も僕のプランの一つだよ。もかさんに僕の力を示す。教団が危ないと知ってるもかさん相手なら、それが手っ取り早いでしょう?」
「説得力皆無ね。格上だってわかってないのかしら」
「『ニンヒト』!」
もかさんの後方から、一筋の光が放たれる。それはもかさんが少し首を傾けただけで避けられた。が、それ以上に大きな意味がある。
もかさんのリンカー『ソドシラソ』によって出された格闘家風の男と交戦しながら、ヒカリは本体であるもかさんへの直接攻撃を虎視眈々と狙っている。ヒカリの加勢があること、それを示すことに意味があるのだ。
「相棒と合わせて僕らが格上だ」
「知ってる、その上でアタシが上」
足を打ち鳴らし、もかさんが再び迫る。僕はへっぴり腰になりながらも、キックの連撃をなんとか避けていく。
その間にもヒカリは三人の男たちと交戦中だ。交戦しながらも、僕は指の合図で『ニンヒト』を詠唱し、光線を放たせる。
射線上にならない、角度も考慮しかわせるようにする。あとは如何に、僕自身がもかさんの猛攻を凌げるかだ。
「アンタ気づかないの? アタシ、リンカー能力でヒカリに三体だけ差し向けてるって事が。まだリンカーすらアンタにけしかけてない事が!」
「三体? たかが三人だけでいいんですか?」
瞬間、打撃音が響く。ヒカリが羽交い締めにされてたけど、器用に体を捻り、別の男性たちのアゴに蹴りをかまし、拘束からも逃れたのだ。
そのヒカリがサっと、僕と並び立つ。想定通りの流れだ。『ソドシラソ』に召喚された男たちは、黒いチリになって消滅する。
「お待たせ」
「全然待ってないよ」
「アンタって、ケッコー減らず口なのね……。あー、ヤダヤダ」
ふと、もかさんが周りを見る。観衆が少し賑わい始めていたのだ。こんなストリートのド真ん中で戦闘しているのだから、目立ってしょうがない。
「何見てんのよ。見世物じゃないのよ、散れ散れ!」
「『ニンヒト』!」
すかさず『ニンヒト』を唱える。放たれた光線に観衆が歓声を挙げる。が、それはもかさんの動きにシンクロしたリンカー、『ソドシラソ』の腕に弾かれた。当たり前か。
「余所見するものだから、つい。だって本気で殺しに来る相手との戦闘だったら甘くはいかない、そうでしょう?」
「それがスキとでも? たかが女子高生相手に得意げになるな、相手は成人男性だっているのよ!」
「詳しいんですね」
「何アンタ、余裕ぶって。徹底的にムダだってわからせるしかないのかしらねぇ……!」
もかさんが勢いよく地面に手をつける。その手を中心に赤いエネルギーのような波紋が拡がり、覆面を被った忍者のような人物が5人。体格の違いから男型4、女型1人が召喚された。
「見世物じゃないっつったばっかだけど。コレ全部手品だから」
「もかさんの能力、『職業を模したリアルな人形を召喚する』能力か……?」
「さあどうでしょう。言えるのは、たった5人を操ってアンタを叩きのめすぐらい、カンタンだってこと」
徐ろに右手を挙げるもかさん。わかりやすい、その手を真っ直ぐ僕らへ向けると、忍者衆が刀を構え襲いかかってくる。
刀の分、リーチはある。けれどもう、理解している。
やってみる。自然体で、片足を半歩、下げ──
──ゴスッ。
「……ふぅ。殴り合いって、やっぱ怖いかも」
「は? え、アンタ、タマキ?」
もかさんは目を丸くしていた。
僕は、ヒカリが周りの敵を飛んで回って拳で相手にする中で、説明を始める。
「『カウンター』なんてものを試みたんだよ。僕みたいな貧弱でも、相手の動きを観察して、向かってくる相手に相対速度に則って反対方向に、急所へ一点攻撃すれば、大きい威力のカウンターになる」
先陣を切った忍者の1人が真っ直ぐ刀を振り下ろしたのを見て、向かって身を引き右に流して避ける。それと共に腰にスナップをかけて回転、腰から肘に力を込め、ガラ空きになった相手の胸部に掌底を打った。
というのは、僕の脳内シミュレーションと復習。
「いや誰が説明しろっつった! テスト勉強なら帰ってからやんなさい!」
ヒカリへ向けていた矛先が、僕へ向けられる。さらに3人の忍者が追加され、けしかけられる。
1人は最小限の動きの流しと裏拳一発のカウンターで捌くも、残る4人の敵が、僕へ襲いかかり──!
