残酷な描写あり
R-15
第百九一話 国尉の責任
無謀な攻撃により、王齮率いる秦軍は大きな損害を被る。張禄は白起の影響力を削ぐべく、責任を取らせようとする。
前258年(昭襄王49年) 咸陽
張禄は朝議にて、国尉白起から告げられた戦況報告を聞いた。王齕こと王齮率いる秦軍は趙を包囲するも、戦況は悪化していた。そして魏は捨て身の邯鄲援軍を向かわせていた為、王齮の副将である司馬靳、胡傷は一か八かの魏軍奇襲を敢行するも、失敗に終わっていた。
これで、秦王の白起に対する信頼が、少なからず揺らぐであろう。白起が読上げる中で、張禄は、不敵な笑みを浮かべていた。
「そして魏軍を攻撃した将軍張唐は、敵前逃亡を行った副将の蔡尉を処断し、撤退しました。邯鄲の包囲に参加する前、一撃離脱の奇襲を行い魏軍を撃退するに至りましたが、我が方も少なくない損害を出しました」
「相分かった。下がれ」
「御意」
秦王は分かりやすく、溜息をついた。そして「もう良い」といった。戦をやめて撤退するつもりであると、直感的に張禄は悟った。
「なにも良くはありませぬ。ここで退けば、長平にて被ったった甚大なる損害が無駄になります」
「しかし丞相、戦況は好転せぬぞ」
「……ならば責任を負う必要があります。秦軍の敗戦の責任は、軍の長、つまり国尉の武安君が負うべきです」
「理に適ってはいるが、そなたや余も同意していた」
「それは無関係です。誰かが責任を負うのです。よもや秦王様が責任を負い、王位から降りるのですか。そんなことはあってはなりません。しからば、武安君が責任を負い、国尉の印綬を返還するのです」
「しかしこれまでの武安君の功績は余りに大きい。それは長平で被った、王齮だか王齕だかが出した損害よりも、遥かに大きい功績なのだぞ」
「では誰が、責任を負うのですか」
「こうしよう、武安君には、功績で罪を償わせる。よいな武安君」
「武安君には、咸陽守備兵の訓練という責務があります。咸陽から出す訳には行きません」
白起は、二人のあいだに入る様にし、答えた。
「では私が、侵攻の手順を事細かに認(したた)め、前線に届けます。通常、戦局は刻一刻と変わる故、そういうことはできません。しかしここまで戦局が極まり、敵方が出せる手が絞られている状況ならば、可能です」
朝議の後、張禄は咸陽を訪れていた王稽を呼び出した。王稽は張禄が丞相となって以降、河東郡太守に推挙され、その地位を賜っていた。
張禄は、朝議にて白起がした発言について、王稽へ話した。
「流石は武安君。正に神業だ」
「感心してどうする! 私が丞相を罷免されることになれば、そなたもまた、河東郡の太守では居られなくなるのだぞ!」
「そうだな……。確かにそうだ。河東郡は、秦王様が大切になさっている、夏王朝が誕生した安邑県がある。秦王様は、魏の旧都であるこの安邑をいつも気にかけておられる故、その太守を選定する際は、熟慮に熟慮を重ねていた」
「そなたは私の恩を忘れていなかったのだな。私が推挙し、秦王様を説得したのだ。私が失脚すればそなたも地位を失い、私の仲間であったそなたの居場所は、最早軍にはない」
「一度は穣候に与したのだ。それだけでもう、居場所はない……!」
張禄は、白起を引きづり下ろすべく、策を練った。
張禄は朝議にて、国尉白起から告げられた戦況報告を聞いた。王齕こと王齮率いる秦軍は趙を包囲するも、戦況は悪化していた。そして魏は捨て身の邯鄲援軍を向かわせていた為、王齮の副将である司馬靳、胡傷は一か八かの魏軍奇襲を敢行するも、失敗に終わっていた。
これで、秦王の白起に対する信頼が、少なからず揺らぐであろう。白起が読上げる中で、張禄は、不敵な笑みを浮かべていた。
「そして魏軍を攻撃した将軍張唐は、敵前逃亡を行った副将の蔡尉を処断し、撤退しました。邯鄲の包囲に参加する前、一撃離脱の奇襲を行い魏軍を撃退するに至りましたが、我が方も少なくない損害を出しました」
「相分かった。下がれ」
「御意」
秦王は分かりやすく、溜息をついた。そして「もう良い」といった。戦をやめて撤退するつもりであると、直感的に張禄は悟った。
「なにも良くはありませぬ。ここで退けば、長平にて被ったった甚大なる損害が無駄になります」
「しかし丞相、戦況は好転せぬぞ」
「……ならば責任を負う必要があります。秦軍の敗戦の責任は、軍の長、つまり国尉の武安君が負うべきです」
「理に適ってはいるが、そなたや余も同意していた」
「それは無関係です。誰かが責任を負うのです。よもや秦王様が責任を負い、王位から降りるのですか。そんなことはあってはなりません。しからば、武安君が責任を負い、国尉の印綬を返還するのです」
「しかしこれまでの武安君の功績は余りに大きい。それは長平で被った、王齮だか王齕だかが出した損害よりも、遥かに大きい功績なのだぞ」
「では誰が、責任を負うのですか」
「こうしよう、武安君には、功績で罪を償わせる。よいな武安君」
「武安君には、咸陽守備兵の訓練という責務があります。咸陽から出す訳には行きません」
白起は、二人のあいだに入る様にし、答えた。
「では私が、侵攻の手順を事細かに認(したた)め、前線に届けます。通常、戦局は刻一刻と変わる故、そういうことはできません。しかしここまで戦局が極まり、敵方が出せる手が絞られている状況ならば、可能です」
朝議の後、張禄は咸陽を訪れていた王稽を呼び出した。王稽は張禄が丞相となって以降、河東郡太守に推挙され、その地位を賜っていた。
張禄は、朝議にて白起がした発言について、王稽へ話した。
「流石は武安君。正に神業だ」
「感心してどうする! 私が丞相を罷免されることになれば、そなたもまた、河東郡の太守では居られなくなるのだぞ!」
「そうだな……。確かにそうだ。河東郡は、秦王様が大切になさっている、夏王朝が誕生した安邑県がある。秦王様は、魏の旧都であるこの安邑をいつも気にかけておられる故、その太守を選定する際は、熟慮に熟慮を重ねていた」
「そなたは私の恩を忘れていなかったのだな。私が推挙し、秦王様を説得したのだ。私が失脚すればそなたも地位を失い、私の仲間であったそなたの居場所は、最早軍にはない」
「一度は穣候に与したのだ。それだけでもう、居場所はない……!」
張禄は、白起を引きづり下ろすべく、策を練った。