残酷な描写あり
一騎討ち
大軍同士の戦は源平合戦の頃と違い、規模が大きいゆえに個人の戦いはあまり重視されない――そう考えられているが、ある意味正しくもあり間違いでもある。
まず正しさで言うのなら、権力者は軍団という戦力を持っているからゆえに成り立っている。つまり軍団を潰せば個人の武勇など無に帰すのだ。
しかしこれは戦略面からの話だ。戦術面からすると、個人の武勇が戦局に影響する場合が多々ある。
そう。今回の戦、敦賀の戦いでそれは大いに証明されることになった――
「真柄直隆、こちらに向けて進軍しております！ お退きくだされ！」
伝令の知らせを聞いたお屋形様は悔しそうに歯軋りした。
「おのれ……またしても立ちふさがるか！ 真柄！」
お屋形様が怒るのも無理はない。何故なら先の敗戦でも真柄にしてやられたのだから。
「お屋形様！ 拙者に――槍の又左にお任せくだされ！」
馬廻り衆を指揮していた前田さまがお屋形様に進言する。
僕は本陣でお屋形様の傍に居て、その様子を見ていた。本来なら秀吉の元に居るべきだったけど、本陣に輸送隊の状況を報告するために来たのだ。早々に立ち去ろうとしたけど、この報告で足を止めてしまった。
「このままでは、本陣すら危うくなります！ 拙者が真柄を討ち取ってみせますゆえ！」
今の戦局は朝倉軍を織田軍が抑えている状況だ。一向宗は徳川軍と足利軍が抑えてくれているけど、不利としか言いようがない。それは真柄の怒涛の突撃が主な理由で、さらにこちらの軍は馬廻り衆以外、雇われの寄せ集めだ。少しでも自分の身が危ういと思えば、さっさと逃げてしまう。
さらに言えば武勇の誉れ高い真柄の恐ろしさは北陸どころか畿内にまで広まっている。先の敗戦の影響がかなり大きかった。
「……仕方ない！ 犬千代、お前も出よ！」
「ははっ！ かしこまりました――」
槍を携えて本陣を出ようとしたとき、次の伝令がやってきた。
「ご報告します！」
「今度はなんだ！」
「ま、真柄の軍勢が止まりました！」
お屋形様は立ち上がり「どういうことだ！」とよく通る声で叫んだ。
「徳川家の武将、本多忠勝殿が真柄と一騎打ちをしております！」
僕は内心、やった！ と思った。本多殿、見事に本懐を遂げたなあと嬉しく思った。悔しそうな前田さまが目に入るけど、口元が緩んでしまう。
「い、いかん！ 犬千代、早く行け！ 本多忠勝を死なせるな！」
焦るお屋形様はすぐさま前田さまに命じた。
「徳川家の名将を死なせるな！ もし死なせでもしたら――」
そうだ。僕たちは朝倉軍を相手にしている。本来、徳川家は一向宗を相手にしなければいけない。もしも本多殿が敗れて真柄が勢いづき、この戦に負けてしまったら、織田家の軍勢の脆弱さが知れ渡ってしまう。それは今後の戦略に支障をきたす。しかも本多殿が討ち取られてしまったら、徳川家との関係にもひびが入る。
「承知！ いますぐ向かいます！」
前田さまが慌てて飛び出した。僕も後を追うように向かった。
「犬千代！ 雲之介！ 死ぬなよ！」
お屋形様の言葉に振り返る。お屋形様は立ち上がったまま僕を見つめる。
僕たちは一瞬だけ見つめあった――
「――かしこまりました！」
手には秀吉からもらった鉄砲があった。
本陣を出て、馬に乗って、輸送隊の者に言う。
「真柄と本多忠勝が一騎打ちをしている！ 助太刀できるか分からないが、行くぞ！」
◆◇◆◇
馬を駆けて本多殿と真柄が一騎打ちしている戦場に到着した。
そこで行なわれていたのは、壮絶な殺し合いだった。
本多殿は槍を振り回し、真柄の太郎太刀に対抗している。
しかし――
「ぎゃははは！ 若造、そんなんじゃ止まらねえぞ！」
「――くそが！」
悪態を吐く本多殿に対して余裕な真柄。周りの雑兵たちは助太刀することもできずに、見守っている。