「『ニンヒト』! それから──」
光線が横切る。3人の忍者を打ち、そして──。
「ぷらな、彼方!」
ワンテンポ遅れて。
打撃音と、風を切る音。残る4人の忍者が吹き飛ばされ、ストリートを転がる。
「え、えと、これでいいの?!」
「ま〜、そりゃ頼られるのは嬉しいけどさぁ。急すぎでしょ」
ぷらなと彼方だ。それぞれのリンカーを展開し、僕らともかさんの間に割って入ったのだ。
前に立つ2人と、僕らは並び立つ。僕は確かな意志で指示を出す。
「ぷらなは『ラブずっきゅん』の『ベクトル操作』で正面突破を、彼方は『ジョニー・B・グッディーズ』の6体を使って僕らの後方支援を!」
「りょ、りょーかいですっ!」
「友達同士のケンカに割り込む気はないんだけどねぇ」
「さて、私は?」
ヒカリに、僕は笑みを返す。
「僕と一緒に来て!」
「ん〜、最っ高の指示ね」
僕らは駆け出す、もかさんへ向かって、真っ直ぐに。
「だったらコレは、アタシからの挑戦状」
もかさんが『ソドシラソ』と共に、再び地面に手を添える。召喚されたのは西洋甲冑、プレートアーマーの騎士隊だ。15世紀、中世後期のヨーロッパで馴染み深いその騎士が4体。忍者と合わせて12体。それらが襲いかかる。
冷静に正面を見据える僕に対して、ぷらなは大慌てだ。
「どうしよタマキちゃん!? つよそーなの来ちゃった!」
「強くて、そして重い。引き続き中央突破で行こう」
「どうやって!?」
「持ち上げるのさ! 『ベクトル』で!」
ぷらなの右手を取る。されるがままのぷらなの手を伸ばし、振り下ろされる騎士のロングソードが、その手のひらに当たろうと──!
ギュンッ! ガシャアンッ!!
した、その時だ。ぷらなのリンカー『ラブずっきゅん』の『ベクトル操作』が発動し、その騎士を1体スッ飛ばしてもう1体へと勢いよくぶつかったのだ。
「鉄の塊同士、いい武器になる。こんな感じで突破しよう」
「す……スゴいよタマキちゃん!」
「スゴいのはぷらなだよ。まさか本当にあの重さの鎧が吹っ飛ぶとは……。ちょっとドキドキ」
そうしてる間にも『ソドシラソ』軍団は攻めてくる。僕らの背後から迫る忍者達。それらは飛来してきた人物と、大きな打撃音に遮られる。彼方だ。背中に戦闘機を模したバックパックを装備し、浮遊してキックをしたのだ。
「それで!? オレの役割はコレで合ってるの!?」
「大正解だよ!」
「ほいほいそっちも!」
「っ! 『ニンヒト』!」
『グッディーズ』の2号、3号が弾丸のような形状に変化して飛び、『ニンヒト』の光線3本と共に忍者を打つ。
それでもさらに攻撃の波は激しさを増す。というより、もかさんがドンドン増やしているようだった。気づけば侍だのレスラーだの、めちゃくちゃな人物が召喚され、混戦を極めていた。
僕らのうち他3人はリンカー能力があるからともかく、生身の僕自身は付け焼き刃の格闘がせいぜいだ、避けるので精一杯だ。ぷらなも『ラブずっきゅん』で弾き飛ばすにしても限度が……いや!
「よーし土壇場でいいこと思いついた! ぷらな!」
「えっ!? あっ、はい!」
「例えば、地面に手をつけてみて、そうした場合動くのは地面? それとも自分?」
「え? えぇっと…………。いややった事あるかも!」
ぷらなは僕の手を取る。僕もその手を握り返し、ヒカリの手を取る。
確認せず、即座にぷらなはコンクリートの地面に手をつけた。すると──
ギュンッ!
僕らの身が引っ張られる、ぷらなに! 正確には万有引力に基づいて、地面に引っ張られてるような感覚だ。
「なっ……! こいつっ!」
チョップが繰り出される、『ソドシラソ』の! 右腕だ、それを瞬時に見極め即座に後退し、右手を流して懐に潜り込み──!
