残酷な描写あり
人の夢を笑うな!
翌日。南蛮商館へと向かう。勝蔵は堺の町を一人で歩きたいらしく、行かないと言っていた。志乃が怖いから一緒に行動したくないわけじゃないよな?
お師匠さまと宗二殿と別れて、相変わらず見た目は珍妙な建物に入った。
「オー! 雲之介サンじゃないデスカ! お久しぶりデス!」
久しぶりに会ったロベルトは以前会ったときと比べて、立派な口髭を蓄えていた。しかし白い肌と青い目、そして金髪は変わりない。
「久しぶりだな。でもよく分かったな」
「お得意さまの顔は忘れまセン。あれ? そちらの女性たちハ?」
僕の背に隠れている志乃。どうやら怖いらしい。南蛮人の説明をしたときも少し怖がっていたっけ。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。同じ人間だ」
「で、でも、ちょっと怖いわ……」
「ぼくもこわい……」
怯えている志乃や晴太郎と対照的に、かすみはとことことロベルトに近づく。
「ちょっと! かすみ!」
「ろべると、どうしてそんななの?」
どうしてそんな見た目なのかと聞いているのだろう。
さて、ロベルトはどう返すのか……
「それはデスネ。いろんな人が居たほうが楽しいからデス」
「いろんなひと?」
「そうデス。世界にはいろんな国や人がイマス。こちらにドウゾ」
そう言って僕らを招き入れたロベルト。
中には珍しいものがたくさんあって目移りする。
「前に雲之介さん、見ましたネ。地球儀デス」
ああ。そうだった。このとき世界が丸いって教えてもらったんだ。
「せ、世界って丸かったの!? じゃあどうして私たちは地面に立っていられるのよ!」
「中心に引っ張られているからデス」
相変わらず何を言っているのか分からない。そんな中、かすみはいろいろなものに興味を示していた。
まるで昔の僕を見ているようだった。
「えっと。かすみチャン。世界はこれだけ広いのデス。だからいろんな人も居て、いろんな人が暮らしているのデス。このアフリカには、肌が黒い人が暮らしてイマス」
「へえ。そうなのか。どうして肌が黒いんだ?」
「とても熱い国なので、みんな日焼けしたのデス」
なるほど。そういうものか。
「しかし同じ人間でも、奴隷として使われている者もイマス」
陽気なロベルトがなんだか悲しそうな表情を浮かべた。
「私の夢は、みんなが平等に暮らす世界デス。そのために、商売頑張って、いろんな人と関わって、人の素晴らしさを知らせたいのデス」
いまいちピンと来ない話だった。公家や武家、商家と百姓など身分差がはっきりとしている日の本を始めとして、これだけ多くの国があるのだから、各々身分があるはずだ。
はたして真の平等が成し遂げられるのは、いつになるのだろうか?
「……そうだな。そうなればいいな」
しかし人の夢を否定する権利など誰にもない。
僕はそう返すしかなかった。
「ありがとうございマス」
にっこりと微笑むロベルト。
「これみたことないよ、にいに」
「だめだよかすみ」
かすみがはしゃいで、晴太郎が宥めるのを眺めていると、志乃が「綺麗……」と呟いた。
そちらに目線を向けると、親指くらいの丸い水晶が陳列してあった。水晶の上の部分に金具がつけられていて、そこには紐が付けられていた。
「志乃。それ欲しいかい?」
「えっ? いや、そんな……」
何故か遠慮する志乃。見るとなかなか値の張るものだった。
「オー! それは首飾りデスネ!」
ロベルトがすっと近づく。
志乃が僕の背に引っ付く。
「お目が高いデス。今なら二割引にシマス」
「いい商売だな。じゃあ貰おう」
即決すると志乃は「いいの? 雲之介?」と上目遣いで見つめた。
「うん。志乃が喜んでくれるなら」
「……ありがとう、雲之介」
僕の手を握る志乃。本当に欲しかったんだろうし、本当に嬉しかったんだろうな。
「オー! お熱いデスネ!」
「茶化すなよ……」
ロベルトの冷やかしを聞き流しつつ、僕は志乃に首飾りを付けてあげた。
志乃にとっても似合っていた。
志乃はこれ以降、めったに外すことはなかった。
◆◇◆◇
家族みんなで堺の町を歩いていると、団子を食べ歩いている勝蔵に会った。
「勝蔵。どうだい堺の町は?」
「結構楽しいな。珍しいもんばかりだ」
僕は「ちょうど昼頃だから何か食べよう」と言う。
「宗二殿に教えてもらったんだけど――」
そう言っていると、目の前で騒動が起きていた。
どうやら喧嘩みたいだ。
「雲之介。避けて通りましょう」
「そうだね。喧嘩みたいだし――」
迂回しようとしたときに晴太郎が「かつぞう、いっちゃった」と指差した。
「おらおらおら! 何をしてやがるんだ!」
勝蔵は人ごみを掻き分けて、喧嘩をしている商人の二人の間に割って入った。
そしてあっという間に二人を気絶させてしまった。
「おいおい。勝蔵……」
僕が近づくと勝蔵がにっこりと笑って言った。
「雲之介さん、これでいいか!?」
「…………」
ええ……僕のせいにした……?