間合いは本多殿がやや有利だが、五尺三寸という長い太刀を自由自在に振り回す真柄は関係なしに挑んでくる。
怪我は互いに無いようだが、本多殿は疲労していた。
このままだとやられてしまう！
「前田さま！ 本多殿に助太刀してください！」
僕は近くで腕組みしていた前田さまに懇願した。
しかし前田さまは首を横に振った。
「俺も参戦しようとしたがな。本多殿に止められてしまった」
「な、何故です！？」
「一騎打ちがしたいそうだ……」
そんな馬鹿な！ それで死んだりしたら――
「それでおめおめと引き下がったんですか！ 本多殿が死ねば――」
すると前田さまが僕を怒鳴りつけた。
「馬鹿者！ 武士の一騎打ちを邪魔する者が居るか！ もし本多殿が討ち死にしたら、今度は俺が真柄に挑むだけだ！」
武士の矜持……！ そんなもの、どうだっていい！
僕は鉄砲に弾込めをした。
「何を――」
「僕は僕で、本多殿に加勢します！ 邪魔しないでください！」
前田さまは何か叫んだけど、無視した。
鉄砲の煩雑な準備は整い、後は狙い撃つだけ。
真柄に当てられる距離まで近づく……
その間、本多殿と真柄の一騎打ちはいよいよ決着が着こうとしていた。
「――惜しかったな、若造」
本多殿の槍が弾き飛ばされる。そのまま大の字にどたんと倒れてしまう。
「良い腕だったが、まだまだだったな。さあ改めて名乗れ」
本多殿を見下げて、太郎太刀を逆手に構える。突き殺すつもりだ。
対する本多殿は覚悟を決めている。
「俺の名は――」
僕は狙いを定めた。確か明智さまは胴体を狙うのが最適と言われていた。命中率が高いとも言っていた。
本多殿を死なせない！
そんな思いで放たれた弾丸は、轟音とともに、真柄の胴体に命中した。
ぐらりと揺らいで、倒れそうになったけど、真柄は踏みとどまった。
そして僕のほうをぎろりと睨む。
「て、てめえ……」
その隙を逃す本多殿ではなかった。脇差を抜いて、真柄の甲冑の隙間から突き刺した。
真柄の全身が震えて――背中から倒れた。
「……ぎゃはは。俺の負けか」
本多殿は嬉しいとか悲しいとか、そんな感情を一切見せなかった。ただ黙って真柄を見つめていた。
「……お前の、名前を、聞かせてくれ」
真柄の最期の頼みに、本多殿は応えた。
「本多平八郎忠勝、だ」
真柄は満足そうに微笑んで、そのまま息を引き取った。
僕は本多殿に殴られる覚悟で近づいた。一騎打ちを邪魔したのだ。当然だと思う。
「……悪かったな。助かった」
本多殿の口から出たのは、意外にも僕を気遣うような感謝の言葉だった。
「すみません。一騎打ちの邪魔をして」
「いや。あのままだったら俺は死んでいた」
そして真柄の死に顔を見つめる本多殿。
「満足そうに死にやがって。結局、こいつには勝てなかったぜ」
本当に嬉しそうな死に顔――笑顔だった。まるで遊び尽くした子供のような笑顔。
そんな顔を見て思う。僕は笑って死ねるのだろうか。
◆◇◆◇
真柄が死んで、朝倉軍は混乱の極みとなった。逃亡する者や降伏する者が多く出た。
それでも朝倉軍には勝機がまだあったけど、それを潰す知らせが本多殿とともに行動していた僕に届いた。
「金ヶ崎城が、山賊の猿飛仁助の手によって、陥落しました！」
「なんだと！？ 山賊が城を落としたのか！？」
思わず目を丸くする本多殿。僕は「猿飛が協力したいと申し出たんです」と説明した。
「猿飛……確か浅井長政さまと瓜二つである山賊だったな。殿から聞いた」
「ええ。その猿飛に半兵衛さんが策を授けましてね。でも落ちるとは思わなかったです」
これで勝敗は決した。朝倉軍は一乗谷に逃げ帰り、一向宗も不利と見るや逃げ去ってしまった。
「後は一乗谷城攻めか。互いにひと踏ん張りだな」
「そうですね。後もう少しです」
