残酷な描写あり
R-15
第百六二話 張禄、秦王に会う
張禄は秦王と会う為、王稽に再度自分のことを推薦させる。魏冄派の王稽が、白起の活躍により魏冄の許を去ったことを知った秦王は、王稽が幾度も推薦する張禄に会おうとする。
前270年(昭襄王37年) 咸陽
「王稽殿は、斉の地へ戦へ行かなかったのですか」
客舎の中、張禄はしたり顔で、王稽へそういった。
「病だったのだ。それだけだ」
「では、そういうことにしておきましょう」
「それより、また私を呼び出してなんの用だ。秦王様への取次はなん度も行っているし、あとは待つだけだ。人事を尽くして、天命を待つのだ」
「天命を待つには人事を尽くし切るのです。まだ最後の仕上げを、行っておりませんぞ」
「それは一体なんだ。申せ、張禄殿」
「では申し上げます。再度を私を推挙するのです。今、この時、それをするのが大事です。武将である王稽殿であれば、機を得るということの重要性は、理解されているでしょう」
「よかろう。そなたの才知は知っている。いう通りにしよう」
王稽は、秦王に張禄を推挙する竹簡を認(したた)め、再度上奏した。秦王は、魏冄派閥であると見なしていた王稽からの上奏文に、どんなものが記されているのか見当もつかなかった。
目を通した秦王は、張禄という見覚えのある名前が引っかかった。
「どこかで見た名前だが……思い出せぬ。しかし、それも一度や二度ではない。多くの者が推挙しているのか? しかしなに故、王稽が推挙など」
秦王は、王稽の狙いが分からないながらも、張禄という者が気になった。
それから数日、秦王は張禄のことが気になっていた。そして丁度その頃、王稽が魏冄の派閥を離反し、白起を初めとした秦王派閥の有力者と交流を始めたことを、秦王は知った。
「白起よ、王稽は、張禄は魏から招いた賢人だといっておった。また魏冄との面識はなく、余の為に役立てたいから咸陽まで連れてきたといっておる。余は会うべきか否か、どう思う」
「会うべきでしょう。その張禄という男は、いわば余所者。丞相の息がかかっていない賢人ならば、登用するに値します。魏冄丞相は、秦王様を蔑ろにしており、今や亡きかつての義渠と同じ程、危険な存在となっております。誰が主なのか、誰の為の兵なのか、誰の為の土地なのか。思い知らせなくてはなりませぬ」
「そうだな。これも芸達者な魏冄が仕組んだことではなければ、良いのだが。人心を弄ぶのが、魏冄の得意技であるからな」
「疑心暗鬼になっておりますぞ、秦王様。その恐れが、魏冄丞相の力を、増大させているのです」
「真、そなたのいう通りであるな」
秦王は王稽へ竹簡を出し、張禄を連れて来るよう、伝えた。
後日、張禄は宮殿に入り、近衛兵に連れられながら、回廊を歩いていた。
秦王は張禄と会う時刻になり、部屋へ入る為、回廊を歩き、向かっていた。道中で、背が低い、足を引きづる男と出会した。無視をして部屋へ入ろうとすると、その男は突如として叫んだ。
「穣候に会わせろ! どうせ宮殿に居るのであろう! その手を離せ近衛兵め!」
「暴れるな! 秦王様の御前であるぞ!」
「秦に王など居らぬわ! 秦にいるのは、飾り物の王を操る、宣太后と魏冄穣候のみだ!」
「貴様! 無礼千万であるぞ!」
近衛兵と張禄の叫び声を聞き、秦王は振り返り、叫んだ。
「そこまでだ。近衛兵、剣をしまえ」
秦王は瞬き一つせず、張禄の前まで進んだ。
「貴様が張禄か」
「いかにも」
「先程、なんといったか。もう一度余に聞かせよ」
「必要とあらばなん度でも。ここは外の声が入り、上手く聞こえぬでしょう。それに私は見ての通り、足が悪いです。どうぞ部屋に二人で入り、座ってお話しましょう」
秦王は「よかろう」といい、張禄と二人で部屋に入った。
そして腰を下ろすや否や、拱手をした。
「余は、そなたのように、的を得た言葉を実直に意見する賢人を求めておった。どうか、そなたの才を、余の為に活かしてくれ」
