▼詳細検索を開く
作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百七話 斉西の戦い 八
 楚将淖歯は臨淄に入り、斉王に拝謁する。斉王は斉将韓珉と楚将淖歯に城を守るよう命じる。
 燕軍の攻撃が始まり、王孫賈は奮い立つ。
 斉 淖歯

 楚の将軍淖歯は、楚王が斉王と結んだ密約により、救援の為に兵を率いて臨淄に入った。
「斉王様に拝謁いたします。楚将淖歯、楚軍五万を率いて斉救援の為、馳せ参じました」
「おお来てくれたか淖歯よ。楚軍にしては五万とは少ない気もするが……」
「恐れながら我が国は地方勢力がまとまりを欠いております故、動員できる兵には限りがございます」
「宰相の屈原により楚はまとまっているとは聞いていたが……まぁ良い。来てくれただけでもありがたい。そなたは、臨淄の軍を率いる韓珉と会って、戦略について軍議してくれ。敵軍の攻撃を受けていない城より既に兵を集め、兵力を集中させておる。それらと協力して、敵を撃退して欲しい」
「御意!」
 淖歯は韓珉と軍議をし、兵の配置を決めた。
「韓珉総帥、副将は、田氏が殆どなのですな」
「自らの国を守ろうと励んでいるのは、いずれも田氏の将ばかりです。一部の兵は、戦ばかり行う斉王や斉国は嫌いでも、生まれ故郷を守る為に戦おうという気概を持っています」
「そういう兵は見れば分かります。特にあの少年、目付きが違います」
 淖歯の目の先には、ボロボロの服に革製の甲冑を身につけた、王孫賈の姿があった。

 王孫賈は臨淄にて生まれ育ち、強大な力を誇る斉王を尊敬する、愛国心溢れる少年であった。
「合従軍をぶっ倒してやる。俺の父さんは、匡章将軍に従って秦を攻めて死んだんだ。合従軍がなんだ。そんなものは跳ね返される為に存在すんだ」
 彼は意気揚々と、仲間に語った。仲間の兵士は、同郷で歳が近い者達であった。
「兄貴、俺も兄貴と一緒に戦って故郷と家族を守って見せるぜ」
「おう、俺もだ。やってやろうぜ兄貴! 宋攻めの時みたいに敵をぶっ殺そうぜ!」
 燕や斉の地域では、任侠文化が根強く、地域での結束力が強いという特徴があった。王孫賈は同輩や歳下に慕われており、兄貴と呼ばれていた。王孫賈もそんな弟分達の期待に応えるように、常に先頭に立って、戦っていた。

 王孫賈を含む現地の農民兵は、正規兵に混じって、配置に着いた。
 外は合従軍の大軍に包囲されているという噂が広がっていたが、部隊長は、兵の許を回って鼓舞していた。
「敵は我が臨淄に集結した兵より少ない! 恐れに惑わされるな! 敵は少なく、我らには城壁がある!」
 だが王孫賈にとって、敵の数などどうでもよかった。戦の流れなど知ったことではなく、ただ目の前の敵をなん人も同時に相手し、斬るだけだと、そう考えていた。
「賈の兄貴……なぜかさっきから、手が震えるんだ。どうしちまったんだオレ……」
「気にするな俺の側にいろ。俺が守ってやるから必死に戦うんだ。そしたら恐怖なんて忘れてるさ」
「おお……心強いぜ……兄貴!」
「やるぞ! 一緒に故郷を守るんだ!」
 王孫賈は気合い充分であった。
 すると突然、将が叫んだ。
「上空注意!」
 空を見上げると、無数の矢が雨のように降り注いでくるのが見えた。
「盾を構えろ!」
 各々が用意した盾を掲げ、矢を凌ぐ。辺りでは悲鳴が聞こえる。
 降り注ぐ矢に盾が耐えきれず、目の前を矢が貫通し、危うく指を失いかけた。だが王孫賈は恐るどころか、逆に奮い立った。
「来るぞ……来るぞ……いつでも来やがれってんだ。戦なら負けねぇぞ合従軍ども! !」
Twitter