血と夕日に染まった真っ赤な平原を見ながら、僕は思う。
この光景を今後も見ることになるんだろうなと。
まず正しさで言うのなら、権力者は軍団という戦力を持っているからゆえに成り立っている。つまり軍団を潰せば個人の武勇など無に帰すのだ。
しかしこれは戦略面からの話だ。戦術面からすると、個人の武勇が戦局に影響する場合が多々ある。
そう。今回の戦、敦賀の戦いでそれは大いに証明されることになった――
「真柄直隆、こちらに向けて進軍しております！ お退きくだされ！」
伝令の知らせを聞いたお屋形様は悔しそうに歯軋りした。
「おのれ……またしても立ちふさがるか！ 真柄！」
お屋形様が怒るのも無理はない。何故なら先の敗戦でも真柄にしてやられたのだから。
「お屋形様！ 拙者に――槍の又左にお任せくだされ！」
馬廻り衆を指揮していた前田さまがお屋形様に進言する。
僕は本陣でお屋形様の傍に居て、その様子を見ていた。本来なら秀吉の元に居るべきだったけど、本陣に輸送隊の状況を報告するために来たのだ。早々に立ち去ろうとしたけど、この報告で足を止めてしまった。
「このままでは、本陣すら危うくなります！ 拙者が真柄を討ち取ってみせますゆえ！」
今の戦局は朝倉軍を織田軍が抑えている状況だ。一向宗は徳川軍と足利軍が抑えてくれているけど、不利としか言いようがない。それは真柄の怒涛の突撃が主な理由で、さらにこちらの軍は馬廻り衆以外、雇われの寄せ集めだ。少しでも自分の身が危ういと思えば、さっさと逃げてしまう。
さらに言えば武勇の誉れ高い真柄の恐ろしさは北陸どころか畿内にまで広まっている。先の敗戦の影響がかなり大きかった。
「……仕方ない！ 犬千代、お前も出よ！」
「ははっ！ かしこまりました――」
槍を携えて本陣を出ようとしたとき、次の伝令がやってきた。
「ご報告します！」
「今度はなんだ！」
「ま、真柄の軍勢が止まりました！」
お屋形様は立ち上がり「どういうことだ！」とよく通る声で叫んだ。
「徳川家の武将、本多忠勝殿が真柄と一騎打ちをしております！」
僕は内心、やった！ と思った。本多殿、見事に本懐を遂げたなあと嬉しく思った。悔しそうな前田さまが目に入るけど、口元が緩んでしまう。
「い、いかん！ 犬千代、早く行け！ 本多忠勝を死なせるな！」
焦るお屋形様はすぐさま前田さまに命じた。
「徳川家の名将を死なせるな！ もし死なせでもしたら――」
そうだ。僕たちは朝倉軍を相手にしている。本来、徳川家は一向宗を相手にしなければいけない。もしも本多殿が敗れて真柄が勢いづき、この戦に負けてしまったら、織田家の軍勢の脆弱さが知れ渡ってしまう。それは今後の戦略に支障をきたす。しかも本多殿が討ち取られてしまったら、徳川家との関係にもひびが入る。
「承知！ いますぐ向かいます！」
前田さまが慌てて飛び出した。僕も後を追うように向かった。
「犬千代！ 雲之介！ 死ぬなよ！」
お屋形様の言葉に振り返る。お屋形様は立ち上がったまま僕を見つめる。
僕たちは一瞬だけ見つめあった――
「――かしこまりました！」
手には秀吉からもらった鉄砲があった。
本陣を出て、馬に乗って、輸送隊の者に言う。
「真柄と本多忠勝が一騎打ちをしている！ 助太刀できるか分からないが、行くぞ！」
◆◇◆◇
馬を駆けて本多殿と真柄が一騎打ちしている戦場に到着した。
そこで行なわれていたのは、壮絶な殺し合いだった。
本多殿は槍を振り回し、真柄の太郎太刀に対抗している。
しかし――
「ぎゃははは！ 若造、そんなんじゃ止まらねえぞ！」
「――くそが！」
悪態を吐く本多殿に対して余裕な真柄。周りの雑兵たちは助太刀することもできずに、見守っている。
間合いは本多殿がやや有利だが、五尺三寸という長い太刀を自由自在に振り回す真柄は関係なしに挑んでくる。
