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作者: 唯響-Ion
残酷な描写あり R-15
第百十七話 和氏の璧
 白起は騎馬精兵のみを率いて韓の地へ攻め入り、城を奪う。
 その頃咸陽では、秦王が宣太后への贈り物はなにがいいかと、考えていた。
 白起は少数の精鋭を率い、韓の地を急襲した。城攻めには適さない騎馬兵による奇襲では、城二つを陥落させるのが精一杯であった。
「白起将軍へ報告! 韓軍守備兵が迫っているとのこと!」
「相分かった。すぐ様、城攻めを中止だ。兵は城の中に入り、敵を迎撃するのだ」
「御意!」
「敵軍は付近の城の兵をかき集めてきたのであろう。こちらは八千だが、精鋭揃いだ。守りきれるであろう」
 白起は乗馬し、城へ入った。櫓の上に立ち敵軍の動きを眺め、騎兵隊長らと、城の守り方について協議した。
 二つの城を守るのは容易いと、そう感じた。
 従者の齕は、白起に問いかけた。
「ここに篭って、なにを成すおつもりなのですか。それに、胡傷将軍に預けた、趙を攻める大軍についても、どうなさるのですか」
「趙に残した本軍は、防戦さえしていればいい。そして我らも、ここで防戦していればいいのだ。敵は戦では勝ち目がないと気づく頭がある故、必ず政にて攻めてくる。どのように攻めてくるかは分からぬが、今我らは、兵力を消耗させないことだけ考えればいいのだ」


 秦 咸陽

 秦王はこの頃、あるものを欲しいと考えていた。
「唐姫よ、この頃、母上の機嫌が悪い。叔父上達の存在に苦悩し、常に怒りを抱えておるのだ。髪も白くなり、急に老け込まれたのだ。どのようにすれば、片時でもよいから、心穏やかになってくれるであろうか」
「もうすぐ、宣太后様の誕生日でしたね。なにか贈り物をされては、いかがでしょうか」
「金で買えるものは、全て手に入れた人だ。なにを送れば……良いであろうか」
「金で買えぬものです。長い時を掛け価値が創られていった、貴重な、天下の宝物などいかがでしょうか」
 秦王の頭の中に、一つの宝石の名前が浮かんだ。それは見たことはないが、中原の地に代々伝わる、天下の名宝と名高い玉であった。
「和氏の璧……だったか。それを贈れば、母上の心も穏やかになろうか」
「私も耳にしたことがあります。見たものを必ず魅了する、天下に一つしかない名宝ですね」
「女子は皆、宝石を好む。決めたぞ、余はなんとしてでも和氏の璧を手に入れる」
 秦王は和氏の璧の在り処を探るため、宮中にいる、世情に詳しい間者や有力者に当たっていった。


 趙 邯鄲

 趙王は、前線の膠着を打開する策を、模索していた。
「孟嘗君よ、そなたはこの三晋同盟の盟主として、秦の打開策を、余に授けてくれ。秦軍は強大なれど、我が国の勇将楽乗が、防いでくれている。だがいつまで持つかは分からぬ。良い策はないのか」
「戦においては、良策は思いつきません。しかし必ずや秦軍を退かせる策があります」
「勿体ぶらずに、聞かせるのだ」
「実を申さば、我が食客が、とある情報を持って戻りました。それは、趙王様が持つ和氏の璧を秦が欲しがっているというのです。秦王は趙に璧があると知り、秦の国境にある十五の城を、交換しようとしているようです」
「この提案に応じるべきか……?」
「勿論です。さすれば、使者の往復の為、秦は兵を退かせるでしょう。しかし、応じるにしても問題があります。秦は虎狼の国。自ら招いた私を、殺そうとする王が支配する国です。使者に璧を持たせて秦へ向かわせても、殺されて璧を奪われ、その後なに食わぬ顔で攻めてくるでしょう」
「そうであるな……いかがすべきか」
「とにかく今は、互いの軍が動きを止めています。今は、交渉に力を尽くすのです」
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