残酷な描写あり
R-15
第百十三話 戦後の朝議
斉は合従軍に攻められ弱体化し、秦にとって驚異ではなくなった。秦王は次なる攻撃を行う為、その矛先を北の同盟国である趙に向けるべきか、あるいは南の大国である楚にべきか、朝議にて意見を募る。
前282年(昭襄王25年) 咸陽
秦軍の帰還後に開かれた朝議にて、秦王は胡傷を召還した。
「罪深き敗将胡傷が秦王様に拝謁致します」
胡傷はそういうと、地面に両手両膝を突き、頭を垂れた。
「表を上げよ。余はそなたに怒りなど感じてはおらぬ。そなたは確かに敗れ、斉領を放棄した。しかし撤退戦は見事であり、我が軍の損害は小さかった」
「過分なお言葉にございます」
「さっさと立て将軍よ。なにもそなたに、国尉白起と同じ活躍を期待してなどいない。そなたは寧ろ、期待以上の役目を果たしたといえる」
そういうと秦王は玉座から立ち上がった。未だに地面に伏せたままの胡傷の手を取り、起立させた。そして魏冄を呼び、今後の方針を説明させた。
「斉は旧領を回復したが燕人による虐殺で田畑は荒れ人は減りました。今や魏、韓と並ぶ弱小国になり下がり、燕も力を使い果たし、驚異ではありません。つまり天下において、目下、我らの敵となりうるのは趙と楚のみです」
「そうだ。つまり我らは、久々の大戦で兵を引き締めたが、致命傷は負わずに東の燕、斉を黙らせることができたのだ。此度の朝議では、次に我らが攻めるべきは大国の楚か、同盟国の趙か、論じたい」
そういうと秦王は玉座に座り直し、意見を募った。
「国尉白起よ、軍の総意を聞かせてくれ」
「我が方が攻めるべきは趙です。趙軍は同盟国であり、我が方の侵攻を予測していません。国境付近の城を、すぐに陥すことができるようになります」
「左様か。しからばなに故、楚を攻められぬのかについて聞かせてくれ」
「楚を攻めるには巴蜀から兵を出し、東進することになります。しかしすぐに行き当たる鄢(えん)は楚の旧都であり、巨大且つ攻めにくい立地にあります。こちらも多大なる犠牲を出すことになり、斉での戦に続き楚でも苦しい戦いをすることになれば、兵の動揺は収められない程甚大なものになりかねません」
白起の意見に秦王は納得した。しかし魏冄が反対意見を出した。
「軍の意見だけで方針を決めてはなりません。私は、楚を攻めるべきと考えます」
「無論、そなたら文官の意見も聞くつもりだ。申してみよ」
「我が方は楚を攻めるべきと存じます」
「して、その理由は」
「楚は敗戦を喫し、国内が乱れています。王は低かった求心力が更に低くなり、派閥が割れ、有能な令尹の屈原は解任されて左徒に格下げされ、政から遠ざけられているとか」
「実(まこと)、我が国の間者は役に立つな。異国の政の事情さえも、筒抜けである……。それはさておき、余は丞相の意見に疑問が浮かんでいる」
白起は驚いた。秦王が魏冄の意向をまっ向から否定するなど、珍しいことだからだ。秦王の態度の変化に、どのような背景があるのか読み取れなかった。
「楚は、なん十年も国政が乱れておる。乱れていることが理由であれば、攻めるべきは今に限らぬ。今までも好機であり、この先数年は、常に好機であるはずだ。皆はどう思うか」
突然の問いかけに、魏冄派の臣下は動揺した。
秦王は、魏冄と共闘し斉との戦に臨んでいたあいだに、魏冄の真似をして、有力な臣下と深く関わりを持つようになっていた。
魏冄も、その動きに警戒していない訳ではなかった。だが、高を括り、秦王が臣下を懐柔できるはずもないと考え、対策を怠ってしまっていた。