怪我は互いに無いようだが、本多殿は疲労していた。
このままだとやられてしまう！
「前田さま！ 本多殿に助太刀してください！」
僕は近くで腕組みしていた前田さまに懇願した。
しかし前田さまは首を横に振った。
「俺も参戦しようとしたがな。本多殿に止められてしまった」
「な、何故です！？」
「一騎打ちがしたいそうだ……」
そんな馬鹿な！ それで死んだりしたら――
「それでおめおめと引き下がったんですか！ 本多殿が死ねば――」
すると前田さまが僕を怒鳴りつけた。
「馬鹿者！ 武士の一騎打ちを邪魔する者が居るか！ もし本多殿が討ち死にしたら、今度は俺が真柄に挑むだけだ！」
武士の矜持……！ そんなもの、どうだっていい！
僕は鉄砲に弾込めをした。
「何を――」
「僕は僕で、本多殿に加勢します！ 邪魔しないでください！」
前田さまは何か叫んだけど、無視した。
鉄砲の煩雑な準備は整い、後は狙い撃つだけ。
真柄に当てられる距離まで近づく……
その間、本多殿と真柄の一騎打ちはいよいよ決着が着こうとしていた。
「――惜しかったな、若造」
本多殿の槍が弾き飛ばされる。そのまま大の字にどたんと倒れてしまう。
「良い腕だったが、まだまだだったな。さあ改めて名乗れ」
本多殿を見下げて、太郎太刀を逆手に構える。突き殺すつもりだ。
対する本多殿は覚悟を決めている。
「俺の名は――」
僕は狙いを定めた。確か明智さまは胴体を狙うのが最適と言われていた。命中率が高いとも言っていた。
本多殿を死なせない！
そんな思いで放たれた弾丸は、轟音とともに、真柄の胴体に命中した。
ぐらりと揺らいで、倒れそうになったけど、真柄は踏みとどまった。
そして僕のほうをぎろりと睨む。
「て、てめえ……」
その隙を逃す本多殿ではなかった。脇差を抜いて、真柄の甲冑の隙間から突き刺した。
真柄の全身が震えて――背中から倒れた。
「……ぎゃはは。俺の負けか」
本多殿は嬉しいとか悲しいとか、そんな感情を一切見せなかった。ただ黙って真柄を見つめていた。
「……お前の、名前を、聞かせてくれ」
真柄の最期の頼みに、本多殿は応えた。
「本多平八郎忠勝、だ」
真柄は満足そうに微笑んで、そのまま息を引き取った。
僕は本多殿に殴られる覚悟で近づいた。一騎打ちを邪魔したのだ。当然だと思う。
「……悪かったな。助かった」
本多殿の口から出たのは、意外にも僕を気遣うような感謝の言葉だった。
「すみません。一騎打ちの邪魔をして」
「いや。あのままだったら俺は死んでいた」
そして真柄の死に顔を見つめる本多殿。
「満足そうに死にやがって。結局、こいつには勝てなかったぜ」
本当に嬉しそうな死に顔――笑顔だった。まるで遊び尽くした子供のような笑顔。
そんな顔を見て思う。僕は笑って死ねるのだろうか。
◆◇◆◇
真柄が死んで、朝倉軍は混乱の極みとなった。逃亡する者や降伏する者が多く出た。
それでも朝倉軍には勝機がまだあったけど、それを潰す知らせが本多殿とともに行動していた僕に届いた。
「金ヶ崎城が、山賊の猿飛仁助の手によって、陥落しました！」
「なんだと！？ 山賊が城を落としたのか！？」
思わず目を丸くする本多殿。僕は「猿飛が協力したいと申し出たんです」と説明した。
「猿飛……確か浅井長政さまと瓜二つである山賊だったな。殿から聞いた」
「ええ。その猿飛に半兵衛さんが策を授けましてね。でも落ちるとは思わなかったです」
これで勝敗は決した。朝倉軍は一乗谷に逃げ帰り、一向宗も不利と見るや逃げ去ってしまった。
「後は一乗谷城攻めか。互いにひと踏ん張りだな」
「そうですね。後もう少しです」
血と夕日に染まった真っ赤な平原を見ながら、僕は思う。
この光景を今後も見ることになるんだろうなと。