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作者: 橋本洋一
残酷な描写あり
夜明け前の問答
 夜明け前。僕はなつめの報告を聞いて、すぐさま港へ向かう。その際、今井宗薫と納屋助左衛門も同行してもらった。
 二人とも怪訝そうな顔をしたけど、無理を言って従ってもらう。
 おそらく僕の予想が的中していれば、必ず二人が必要になると思ったからだ。
 港に松明の明かりが灯っていたので、すぐに彼らの居場所が知れた。

「こんな夜明け前に、何をしているんでしょうか?」
「……逃げようとしているんだ」

 助左衛門の疑問に僕はあっさりと答えて、その明かりの元へと赴く。
 何の恐れも無く、怪しげな場所に近づいていく僕に気圧されたのか、二人は黙ってついて行く。

「やあ。何をしているんだい? ――ロベルト」

 十分に近づいて、大きな南蛮船で作業を指示していた、ロベルトに話しかける。
 ぎょっとした顔で僕を見て、それから取り繕った顔になる。

「……オー、雲之介サン。奇遇デスネ」
「もう一度訊くけど、何をしているんだい? 三度目は言わせないでくれ」

 ロベルトは右手を挙げて、刀に手をかけた作業員を制した。

「あなたさまは、どこまで分かってイマスカ?」
「動機以外は全てだね。何なら説明しようか?」

 本当は六割方しか分かっていない。ここははったりで何とかするしかなかった。

「フウム。それでは仕方ありませんネ。雲之介さんは、良きお客さまデシタガ――」
「殺すのかい? それは不味いな」

 僕は素早く今井宗薫の後ろに回った。戸惑う二人に構わず、ロベルトに告げる。

「この人は今井宗久の息子だよ。意味は分かるね?」
「……人質、というわけデスカ?」

 そのとおり。二人――というか宗薫を連れてきたのは、それが理由だった。
 助左衛門は成り行きというか、宗薫だけ連れてくるのが不自然だっただけだ。

「なっ――何故、父の名が? 人質とはどういう意味ですか!?」

 宗薫が振り返ろうとするのを、僕は言葉で制す。

「振り返ったら、斬るよ」
「――っ!?」
「さあロベルト。庄吉をどこへ連れていくつもりなんだ?」

 一番知りたかったことを訊ねる。
 彼を連れて、どこへ行くのか――

「……私の故郷、リスボン」
「リスボン? 地球儀で見せてもらった、あの国か?」
「そのとおりデス。彼は、私の国に連れて行きマス。彼もまた望んだことデス」

 どういう経緯でそうなったのか、分からない。
 でも一先ず生きていたことにホッとする。

「彼に会わせてくれないか?」
「……どうするおつもりデスカ?」

 会ってどうするつもり? それは――

「まさか雨竜さまが、この場にいらっしゃるとは……」

 答えようとして、船内から出てきたのは、今井宗久だった。

「親父!? どういうことだ? 何がなんだか、さっぱり分からない!」
「……雨竜さまを見習いなさい。少ない手がかりでここまで辿り着いた」

 宗久はそう言って、周りの者に合図する。
 あっという間に囲まれてしまった。

「愚息と助左衛門をこちらへ。ご抵抗なさいますな」
「その前にいろいろと聞きたいことがある。それが済めば、二人は解放する」

 ここで二人を解放してしまえば、僕の身が危ないからな。

「……聞きたいこととは、何でしょうか?」
「聞きたいこと、というよりは、まず僕が推測したことを聞いてもらいたい」

 宗久は「……いいでしょう。お話ください」と認めた。

「まず、庄吉の死体。あれは偽物だろう?」

 その言葉に反応したのは、宗薫だった。

「死体が偽物!? でも――」
「庄吉ではなく、別人の死体だ。でなければ身元が分からないように、首を斬りおとす理由がない」
「しかし、着ていた服は同じ――」
「では庄吉の服を着させたか、似たものを着せたかのどちらかだろう」

 着ていた服が同じだから庄吉だったというのは初耳だったので、咄嗟に答えたけど宗薫は納得したのか、何も言わない。

「それで、庄吉が死んだことにして、海外に逃がす。その理由は分からないが、推測することはできる」
「……それは、どういうことでしょうか?」
「庄吉が殺されかけた、もしくは誘拐されかけたのではないか?」