周りは僕を引いた目で見ている。あからさまに恐れている人も居る。
「はあ。とりあえず、二人の話を聞こう……」
この厄介事、どうしたのものか……
◆◇◆◇
近くの宿で僕は気絶した二人を介抱した。勝蔵が「顔ぶん殴ってやった」と言っていて、おそらく一番の大怪我はそれだろう。
「かつぞうつよい!」
「かっこいい!」
「ふはは! そうだろう!」
子供たちが勝蔵を尊敬し始めている。
やばい……
「……勝蔵? あなた何してくれたのよ?」
「ひいい!? すんません!」
志乃はかなり怒っている。勝蔵は素早く土下座した。双子は声を揃えて「かつぞう、かっこうわるい」と言う
「うう……」
「ここは……」
気絶していた二人はほぼ同時に目が覚めた。
僕は「大丈夫かい?」と訊ねる。
二人とも、僕よりも歳が若い。それでいて賢そうな顔つきをしている。
「何があったのか分からないけど、喧嘩は駄目だよ」
「喧嘩……そうだ、助左衛門! 貴様がおかしなことを言うから!」
「笑った若旦那がいけないでしょうが!」
やばいな。喧嘩という言葉で思い出してしまったらしい。
「うるせえ! また殴られたいのか? ああん?」
勝蔵の怒声で二人はそれも思い出したらしい。掴みあったまま固まってしまった。
「まあまあ。落ち着いて。二人の喧嘩の理由を教えてくれ」
穏やかに問うと二人の内、若旦那と呼ばれた若者――利発そうな子だった――が説明し出した。
「こいつが呂宋に行きたいと言ってきたんですよ、お武家さま」
「呂宋? ああ、南方の外国か」
先ほど見た地球儀に書いてあった。
すると助左衛門と呼ばれた若者は「俺の夢なんですよ」と呟いた。
「呂宋と日の本で貿易がしたい。それを言ったら若旦那が……」
「笑い話にもならん! そんなことできるわけがない!」
「なんですと!?」
「まあ待ちなよ」
喧嘩になりそうなのを止めて、僕は腕組みして「できるかどうかは分からないけど」と前置きをした。
「人の夢を笑うのは良くないよ」
「それは……」
「それと笑われたと言って暴力を振るうのも良くないよ」
「…………」
二人とも黙り込んでしまった。
「ま、今回は痛み分けってことでいいかな?」
遺恨が残るかもしれないが、互いに自分が悪いと反省したようだ。
二人の商人は互いに頭を下げる。これでよし。
すると助左衛門が今更なことを訊いてきた。
「失礼ですが、お武家さまのお名前は?」
「うん? ああ、雲之介だよ」
名を告げた瞬間、二人は顔を合わせて――布団から飛び出て、居ずまいを正した。
「も、もしや、京の商人を支配した、あの雨竜雲之介秀昭さまですか!?」
若旦那と呼ばれた若者が驚きながら問う。
堺だとそう伝えられているのか……お師匠さまたちは何も言わなかったな……
「支配してないよ。協力してもらっただけさ」
「そ、それでも、私たちにとっては天上人でございます!」
僕は小恥ずかしいので話を逸らそうとする。
「君たちの名は?」
若旦那と呼ばれた若者は言う。
「今井宗薫と申します」
助左衛門と呼ばれた若者は言う。
「納屋助左衛門と言います」
「そうか。二人とも、仲良くやるんだよ」
これで一件落着……と思ったけど、そうはいかなかった。
僕たちが宿を出ると商人がずらりと並んで待っていた。その内の一人が前に出る。
「雨竜さまですね」
「うん。そうだけど……」
今井宗薫が「うちの商人です」と耳打ちした。
「旦那さまが是非あなたさまを招きたいとのこと。受けてくださいますか?」
このとき、思い出した。
堺の豪商であり、織田家の御用商人。
今井宗久の名を――
お師匠さまと宗二殿と別れて、相変わらず見た目は珍妙な建物に入った。
「オー! 雲之介サンじゃないデスカ! お久しぶりデス!」
久しぶりに会ったロベルトは以前会ったときと比べて、立派な口髭を蓄えていた。しかし白い肌と青い目、そして金髪は変わりない。
「久しぶりだな。でもよく分かったな」
「お得意さまの顔は忘れまセン。あれ? そちらの女性たちハ?」
僕の背に隠れている志乃。どうやら怖いらしい。南蛮人の説明をしたときも少し怖がっていたっけ。