「これで──」
「あっ……!」
「届く!」
──静寂。
「ピタっ……と止まった……けど」
彼方が呟く。『ソドシラソ』軍団が止まっていたのだ。もかさんと連動して。
僕は掌底を打たなかった。寸前で、その手を止めた。
「……どうしたの。舐めプしてるワケ?」
「友達は傷つけられないよ」
もかさんの目が見開かれる。頬が薄く紅く染まる。
口が、ぱく、と開く。
「なっ……ぁーんか、ナチュラルに加勢しちゃってるけどさぁ。アンタらいいワケ? 結局タマキ1人じゃアタシ程度にも勝てない、アタシにゃそう映るけど?」
「叩きのめして、ムダだってわからせるしかない。君はそう言った。僕も同じだ。シンプルな実力だけが力を示す事じゃない。ヒカリに指示を飛ばして上手く行動してもらうのが、僕に出来る最大限の役割だ」
「結局ソレ、アンタは無力で……」
「いいや。僕の特技でもある『観察力』。これを活かして、味方の能力を最大限に引き出して、敵のウィークポイントを探し出す。そういう事も、これまでやってきた」
「やってきたって……」
「僕のできる事で、僕の持つ能力で! もかさんを納得させる!」
「それがヒーローごっこだって……!」
言葉を次々言いかけたもかさん、だったが。握った拳から力が抜け、溜め息と共に軍団が、リンカーの『ソドシラソ』が消え。
「はぁーっ、ヤメヤメ! わかったわかった、降参よ!」
ヤレヤレと、肩を竦めて手を上げたのだ。
「……え?」
いや思わず声が裏返っちゃったし。
「参ったって言ったの! もう終わり! じゅーぶん納得したわよ! なんでアンタが驚いてるのよ、その言葉を求めてたアンタがさぁ!」
いやもかさんのプレッシャーの圧されるし。
「……なぁ〜んでアンタが困ってるワケ」
「あっ、いや、思ったよりアッサリだったなぁ〜……なんて」
「やりにくいわねぇ〜っ!」
なんてやってたら、肩をポン。もかさんも肩ポン。彼方であった。
「つーか、オレからしたらふたりとも頭に血が上りすぎ。殴り合えばお互いわかってくれるだろとか、スポ根漫画かよ」
「……すみません。もかさん、も」
「ハァ? どういう情緒よ」
「いや、あの、僕はもかさんが教団のメンバーじゃないっていう確証が欲しかった。だってこれまでの行動を考えると、教団と結びついて仕方がなかったから」
「だからってアンタ、あんな挑発じみたことばっか……」
「ホントに、ごめんなさいっ」
何にしてももかさんの言う通り、僕が煽り過ぎたんだ。非は僕にある。とにかく頭を下げて謝罪の気持ちを伝えないと。それがもかさんに伝わった、その空気が肌で感じられた。
「……いいわよ。アタシもムキになった。ゴメン、謝る」
「あっ、ありがとうございます、もかさん」
「そ、れ、と!」
「あっ、はいぃ……!」
距離近いぃ……!
「その『もかさん』ってのはナシ! 『もか』でいいって言ったでしょ! あと敬語キャラでもないんなら、それもなくてヨシ!」
「……は、ハハっ、確かに。なんか、なんとなく、あっ、もか……って圧スゴイなぁって、感じてて」
「アンタやっぱいい性格してるわよねぇ〜……」
「ハッ、ハハハッ……」
苦笑いで誤魔化すしかなくなっちゃうって〜……!
なんてビミョーな笑い方で察してくれたのか、もかは溜め息ついて話を切り替える。その表情に、寂しさを含ませて。
「……アタシが警察にどうとか、アンタ言ってたけど。ま、その通りよ。3年前になるわ。アタシのお姉ちゃん、特能課に配属してたの」
「……え?」
「特能課よ! 再寧もそのときいたわ、重要な位置にね!」
耳を疑ったのは確かだ。聞き返したのは確かだ。それでもそうせざるを得なかった。もかにお姉さんがいて、特能課にいた。
彼方はバツが悪そうに口を僅かに開き頬を掻く。もかは話を続ける。
「そんで、お姉ちゃんと再寧でリンカー周りの事件取り締まってたのよ。後から知ったけど、当時の2大エースだっつってね」
「“ちの”さんでしょ? まさかあのおチビ警察さんと、バディ組んでたとはだけどさぁ」
「……アンタは知らないでしょ彼方。お姉ちゃん、事故あって入院して、それから特能課とはサッパリだって」
「えっ、えっ」
彼方だけ着いていってる……! 僕ら3人蚊帳の外……!
