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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百六六話 閼与の戦い
 将軍趙奢は、閼与にて秦軍を迎撃する。
 閼与 胡傷

 将軍胡傷は秦軍を率いて、閼与まで到達した。閼与は山岳地帯で、小さな巴蜀のような地形であった。斥候からの報告で、敵が陣を構えて待っていることは知っていた。
「誰か教えるのだ。相手は誰だ」
「趙奢です。対斉合従軍で、麦丘を陥落させたことで、将軍として勇名を馳せたようです」
「相手に不足はないな。しかし、我が秦軍の敵ではない」
 両軍は、閼与にて対峙した。
 胡傷は白起と共に戦い連勝してきたことで、自信があった。
 閼与の少し開けた平地にて、迎撃陣を敷いて構える趙軍を討つ為、用意された戦場へ、進んでいった。
 両軍の勢力は、五万前後で、拮抗していた。
 先に動いたのは、胡傷であった。
「攻撃開始だ!」
 先頭に配置した弓兵や、その背後の投石機で、趙軍の砦や防御柵を攻撃した。少しでも敵戦力を削る為、惜しげもなく矢を放つと、先頭を入れ替え、歩兵による突撃を行った。

 防御柵すら失い、先頭の部隊が混乱する中で、秦軍の歩兵が吶喊してきたことで、趙軍は慌てふためいた。しかし北方の異民族との戦いで鍛えられた歴戦の猛者達は、すぐさま落ち着きを取り戻す。そして、緩やかながらも高地という地形を生かし、投石や倒木で妨害を行った。
「敵はノロマな歩兵だ! 慌てず対応しろ!」
 前線で将兵が奮闘し、叫ぶ姿を、趙奢は右翼側の本陣から見守っていた。そこは急な崖になっていて、直接攻められる心配はなかった。しかし前線の動きはよく見えるので、逐一指示を出すには最適な場所であった。
「秦軍は前線の歩兵だけで、上手く我らの防御柵を突破しそうだな。ここを抜かれれば、あとは自力で抗うしかない。そこまで来れば、もはや指示や作戦などない殴り合いだな」
「将軍、どうするおつもりですか。我らの歩兵は、秦軍の歩兵より戦慣れしていません」
「案ずるな。奴らは防御柵を破れない。理由は簡単だ。我らは五万の兵全てで防御柵を守っているが、敵は後方に、主力を控えたままだ。数の力で守りきるのだ」

 胡傷は、歩兵による力押しを諦め、撤退させた。しかしそれは、予想の範囲内であった。
「目に見えて趙兵の数が少なくなったな。地形から察するに、後方に後詰めを置いているとは考え辛い。防御柵も綻びが増えてきたことだし、再度投石による攻撃を行い、敵を削るのだ!」
 胡傷は秦軍が得意な城攻めで活用する投石機を、惜しげも無く利用した。規律の高さで、地形的な不利を覆す活躍を見せた。
 その後、胡傷は再び歩兵を前へ出し、第二波の攻撃を行った。
 そして同時に、攻撃を投石機も前方へ出し、敵本陣がある崖を攻撃した。いくつかの投石機が破壊される程の攻撃を受けながらも、本陣を攻めた。

 趙奢は本陣を捨て、防御柵を守る歩兵の背後に移動し、士気を上げさせるように鼓舞した。
 その鼓舞は、天下で秦が行ってきた蛮行を知る趙兵は秦兵への恨みから、力を強くした。
 激戦の果てに、日暮れとなった。秦軍の攻撃が激しくなっている理由が、野営地への後退の為の時間稼ぎであると察した趙奢は、突撃命令を下した。
「我らは図らずも本陣を失い、皆いつでも動ける……。全軍! 闇夜に紛れて逃げる敵を逃がすな! 殺せ!」
 そして趙兵は防御柵を越えて、遂に秦軍へ向かって攻撃を開始した。

 前線の歩兵が破られた上に、背を向けて後退を開始していた胡傷は、迎撃に失敗した。結果として二万の兵を失った胡傷は、咸陽まで逃げ帰った。
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