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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百九話 斉西の戦い 十
 楚将淖歯に斉王を殺され、王孫賈は故郷へ戻る。しかし母に説得され、王に忠義を尽くす為、楚将淖歯を討ち取るべく立ち上がる。
 薄姑 胡傷

 秦軍は東進し、遂に薄姑を包囲した。しかし到着する頃には既に、薄姑の大半の兵は臨淄を包囲する燕軍を攻撃する為に出撃し、返り討ちに遭っていた。
 つまり包囲した後は大した兵力を使わずとも、薄姑を陥落させられる状態となっていたのだ。
 胡傷は、自らの指揮で軍が予定以上の損害を出す事態にならず、安堵した。
「横城攻略に兵力や武器を使いすぎたが、これで首の皮ひとつ繋がったな……。しかし楽毅という男は恐ろしい。我が軍の半分の兵力にも関わらず、先に臨淄まで辿り着き、独力で臨淄を、ほぼ陥落させるとは……あの男が敵対することがあれば、我が軍は一体どうなるのであろうか。あの男が……戦場の表舞台から消え去ることを願おう」


 臨淄 王孫賈 
 故郷に戻った王孫賈は、そこで母を探した。臨淄城内でありながら、故郷は比較的田舎の地域であった為、未だに戦火に巻き込まれてはいなかった。
「母上、賈が戻りました」
「仲間を引き連れて……まさかあんた、逃げてきたのかい!」
「違います……守るべき王を見失い、行く宛てなく、戻ったのです」
「斉王様は……殺されたのかい?」
「楚将の淖歯が、味方の振りをして近づき、殺したのです。この目で見たのです。宮殿は燃え、楚の兵が笑いながら出てきました。奴らがやったのです。しかし田単将軍に、生きて戦えといわれたので、殉死することもできず……!」
「だったら……斉王様の復讐を果たしなさい。子が親に孝行をするように、臣は王に忠義を尽くすもの。あなたも多くの同郷の男達に兄と慕われる身なら、しっかりと王様に忠義を尽くして、兄としての威厳を示しなさい!」
「母上……。決めたした。仲間を連れ、仇討ちをして参ります!」
 母に諭された王孫賈は、淖歯への仇討ちを決意した。道中、親類縁者を誘うと、その志に共感した者達も大勢加わり、その人数はおよそ三百人にまで増えた。
「やるぞ……これが俺達の戦だ!」


 臨淄宮 淖歯

 淖歯は燃える宮殿から金銀財宝を可能な限り回収し、配下の兵に持たせていた。
「大した兵力を使わずとも、斉王を殺め、誰よりも先にその財を手にしてみせたぞ。屈原殿よりも、やはり老臣の昭陽殿のほうが、賢者であったか。季良よ」
「ここにおります」
「未だ抵抗を続ける門の斉兵を背後から襲い、開門せよ。燕軍に恩を売りつけておこう」
「御意。私の配下の侠客を連れて行きます」
「私の楚兵も連れていけ。私はこのまま財宝とともに、帰る」
 淖歯は馬車に荷物を詰め込み、五千程度の兵で、陥落寸前の南門に向け移動を開始した。斉兵は彼らを味方だと思ったまま素通りする為、後は門で奇襲するだけであった。
 しかし、余裕を感じ胡座をかいていた、その時であった。
「いたぞ! 南の猿をやっちまえ!」
「野蛮人を殺せ!」
 突如、怒号が響き渡った。次の瞬間、家屋の隙間から火矢が放たれ、馬や馬車の荷台に刺さった。
「将軍! 敵襲です!」
「慌てるな! 満身創痍の斉兵など恐れるに足らん! 蹴散らせ!」
 淖歯は冷静に指示を出し、少数を足止めの為に残して、城を抜けようと門へ急いだ。すると既に門は陥落しており、周辺には燕兵がなだれ込んでいた。
「私は楚将淖歯だ! 斉王の首は取った! 援護してくれ!」
 燕兵を味方につけた淖歯だったが、騎馬する少年兵らを振り切れなかった。
「死ねぇ二枚舌!」
「クソガキめが、剣を寄越せ! 皆殺しにしてやるのだ!」
 淖歯は少年兵兵らの馬の足を斬り落馬させ、楚兵と連携して斬り殺していった。

 王孫賈らは、それでも戦意が落ちることはなかった。敵は目の前で馬車を降りており、斬れる位置にいるのだ。
「狙うは楚将淖歯のみ! 駆けろ!」
 王孫賈は自ら馬を駆けさせ、勢いそのままに淖歯目掛け突撃した。
 しかし一歩届かず、楚兵に斬られ、力なく落馬した。
「賈の兄貴ぃぃ! !」
「死んじゃダメだぁぁ!」
 怒り狂う王孫賈の仲間は、斬られる覚悟で次々と突撃した。一人楚兵を斬り殺せば、反撃され、斬り殺される。仲間を斬り殺した楚兵の背を突き刺すと、楚兵の騎馬に戟で叩き斬られる。
 激闘の果て、淖歯は季良らを同行させなかったことを後悔した。淖歯を含め全ての楚兵は、怒り狂う臨淄の少年兵に斬られ、戦死したのであった。
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