「そりゃあ……知らなかったけどさ。オレのお母さんもお姉ちゃんも、ちのさんのこと心配して……!」
「心配ご無用! 実家継ぐって元気そうにしてるわ」
「神子柴神社を? ンならなおさら顔ぐらい覗かせてもイージャン!」
「はぁ?! なんでアンタをオンボロ神社に上げなきゃなんないのよ!?」
「あの……」
顔近っ。
「ちっちゃい頃からの付き合いでしょ何度境内で遊んだと思ってんだよっ……!」
指組んで押し合いし始めたし。
「そんなんでアタシのウチにアンタ上げなきゃなんない理由になんないでしょうがっ……!」
「あの〜……」
「「なに!?」」
「もか……さんが警察に不信感を持つ理由は分かりましたしぃ〜……僕は納得しましたしぃ〜……それに……」
周りを指差し。
「周囲の目……」
「「……スミマセンでした」」
「あら、終わっちゃったわ」
「いいトコだったのにぃ〜! チュ、とかしたりしてぇ〜!」
止めろや。
そんな時、もかが両手をぱんっ、として。
「あっ! てか乱暴にしちゃったから服汚しちゃってるわよね! ゴメンゴメンそれが一番ゴメンかも!」
「えっ、あっ、いやそんな大丈夫ですよこれぐらい」
「気が済まないわよホラ!」
「じゃあ私も!」
「じゃあオレは背中から〜」
「えいえい」
「ぐわあああ」
なぜ僕は4人に囲まれてぱんぱん体を払われてるのだ……!
「ホラホラ! せっかくのオシャレが台無しなっちゃうわよ!」
「ホントにカワイイファッションよねぇ〜……! んほぉぉぉっ! もうっ、ガマンできないっ、タマキちゃっ、んっ、揉ませてっ」
「バケモノ……?」
友達がバケモノに変異すると人は恐怖するばかりなんだなぁ……。
「だったらヒカリちゃんっ」
「ぶつわよ」
「彼方ちゃんっ」
彼方が無言で握り拳を振り上げると、ぷらなはようやく静かになった。
「アンタらの緊張感の無さったらさぁ……」
「はわわ……」
お、怒らせてしまった、もかを……。せっかく一息ついたのにまた拗れてっ!
「ま、いーんだけどさっ! アタシだけハブられてて、ソレがいっちばんヤだったし!」
一通り払い終えたのもあってか、もかは自分の手をパンパンし、どっか行こうとし……。振り返る。
「なにボーっとしてんのよ。プラン遂行中なんでしょ? タマキ」
「……うん! も、もか!」
元々カフェでランチでもしようとしてたんだった。僕らはカフェ・ドスールへ戻っていった。
もかと本当の意味で友達になれたような気がする。取り繕う……という訳じゃないけど、もかとの壁が取り払われて、距離感がちゃんと近づいて。
いつか再寧さんの人柄を理解してくれるだろうか。再寧さんも、もかへの後ろめたさを撤廃してくれるだろうか。
……これから僕も、もっと仲良くなれるだろうか。胸が、暖かくなる──。
*
夜。桜見街。繁華街。
独り、歩くもか。
もかが笑顔で振り返る。誰もいない。人影があったようにも見えたが、いなくなっていた。
歩く。路地裏に向かって。
一人の男性。『ソドシラソ』で出現させた死人同然の表情の男性。
もかがいない。路地裏に入ってない。
男性、例の機械である『テクノ』を持つ。1人の人間に向かう。
人差し指。
「救済は心に宿る」
もかが、同じポーズで、寂しげに呟く──。
いや、一番の地雷は『警察とのトラブル』について言及した事だ。恐らくあったと思われる、もかさんが警察を嫌うようになった理由。事ある毎に嫌悪する理由が、必要以上に刺激してしまった。いずれにしろこの流れ、僕のミスには違いない。
「二度も……受けないよ、そんなさ!」
「ふぅ〜ん」
もかさんのキックを受け止めながら、僕は彼女を見つめる。赤紫色の冷めた目だった。ムリもない、もかさんから見たら僕は情けない姿ばかり見せてきた。せいぜいが昨日の『ドウグラマグラ』と我武者羅に戦った様子だ。だからこそ──
そうして思考していたら、もかさんの足が引っ込められ、コンクリートの地面を蹴って再びキックが放たれる。それを喰らい、僕はヨタヨタと怯む。
対してもかさんは片足立ちのまま静止している。なんて体幹だ。考えてみればスカートでキックなんてのも、よくやろうと思う。
「がんばって遊び誘ったかと思えば、やれリンカーだ教団だって話持ち出してカンタンにアタシにボコられる。もしデートプランだったなら100点中マイナス100万ね!」
