残酷な描写あり
R-15
第百六九話 一時代の終わり
秦王は遂に魏冄、羋戎を、咸陽から追い出す。
宣太后に説教をされ、憔悴しきった魏冄。王稽や泠向を初めとして、優れた臣下が自身の許を離れ、自身の勢力が数も質も秦王に遠く及ばなくなったことを、この期に及んで悔やみ、嘆いた。
初めて、敗けを認めたのである。魏冄は重い腰を上げて、穣へ移動することとなった。
屋敷の財や使用人を馬車に乗せ、咸陽の門に向けて列を成す。その豪華絢爛さは咸陽中の目を引き、宮殿の秦王でさえも、回廊からその途切れることのない馬車に目を奪われた。
「ようやく居なくなってくれるのかと安堵したら、その最後にこんなものを見せつけられるとは。油断した」
「秦王様、これ程の人を囲うなんて、穣候はどれ程の財を蓄えていたのでしょうか……後宮でも、これ程までの使用人は……見たことがありません」
「咸陽宮の財など、目が霞む程の財が、あの馬車の列には入っているのだ。しかし、咸陽を離れ政に関われなくなれば、その財も使い道を失う。これでようやく、本当の意味で、奴を丞相から退かせられたのだ」
張禄が断行した宣太后の摂政廃位や、魏冄、羋戎の封地への追放。これらは秦国の宮廷を取り乱す程の一大事件であった。
しかし秦王がこれまでに築き上げた実績や威光、そして白起が軍を掌握した上で秦王に心からの忠誠を誓ったことにより、反乱が起こることなかった。
また張禄による国内での人事の調整により、混乱はすぐさま収まり、諸国に秦への攻撃の機会を与える間もなく、改革を成し遂げられたのである。
宣太后、魏冄、羋戎は短い余生を送り、没した。
前264年(昭襄王43年)
張禄は遠交近攻を実行に移すべく、斉との国交を正常化した。そして秦王と白起を交えて協議を行い、魏と韓のどちらを先に平定するのかを選定した。
「では丞相、武安君。我らが平定するのは、韓からである。ここに戦国七雄の一国が滅び、その激震は、我らが天下を統一する先駆けとなるであろう」
白起は秦国の精鋭十万を率い、韓へ侵攻した。
既に韓の国防上の要地を複数箇所押さえていた秦は、抵抗力が少ない韓を撃破していった。
白起は秦王と同様に、既に老齢となった自分には、後継が必要であると考えていた。
彼にとって、共に経験を積み重ねてきた優秀な部下の他にも、友人である蒙驁や、優秀な従者の齕、家内を纏めてくれる妻の存在は、誰一人として欠かすことのできない存在であった。
人の上に立つ責務を果たせる逸材は、自分の足だけでは立っていない。白起は、自らの後継には、共に切磋琢磨できる仲間がいる有望株を選ぼうと考えていた。
「張唐将軍。この涇城は、我が軍の兵力があれば、簡単に陥せるであろう。そなたが指揮せよ。そして将軍になれる逸材を見極めたい故、誰を先鋒とすべきか決めよう」
「それよりもまず、私ではなく胡傷に攻めさせ、敗戦の罪を償わせてはいかがか」
「そなたらは実に、竹馬の友であるな。だが胡傷将軍に敗戦の罪はないと、秦王様は仰られた」
「しからば私は、先鋒には王翦を推挙致します。漢中軍に編入された、西県の英雄です。彼は若手の中で、一番優秀です」
「同感だ。しからば楊摎将軍の配下である騎兵部隊の王齮を包囲の主力とし、城攻めには同世代の蒙武を主力としよう。王翦がどのように指揮するのか見物だな」
初めて、敗けを認めたのである。魏冄は重い腰を上げて、穣へ移動することとなった。
屋敷の財や使用人を馬車に乗せ、咸陽の門に向けて列を成す。その豪華絢爛さは咸陽中の目を引き、宮殿の秦王でさえも、回廊からその途切れることのない馬車に目を奪われた。
「ようやく居なくなってくれるのかと安堵したら、その最後にこんなものを見せつけられるとは。油断した」
「秦王様、これ程の人を囲うなんて、穣候はどれ程の財を蓄えていたのでしょうか……後宮でも、これ程までの使用人は……見たことがありません」
「咸陽宮の財など、目が霞む程の財が、あの馬車の列には入っているのだ。しかし、咸陽を離れ政に関われなくなれば、その財も使い道を失う。これでようやく、本当の意味で、奴を丞相から退かせられたのだ」
張禄が断行した宣太后の摂政廃位や、魏冄、羋戎の封地への追放。これらは秦国の宮廷を取り乱す程の一大事件であった。
しかし秦王がこれまでに築き上げた実績や威光、そして白起が軍を掌握した上で秦王に心からの忠誠を誓ったことにより、反乱が起こることなかった。
また張禄による国内での人事の調整により、混乱はすぐさま収まり、諸国に秦への攻撃の機会を与える間もなく、改革を成し遂げられたのである。
宣太后、魏冄、羋戎は短い余生を送り、没した。
前264年(昭襄王43年)
張禄は遠交近攻を実行に移すべく、斉との国交を正常化した。そして秦王と白起を交えて協議を行い、魏と韓のどちらを先に平定するのかを選定した。
「では丞相、武安君。我らが平定するのは、韓からである。ここに戦国七雄の一国が滅び、その激震は、我らが天下を統一する先駆けとなるであろう」
白起は秦国の精鋭十万を率い、韓へ侵攻した。
既に韓の国防上の要地を複数箇所押さえていた秦は、抵抗力が少ない韓を撃破していった。
白起は秦王と同様に、既に老齢となった自分には、後継が必要であると考えていた。
彼にとって、共に経験を積み重ねてきた優秀な部下の他にも、友人である蒙驁や、優秀な従者の齕、家内を纏めてくれる妻の存在は、誰一人として欠かすことのできない存在であった。
人の上に立つ責務を果たせる逸材は、自分の足だけでは立っていない。白起は、自らの後継には、共に切磋琢磨できる仲間がいる有望株を選ぼうと考えていた。
「張唐将軍。この涇城は、我が軍の兵力があれば、簡単に陥せるであろう。そなたが指揮せよ。そして将軍になれる逸材を見極めたい故、誰を先鋒とすべきか決めよう」
「それよりもまず、私ではなく胡傷に攻めさせ、敗戦の罪を償わせてはいかがか」
「そなたらは実に、竹馬の友であるな。だが胡傷将軍に敗戦の罪はないと、秦王様は仰られた」
「しからば私は、先鋒には王翦を推挙致します。漢中軍に編入された、西県の英雄です。彼は若手の中で、一番優秀です」
「同感だ。しからば楊摎将軍の配下である騎兵部隊の王齮を包囲の主力とし、城攻めには同世代の蒙武を主力としよう。王翦がどのように指揮するのか見物だな」