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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百五五話 王翦の友人
 再び兵舎を訪れた白起は、騎都尉の王翦と話をする。そして彼を支えた友人の名を尋ねる。
 同年 咸陽

 白起は療養中、度々兵舎を訪れていた。骨の髄まで軍人である白起にとって、必要がなくとも、練兵の様子が気になってしまうものであった。
 練兵所を遠目に眺める白起は、声をかけられた。振り返る前から、その声で、それが誰であるか分かった。
「王翦か。どうした」
「特に理由はありませぬ。お見かけした故、挨拶をせねばと思いまして」
「鎧も身につけていないのに、私だとよく分かったな」
「その常に尖った目は、武安君殿を除いて他に居ません」
 二人は、練兵や模擬戦の様子を眺めながら、語り合った。兵法や、戦略、果ては家族や秦軍についてまで、あらゆることを語り合った。
 白起は、自身の人物眼を誇らしく思った。
 王翦は、有能な人間であった。戦術の方針も優れており、天下統一に際し、どのように敵国を併呑して行けば良いか、筋の通った実現可能な策を、いくつも持ち併せていた。
「王翦よ、そなたはどこで、その広い視野を養ったのだ」
「私自身は生まれの身分も低く、身一つでここまで位を進めて参りました。しかし、私に勉学をさせてくれた、名家の生まれの友人がいたのです」
「その者は、死んだのか?」
「いえ、仲違いをし、会わなくなりました。今も秦軍で、よく戦っています」
 白起は、この王翦と過去の自分を、重ねた。
 きっと王翦がその才を覚醒させる途中には、勉学の他にも、その名家の友人の地位や金などが大きく関わっていたのだろうとも思った。
 白起は、今でも、公孫亮のことを思い出すことがあった。歴史には残らない、名も無き立役者のその名を、自分が死ぬまでは、決して忘れまいと心に誓っていた。そうすれば、自分が生きている限りは、公孫亮が生きていた事実は、この世に確かに残るからである。
 白起は、王翦には自分のように、友を失って欲しくないと思った。将来有望な王翦を成り上がらせた立役者である、その名家の友人の名を、史書に刻むべきだと思った。
「王翦よ、そなたの友の名はなんというのだ。そなたの友とあれば、きっと優れた将になれるであろう」
「王齮(おうき)です。漢中軍で五百主として、武安君殿の指揮下で幾度も戦いました」
「王齮か……覚えておこう」
「活躍を見て、将軍に推挙するおつもりですか」
「その通りだ。なにか不都合があるのか?」
「いえ、ありません。ただ、あの男は癖が強いです。立身出世より、自ら前線で刃を振るうことを好むでしょう。私はその性格をよく咎めましたが、奴は、前線にいなければ痛みを忘れ、机上の空論を語る凡将に成り下がってしまうといいました。なにより、仲間や秦の為に戦うことを大切にする男です。私は、そんな王齮の子供染みたこだわりが嫌で、仲違いしました」
「二人の意見は共に正しいな。痛みを忘れれば保身に走り凡将になるかもしれないが、かといって、将が前線で刃を振るえば、死ぬ危険性が増たり、冷静さを失って味方の将との連携が疎かになり、陣が乱れる」
 白起は、王齮にも、会ってみたいと思った。だがその前に、王翦に聞いておきたいことがあった。
「王翦よ、そなたは西県という最前線で、常に板楯族や羌族との戦に明け暮れていた。そんな環境にいたそなたにとって、戦を行う上で、敵の民を攻撃することはどう考えるだろうか」
「わかりません。私が日々相手にしている異民族は、女子供を除けば、皆が騎馬して意気揚々と突撃し、弓を射てくる強兵です。近づいてくる敵は、皆殺しにする他ありません。しかしやはり……女子供は、積極的に狙うことはありません。奴隷にすることも、犯すこともありません」
「そうか。意見を聞けてよかった」
 白起の中で、迷いが消えた。
「民への被害は、やはりなくすべきだな。だが武器を持てるのであれば、それが誰であろうとも、容赦はしない。第一に守るべきは秦の民草であり、その命を脅かす存在は、生かしてはおかん」
王齮(生年不詳〜没年:前244年)……戦国時代末期の秦の将軍。
秦王政元年(紀元前246年)、秦王政が即位すると、蒙驁と共に将軍に任じられる。
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