残酷な描写あり
R-15
第百五二話 秦王、白起へ贈り物をする
白起は咸陽にて、しばらく療養をしたいと考えるようになる。それに気付いた秦王は、白起を真に自分の臣下とする為、贈り物をしようと考える。
同年 咸陽
魏から再び領土を奪い獲った胡傷は、論功行賞にて白起と並んで評価された。共に切磋琢磨してきた張唐は、少し不満そうだったが、彼は白起の言葉で立ち直った。
張唐は、華陽での戦いで、最も勇敢に敵を攻撃したことで、白起から労いの言葉を受けていた。しかしその時、白起から助言も受けていた。
白起は張唐に対し、戦略眼が足りないことを指摘していた。既に将軍となり一部隊を率いるようになっていた張唐は、戦術の選択は的確で上手く戦っているが、戦略的な視点が足りず、戦いながら次の戦を予想して布石を置くことが苦手であった。それを白起は、惜しいと思っていた。
白起は胡傷に対しても、惜しいと感じる点があり、同様に指摘していた。それは張唐とは真逆で、優れた戦略眼を持っているが、兵の配置が強引で、損耗が激しいという点であった。
白起は、二人に期待していた。しかし不安であった。今までは指導をすれば、二人は素直に聞き入れてくれた。しかし鄢での戦の後、二人の態度は変わった。やはり、蒙驁がいう通り、周囲の信用を失っていたのだなと、しみじみと感じた。
論功行賞の後、白起は久々に屋敷に戻った。戦に勝って帰ってきたというのに、こんなにも憂鬱なのは、初めてであった。暫くは療養をしたいと感じた。
「齕、居るか」
「はい、旦那様。ここにおります」
「粥を作ってくれ」
「粥ですか。肉や魚は……」
「要らぬ。そんなに食えぬ」
「どうかなさったのですか?」
「戦というのは難しいな。効率だけでは、上手く進められぬ。さぁ作ってくれ」
前272年(昭襄王35年) 咸陽
秦王は、この頃白起が弱っていると知り、労いに行こうと考えた。
「唐姫よ、武安君は余の大切な軍事の片翼だ。ここで弱って貰っては困るのだ」
「武安君は魏冄丞相に歓待を受け慣れています。どのようなお宴を催すおつもりですか?」
「余が自ら向かうつもりだ。流石の魏冄も、自らなん度も歓待するほど暇ではないだろう。余にとって大切なのは、白起だ。白起だけをもてなすのだ。臣下にとっても、王に特別扱いをされるのは名誉であり、その忠義は揺らぎないものになるであろう」
朝議の前、庭で籠の中の鳥に餌を与えながら、秦王はそういった。
それから秦王は、白起に贈り物をしようと思い、唐姫へ贈り物の選定を頼んだ。
「そうだ唐姫よ、白起には妻が居ない。良き女子を探してはくれぬか」
「畏まりました。武安君に似合う女子を、探して参ります」
「母上には頼らないでくれ」
「なに故、宣太后様を頼ってはいけないのですか?」
「余は未だに、母上や叔父上のお飾りだと思われている。自力で、武安君を我がものにしたいのだ」
唐姫は、秦王が孤独に苛まれていると感じた。頼りになる筈の肉親でさえも政敵として警戒しなくてはならず、王として立つ重責に足元が揺らぎ、不安を感じているのだと悟った。
だからこそ彼女は、秦王を支えてくれる白起を、なんとしても真の意味で王の為の臣下にしなくてはならないと、感じた。
「あの時と同じ質問をさせてくれ。そなたの主は誰だ。余か、それともそなたを引き立てた母上か」
「無論、秦王様にございます」
「安心した。武安君も、そう答えてくれるだろうか」
「引き立てた恩人よりも、今自分を信任してくれる人が、主になるのだと、私は思います」
秦王は安堵の表情を浮かべ、宮殿へ向かった。
魏から再び領土を奪い獲った胡傷は、論功行賞にて白起と並んで評価された。共に切磋琢磨してきた張唐は、少し不満そうだったが、彼は白起の言葉で立ち直った。
張唐は、華陽での戦いで、最も勇敢に敵を攻撃したことで、白起から労いの言葉を受けていた。しかしその時、白起から助言も受けていた。
白起は張唐に対し、戦略眼が足りないことを指摘していた。既に将軍となり一部隊を率いるようになっていた張唐は、戦術の選択は的確で上手く戦っているが、戦略的な視点が足りず、戦いながら次の戦を予想して布石を置くことが苦手であった。それを白起は、惜しいと思っていた。
白起は胡傷に対しても、惜しいと感じる点があり、同様に指摘していた。それは張唐とは真逆で、優れた戦略眼を持っているが、兵の配置が強引で、損耗が激しいという点であった。
白起は、二人に期待していた。しかし不安であった。今までは指導をすれば、二人は素直に聞き入れてくれた。しかし鄢での戦の後、二人の態度は変わった。やはり、蒙驁がいう通り、周囲の信用を失っていたのだなと、しみじみと感じた。
論功行賞の後、白起は久々に屋敷に戻った。戦に勝って帰ってきたというのに、こんなにも憂鬱なのは、初めてであった。暫くは療養をしたいと感じた。
「齕、居るか」
「はい、旦那様。ここにおります」
「粥を作ってくれ」
「粥ですか。肉や魚は……」
「要らぬ。そんなに食えぬ」
「どうかなさったのですか?」
「戦というのは難しいな。効率だけでは、上手く進められぬ。さぁ作ってくれ」
前272年(昭襄王35年) 咸陽
秦王は、この頃白起が弱っていると知り、労いに行こうと考えた。
「唐姫よ、武安君は余の大切な軍事の片翼だ。ここで弱って貰っては困るのだ」
「武安君は魏冄丞相に歓待を受け慣れています。どのようなお宴を催すおつもりですか?」
「余が自ら向かうつもりだ。流石の魏冄も、自らなん度も歓待するほど暇ではないだろう。余にとって大切なのは、白起だ。白起だけをもてなすのだ。臣下にとっても、王に特別扱いをされるのは名誉であり、その忠義は揺らぎないものになるであろう」
朝議の前、庭で籠の中の鳥に餌を与えながら、秦王はそういった。
それから秦王は、白起に贈り物をしようと思い、唐姫へ贈り物の選定を頼んだ。
「そうだ唐姫よ、白起には妻が居ない。良き女子を探してはくれぬか」
「畏まりました。武安君に似合う女子を、探して参ります」
「母上には頼らないでくれ」
「なに故、宣太后様を頼ってはいけないのですか?」
「余は未だに、母上や叔父上のお飾りだと思われている。自力で、武安君を我がものにしたいのだ」
唐姫は、秦王が孤独に苛まれていると感じた。頼りになる筈の肉親でさえも政敵として警戒しなくてはならず、王として立つ重責に足元が揺らぎ、不安を感じているのだと悟った。
だからこそ彼女は、秦王を支えてくれる白起を、なんとしても真の意味で王の為の臣下にしなくてはならないと、感じた。
「あの時と同じ質問をさせてくれ。そなたの主は誰だ。余か、それともそなたを引き立てた母上か」
「無論、秦王様にございます」
「安心した。武安君も、そう答えてくれるだろうか」
「引き立てた恩人よりも、今自分を信任してくれる人が、主になるのだと、私は思います」
秦王は安堵の表情を浮かべ、宮殿へ向かった。