「いたた……。これ自体も僕のプランの一つだよ。もかさんに僕の力を示す。教団が危ないと知ってるもかさん相手なら、それが手っ取り早いでしょう?」
「説得力皆無ね。格上だってわかってないのかしら」
「『ニンヒト』!」
もかさんの後方から、一筋の光が放たれる。それはもかさんが少し首を傾けただけで避けられた。が、それ以上に大きな意味がある。
もかさんのリンカー『ソドシラソ』によって出された格闘家風の男と交戦しながら、ヒカリは本体であるもかさんへの直接攻撃を虎視眈々と狙っている。ヒカリの加勢があること、それを示すことに意味があるのだ。
「相棒と合わせて僕らが格上だ」
「知ってる、その上でアタシが上」
足を打ち鳴らし、もかさんが再び迫る。僕はへっぴり腰になりながらも、キックの連撃をなんとか避けていく。
その間にもヒカリは三人の男たちと交戦中だ。交戦しながらも、僕は指の合図で『ニンヒト』を詠唱し、光線を放たせる。
射線上にならない、角度も考慮しかわせるようにする。あとは如何に、僕自身がもかさんの猛攻を凌げるかだ。
「アンタ気づかないの? アタシ、リンカー能力でヒカリに三体だけ差し向けてるって事が。まだリンカーすらアンタにけしかけてない事が!」
「三体? たかが三人だけでいいんですか?」
瞬間、打撃音が響く。ヒカリが羽交い締めにされてたけど、器用に体を捻り、別の男性たちのアゴに蹴りをかまし、拘束からも逃れたのだ。
そのヒカリがサっと、僕と並び立つ。想定通りの流れだ。『ソドシラソ』に召喚された男たちは、黒いチリになって消滅する。
「お待たせ」
「全然待ってないよ」
「アンタって、ケッコー減らず口なのね……。あー、ヤダヤダ」
ふと、もかさんが周りを見る。観衆が少し賑わい始めていたのだ。こんなストリートのド真ん中で戦闘しているのだから、目立ってしょうがない。
「何見てんのよ。見世物じゃないのよ、散れ散れ!」
「『ニンヒト』!」
すかさず『ニンヒト』を唱える。放たれた光線に観衆が歓声を挙げる。が、それはもかさんの動きにシンクロしたリンカー、『ソドシラソ』の腕に弾かれた。当たり前か。
「余所見するものだから、つい。だって本気で殺しに来る相手との戦闘だったら甘くはいかない、そうでしょう?」
「それがスキとでも? たかが女子高生相手に得意げになるな、相手は成人男性だっているのよ!」
「詳しいんですね」
「何アンタ、余裕ぶって。徹底的にムダだってわからせるしかないのかしらねぇ……!」
もかさんが勢いよく地面に手をつける。その手を中心に赤いエネルギーのような波紋が拡がり、覆面を被った忍者のような人物が5人。体格の違いから男型4、女型1人が召喚された。
「見世物じゃないっつったばっかだけど。コレ全部手品だから」
「もかさんの能力、『職業を模したリアルな人形を召喚する』能力か……?」
「さあどうでしょう。言えるのは、たった5人を操ってアンタを叩きのめすぐらい、カンタンだってこと」
徐ろに右手を挙げるもかさん。わかりやすい、その手を真っ直ぐ僕らへ向けると、忍者衆が刀を構え襲いかかってくる。
刀の分、リーチはある。けれどもう、理解している。
やってみる。自然体で、片足を半歩、下げ──
──ゴスッ。
「……ふぅ。殴り合いって、やっぱ怖いかも」
「は? え、アンタ、タマキ?」
もかさんは目を丸くしていた。
僕は、ヒカリが周りの敵を飛んで回って拳で相手にする中で、説明を始める。
「『カウンター』なんてものを試みたんだよ。僕みたいな貧弱でも、相手の動きを観察して、向かってくる相手に相対速度に則って反対方向に、急所へ一点攻撃すれば、大きい威力のカウンターになる」
先陣を切った忍者の1人が真っ直ぐ刀を振り下ろしたのを見て、向かって身を引き右に流して避ける。それと共に腰にスナップをかけて回転、腰から肘に力を込め、ガラ空きになった相手の胸部に掌底を打った。
というのは、僕の脳内シミュレーションと復習。
「いや誰が説明しろっつった! テスト勉強なら帰ってからやんなさい!」
ヒカリへ向けていた矛先が、僕へ向けられる。さらに3人の忍者が追加され、けしかけられる。
1人は最小限の動きの流しと裏拳一発のカウンターで捌くも、残る4人の敵が、僕へ襲いかかり──!