「そんなに怖がらなくてもいいよ。同じ人間だ」
「で、でも、ちょっと怖いわ……」
「ぼくもこわい……」
怯えている志乃や晴太郎と対照的に、かすみはとことことロベルトに近づく。
「ちょっと! かすみ!」
「ろべると、どうしてそんななの?」
どうしてそんな見た目なのかと聞いているのだろう。
さて、ロベルトはどう返すのか……
「それはデスネ。いろんな人が居たほうが楽しいからデス」
「いろんなひと?」
「そうデス。世界にはいろんな国や人がイマス。こちらにドウゾ」
そう言って僕らを招き入れたロベルト。
中には珍しいものがたくさんあって目移りする。
「前に雲之介さん、見ましたネ。地球儀デス」
ああ。そうだった。このとき世界が丸いって教えてもらったんだ。
「せ、世界って丸かったの!? じゃあどうして私たちは地面に立っていられるのよ!」
「中心に引っ張られているからデス」
相変わらず何を言っているのか分からない。そんな中、かすみはいろいろなものに興味を示していた。
まるで昔の僕を見ているようだった。
「えっと。かすみチャン。世界はこれだけ広いのデス。だからいろんな人も居て、いろんな人が暮らしているのデス。このアフリカには、肌が黒い人が暮らしてイマス」
「へえ。そうなのか。どうして肌が黒いんだ?」
「とても熱い国なので、みんな日焼けしたのデス」
なるほど。そういうものか。
「しかし同じ人間でも、奴隷として使われている者もイマス」
陽気なロベルトがなんだか悲しそうな表情を浮かべた。
「私の夢は、みんなが平等に暮らす世界デス。そのために、商売頑張って、いろんな人と関わって、人の素晴らしさを知らせたいのデス」
いまいちピンと来ない話だった。公家や武家、商家と百姓など身分差がはっきりとしている日の本を始めとして、これだけ多くの国があるのだから、各々身分があるはずだ。
はたして真の平等が成し遂げられるのは、いつになるのだろうか?
「……そうだな。そうなればいいな」
しかし人の夢を否定する権利など誰にもない。
僕はそう返すしかなかった。
「ありがとうございマス」
にっこりと微笑むロベルト。
「これみたことないよ、にいに」
「だめだよかすみ」
かすみがはしゃいで、晴太郎が宥めるのを眺めていると、志乃が「綺麗……」と呟いた。
そちらに目線を向けると、親指くらいの丸い水晶が陳列してあった。水晶の上の部分に金具がつけられていて、そこには紐が付けられていた。
「志乃。それ欲しいかい?」
「えっ? いや、そんな……」
何故か遠慮する志乃。見るとなかなか値の張るものだった。
「オー! それは首飾りデスネ!」
ロベルトがすっと近づく。
志乃が僕の背に引っ付く。
「お目が高いデス。今なら二割引にシマス」
「いい商売だな。じゃあ貰おう」
即決すると志乃は「いいの? 雲之介?」と上目遣いで見つめた。
「うん。志乃が喜んでくれるなら」
「……ありがとう、雲之介」
僕の手を握る志乃。本当に欲しかったんだろうし、本当に嬉しかったんだろうな。
「オー! お熱いデスネ!」
「茶化すなよ……」
ロベルトの冷やかしを聞き流しつつ、僕は志乃に首飾りを付けてあげた。
志乃にとっても似合っていた。
志乃はこれ以降、めったに外すことはなかった。
◆◇◆◇
家族みんなで堺の町を歩いていると、団子を食べ歩いている勝蔵に会った。
「勝蔵。どうだい堺の町は?」
「結構楽しいな。珍しいもんばかりだ」
僕は「ちょうど昼頃だから何か食べよう」と言う。
「宗二殿に教えてもらったんだけど――」
そう言っていると、目の前で騒動が起きていた。
どうやら喧嘩みたいだ。
「雲之介。避けて通りましょう」
「そうだね。喧嘩みたいだし――」
迂回しようとしたときに晴太郎が「かつぞう、いっちゃった」と指差した。
「おらおらおら! 何をしてやがるんだ!」
勝蔵は人ごみを掻き分けて、喧嘩をしている商人の二人の間に割って入った。
そしてあっという間に二人を気絶させてしまった。
「おいおい。勝蔵……」
僕が近づくと勝蔵がにっこりと笑って言った。
「雲之介さん、これでいいか!?」
「…………」
ええ……僕のせいにした……?