 宗久は感心したように「まるで見てきたように言いますね」と言う。その言葉は認めたと同然だ。

「補足するなら、そのとき襲ってきた者を偽物に仕立てたのですよ」
「そこまでは分からなかったな。まあいい、とにかく庄吉がそうなるのを恐れたあんたは、ほとぼりが冷めるまで逃がす……と最初考えていたが、どうやら違うみたいだな」

 宗久は頬を掻きながら「ええ。違います」とはっきりと否定した。

「庄吉はこのまま海外――リスボンに移住してもらいます」
「どうしてだ親父! 庄吉はあんだけ尽くしてくれたじゃないか!」

 宗薫が信じられないといった様子で、宗久に詰問する。

「数々のもてなしを成功させて、いろんな商談を成立させたじゃないか!」
「ええ。感謝していますよ」
「なのに何故!?」

 宗久の代わりに答えたのは、助左衛門だった。

「ひょっとして、庄吉がリスボンに行きたいと言ったんじゃないか?」

 思わぬ言葉に宗薫は助左衛門を問い詰める。

「い、意味が分からない! 好き好んで日の本を離れるなんて――」
「俺には分かるよ。俺だって海外に行きたいんだ」

 なるほど、そういうことだったのか。
 ようやく腑に落ちた。

「なるほど。今まで尽くしたお礼で、リスボンに行かせるのか。納得いったよ」
「お分かりいただけましたか」
「いや。しかしそれでもやってはいけないことをあんたはやったよな」

 僕は厳しい目で宗久を見つめた。しかし彼は逸らさない。

「確かに庄吉の演奏は見事だ。古今無双と言っても過言ではない。でも、人の心を動かして、契約させるなんて芸当ができるとは思えない」

 この場に居る者の中で、僕の言葉を真に理解したのは、宗久とロベルトだけだった。
 つまり実行者と協力者だけだ。

「お師匠さま――千宗易と山上宗二のもてなしは失敗したらしい。その理由は、お師匠さまの強靭な精神力のせいだ。そして宗二殿に効かなかったのは、出されたものに手を付けなかったせいだ」
「…………」
「盛ってたんだろう? ロベルトから仕入れた南蛮渡来の薬を。僕の場合は冷たいお茶に入れたんだな」

 僕の言葉をこの場に居る者全て聞いていた。

「夏なのに襖を締め切ったのは、何も演奏のためじゃない。冷たいお茶を飲ませるためだ。暑かったら冷たいものが飲みたくなるよな。その心理を利用して、飲ませたんだ」
「……あなたさまは、本当に賢いのですね」

 感心したように、宗久は溜息を吐いた。

「雨竜さま、しかしそれなら薬だけ盛れば、何も庄吉の演奏は必要ないのでは?」

 宗薫の疑問に僕は考えていたことを言う。

「演奏なしに薬を盛っていたら、いずれ怪しまれる。演奏で感動したと勘違いさせることで、不自然に思わせなくなるんだ」

 まあなつめが天井裏で聞いていても感動しなかったというのが、気づいたきっかけだった。忍びは情報収集のために話し声を詳しく聞かないといけない。であれば、演奏された音楽も十分聞けないといけない理屈になる。
 確証を得たのは、宗二殿の話を聞いてからだけどね。

「さて。全てのからくりが分かったところで、僕は二つほど聞きたい」
「なんでしょうか?」
「いつから庄吉を利用していた? そしてどうしてこの時期に厄介払いしようとしたんだ?」

 それだけが分からなかった。前者は聞かないと分からないことだし、後者は考えても分からないことだった。

「それは――」

 宗久が答えようとしたときだった。

「今井の旦那さま。もういいです」

 船内からぬっと出てきたのは、特徴のない顔の男。
 南蛮人と同じ服を着ている、元百姓。
 ――庄吉だった。

「もう覚悟はできています。今までありがとうございました」

 白み始めていた朝日が、庄吉を照らす。
 穏やかで、凛々しい男の顔だった。
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