「『ニンヒト』! それから──」
光線が横切る。3人の忍者を打ち、そして──。
「ぷらな、彼方!」
ワンテンポ遅れて。
打撃音と、風を切る音。残る4人の忍者が吹き飛ばされ、ストリートを転がる。
「え、えと、これでいいの?!」
「ま〜、そりゃ頼られるのは嬉しいけどさぁ。急すぎでしょ」
ぷらなと彼方だ。それぞれのリンカーを展開し、僕らともかさんの間に割って入ったのだ。
前に立つ2人と、僕らは並び立つ。僕は確かな意志で指示を出す。
「ぷらなは『ラブずっきゅん』の『ベクトル操作』で正面突破を、彼方は『ジョニー・B・グッディーズ』の6体を使って僕らの後方支援を!」
「りょ、りょーかいですっ!」
「友達同士のケンカに割り込む気はないんだけどねぇ」
「さて、私は?」
ヒカリに、僕は笑みを返す。
「僕と一緒に来て!」
「ん〜、最っ高の指示ね」
僕らは駆け出す、もかさんへ向かって、真っ直ぐに。
「だったらコレは、アタシからの挑戦状」
もかさんが『ソドシラソ』と共に、再び地面に手を添える。召喚されたのは西洋甲冑、プレートアーマーの騎士隊だ。15世紀、中世後期のヨーロッパで馴染み深いその騎士が4体。忍者と合わせて12体。それらが襲いかかる。
冷静に正面を見据える僕に対して、ぷらなは大慌てだ。
「どうしよタマキちゃん!? つよそーなの来ちゃった!」
「強くて、そして重い。引き続き中央突破で行こう」
「どうやって!?」
「持ち上げるのさ! 『ベクトル』で!」
ぷらなの右手を取る。されるがままのぷらなの手を伸ばし、振り下ろされる騎士のロングソードが、その手のひらに当たろうと──!
ギュンッ! ガシャアンッ!!
した、その時だ。ぷらなのリンカー『ラブずっきゅん』の『ベクトル操作』が発動し、その騎士を1体スッ飛ばしてもう1体へと勢いよくぶつかったのだ。
「鉄の塊同士、いい武器になる。こんな感じで突破しよう」
「す……スゴいよタマキちゃん!」
「スゴいのはぷらなだよ。まさか本当にあの重さの鎧が吹っ飛ぶとは……。ちょっとドキドキ」
そうしてる間にも『ソドシラソ』軍団は攻めてくる。僕らの背後から迫る忍者達。それらは飛来してきた人物と、大きな打撃音に遮られる。彼方だ。背中に戦闘機を模したバックパックを装備し、浮遊してキックをしたのだ。
「それで!? オレの役割はコレで合ってるの!?」
「大正解だよ!」
「ほいほいそっちも!」
「っ! 『ニンヒト』!」
『グッディーズ』の2号、3号が弾丸のような形状に変化して飛び、『ニンヒト』の光線3本と共に忍者を打つ。
それでもさらに攻撃の波は激しさを増す。というより、もかさんがドンドン増やしているようだった。気づけば侍だのレスラーだの、めちゃくちゃな人物が召喚され、混戦を極めていた。
僕らのうち他3人はリンカー能力があるからともかく、生身の僕自身は付け焼き刃の格闘がせいぜいだ、避けるので精一杯だ。ぷらなも『ラブずっきゅん』で弾き飛ばすにしても限度が……いや!
