残酷な描写あり
R-15
第百十二話 蒙武、垣邑へ戻る 後編
蒙武は新調した衣をまとい、麗華と二人で街を散策する。
新調した衣を着て、二人は街へ繰り出した。通りを進むと、肉屋や鍋で犬肉を焼いたものを出していた。美味そうだ、と蒙武がいうと、麗華は、犬肉は嫌いだといった。獣の臭いが強いからだという理由だった。
麗華のことを知れて、嬉しいと思った。好きなものも、知りたいと思った。
川魚を売る店を曲がると、一際大きなお店があった。店の前には、酒と書かれた巨大な瓶が、いくつも並んでいた。
「麗華は酒は好きか?」
「飲んだことないわ。父がいうの。酒は人を乱すから、女子が酒を呑むのは、婚礼を済ませた後だって。そしたら乱れてもそのまま……やだ、私ったらなんて……!」
急に頬を赤くして俯く麗華に、蒙武は微笑みかけた。こんなに優しい気持ちになれたのは、いつぶりであろうか。思い出せないほど遠い昔、子供の頃に感じた穏やかさであった。
遠くを見れば、酒蔵の横の卓で酒を呑み、口論する人がいた。
反対を見れば、犬とともに駆けていく童(わらべ)とその後を笑いながら追う、両親が居た。
賑やかだと思った。蒙武は無意識に、城や街というものを意識すると、戦を想起するようになっていた。どこをどのように攻め、自分はどのように動いて仲間を守りながら進むか。そんなことばかり考えていた。
この通りを見ても、そんな慌ただしく血なまぐさい考えは、頭を過(よぎ)りもしなかった。
そうかこの街は、知らない場所ではないからだ。だから、この街の空気を感じられるんだと、蒙武は悟った。
目を横に向けると、まだ赤くなっている麗華がいた。
蒙武は「なんだ、なにかいったか?」と、すっとぼけてみせた。酒も飲んだことがない真面目で孝廉な女子が、男を知っているはずもないのだ。
「顔も赤いが、酒の蒸気で酔ってしもうたか?」
「そ、そうです。きっと……」
そらから二人は菓子を食べたり、川の畔に座って、鳥を眺めたりした。
「わたし、蒙武さんみたいに立派じゃないけど、頑張ってるんだ。誰かの為になれたらいいなって。店の切り盛りをしつつ、近所の赤子の世話を手伝ったり、老いた母に変わって川へ洗濯に行ったり、張り切ってるの」
「そなたの健気な所を、俺は好いているのだ」
また赤くなる麗華に対して、蒙武はなにをいえばいいのか、分からなかった。思ったことを実直にいうしかできない蒙武は、気の利いた言葉が思いつかなかったのだ。
川は夕日に照らされ、光り輝いていた。
「なぁ麗華。私が最後にそなたに会ったとき、俺がなんといったか覚えているか」
「伝えたいことがあるから戻ってくるって、いってたね」
「あぁ……。俺とともに、漢中へ来て欲しい。俺の横で、根を生やして欲しい。そなたに根無し草のような、辛い思いは絶対にさせない。そなたに腹を空かせたりはしない」
麗華は嬉しさの余り、微笑む口元を膝にうずくまるようにして隠しながら、流し目で蒙武を見詰めた。
「うん。……もうお腹空いちゃった」
「帰ろうか。お父上にも話したい」
そういって二人は手を繋ぎ、店へと戻っていった。
麗華のことを知れて、嬉しいと思った。好きなものも、知りたいと思った。
川魚を売る店を曲がると、一際大きなお店があった。店の前には、酒と書かれた巨大な瓶が、いくつも並んでいた。
「麗華は酒は好きか?」
「飲んだことないわ。父がいうの。酒は人を乱すから、女子が酒を呑むのは、婚礼を済ませた後だって。そしたら乱れてもそのまま……やだ、私ったらなんて……!」
急に頬を赤くして俯く麗華に、蒙武は微笑みかけた。こんなに優しい気持ちになれたのは、いつぶりであろうか。思い出せないほど遠い昔、子供の頃に感じた穏やかさであった。
遠くを見れば、酒蔵の横の卓で酒を呑み、口論する人がいた。
反対を見れば、犬とともに駆けていく童(わらべ)とその後を笑いながら追う、両親が居た。
賑やかだと思った。蒙武は無意識に、城や街というものを意識すると、戦を想起するようになっていた。どこをどのように攻め、自分はどのように動いて仲間を守りながら進むか。そんなことばかり考えていた。
この通りを見ても、そんな慌ただしく血なまぐさい考えは、頭を過(よぎ)りもしなかった。
そうかこの街は、知らない場所ではないからだ。だから、この街の空気を感じられるんだと、蒙武は悟った。
目を横に向けると、まだ赤くなっている麗華がいた。
蒙武は「なんだ、なにかいったか?」と、すっとぼけてみせた。酒も飲んだことがない真面目で孝廉な女子が、男を知っているはずもないのだ。
「顔も赤いが、酒の蒸気で酔ってしもうたか?」
「そ、そうです。きっと……」
そらから二人は菓子を食べたり、川の畔に座って、鳥を眺めたりした。
「わたし、蒙武さんみたいに立派じゃないけど、頑張ってるんだ。誰かの為になれたらいいなって。店の切り盛りをしつつ、近所の赤子の世話を手伝ったり、老いた母に変わって川へ洗濯に行ったり、張り切ってるの」
「そなたの健気な所を、俺は好いているのだ」
また赤くなる麗華に対して、蒙武はなにをいえばいいのか、分からなかった。思ったことを実直にいうしかできない蒙武は、気の利いた言葉が思いつかなかったのだ。
川は夕日に照らされ、光り輝いていた。
「なぁ麗華。私が最後にそなたに会ったとき、俺がなんといったか覚えているか」
「伝えたいことがあるから戻ってくるって、いってたね」
「あぁ……。俺とともに、漢中へ来て欲しい。俺の横で、根を生やして欲しい。そなたに根無し草のような、辛い思いは絶対にさせない。そなたに腹を空かせたりはしない」
麗華は嬉しさの余り、微笑む口元を膝にうずくまるようにして隠しながら、流し目で蒙武を見詰めた。
「うん。……もうお腹空いちゃった」
「帰ろうか。お父上にも話したい」
そういって二人は手を繋ぎ、店へと戻っていった。