張禄は、杖を落とし、膝を落とした。それから、深々と頭を下げ、「御意にございます」と叫んだ。
「王稽殿は、斉の地へ戦へ行かなかったのですか」
客舎の中、張禄はしたり顔で、王稽へそういった。
「病だったのだ。それだけだ」
「では、そういうことにしておきましょう」
「それより、また私を呼び出してなんの用だ。秦王様への取次はなん度も行っているし、あとは待つだけだ。人事を尽くして、天命を待つのだ」
「天命を待つには人事を尽くし切るのです。まだ最後の仕上げを、行っておりませんぞ」
「それは一体なんだ。申せ、張禄殿」
「では申し上げます。再度を私を推挙するのです。今、この時、それをするのが大事です。武将である王稽殿であれば、機を得るということの重要性は、理解されているでしょう」
「よかろう。そなたの才知は知っている。いう通りにしよう」
王稽は、秦王に張禄を推挙する竹簡を認(したた)め、再度上奏した。秦王は、魏冄派閥であると見なしていた王稽からの上奏文に、どんなものが記されているのか見当もつかなかった。
目を通した秦王は、張禄という見覚えのある名前が引っかかった。
「どこかで見た名前だが……思い出せぬ。しかし、それも一度や二度ではない。多くの者が推挙しているのか? しかしなに故、王稽が推挙など」
秦王は、王稽の狙いが分からないながらも、張禄という者が気になった。
それから数日、秦王は張禄のことが気になっていた。そして丁度その頃、王稽が魏冄の派閥を離反し、白起を初めとした秦王派閥の有力者と交流を始めたことを、秦王は知った。
「白起よ、王稽は、張禄は魏から招いた賢人だといっておった。また魏冄との面識はなく、余の為に役立てたいから咸陽まで連れてきたといっておる。余は会うべきか否か、どう思う」
「会うべきでしょう。その張禄という男は、いわば余所者。丞相の息がかかっていない賢人ならば、登用するに値します。魏冄丞相は、秦王様を蔑ろにしており、今や亡きかつての義渠と同じ程、危険な存在となっております。誰が主なのか、誰の為の兵なのか、誰の為の土地なのか。思い知らせなくてはなりませぬ」
「そうだな。これも芸達者な魏冄が仕組んだことではなければ、良いのだが。人心を弄ぶのが、魏冄の得意技であるからな」
「疑心暗鬼になっておりますぞ、秦王様。その恐れが、魏冄丞相の力を、増大させているのです」
「真、そなたのいう通りであるな」
秦王は王稽へ竹簡を出し、張禄を連れて来るよう、伝えた。
後日、張禄は宮殿に入り、近衛兵に連れられながら、回廊を歩いていた。
秦王は張禄と会う時刻になり、部屋へ入る為、回廊を歩き、向かっていた。道中で、背が低い、足を引きづる男と出会した。無視をして部屋へ入ろうとすると、その男は突如として叫んだ。
「穣候に会わせろ! どうせ宮殿に居るのであろう! その手を離せ近衛兵め!」
「暴れるな! 秦王様の御前であるぞ!」
「秦に王など居らぬわ! 秦にいるのは、飾り物の王を操る、宣太后と魏冄穣候のみだ!」
「貴様! 無礼千万であるぞ!」
近衛兵と張禄の叫び声を聞き、秦王は振り返り、叫んだ。
「そこまでだ。近衛兵、剣をしまえ」
秦王は瞬き一つせず、張禄の前まで進んだ。
「貴様が張禄か」
「いかにも」
「先程、なんといったか。もう一度余に聞かせよ」
「必要とあらばなん度でも。ここは外の声が入り、上手く聞こえぬでしょう。それに私は見ての通り、足が悪いです。どうぞ部屋に二人で入り、座ってお話しましょう」
秦王は「よかろう」といい、張禄と二人で部屋に入った。
そして腰を下ろすや否や、拱手をした。
「余は、そなたのように、的を得た言葉を実直に意見する賢人を求めておった。どうか、そなたの才を、余の為に活かしてくれ」
張禄は、杖を落とし、膝を落とした。それから、深々と頭を下げ、「御意にございます」と叫んだ。