「よーし土壇場でいいこと思いついた! ぷらな!」
「えっ!? あっ、はい!」
「例えば、地面に手をつけてみて、そうした場合動くのは地面? それとも自分?」
「え? えぇっと…………。いややった事あるかも!」
ぷらなは僕の手を取る。僕もその手を握り返し、ヒカリの手を取る。
確認せず、即座にぷらなはコンクリートの地面に手をつけた。すると──
ギュンッ!
僕らの身が引っ張られる、ぷらなに! 正確には万有引力に基づいて、地面に引っ張られてるような感覚だ。
「なっ……! こいつっ!」
チョップが繰り出される、『ソドシラソ』の! 右腕だ、それを瞬時に見極め即座に後退し、右手を流して懐に潜り込み──!
「これで──」
「あっ……!」
「届く!」
──静寂。
「ピタっ……と止まった……けど」
彼方が呟く。『ソドシラソ』軍団が止まっていたのだ。もかさんと連動して。
僕は掌底を打たなかった。寸前で、その手を止めた。
「……どうしたの。舐めプしてるワケ?」
「友達は傷つけられないよ」
もかさんの目が見開かれる。頬が薄く紅く染まる。
口が、ぱく、と開く。
「なっ……ぁーんか、ナチュラルに加勢しちゃってるけどさぁ。アンタらいいワケ? 結局タマキ1人じゃアタシ程度にも勝てない、アタシにゃそう映るけど?」
「叩きのめして、ムダだってわからせるしかない。君はそう言った。僕も同じだ。シンプルな実力だけが力を示す事じゃない。ヒカリに指示を飛ばして上手く行動してもらうのが、僕に出来る最大限の役割だ」
「結局ソレ、アンタは無力で……」
「いいや。僕の特技でもある『観察力』。これを活かして、味方の能力を最大限に引き出して、敵のウィークポイントを探し出す。そういう事も、これまでやってきた」
「やってきたって……」
「僕のできる事で、僕の持つ能力で! もかさんを納得させる!」
「それがヒーローごっこだって……!」
言葉を次々言いかけたもかさん、だったが。握った拳から力が抜け、溜め息と共に軍団が、リンカーの『ソドシラソ』が消え。
「はぁーっ、ヤメヤメ! わかったわかった、降参よ!」
ヤレヤレと、肩を竦めて手を上げたのだ。
「……え?」
いや思わず声が裏返っちゃったし。
「参ったって言ったの! もう終わり! じゅーぶん納得したわよ! なんでアンタが驚いてるのよ、その言葉を求めてたアンタがさぁ!」
いやもかさんのプレッシャーの圧されるし。
「……なぁ〜んでアンタが困ってるワケ」
「あっ、いや、思ったよりアッサリだったなぁ〜……なんて」
「やりにくいわねぇ〜っ!」
なんてやってたら、肩をポン。もかさんも肩ポン。彼方であった。
「つーか、オレからしたらふたりとも頭に血が上りすぎ。殴り合えばお互いわかってくれるだろとか、スポ根漫画かよ」
「……すみません。もかさん、も」
「ハァ? どういう情緒よ」
「いや、あの、僕はもかさんが教団のメンバーじゃないっていう確証が欲しかった。だってこれまでの行動を考えると、教団と結びついて仕方がなかったから」
「だからってアンタ、あんな挑発じみたことばっか……」
「ホントに、ごめんなさいっ」
何にしてももかさんの言う通り、僕が煽り過ぎたんだ。非は僕にある。とにかく頭を下げて謝罪の気持ちを伝えないと。それがもかさんに伝わった、その空気が肌で感じられた。
「……いいわよ。アタシもムキになった。ゴメン、謝る」
「あっ、ありがとうございます、もかさん」
「そ、れ、と!」
「あっ、はいぃ……!」
距離近いぃ……!
「その『もかさん』ってのはナシ! 『もか』でいいって言ったでしょ! あと敬語キャラでもないんなら、それもなくてヨシ!」
「……は、ハハっ、確かに。なんか、なんとなく、あっ、もか……って圧スゴイなぁって、感じてて」
「アンタやっぱいい性格してるわよねぇ〜……」
「ハッ、ハハハッ……」
苦笑いで誤魔化すしかなくなっちゃうって〜……!