周りは僕を引いた目で見ている。あからさまに恐れている人も居る。
「はあ。とりあえず、二人の話を聞こう……」
この厄介事、どうしたのものか……
◆◇◆◇
近くの宿で僕は気絶した二人を介抱した。勝蔵が「顔ぶん殴ってやった」と言っていて、おそらく一番の大怪我はそれだろう。
「かつぞうつよい!」
「かっこいい!」
「ふはは! そうだろう!」
子供たちが勝蔵を尊敬し始めている。
やばい……
「……勝蔵? あなた何してくれたのよ?」
「ひいい!? すんません!」
志乃はかなり怒っている。勝蔵は素早く土下座した。双子は声を揃えて「かつぞう、かっこうわるい」と言う
「うう……」
「ここは……」
気絶していた二人はほぼ同時に目が覚めた。
僕は「大丈夫かい?」と訊ねる。
二人とも、僕よりも歳が若い。それでいて賢そうな顔つきをしている。
「何があったのか分からないけど、喧嘩は駄目だよ」
「喧嘩……そうだ、助左衛門! 貴様がおかしなことを言うから!」
「笑った若旦那がいけないでしょうが!」
やばいな。喧嘩という言葉で思い出してしまったらしい。
「うるせえ! また殴られたいのか? ああん?」
勝蔵の怒声で二人はそれも思い出したらしい。掴みあったまま固まってしまった。
「まあまあ。落ち着いて。二人の喧嘩の理由を教えてくれ」
穏やかに問うと二人の内、若旦那と呼ばれた若者――利発そうな子だった――が説明し出した。
「こいつが呂宋に行きたいと言ってきたんですよ、お武家さま」
「呂宋? ああ、南方の外国か」
先ほど見た地球儀に書いてあった。
すると助左衛門と呼ばれた若者は「俺の夢なんですよ」と呟いた。
「呂宋と日の本で貿易がしたい。それを言ったら若旦那が……」
「笑い話にもならん! そんなことできるわけがない!」
「なんですと!?」
「まあ待ちなよ」
喧嘩になりそうなのを止めて、僕は腕組みして「できるかどうかは分からないけど」と前置きをした。
「人の夢を笑うのは良くないよ」
「それは……」
「それと笑われたと言って暴力を振るうのも良くないよ」
「…………」
二人とも黙り込んでしまった。
「ま、今回は痛み分けってことでいいかな?」
遺恨が残るかもしれないが、互いに自分が悪いと反省したようだ。
二人の商人は互いに頭を下げる。これでよし。
すると助左衛門が今更なことを訊いてきた。
「失礼ですが、お武家さまのお名前は?」
「うん? ああ、雲之介だよ」
名を告げた瞬間、二人は顔を合わせて――布団から飛び出て、居ずまいを正した。
「も、もしや、京の商人を支配した、あの雨竜雲之介秀昭さまですか!?」
若旦那と呼ばれた若者が驚きながら問う。
堺だとそう伝えられているのか……お師匠さまたちは何も言わなかったな……
「支配してないよ。協力してもらっただけさ」
「そ、それでも、私たちにとっては天上人でございます!」
僕は小恥ずかしいので話を逸らそうとする。
「君たちの名は?」
若旦那と呼ばれた若者は言う。
「今井宗薫と申します」
助左衛門と呼ばれた若者は言う。
「納屋助左衛門と言います」
「そうか。二人とも、仲良くやるんだよ」
これで一件落着……と思ったけど、そうはいかなかった。
僕たちが宿を出ると商人がずらりと並んで待っていた。その内の一人が前に出る。
「雨竜さまですね」
「うん。そうだけど……」
今井宗薫が「うちの商人です」と耳打ちした。
「旦那さまが是非あなたさまを招きたいとのこと。受けてくださいますか?」
このとき、思い出した。
堺の豪商であり、織田家の御用商人。
今井宗久の名を――