臣下達が派閥の総意ではなく自らの頭で考え、秦王の考えに賛同し、白起と同様に、趙討伐に賛成した。
その動きを見て、魏冄は、腸が煮えくり返る思いであった。
秦軍の帰還後に開かれた朝議にて、秦王は胡傷を召還した。
「罪深き敗将胡傷が秦王様に拝謁致します」
胡傷はそういうと、地面に両手両膝を突き、頭を垂れた。
「表を上げよ。余はそなたに怒りなど感じてはおらぬ。そなたは確かに敗れ、斉領を放棄した。しかし撤退戦は見事であり、我が軍の損害は小さかった」
「過分なお言葉にございます」
「さっさと立て将軍よ。なにもそなたに、国尉白起と同じ活躍を期待してなどいない。そなたは寧ろ、期待以上の役目を果たしたといえる」
そういうと秦王は玉座から立ち上がった。未だに地面に伏せたままの胡傷の手を取り、起立させた。そして魏冄を呼び、今後の方針を説明させた。
「斉は旧領を回復したが燕人による虐殺で田畑は荒れ人は減りました。今や魏、韓と並ぶ弱小国になり下がり、燕も力を使い果たし、驚異ではありません。つまり天下において、目下、我らの敵となりうるのは趙と楚のみです」
「そうだ。つまり我らは、久々の大戦で兵を引き締めたが、致命傷は負わずに東の燕、斉を黙らせることができたのだ。此度の朝議では、次に我らが攻めるべきは大国の楚か、同盟国の趙か、論じたい」
そういうと秦王は玉座に座り直し、意見を募った。
「国尉白起よ、軍の総意を聞かせてくれ」
「我が方が攻めるべきは趙です。趙軍は同盟国であり、我が方の侵攻を予測していません。国境付近の城を、すぐに陥すことができるようになります」
「左様か。しからばなに故、楚を攻められぬのかについて聞かせてくれ」
「楚を攻めるには巴蜀から兵を出し、東進することになります。しかしすぐに行き当たる鄢(えん)は楚の旧都であり、巨大且つ攻めにくい立地にあります。こちらも多大なる犠牲を出すことになり、斉での戦に続き楚でも苦しい戦いをすることになれば、兵の動揺は収められない程甚大なものになりかねません」
白起の意見に秦王は納得した。しかし魏冄が反対意見を出した。
「軍の意見だけで方針を決めてはなりません。私は、楚を攻めるべきと考えます」
「無論、そなたら文官の意見も聞くつもりだ。申してみよ」
「我が方は楚を攻めるべきと存じます」
「して、その理由は」
「楚は敗戦を喫し、国内が乱れています。王は低かった求心力が更に低くなり、派閥が割れ、有能な令尹の屈原は解任されて左徒に格下げされ、政から遠ざけられているとか」
「実(まこと)、我が国の間者は役に立つな。異国の政の事情さえも、筒抜けである……。それはさておき、余は丞相の意見に疑問が浮かんでいる」
白起は驚いた。秦王が魏冄の意向をまっ向から否定するなど、珍しいことだからだ。秦王の態度の変化に、どのような背景があるのか読み取れなかった。
「楚は、なん十年も国政が乱れておる。乱れていることが理由であれば、攻めるべきは今に限らぬ。今までも好機であり、この先数年は、常に好機であるはずだ。皆はどう思うか」
突然の問いかけに、魏冄派の臣下は動揺した。
秦王は、魏冄と共闘し斉との戦に臨んでいたあいだに、魏冄の真似をして、有力な臣下と深く関わりを持つようになっていた。
魏冄も、その動きに警戒していない訳ではなかった。だが、高を括り、秦王が臣下を懐柔できるはずもないと考え、対策を怠ってしまっていた。
臣下達が派閥の総意ではなく自らの頭で考え、秦王の考えに賛同し、白起と同様に、趙討伐に賛成した。
その動きを見て、魏冄は、腸が煮えくり返る思いであった。