なんてビミョーな笑い方で察してくれたのか、もかは溜め息ついて話を切り替える。その表情に、寂しさを含ませて。
「……アタシが警察にどうとか、アンタ言ってたけど。ま、その通りよ。3年前になるわ。アタシのお姉ちゃん、特能課に配属してたの」
「……え?」
「特能課よ! 再寧もそのときいたわ、重要な位置にね!」
耳を疑ったのは確かだ。聞き返したのは確かだ。それでもそうせざるを得なかった。もかにお姉さんがいて、特能課にいた。
彼方はバツが悪そうに口を僅かに開き頬を掻く。もかは話を続ける。
「そんで、お姉ちゃんと再寧でリンカー周りの事件取り締まってたのよ。後から知ったけど、当時の2大エースだっつってね」
「“ちの”さんでしょ? まさかあのおチビ警察さんと、バディ組んでたとはだけどさぁ」
「……アンタは知らないでしょ彼方。お姉ちゃん、事故あって入院して、それから特能課とはサッパリだって」
「えっ、えっ」
彼方だけ着いていってる……! 僕ら3人蚊帳の外……!
「そりゃあ……知らなかったけどさ。オレのお母さんもお姉ちゃんも、ちのさんのこと心配して……!」
「心配ご無用! 実家継ぐって元気そうにしてるわ」
「神子柴神社を? ンならなおさら顔ぐらい覗かせてもイージャン!」
「はぁ?! なんでアンタをオンボロ神社に上げなきゃなんないのよ!?」
「あの……」
顔近っ。
「ちっちゃい頃からの付き合いでしょ何度境内で遊んだと思ってんだよっ……!」
指組んで押し合いし始めたし。
「そんなんでアタシのウチにアンタ上げなきゃなんない理由になんないでしょうがっ……!」
「あの〜……」
「「なに!?」」
「もか……さんが警察に不信感を持つ理由は分かりましたしぃ〜……僕は納得しましたしぃ〜……それに……」
周りを指差し。
「周囲の目……」
「「……スミマセンでした」」
「あら、終わっちゃったわ」
「いいトコだったのにぃ〜! チュ、とかしたりしてぇ〜!」
止めろや。
そんな時、もかが両手をぱんっ、として。
「あっ! てか乱暴にしちゃったから服汚しちゃってるわよね! ゴメンゴメンそれが一番ゴメンかも!」
「えっ、あっ、いやそんな大丈夫ですよこれぐらい」
「気が済まないわよホラ!」
「じゃあ私も!」
「じゃあオレは背中から〜」
「えいえい」
「ぐわあああ」
なぜ僕は4人に囲まれてぱんぱん体を払われてるのだ……!
「ホラホラ! せっかくのオシャレが台無しなっちゃうわよ!」
「ホントにカワイイファッションよねぇ〜……! んほぉぉぉっ! もうっ、ガマンできないっ、タマキちゃっ、んっ、揉ませてっ」
「バケモノ……?」
友達がバケモノに変異すると人は恐怖するばかりなんだなぁ……。
「だったらヒカリちゃんっ」
「ぶつわよ」
「彼方ちゃんっ」
彼方が無言で握り拳を振り上げると、ぷらなはようやく静かになった。
「アンタらの緊張感の無さったらさぁ……」
「はわわ……」
お、怒らせてしまった、もかを……。せっかく一息ついたのにまた拗れてっ!
「ま、いーんだけどさっ! アタシだけハブられてて、ソレがいっちばんヤだったし!」
一通り払い終えたのもあってか、もかは自分の手をパンパンし、どっか行こうとし……。振り返る。
「なにボーっとしてんのよ。プラン遂行中なんでしょ? タマキ」
「……うん! も、もか!」
元々カフェでランチでもしようとしてたんだった。僕らはカフェ・ドスールへ戻っていった。
もかと本当の意味で友達になれたような気がする。取り繕う……という訳じゃないけど、もかとの壁が取り払われて、距離感がちゃんと近づいて。
いつか再寧さんの人柄を理解してくれるだろうか。再寧さんも、もかへの後ろめたさを撤廃してくれるだろうか。
……これから僕も、もっと仲良くなれるだろうか。胸が、暖かくなる──。
*
夜。桜見街。繁華街。
独り、歩くもか。
もかが笑顔で振り返る。誰もいない。人影があったようにも見えたが、いなくなっていた。
歩く。路地裏に向かって。
一人の男性。『ソドシラソ』で出現させた死人同然の表情の男性。
もかがいない。路地裏に入ってない。
男性、例の機械である『テクノ』を持つ。1人の人間に向かう。
人差し指。
「救済は心に宿る」
もかが、同じポーズで、寂しげに呟く──。