残酷な描写あり
R-15
第百七一話 上党郡
白起は野王城で韓王と交渉を行うも、不毛であると感じ、城を攻める。それによって新鄭から孤立した韓の上党郡太守は、自らの首を刎ねて、民へ詫びようとする。
同年 野王城
白起は韓王と交渉する為、野王城に入った。白起は、この野王城を初めとして、韓の地を完全に掌握できると、考えていた。
しかし白起は、この交渉が建設的ではないと、徐々に感じだした。韓王は臣下を纏めきれず、秦打倒を叫ぶ親魏派が息を吹き返していると、悟ったのである。
秦軍が韓へ侵攻する前、秦国丞相張禄は、韓へ降伏勧告を行っていた。それは宣戦布告をすることで戦いの正当性を主張するといったような、尊厳に関わるものではなかった。秦は、実力主義であり、そういう価値観は二の次なのである。
秦は天下を統一するに当たって、少しでも兵力を温存する必要があった。秦を恐れ、抗うことを辞めた親秦派の韓は、この降伏勧告を受け入れると、張禄は考えていたのである。
つまり今回はその策謀が、裏目に出たということらしかった。仲間として共に華陽で戦っても、降伏を求めてくる。その、秦らしい強権的な態度が、韓の愛国心に火を点けてしまったのである。
白起は長い交渉の末、この交渉が不毛であると判断した。そして、とある日の夜、密かに城外へ逃れ、幕舎に控えていた軍に命令を下し、野王城を攻撃した。
前262年(昭襄王45年) 冬 野王城
白起の攻撃命令により、秦軍は城を包囲し、攻撃した。再び日が落ちるまでに城は陥落したが、韓王は既に城外へ逃れており、身柄を捕縛することはできなかった。
白起は、最早韓王には王としての求心力はないことを悟った。そしてあくまで韓の国体維持による延命を求めるような、愛国心を持つ韓人(かんひと)の代理人であるという、奇妙な印象を抱いた。
「旦那様の読みが外れましたか? 韓王は、臣民の命より自らの地位を守りたかった」
「いいや、それは違うと思う。連日の交渉に於いて、韓王が口にした言葉は、本心ではないように思えた。国号と国体を維持するというのは韓王の言葉ではなく、韓王の本音では、やはり秦王に臣従したいと思っていたに違いない」
「なに故、そう思うのですか?」
「交渉のあいだ、韓王は終始怯え、萎縮していた。そして臣下が余計なことをいう度に、憂鬱そうにしていたのだ」
白起は兵を幕舎から野王城へ移し、韓国首府の新鄭の攻撃策について、協議を始めた。
前262年(冬) 上党郡
韓の上党郡を統べる太守の馮亭は、野王城から逃亡してきた敗残兵から、秦軍によって城が陥落したことを知らされた。
「韓王は無事なのか……確か今は、交渉をしていたはずであるが。いいや……お命が無事であったとしても、韓が風前の灯であることは明々白々である。野王城が陥落したということは、この上党郡は、新鄭やその周辺の韓の土地とは寸断され、孤立無援である。最早……これまでか」
馮亭はその日の内に、上党の民を県の役所の門の前へ集め、詫びた。泣きながら、秦の魔の手から上党を守れないことを詫び、その一環として、自らの首を刎ねると宣言した。
「この首で皆に詫びよう……! 兵よ剣を寄越せ!」
しかし馮亭を信じていた民は、韓王へ救援を求め、援軍が到着するまでは秦軍から自分達の力で上党を守ろうと、口々にいった。
「どうか我らを見捨てないで下さい!」
「逝かないで下さい!」
「一緒に戦いましょう! !」
上党の民の声に感化された馮亭は、共に戦い抜くことを誓った。そして闇夜に紛れて使者を送り、新鄭まで援軍を求めた。
白起は韓王と交渉する為、野王城に入った。白起は、この野王城を初めとして、韓の地を完全に掌握できると、考えていた。
しかし白起は、この交渉が建設的ではないと、徐々に感じだした。韓王は臣下を纏めきれず、秦打倒を叫ぶ親魏派が息を吹き返していると、悟ったのである。
秦軍が韓へ侵攻する前、秦国丞相張禄は、韓へ降伏勧告を行っていた。それは宣戦布告をすることで戦いの正当性を主張するといったような、尊厳に関わるものではなかった。秦は、実力主義であり、そういう価値観は二の次なのである。
秦は天下を統一するに当たって、少しでも兵力を温存する必要があった。秦を恐れ、抗うことを辞めた親秦派の韓は、この降伏勧告を受け入れると、張禄は考えていたのである。
つまり今回はその策謀が、裏目に出たということらしかった。仲間として共に華陽で戦っても、降伏を求めてくる。その、秦らしい強権的な態度が、韓の愛国心に火を点けてしまったのである。
白起は長い交渉の末、この交渉が不毛であると判断した。そして、とある日の夜、密かに城外へ逃れ、幕舎に控えていた軍に命令を下し、野王城を攻撃した。
前262年(昭襄王45年) 冬 野王城
白起の攻撃命令により、秦軍は城を包囲し、攻撃した。再び日が落ちるまでに城は陥落したが、韓王は既に城外へ逃れており、身柄を捕縛することはできなかった。
白起は、最早韓王には王としての求心力はないことを悟った。そしてあくまで韓の国体維持による延命を求めるような、愛国心を持つ韓人(かんひと)の代理人であるという、奇妙な印象を抱いた。
「旦那様の読みが外れましたか? 韓王は、臣民の命より自らの地位を守りたかった」
「いいや、それは違うと思う。連日の交渉に於いて、韓王が口にした言葉は、本心ではないように思えた。国号と国体を維持するというのは韓王の言葉ではなく、韓王の本音では、やはり秦王に臣従したいと思っていたに違いない」
「なに故、そう思うのですか?」
「交渉のあいだ、韓王は終始怯え、萎縮していた。そして臣下が余計なことをいう度に、憂鬱そうにしていたのだ」
白起は兵を幕舎から野王城へ移し、韓国首府の新鄭の攻撃策について、協議を始めた。
前262年(冬) 上党郡
韓の上党郡を統べる太守の馮亭は、野王城から逃亡してきた敗残兵から、秦軍によって城が陥落したことを知らされた。
「韓王は無事なのか……確か今は、交渉をしていたはずであるが。いいや……お命が無事であったとしても、韓が風前の灯であることは明々白々である。野王城が陥落したということは、この上党郡は、新鄭やその周辺の韓の土地とは寸断され、孤立無援である。最早……これまでか」
馮亭はその日の内に、上党の民を県の役所の門の前へ集め、詫びた。泣きながら、秦の魔の手から上党を守れないことを詫び、その一環として、自らの首を刎ねると宣言した。
「この首で皆に詫びよう……! 兵よ剣を寄越せ!」
しかし馮亭を信じていた民は、韓王へ救援を求め、援軍が到着するまでは秦軍から自分達の力で上党を守ろうと、口々にいった。
「どうか我らを見捨てないで下さい!」
「逝かないで下さい!」
「一緒に戦いましょう! !」
上党の民の声に感化された馮亭は、共に戦い抜くことを誓った。そして闇夜に紛れて使者を送り、新鄭まで援軍を求めた。
上党郡……現在の中華人民共和国山西省の一部。
馮亭(生年不詳〜没:紀元前260年)……戦国時代、韓の地方官吏。上党太守として趙に降伏した。
馮亭(生年不詳〜没:紀元前260年)……戦国時代、韓の地方官吏。上党太守として趙に降伏した。